あいつに捕らえられたのは私の失策。例えそれが苦し紛れの言い訳にしかならないとしても。






月---N version
            

うきき 様




甲板を吹き抜ける夜風に、旅立った冬島から随分遠ざかったことを知る。
回り道をさせてしまった償いというつもりではないけれど、アラバスタへ最速最短で進むべく、航路チェックに甲板へと足を運んだ。

否。本当は一人になって夜に紛れたかっただけなのかもしれない。かなり重症だと深く息をつき、頭上に広がる夜空を見上げた。


月が浮かんでいる。
明るすぎもせず儚すぎもせず、ただあるがままに甲板を照らす夜空の灯火に、隠していたはずの心の底まで映し出されるような気がした。
この感情を何と呼ぶのか、何となく見当は付いている。でも、認めてしまうのが悔しい。

月明かりを受けて足元から延びる薄い影が、自らを嘲笑うように揺れていた。
心が敏感すぎる。澄んだ闇に輝く月を身近に感じる夜は、なおさらのこと。

「病み上りがこんな時間に、何してんだ?」

突然頭上から降って来た、低く響く聞き慣れた声に、一瞬心臓が跳ね上がった。
見張り台の上から、短く髪を刈り上げた大柄な影がこちらを覗き込んでいる。
動悸がなかなか治まらないのは、病み上がりで気弱になっているからだ、きっと。

「あーあ、今夜の見張りはアンタなのね。無事に進めるかしら?」

問いには答えず、わざと憎まれ口をたたいてみせる。そうすることで己のペースを取り戻すかのように。
彼はこちらのことなど気にも止めず、問いを重ねた。

「これ以上は急ぎようが無ェだろ?天候が気になるのか?」

違うのよ。気になるのは航路でもなきゃ天候でもない。
たった一人の男の言動に、行動に、一喜一憂している。この私が。

「天候くらいに読めれば・・・ね。無愛想な男なんて、始末に悪いだけなのに」

俯いて吐露した途端に、激しく後悔。つまらぬことを口走ってしまった。でも、返ってきた言葉は。

「気まぐれ女も大差無ェな。天候以上に厄介だ」

ねえ、今どういう表情で言ったの?仄かな月明かりはこちらを見下ろす影しか浮き出してくれない。

「いいからテメェはおとなしく寝てろ」
「バカ言ってんじゃないわよ。私が寝てたらこの船はどこに向かうって言うの?特にアンタが見張りなら、な・お・さ・ら・ヨ!」
「ンなモン、アレを目印にすりゃいいだろ」

そう言って、彼は静寂の夜にひっそりと浮かぶ月を指差した。月は沈黙を守り、ただただ私たちを見下ろしていた。

「ンもう!月も動くでしょ!!」
「道標になるんじゃないのか?」
「・・・アンタにそれが出来るの??月に頼らなくてもログポーズがあるでしょ!!」
「へーへー」

彼は、いかにも説教はごめんだと言わんばかりの顔をしたかと思うと、あっという間に見張り台を降りてきた。

先刻まで、言葉を交わしながらもどこか遠くのように感じていた存在が、突然その姿を現した。彼から発せられる気配が現実感を帯びて私を捉え、釘付けにする。動揺を悟られないことを祈りつつ、あわてて取り繕うように言葉をつないだ。

「コラ、見張りがどこ行くのよ」
「暇なんだよ。酒でも飲まなきゃやってられっか」

倉庫かキッチンにでも行くつもりなのだろう。彼は船室の入り口近くに立っている私の方に足を向けた。

一歩一歩、ゆっくりこちらに向かって来る。その一挙手一投足から目が離せず、身動きすら取れない。
月明かりの下に浮かぶ、静かに冷たい笑みを湛えた眼差し。
私をからかっているのか。

すれ違う瞬間、おもむろに彼が口を開いた。

「囚われの身、ってヤツか?」

一瞬だけこちらに向けられた視線が余りにも鋭く、この男を誤魔化せるわけがないと悟った。
“そう思うのなら、ご自由に” ――― 精一杯の強がりは、悪あがきにしか聞こえなかっただろう。

何も見ていないようで、何も気に止めていないようで、でも肝心な所は決して見逃さない。ルフィとは違う意味で妙に聡いこの男に、初めは警戒し、戸惑い、そして今では翻弄されかけている。

適当に御託を並べて、利用しているフリをして。私のそんなくだらない戦法に普段は勝てないフリをするけれど、ここ一番では一歩も引かないことを誰よりも思い知らされているから。

怖い。この男が恐い。崩れかけている自分が、コワイ。

こんな予定じゃなかったのに。

わかってる。
わかってる。

そうよ、アンタが気になって仕方ないのは、多分気のせいじゃない。
熱に浮かされているわけじゃないし、大切な友人のこれからを思って心が落ち着かないせいでもない。
冷静に、わかっている。
でも。


月を見上げて、思う。

・・・今はまだ、保留にしたい。



―おわり―



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(2003.12.26)

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<管理人のつぶやき>
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