海に咲く花 ― 1.たしぎサイド ―
uuko 様
陽色の髪に先導されはしゃぐ子供たちが、次々とタンカーに乗り込んでゆく。
彼女が海賊であることも賞金首であることも、彼らには何の支障もないのだ。
誘拐されてから最長3年もの月日を囚われていた子供たち。
彼らに差し伸べられた救いの手が、麦わらの一味のものであったことは皮肉と言うしかない。
その上、誘拐犯の親玉は政府側であるはずの七武海で、海軍基地長がその手先であったのだから。
泥棒猫ナミ。
麦わらの一味の女航海士。
初めて彼女を目にしたのは、アラバスタでのこと。
市民を巻き込んだ無残な殺し合いを止めようと、必死になっていた姿。
ボロボロの身体をアルバターナの裏道に横たえ、死んだように眠っていた姿。
あの時も、国の乗っ取りを企むクロコダイルに敵対する麦わらの一味と、不本意ながら共闘する羽目になった。
スモーカーさんと共に麦わらの一味を追い始め、既に3年近く。
彼らが姿を隠していた2年間、海軍内での地位をあげるために仕事に明け暮れていただけでなく、一味の行方や素性を探ろうとあらゆる伝手を辿り調べた。
アラバスタの一件はもとより、彼らが最初に賞金首となった原因である対アーロン戦。それ以前にもクリーク海賊団とバギー海賊団を倒している彼らに、市民を略奪したという記録はない。
それどころか全ての場所で、彼らと直接関わった一般市民たちは海軍に非協力的で、麦わらの一味を救世主であるとさえ考えている節があるのだ。
彼らが正式に世界政府の敵として名をあげられた、ウォーターセブンですら。
『負け犬は正義を語れねェ・・・せいぜい、正義の話し合いでもやってろ』
クロコダイルの言葉はまだ胸に突き刺さったままだ。
正義と悪。海軍と海賊。
大量殺戮兵器を開発する元政府科学者。
誘拐補助をする海軍中将。
黒幕は政府公認の海賊。
縁もゆかりもない子供たちを救出した麦わらの一味。
「ナミ・・・さん?」
薬物の処置をするというトラファルガーに子供たちを引渡し、一息ついている彼女に声をかけた。
派手やかな長い髪に縁どられた整った容貌。その身体にはしかし、若さに似合わず世間の裏側を歩いてきたことを示す、少なからぬ傷跡があった。
「あの・・・麦わらが、子供達のことはあなた次第だと・・・」
「ああ、そうね。私が最初にあの子達を助けるって決めたから、私の責任になるのか」
「何故・・・ですか?」
「たしぎさん、だっけ?敬語使うのやめてくれる?私の方が年下でしょ?それに海賊だし」
くすくす笑うと、一見冷たくさえ見える美貌が崩れ、幼いといってもいい表情になる。
「助けてって、言われたから」
肩をすくめる。
「でもそれだけで・・・」
何故、海賊のあなたがそこまで。
真正面からこちらに向き直った透明な双眸は、人の心を見透かすかのようだ。
「子供達を助けるのに、それ以上の理由がいるの?」
私を試しているのか。
だがその瞳の奥に覗く問いかけは・・・。
真っ直ぐに目を合わせ答える。
「いいえ。いりません」
柔らかさを増したほころぶ花のような微笑。
言うならば、今しかない。
「海軍を、信用できないのかもしれませんが・・・」
見知らぬ子供達を救おうとした、目の前のまだうら若い女性が、
海賊となる選択をせざるをえなかった、その人生を思った。
「お願いします!子供達の事は私に預けてください!!」
ヴェルゴと顔を突き合わせていながら、情報の断片を手にしながら、
誘拐の事実に気付けなかった自分が、情けなく悔しかった。
「私が絶対に責任を持って、彼らを親元に届けることを、約束します!」
・・・知らず溢れた涙が頬を伝った。
「・・・いいわ」
こちらの気負いが拍子抜けるほどあっさりと、彼女は答えた。
「私からも、お願いしようと思ってたのよ」
*
タンカーの内部をついていくと、広い食堂にたどり着く。
ストックされていた酒が目当てだったらしい。
「質はともかく量はあるわね。教えてやるか」
小瓶の栓を開け、行儀悪くそのまま口をつける。
あんたも飲む?と一本投げて寄越す。
勤務中は・・・と言いかけ、この状況で勤務も何もないと思い直した。
「別に海賊だからと言って、海軍全てを目の敵にしているわけではないのよ」
ちょっと考え込むように小首を傾げる。
「あまりいい目にあったことが無いのは確かだけど・・・」
既に半分に減っていた瓶の中身を、水でも飲むように勢いよく飲み干す。
「私の命を最初に救ってくれた人は、海軍の女海兵だったわ」
遠くを見るように目を細めた。
「それにあんたとケムリンと共闘するのは、2度目だし。ね」
「そ、それは他に選択肢が無く・・・」
「まあね。でも、私達を捉えるよりもアラバスタの平和を選んだでしょう。今日だって子供達のこと優先した。それは海軍って言うよりも、あんたの正義なのかなって」
海軍の絶対正義と私の中の正義。
「海賊のあなたが、正義を語るのですか?」
「別に。私は海賊だから、やりたいことしかやらない。
子供達も助けたかったから助けただけ」
正義なんて言葉は必要ない。自由なのだ。そう強い眼差しが語る。
「だから、あんたを信じて子供達を任せるのも、私の意志」
「・・・約束は守ります」
「約束・・・ね。やたらその言葉にこだわる男を知ってるけど」
何故か複雑な表情。
「子供達を親元に帰したいというのは、・・・私の意思です」
それが正しいからでもなく。
約束でも義務でも、命令でも仕事だからでもなく。
ただ、何を於いても、そうしたいと欲するから。
・・・こんなことでは軍人失格だが。
*
海賊に会わせろと騒ぐ子供達に閉口しながらも点呼を終え、タンカーの外へ戻った。
何故か大騒ぎだ。
「んナミすぁ〜ん!ロビンちゅあ〜ん!たしぎちゃ〜ん!食事の用意が出来たよ〜!!」
ウェルゴの攻撃から身を挺して私たちを庇った黒足。
世間が決めたことなど、自由な海賊には関係ないと言う。
G−5も、シーザー・クラウンの部下さえもが、すっかり麦わらの一味の宴に巻き込まれはしゃいでいる。スモーカーさんは苦笑いだ。
「あんた、ゾロを追ってるんでしょう?話しに行かなくていいの?」
ぎくりとしたことを、隣に座る鳶色の瞳に気付かれないように祈った。
不覚にも助けられた後、G−5に合流してからはずっと避けていたのだ。
「む、麦わらの一味で、海賊であるロロノアを追ってるんです。
今は逮捕できる状況でないのだから、なにも話すことはありません」
「ん〜。奴に惚れて追ってるんじゃないの?」
「なななな、何言ってるんですか!?」
「やけにご執心のようだし」
さっきからちらちら目で追ってるじゃない。
面白そうにきらめく瞳。
「け、剣士として・・・惚れ、いえ、尊敬しては、います」
私は何を言っているのだろうか。
妖刀鬼徹を手なずけたその気迫。
あれほど峻烈な気を放つ剣士を見たことがなかった。
「だけどあの男は、私に刃を向けない。
・・・女など、相手にする価値もないと言うかのように」
それが口惜しく、追いつこうと、追いつきたいと、ずっとその姿を求めていた。
「悔しいんです」
「・・・確かに、腹の立つ男よね。いろいろと」
「え?」
「いえ。でもあいつは必要とあらば、女でも斬るわよ?
必要でなければ、男に殴られても殴り返す事すらしないけど」
「確かに・・・雪女を一刀両断にしてましたけど・・・」
「そうなの?私たちの前では受けてばかりだったから、てっきり・・・」
「えぇ、バッサリ」
大辰撼。気迫のみで敵を圧する苛烈なまでの力。
「あの一撃はなんとも・・・」
「腰にきた?」
「は?」
「わかんなきゃいいのよ」
・・・わかる。
ローグタウンでもパンクハザードでも、あの男の技に圧倒され、立ち上がることが出来なかった。
「・・・でも、とどめは刺さなかったんですよ。結局」
「勝敗が決まったんなら、いいんじゃない?
わざわざとどめなんか刺すとこ見たことないわよ。男女問わず」
確かに、麦わらの一味と対戦した相手に、重傷者は多くとも直接の死者は存外に少ない。
「あなたとも対戦したんでしょ?でも、刃を向ける必要もないほど勝負はついてる。違う?」
・・・その通りだ。
全く相手にならないのは、私が女であることとは関係ない。
なのに私を斬らないことを、性別のせいだと思いたがったのは、
「あんたとは戦いたくない、別の理由もあるのよ。あいつには」
剣士として敵わない自分が、
「・・・私とそっくりな亡くなられた親友、ですか」
女であることを認めさせたかったのだろうか。
「・・・知ってんのね」
剣士としても、一個の人間としてさえ、私を認めないあの男に。
「そんな子供じみた理由・・・」
他者の面影をしか、私に見ない男に。
「男と女、海賊と賞金稼ぎ、海軍の区別さえ、あいつにはどうでもいいのよ。その親友との約束を果たすため、ただ世界最強の剣士を目指しているだけだから」
刀が悪事に使われることは許せなかった。
あの男の剣が純粋なものであることは、刃を交わらせた時から知っていた。
「だからあいつと戦いたければ、女がどうとか言う前に、腕をあげるしかないんじゃない?」
あいつが弱いものに刃を向けることはないから。
あんたが先に最強になれば、嫌でも対戦できるわよ?
私のくだらない言い訳をあっさりと粉砕してくれる。
「まあ、女性で海軍なんて組織にいれば、いろいろと思うこともあるんだろうけど」
男社会の組織で、女であることの不利は味わってきた。
だが、女であることを理由に、弱音を吐いたことなどなかった。
あの男に出会うまでは。
「・・・女だてらに海賊というのも、なかなか厳しいのでは?」
「ふふ。そう悪くないわよ」
新世界の海を行く女海賊。
波間に咲く花の様なその艶やかな笑みは、自分の価値を知り、最大限に生かすすべを知る女のものだ。
本当に強い女は、女であることを不利ととらえず、武器としている。
私にそういった才覚が無いことは、自覚している。
ならば正攻法で挑むしかない。
・・・強くなりたい。
ロロノアはG−5の剣士達と酒を酌み交わしている。
大口を開けて笑うその姿は、片目のつぶれた凶悪な面構えにも関わらず、海賊と言うよりはただの青年剣士だ。
・・・剣士として、惚れている。
その言葉に嘘はない。
追いたい。たとえ追いつくことが出来ずとも。
あの男の行きつく先を見たい。
そこが頂上であれ、地獄であれ。
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(2013.08.11)