海に咲く花  ― 4.ナミサイド ― 
            

uuko 様




「あら、ナミ。お帰りなさい」
ゆっくりだったのね。またお風呂入ってたの?



一旦眠ろうとしたものの寝つけず、航海日誌の続きでも書こうと図書室に向かったところを、ゾロに襲われた。
魚人島からここまで、最後に二人きりになれた時から、それほど日が経ったわけではないのだけれど。
いろいろありすぎて、はるか昔のように思える。

その、いろいろ、の中には、心につきささった小さな棘のような、彼女の姿があったから。
あいつの動揺の理由が、分かりたくもないのに理解できてしまって、
暴力的ともいえるほどの性急な欲望を、拒むことが出来なかった。
けれど同時に、いらだちにまかせ、あいつの心臓にナイフを突き立て、
えぐるようなことを言ってしまったかもしれない。
喧嘩はいつものことだが、今回のそれは理由が問題だ。

黒髪の女剣士。
ゾロが世界一の大剣豪となることを誓った少女に、生き写しの女性。
少女はあいつの初恋で、女剣士は理想の女なのだろうと思う。
純粋で一途、秘めた情熱で真っ直ぐに人を捉える。
ひねくれた私とは正反対だ。

・・・追い続ける海賊剣士のことを語るその瞳は、恋する女のものだった。
海賊と女海兵の許されざる恋。
なんだかなそのお約束な設定は。
彼女のことは、私(真の恋の邪魔をする意地悪な恋敵?とりあえず絶世の美女)も結構気に入ったりなんかしているのだが。
応援するか〜。でもあんなケダモノにあの純情カワイ子ちゃんはもったいないわ〜。
ってあれ?なんかちがう。
「あぁ、コンチクショウ!」


「ナミ。ちょっと静かにしていてくれる?」
横座りでモモに膝枕をしたロビンは、ベッドの背に上体をあずけ、目を閉じている。

トラファルガー・ローを見張っているの。
彼、ずっと一人で甲板にいるのよ。別に怪しい動きをしている訳ではないのだけれど、念のため。
ただでさえ海賊同盟には裏切りが付き物。
その上、彼は政府側、七武海の一人。用心するに越したことはないわ。
ルフィは、すっかり信頼しているけど。命の恩人じゃ、仕方がないわね。
ただでさえ、人を信じすぎる子だし。

そんなことをつぶやきながら、ロビンは、ルフィの名を口に出すたびにいつもするように、愛しげな笑みをうっすら浮かべる。

「あら、ゾロだわ」
甲板のマストにでも目をはやしているのかしら。
どこから出てきたのかまでは、見てないでしょうね。
「ローのこと、気にしていたのね」
アラバスタの後わたしが乗り込んだ時も、最後まで警戒をとかなかったのはゾロだったし。
彼としては、当然の行動かしら。

そう言えばそんなこともあった。
「あいつ、人見知りで心配性だから。意外と」
その辺は感性の似たルフィと正反対。
ゾロが麦わらの一味の番犬として警戒を張っているから、他が皆のほほんとしていられるのも確かなのだが。

・・・仲間として最大限に信頼している。
男と女である前に、対等の仲間でありたい。
永遠の愛など求めない。
誓いも、約束もいらない。
愚鈍なまでに真っ直ぐなあの男が、心のままに生きることを願ってやまない。
枷となるぐらいなら、こちらから断ち切ってやる。


ロビンがほっと息をついた。
「ゾロがローを見張るつもりなら、任せておいても大丈夫ね」
「ん。わたしも寝るわ」
「あ、ちょっとまって」
二人が話を始めたわ。ナミも聞く?

眼だけでなく、耳も生やしていたらしい。
「・・・聞く」
ロビンの声が二人の会話をなぞり始めた。



『男部屋で寝ないのか?』
そうそう、なんで?
『・・・いびきがうるさい』
たしかに。でも。
『いつ敵に回るかもしれねえ余所の海賊船に一人で乗り込んでくる、死の外科医とあろうものが・・・』
「・・・そこまで図太くはないのね」
寝不足に慣れたような目つき。ハンサムなのに、やたら不健康そうな眼の下のクマ。
「結構デリケートなのかも」
ロビンと顔を見合わせ、くすりと笑い合う。

『・・・同盟に反対もしなかったのは何故だ。船長の無謀をいさめるのが副船長の役回りだろうが』
ふ〜ん、やっぱり一般的にはゾロが副船長だと思われてるわけか。
副船長らしいことなんか、何にもしやしないんだけど。
ルフィの言うことは、諌めるどころかたいがい聞くし。
船長命令は絶対、とかって。

ロビンの声が、会話をたどり続ける。
刀とか能力のこととか・・・
研究所の天井がぶっ飛んだあれは、トラ男の仕業だったのか。
一定空間内ならなんでもありなんて、ずるい能力もあったものだ。
雪男から助けてもらったから、あんまり文句言えないけど。

『あの、人格入れ替えのやつも能力かよ』
そうそう、あれだけはやめてほしいわ。
よりにもよって、フランキーとサンジくんと体交換なんて、ほんっとありえないったら。
乙女の身体をなんだと思ってんのかしら。
あ、サンジくんへの借金、ちゃんとつけとかなきゃ。

『・・・確かに、自分の女が別の男と入れ替わんのは、面白くないだろうな』
「んぶっ!?」
女、ってわたし?自分の女ってゾロのってことで・・・
「ちょっとロビン、待って!」
なんでバレたの?
あわててロビンを止めようとしたけど、突然ベッドから生えてきた手でがっちりホールドされる。
「お風呂から一緒に出てきたのを見られてたみたいよ」
うう。一緒には出てきてないんだけど・・・。

「・・・あら」
ロビンが眉をひそめる。
「ゾロが、消えろって。わたしの眼に気付いてたのね」
この後は聞かれたくないみたい。いいところなのに。
ってそりゃそうよ。わたしもいやよ。どんな話になるやらわかりゃしない。

「この目と耳を消すと、次のは少し遠いのよね。ちょっと聞き取りにくいわ・・・」
いったいどれだけ生きた盗聴セットを仕込んでるんだか。
わたしとゾロの制止なんか、最初から聞く気もないロビン。
続きは聞きたいような、聞きたくないような・・・

『・・・麦わら屋か黒足屋の女かとおもっていたのだが』
どこをどう見たらそうなるのかしら。
「ねぇ、ロビン。そんなふうに見える?」
「ん〜、どうかしら・・・」

『・・・あの女が本当に航海士だったことの方が驚きだ』
あら、そっちのほうがゾロの女にみえないってことより、むかつく。
『ログポース腕にはめてんだろう・・・』
そうよ。どこに目をつけてんのよ。
『新世界には、熟練の航海士しかいない・・・』
むむ。つまりナミちゃんが若くて可愛いから、新世界を渡れるような年季の入った航海士には見えないってこと?それなら許す。
『・・・あの女の操船見たろ』
『・・・そうだな』
あら、納得してるわ。わかったのならいいのよ。

『・・・さっきてめェ、おれを副船長と言ったが・・・そりゃ間違いだ。
・・・おれは確かに賞金額は二番手だが・・・ただの戦闘員だ』
ゾロったら。自分の立場をちゃんと認識してんじゃない。
まあ、一応あたしたち皆、あんたがいろんな意味でナンバー2なのは、認めてるんだけど。たぶん。
「・・・あら、ゾロは副船長じゃなかったの?」
って、ロビン。
「あんた今更なに言ってんの。うちには副船長なんて肩書きないじゃない」
「肩書きで呼ばないだけで、そういうものなのかと・・・」

『強いていうなら・・・あの女が裏船長ってとこだ。
航海中はあいつの命令が絶対・・・。
それ以外でも・・・あの女に逆らえる奴はこの船にはいねぇ』
げっ。それは・・・。
「べた褒めね」
「いやいや、皮肉でしょ」
貶してるんじゃないかしら。ゾロの言うことだし。
『・・・あいつはおれ達の進む道を指し示す、指針そのものなのさ』
マジなの?
「ほら。あなたを認めてる、ということでしょう。
それに、彼の言葉は真実。あなたこそが、麦わらの一味の指針なのよ。ナミ」
ロビンまで・・・もう。
いてもたってもいられず、枕をむぎゅっと抱きしめてみた。

人が悶えているうちに話が進んでいる。
『・・・おれの女っつうのも、ちょい違うな』
違うの?ふ〜ん。あっそう。
『・・・女は女自身のものだとか、しゃらくさい綺麗事を並べる気か?』
まぁ、無難に言えばそういうことだと思うけれど。

『そんなんじゃねぇ。
ただ・・・今・・・あいつがおれに惚れてて、おれがあいつに惚れてる。
・・・それだけのことだ』

!?
「なっ、とつぜん何を言ってるのあいつはっ!!」

誰が、誰に?
惚れてる。とか。
「あいつ今まで、あたしに一度だって、一言だって、そんなこと言ったことないくせに!!」

顔が火照る。
違うのよ。照れてるんじゃないわ。
怒りで頭に血がのぼったのよ。

ロビンが不思議そうに目を向ける。
「まぁ。彼、本当に今まで、あなたに気持ちを伝えたことが無いというの?」
ないです。
ありえません。
だって、そんなこと言うような男じゃないし。
あたしも言ったことないし。
お互いにそういう話を、言葉を、口に出さないのが、
ほとんどお約束というか、暗黙の了解になってたというか・・・。

「だいたいなんで、よりにもよって、あんな奴に言うのよ?!」
「・・・いわゆる牽制、というものじゃないかしら」
あたまがぐるぐるする。
ロビンがまだ何かぶつぶつ言ってるけど、耳鳴りがして聞こえない。

「ほらね。ロー、あなたに手を出すのはやめておくみたいよ。とりあえず」
ゾロもやるわね。4億越えの七武海相手に、刀も抜かずに真剣勝負に勝利だなんて。
アイのチカラというものかしら。

そんなことをのたまいながら、
ふふふ。と。
ロビンは、例の悪魔の含み笑い。

「・・・ナミ。泣いてるの?」
「泣いてません!」
目から汗が出てるだけ。それも冷や汗、あぶら汗のたぐいよ。
とんでもない精神攻撃を受けた時に出るみたいな。
嬉し泣きなんかでは絶対にありません。

だって、あんなの反則だ。
ひどい喧嘩したばかりなのに。
どの口が惚れてるとか言うのよ。
クールなナミさんを通してきたのに。
明日からまともにヤツの顔を見る自信が無い。
「・・・やっぱりあんたの盗み聞き作戦なんかに乗るんじゃなかった」
「どういたしまして」
にやにやしてんじゃないわよ、ロビン。ありがとうなんて、言ってないわ。

・・・枕に突っ伏して頭を抱えたまま、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

***

次の日は、朝からの大ニュースに続いてドレスローザに向かう航海でばたばたしていたから、上陸組のゾロとはほとんど口をきく暇もなかった。

別れの前にきゅっとゾロの服を掴む。
「・・・ねぇ、ちょっとあんた。わたしに惚れてるってホント?」
ちっ。ロビンのヤツ。やっぱり聞いてやがったか。
苦い顔で舌打ち。
「アホかてめェ、何をいまさら・・・」

奴はにやりと口の端を上げ、一瞬のキスを落とした後、新たな冒険へと飛び出していった。




FIN


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(2013.08.21)


<管理人のつぶやき>
ゾロとローの会話を、ロビンの能力で立ち聞きしてたナミさん。たしぎのことに思い巡らせていたナミにとって、ゾロの言葉はとても嬉しかったはず^^。たしぎ、ゾロ、ナミ、ローの織り成す複雑な四角関係。これからどうなるのか、まだまだ見ていたい気がします。

uukoさんの4作目の投稿作品で、『海に咲く花 3.ローサイド』の続きでした。4連作、お疲れ様でした&ありがとうございました!!

 

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