あしたのわらいかたをおしえて
            

鰐園ばなな 様




 刃みたいだねからだ
 卑猥な音が響いてる
 軋んだてのひら
 傷つけてばかりで



 お皿と水の擦れ合う音が骨に軋むみたいに響いていた。
 他の奴らはさっさと昼食を終えて皆町へ繰り出してしまったから、いつもよりもどこか殺風景になったこの部屋に、あたしはサンジくんと二人でいる。
 頬杖をつきながら彼の作ってくれたオレンジパフェを一口食べて、その背中をじっとりと眺める。
 彼は男のくせに、妙に艶っぽい。太陽のようなブロンドの髪とか、だけれど雪のように真っ白な腕とかが。
 蜘蛛の糸みたいにあたしを絡め取って、呼吸すら出来なくしてしまう。
 この部屋さえも、まるで、水槽のように。
「美味しい?」
「え?」
 彼はあたしに背を向けたまま言った。
「オレンジパフェ」
「あ。あぁ……うん、美味しい」
 ふいに話しかけられて、あたしは曖昧な返事をした。
 ベルメールさんの畑から摂ったみかんが美味しくないわけないじゃない。
 そうやっていつもみたいに軽く毒づくつもりが、彼の水圧がそれをさせなかった。
 ああ、溺れて、しまいそう。
「ナミさんは出かけなくていいの?」
「サンジくんこそ。食料調達しないと駄目なんじゃない?」
「いや、食料は前の町でありったけ買ったし、余分に調達して腐らせたくないからね」
「……あいつらなら、腐ってても食べそうだけど」
 彼はあたしの冗談に少しだけ笑って、確かに、と呟いた。
 オレンジソースのかかったスポンジを生クリームに絡めてひとつ、口に入れる。それはやんわりと舌の上で溶けていって、やがて消えた。
「……今日、天気、いいから。ずっと」
 忘れられない8年間。失えない記憶。もう永遠に取り戻せない大切な人。
 裏切って、逃げて、裏切られて、騙して、憎んで、憎まれて、追われて、壊して、崩して。
 神様に祈ったことなんて一度もなかった。18年間生きてて、一度も。
「太陽の光って、たまにすごく眩しすぎるのよ」
 まるで汚かったあの頃のあたしをありありとあぶり出されているような気がするの。
 記憶が照らされて、体が焦げていく。焼かれた瞳から、涙が落ちそうになる。
 呼吸が止まって、苦しくて、死んでしまうんじゃないかって。
「だから」
 こんなふうにまどろんだ幸せを太陽に見つめられると、罪悪感を覚えるのよ。
 お前なんかが、生きていていいわけないだろって。
 笑っていていいわけ、ないだろって。聞こえるの。水の音。
 こころを奪っていくみたいに。
「だから、ね。買い物は、日が沈んでから」
 スプーンを持つ指先が少しだけ震えてた。彼は黙って聞きながら手を動かして、しばらくの沈黙の後、エプロンを脱いであたしの前に腰かけた。
 腕組みをして、優しい顔で、見つめて。
 ただ、それだけで。
 ただ。
「いいわよ、笑っても」
「まさか」
「じゃあ、同情する?」
「……いいや」
 彼はタバコを一本取り出して、慣れた手付きで火を点けた。
 吸って、吐いて、その艶やかな唇から逃げていく煙。天井を染めて。
 淡いニコチンの香りが、細胞組織を貫通して皮膚に染み込んでくる。
「愛しいなと、思って」
 そう言って笑うの。いつも。ただ優しい顔をして。
 まるで恋をした時と一緒。泣きたくなるほどの愛に似て、でも微かに痛みがある。
 そんな瞳。唇。指先。体。すべて。
 すべて。
「明日の笑い方なら、俺が教えて差し上げますよ」
 どきどきした。嫌になるほど、どきどき、した。
「……ばか」
「キスでもする?」
「きらい」
「きらい?」
 触れる唇。冷たい手。まっすぐな瞳。
 愛が唇を割って、流れ込んできて。彼は絡め取っていく。あたしの全てを。
「うそ」
 溺れるほどの、キスで。


「すき」



fin.


(2007.07.01)

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<管理人のつぶやき>
過去の8年間のことで心に闇を持つナミ。太陽の光はまぶしく過ぎて。
でも、なんでも優しく受け止めてくれるサンジくんが、そんなナミさんを癒してくれるでしょう。
サンジくん、大人びててかっこいいなー^^。

鰐園ばななさんの初投稿作品です!二次創作はこれが初めてだそうで・・・。
お初の作品を投稿してくださり、どうもありがとうございましたーー!

 

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