足の甲を見て歩いた
いつも履いている茶色のサンダルと石畳を見て歩いた
『こんな歩き方私ラシクナイ』 頭のなかでずっと巡っている
ちょっと悲しいとき、落ち込んだときうつむき加減になるのはなんでだろう





彼女と彼女の夢
            

ちえのわ 様






春島の大きな港街はぽかぽかした暖かな陽気で、海鳥たちも気持ちよさそうに停泊している船の上を旋回している。
石畳の道沿いには食料品や日用品、食べ物屋などが連なっていて物売りの喧騒と春の陽気が港町全てを酔わせているようだ。目の前を、大きな魚を担いだ漁師らしい男達が釣果がよかったのかゴキゲンな足取りで歩いていくのが見える。

オレンジ色の髪に長身のスタイル、胸を張って歩けば男たちが振り返るような容姿なのに、今日のナミは街の賑やかな雰囲気から一人取り残されているようにとぼとぼと歩いていた。
なんでこんな気持ちになったのかは、自分が一番良く分かっている。
「せっかくなんだから、ゾロも街に行かない? お金貸すから付き合ってよ」
「......めんどくせぇ」
たった一言であいつにとって自分がどういう存在なのか分かってしまう。
ナミにハートを飛ばしまくるコックならこんな返事は絶対にしない。
こんなことで落ち込んでいる自分が気に入らない。こんな事位で!

下ばかりみていたせいか「ドンッ」と強い衝撃が来るまで気がつかなかった。
あっと思ったときには、道の真ん中に小さな女の子と転がっていて、ナミは固い
石畳に思いっきり膝と肘を打ちつけていた。
『痛−−−−−い!!』膝を摩りながら何とか立ち上がり
「何すんのよっ!」と思いっきり叫ぼうとした時

「待てードロボー このクソガキー」

後ろから、男の怒声が近づいてきた。

ぶつかった相手は声をきくと慌てて立ち上がり、キョロキョロしながらどうしたものかあせっている。
どうやら追われているのはこの子のようだ。大事そうに本を抱えている。
盗んだ本だろうか、とそのタイトルを眼にした瞬間ナミは、「こっちよ」と腕を取っていた。
女の子は驚きながらも一緒に走り出し問いかけた。

「あなた誰?」

「海賊よ」

とにかく走り回って逃げるしかなかった。なんといってもはじめての街、
土地勘もなにもあったもんじゃない。狭い路地をなるべく人気の無いほうに向かう。
ナミが入れる位の広さの建物の隙間に潜り込み、追っ手が来ないことを確かめて 

「ハァハァ...... 何とか...まいたみたいね」

握った手を離し、息をきらしながら座り込む

「ハァハァ... あー... 助かった...」女の子も座り込んだ。
「私の逃げ足について来れるなんて大した物じゃない」
「ハァハァ... お姉ちゃん、逃げるの上手だね 足も速いし!

「私は泥棒だったからね 逃げるのはおてのものなのよ それより怪我はない?」
「大丈夫みたい... お姉ちゃんこそ大丈夫? ぶつかってごめんなさい でも良かったーお陰で逃げられたし」
息を切らしながら、安心したようにエヘヘと笑う。

よく見ると、まだ本当に子供だった。8歳9歳くらいだろうか... 
茶色い長い髪をポニーテールに結いてナミと同じ色の大きな瞳をしている。
利発そうな瞳。広いおでこは、もう離れてしまった仲間を思い出させる。  
あまり上等ではない服を着ているからそんなに裕福ではなさそうだ。

しばらく座ったまま息が落ち着くまでそのまま隠れ、逃げ切ったことを確認すると
今度はその子に連れられて歩き始めた。坂を登り街外れの小高い丘のベンチに腰掛け、心地よい風を感じながら眼下に広がる海を眺めた。

女の子は、自分を助けてくれた恩人を横から屈んで覗き込むようにまじまじと見つめる。
女海賊が珍しいのか子供特有の好奇心に満ちた眼は、ナミをにいたたまれない気分させ腕の刺青を右手で隠す様にさすった。
ふと、その眼差しが不思議そうな色に変わると
「お父さんが海賊は悪い奴だって言ってたけど、お姉ちゃんは怖そうじゃじゃないね。なんで私を助けたの?」
「別に大した理由なんてないわ、ただその本がとても大事そうに見えたから思わず体が動いちゃったのよ。必要だったんでしょ」
「そうなの この本どうしても欲しかったの。でも、うち貧乏だから本なんか買うお金なくて...
けど これがないとどうしても航海術の勉強ができないから困って つい...」
ぎゅっと眼をつぶり 膝を抱えて本を抱きしめる

盗んだ本の表紙には「navigation」という文字があった

「知っているわ、私も持っているから。今でも大切に大切にしているわよ。海に出るには必要だものね」
「えっ お姉ちゃんはもしかして航海士なの?」
「そうよ 航海しながら地図を書いているわ」
「私も地図を書くのが大好き!世界中の地図を描くのが私の夢なの!!」
弾けるような笑顔で言いながら、大きな瞳をキラキラさせる

その子は地図のこと、航海の事についていろいろ話し始めナミがとても博識なことに驚きながら、ここぞとばかり分からないことを聞いたり、地図の書き方のアドバイスを受けたりした。
ナミも女の子との会話が楽しく、しばらく時間も忘れて語りあった。
話しながらナミは、女の子が何年も前の自分のように思えてきた。
まるで、ナミが昔のナミと話しているみたいだ。

 −まるで昔の私... 
 −幸せだった頃
 −命がけで盗みを働くこともなかった頃
 −無邪気で居られた頃の私
過去の記憶がフラッシュバックする
ノジコ、ゲンさん、ベルメールさん... あの頃はよく本を盗んでは叱られたっけ
ナミは話しながら手首に着けている、ノジコから譲り受けたバングルをそっと握り締めた。

「こんな盗みを続けていたら、いつかは親にばれるわ 心配かけるようなことしちゃ駄目よ」
とがめる筋合いではなかったが、思わず口から出てしまう。
「お姉ちゃんだって泥棒だったんでしょ?」
「私は親がいなかったからね....」
「親なんてうるさいだけだよ、この前だって大きくなったら海に出たいってお父さんに言ったらげんこつくらったもん。「女の子が何を言ってるんだ!!!」だって。海に出なきゃ世界中の地図がかけないのにさ!!」
口を尖らしながら言う。

「そんなこと言うものじゃないわよ。海は危険な事も沢山あるのよ」
言いながら、ナミはベルメールさんは反対しなかったな...などと思い出していた。
海軍だったのだから、海が危険な所なのは十分承知していたはずだ、でも、ナミが語る夢をいつもニコニコ聞いていた。もしかして、小さな子供の夢でも、ちゃんと一人の人間の夢として
認めてくれていたのかも知れない。

「おねえちゃんは海賊なんでしょ?海賊は色んな所に行けるんでしょ?いいなあ〜 海に出られて! 私もいつか 海に出る!!お父さんに反対されても 絶対出るんだ。そして航海をしながら地図を描くんだー」
その子は尖らせていた口をひっこめて強い決意を言葉にした。

「それなら、いつかきっとどこかで会えるわね。 あなたにはもう一度会える気がするもの」
「そうかな... なら もし会えた時には私の地図を見せるから、お姉ちゃんの地図も見せてね。それまで私、たくさん、たくさん地図を書くよ!」
「そうね... 私も沢山書くわ 約束よ」
ナミはにっこり笑って女の子の頭をなでた。

海は夕凪になって真っ直ぐな水平線を描き、港に続く丘に日が落ちかけてきていた。
もうすぐ月が見えてくるだろう。船に戻らなくてはならない頃だ。

「ねぇ お姉ちゃんは名前なんていうの」
「ああっ そうね、お互い名乗ってなかったわね。私はナミっていうの あなたは」
「私は ナギ」

ナミは海の方を見ながら言いづらそうにつぶやいた。
「私ね、もう船に帰らなきゃ」
「...そう」
女の子は下をむいて小さな声で答える。

「今日はね、私の誕生日なの。仲間達がお祝いしてくれるんだって」
「ほんとう?誕生日なんだ。おめでとうナミ! そうなら早く帰らなくちゃね!」
すこし声が元気になる

ナミは、どうしも聞きたくなった事を問いかけた

「ありがとう。 ねえ...... ナギ、海は好き?」 

「うん。大ー好き!! ナミは」

ああ、やっぱり好きなんだ
「私? 私は、大好きよ!!」

二人で連れ立って港に向かう。さっきまでのうつむき加減の気持ちがいつの間にか消えて、小さい頃地図を書く度に胸一杯に広がっていたワクワクした気持ちが蘇っていた。
もう、下を向かないで歩ける。

別れ際にナミはしゃがみ込み、ナギと目線を一緒にすると言った
「ナギ、地図を描くことが夢ならば、どんなにつらくても、苦しくても書き続けて。私も、ずっと書き続けるから... またいつか 海で会いましょう 未来の航海士さん!」
女の子は「航海士」と呼ばれた事にちょっと照れたように笑うと

「うん 約束する。じゃあねー。バイバイ」
本を宝物のように抱えて何度も振り返り、バイバイしながら駆けていった。

アーロンに捕まっている時も、泥棒をしている時も地図を書くことはやめなかった。どんな時も夢をあきらめずに書き続けてきた。私はこれからも、あの仲間たちと一緒に地図を書いていこう。
それが、私の夢

「さあ 帰るとしますか」

港の入口まで来ると、前の方から歩いてくる男が見えて来た。
腰に3本の刀を提げている。
ナミには、刀なんかなくても誰なのかすぐに分かった。右手をズボンのポケットに入れてブラブラとこちらに近づいてくる。
「ゾーロ どうしたのー」
ナミは、自然と早歩きになりながら呼びかけた。男は降り注ぐ夕日が眩しいのか眼を細めながらナミに近づいて来る
「よう ナミ どこ行ってたんだよ。遅せえじゃねえか!」
「何 アンタ 迷子になるくせに迎えにきてくれたの?さっき付き合わなかったから悪い事したとでも思った?」
ちょっと意地悪な顔で言ってみる
「うるせえなあ。エロコックがナミが帰ってこねえって大騒ぎしているから、うっとうしくなって散歩に出ただけだ」
きっと口実に違いない。ゾロはナミに会えてなんとなくほっとした表情をしている。あまりいじめるとかわいそうなので、うるさく言うのはやめる事にした。
「まあ、そういうことにしておいてあげるわ ちょっといいことあったから」
「ふうん... 金でも拾ったか」
「あのね...金も大事だけど、私にだって他にも大切な事位あるわよ。...なんかね、昔の自分に会ったの」
「は?」
「もういいから 早く船に行こう。お腹がすいた。サンジ君どんな夕食作っているかしら、楽しみだわ〜」
ナミはゾロを船の方向に向かせると、背中を両手で押しながら歩き始めた。
ゾロはナミに背中を押されながら、つぶやくように言う
「お前の大切な日に、万が一賞金稼ぎに狙われて巻き込むような事になったら、こっちの気分が悪いからな...」
「なに?だから一緒に来なかったの??」
ゾロは返事をしなかった。黙ってナミに背中を押されながら歩いていく。
きっともうこの事についてはもう何も言わないだろう。でもナミには充分だった。
嫌がらずに背中を押されること自体がいつものゾロじゃない。
『変な事には気を使うんだから。落ち込んだ私がバカみたいじゃない』
ゾロの広い背中に抱きつきたくなる

でも、もしゾロと一緒だったなら、あの小さな女の子とぶつかって一緒に逃げる事もなかったかも
しれない。偶然の出来事はナミに一番幸せな頃を思い出させてくれた。

『あの子はきっと昔の私。この出会いは不思議な不思議な私への誕生日プレゼント』

ナミはゾロの背中から手を離すと横に並んで ゾロの逞しい左腕に腕をからめて歩き始めた。
ゾロはちょっとびっくりしてナミのほうをみたが、ふっと一瞬だけ唇の端を上げて笑うとそのまま前を向いて歩き続けた。

夕日が一つになった影を長くのばしている。遠くにメリー号が見えた。






FIN




 

<管理人のつぶやき>
誕生日なのに気持ちが沈んでいたナミが、昔の自分と見まごう女の子と出会います。その子と話しているうちに、自分の夢を再認識するナミ。彼女との出会いは自分の原点に立ち返る出来事でした。おかげで心新たに夢に挑んでいく気持ちになりました!
ラストはゾロがお出迎えvvv ゾロなりに気を使ってくれてたのだと分かり、わだかまりも消えてよかった!いい誕生日になったよね、ナミ?

ちえのわさんがご投稿してくださいました。SSを書くのがこれが初めてなのだそうで、処女作を頂けるなんて、感激です(>_<)。
ちえのわさん、素晴らしいお話をどうもありがとうございましたーー!

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