――――――親愛なる者へ
れーな・K 様
陽射しが、夏の訪れを予感させる頃。
妹から、手紙が届いた。
二ヶ月振りの手紙だった。
グランドラインに入ったとの連絡から
少し間があったのは、何やら色々とあったらしいと察しはついた。
でも、そんな話は微塵も書かれておらず。
船長以下クルーの男どもがバカすぎて困るとか、
気苦労が絶えないから、このままじゃずっと早く老け込んじゃうわ、とか。
そんな楽しそうな愚痴と。
船に積んでいったベルメールさんの蜜柑の様子と。
村のみんなを気遣う言葉と。
「元気だから」の一言。
あの子の笑顔が、見えるようだ。
唯、耐えてきたあの8年間。
その頃よりもずっと遠くを旅しているけれど、
その頃よりもずっと会えなくなっただろうけれど
・・・それでもあの頃よりずっと近くにいる。
妹。
手紙をテーブルに置いて、キッチンに立った。
オーブンからはもういい匂いがしている。
鴨のローストはもうすぐ出来上がり。
母の作ったそれを思い出しながら、蜜柑ソースを味見。
味蕾の記憶は既に朧気だけれども。
当の主役は違う海の上。でも同じ空の下。
今日は青空。
そろそろお客が来る頃。
時計を見る。
テーブルセッティングはもう準備完了。
料理は最後の仕上げだけ。
開けた窓から微風。
カーテンを揺らす。
こんな日がくるなんて、あの頃は信じられなかった。
ドアをノックする音。
時間どおりで可笑しい。
手が空かないのでキッチンから声をかけた。
「どうぞー!開いてるよ」
ややあって応えとともに、本日の来賓2名到着。
声を揃えて最初に文句が飛んできた。
「お客が来たら玄関まで出迎えるもんだぞ、ノジコ」
「そんな改まった間柄のお客ならそうしてるよ、ゲンさん、ドクター。
・・・うわ、凄いそれ、随分張り込んだね」
「今日の誕生花だそうじゃな。花屋にさんざ揶揄われたぞ。
親父が二人雁首並べて何処の美人に贈るのかとな。ほれ」
ドクターから差し出されたのは、ピンクの薔薇の大きな花束。
海を越えて贈ろうかこのまま、と本気で思ったけど、
きっとあの子の手に届く頃はドライフラワーだね。
そこに花瓶があるから生けといてよ、あたしまだ手が離せないから、と
戸棚の前を指差す。
何処がお客だか分からんなと云いながら、ゲンさんが
白い大振りの花瓶に生けてくれた。
テーブルの席は4つ。
主賓の席にはさっきの手紙。
さっきの花束から一輪だけ、抜き取った薔薇をその上に乗せる。
料理をサーブして、安ワインのコルクを抜いて。
ナミの分にも注いで、三人してグラスを掲げて。
「19歳、おめでとう、ナミ」
グラスの向こうに見える、あの子の笑顔。
楽しくやってるかい?ナミ。
グランドラインは遠くて広すぎるから
バースデイプレゼントはちゃんと届いたかな今日までに。
誕生日おめでとう、ナミ。
あたしは、あたしたちはいつでも、ここで。
あんたのことを想っているから。
旅の途中で、旅の終わりで。
夢の途中で、夢が叶った後で。
あんたの幸せは権利なんかじゃなく。
幸せになるのは義務なんだからね
親愛なる、妹へ。
FIN