Sonora

            

真咲星羅 様

 

朝から今日は、何だかウキウキ。
こんな気持ちになるのは、何年ぶり?


年に一度の、私の日。

幼き日に祝ってもらった、幸せな記憶。
この前までは祝う事さえしなかった、辛く苦い記憶。

そうね、私の中では辛い事のほうが多かった。
あの日以来、祝ってもらう事のなかった誕生日。
あの日以来、祝う事なんてしなかった誕生日。

……ひとつ歳を取る度思うのは、無力な自分。
解放される日を夢見て生きていた日々の、辛い指標。
この日が来るたび、思ったこと。
『今年もまた解放できなかった』

朝から盛大に繰り広げられる、賑やかな宴。
ま、みんな騒ぐ口実が出来て喜んでるだけだろうけど。
それでも、こうして誰かに祝ってもらえる事が嬉しい。
解放できた喜び。
解放された喜び。
あれから、もう随分経つけれど。
あの日の気持ちは色褪せない。

これからは、ずっと幸せなバースディ。



「ナミさん、お誕生日おめでとうございます。」
そう、声をかけてきたのはサンジ君。
手には大きなホールケーキ。
「あなたのために用意した『カーディナル』です。
ちょうど夏島で、よかった。」
綺麗なオレンジ色をした、この真夏の太陽みたいなケーキ。
手馴れた手つきでカットする。
切り口も、また綺麗だった。
「オレンジムースをベースに、ナミさんをイメージして作りました。
紅茶は、アイスミントティーです。」

一口、食べる。
さすがサンジ君。みかんの味が、しっかり生きてる。
サッパリとして、それでいて後を引く美味しさ。
「美味しいわ、サンジ君。ありがとう。」
よく冷えたムースが、この季節の島に良く似合う。
カランッと氷が涼やかな音を立てた。
紅茶も、また美味しい。

「喜んで頂いて、光栄です。今のは、この船のコックとしてのプレゼント。
……ここからは、オレ個人からのプレゼント。」
ニッと、屈託のない笑顔で私に微笑みかける。
「……え……?」   思ってもみなかった。
ここ数日、この船はどこにも停まっていない。
それなのに、プレゼントがあるなんて。
ケーキだけでも十分、って言うくらいの満足感。
まぁ、サンジ君がこのイベントを見逃すわけないんだけど……
驚く私を尻目に、す…とスーツのポケットから小さな包みを取り出した。
「どうぞ、ナミさん。」
目の前に差し出された、可愛い箱。
「開けてもいい?」
「はい。」

中から出てきたのはクリスタル製の髪留め。
透き通ったガラスが、キラキラと反射する。
「どう?気に入ってもらえた?」
ホント、一体いつ用意したのよ……
こんな良い物売ってるような街なんて、随分行ってないのに。
「うん……ありがとうサンジ君。こういうの欲しかったのよ。」
嬉しいのは、欲しいものだったからだけじゃない。
この気持ちが嬉しい。
プレゼントを見れば判る。
きっと、何ヶ月も前から準備してたって事。
コックとしてだけじゃない、サンジ君の気持ちをもらった気がした。



「ナミー、今日はめでたい日だ。だから、これやるよ。」
そう言ってきたのは、ルフィ。
持ってきたのは、ルフィのお気に入りの肉。
骨のついた、大好物の肉。

「よかったな、ナミ。」
「んー?何が?」
ルフィからもらった肉を小さく切って食べる。
見た目からは脂っこいって思ったけど、思ってたよりサッパリしてた。
「だって、こうして誕生日に騒ぐのなんて、久しぶりなんじゃないのか?」
……たまに、ルフィは核心を衝いた事を言う。
「……そうね。」
そう。確かに、そう。
ルフィがいなけりゃ、みんながいなけりゃ私はここにはいない。
こうして幸せな日を過ごすこともない。

ルフィに会えた事、私がここにいられる事が、ルフィからのプレゼントかもしれない。



「あら、航海士さん、一人?」
「ええ。今日の主賓なのに。ま、そういう連中だけどね。」
私の隣に座ったのはロビン。
相変わらずの、落ち着いた雰囲気。
ロビンがバカ騒ぎしてたら、それはそれで怖いケド。
「今までこうしたお祝い事って、したことないからよく判らないのだけど……」
少し、躊躇いながらラッピングされた包みを出した。
「プレゼントを贈るものだって、コックさんから聞いたわ。」

予想外の、展開だった。
まさか、ロビンからこんな事してもらえるなんて思わなかったもの。
普段から彼女の口から聞く言葉。
『私は闇に生きてきた』
そんな彼女から、プレゼントをもらえるなんて……
これも、この船に乗ったせいかしら?
最初の頃から比べると、随分表情豊かになった気がする。
「慣れないことはするもんじゃないわね。どうしていいか、判らないもの。」
ふふ・・・と微笑を浮かべながら言う。
見事なまでの黒髪が、風に靡いている。

「開けても?」
「ええ、どうぞ。」
丁寧にラッピングされた包みを開ける。
中から出てきたのは、カクテルグラス。
「ありがとう、ロビン。嬉しいわ。」
「……何だか恥ずかしいわね。こういうのって。」
目を細めて言う。
もしかして、照れてる……とか?
「そう?」

ロビンから貰ったもの。
それは、この行動かもしれない。
『闇に生きた』と言った彼女の、この行動。
彼女風に言えば、『光の中で生きる』事。
私と似ているかもしれない、過去。
このボケた連中ばかりの船の、唯一の理解者。
その博識さ、冷静さは貴重な財産。
決して普通とは言えない生活だけど、あなたの新たな一面を見た気がする。



「ナミー、誕生日おめでとう!」
「ナミ、このウソップ様特性のスペシャルアイテムをプレゼントだ。」
チョッパーとウソップが声をかけてきた。
「ありがとう。で、何をくれるの?」
私はチョッパーを抱きかかえた。
「前にナミが欲しいって言ってた薬、作ったんだ。」
飾り気のない袋を受け取る。
「ナミ、お前何頼んだんだ?」
「薬よ。安心して、ヤバいものじゃないから。ね?チョッパー。」
もこもこした身体が、気持ちいい。
……夏島だから、ちょっと暑いんだけど。
けど、チョッパー見てると抱きかかえたくなるのよねー。
「当たり前だろ?おれは医者だ。体に悪いもの渡すはずないよ。」
「ありがと、チョッパー。嬉しいわ。」
空のように青い鼻に、そっとキスする。
「へへ・・・・・」
可愛い。
チョッパーは照れたみたいで、帽子を深く被り直した。

「で、ウソップ、あんたは何くれるの?」
「おれか?ほら、力作だぜ?」
ウソップからは、至って実用的な物。
海図を書くときに使う道具一式。
全ての道具に、私の肩の刺青と同じ絵が入ってる。
芸が細かいわね。
………でも、嬉しい。
私の刺青は大切な家族の証。
私の夢を叶えるための道具に、この証が入ってる事。
私は、もう一人じゃない。
村に帰れば家族がいる。
ここには、大切な仲間がいる。
その証になるから。

「ありがとう、この絵も。」
「お、気付いたか。中々いいだろ?」
自慢げに笑う。
いつものバンダナをつけてないからかしら?
何だか、少しカッコよく見えた。
「うん。ホントこういう事に関してはプロ並よね、あんた。」
ウソップの手先の器用さは、誰にも負けない。
そういえば、この船のジョリーロジャーを描いたのもこいつ。
「これ以外にも素晴らしい才能があるぜー?例えば……」
「ん、ありがとう。二人とも。ありがたく使わせてもらうわ。」
私はウソップの長くなりそうな話を途中で切った。

この2人からもらったもの。
チョッパーからは、長い航海での安らぎと、安心。
あなたの姿に、あなたの能力に。
私は何度も助けられた。   ウソップは、その器用さ。
決して景気の良くないこの船の、頼みの綱。
あなたの力がなければ、この船は破産、そして破壊してたかもしれない。



楽しい時間が終わるのは、あっという間。
辛い時間は長いのに、神様は不公平ね。

もうすぐ、『今日』が終わる。
一年に一度の、私の日が。
でも………
でも、まだ私に何も言ってくれてない人がいる。
誰よりも、私はあなたの言葉が聞きたいのに。

今夜は、ロビンが気を利かせて部屋にはいない。
きっと、キッチンへ行ったのだろう。
彼の待つ、仕事場へ。
ついさっきまでの賑やかな宴がウソみたいに静まり返る、この部屋。
決して広いとは言えない部屋が、何だかとても広く感じる。

「ナミ、いるんだろ?」
部屋の片隅、ロビンから貰ったグラスでカクテルを口にする瞬間。

心臓が、止まるかと思った。

愛しい声。

「………遅いわよ、ゾロ。」
喜びを隠すかのように静かに、淡々と。
「先に始めてんじゃねぇよ。」
「あら、来ないかと思ってたもの。」

極めて、自然に。
ゾロは私の隣に座る。

「……俺はプレゼントなんて、用意してないからな。」
「いいわよ、あんたには期待してなかったから。」
そう。
ゾロにはそんなお金なんてないし、そんな事する人じゃない。
元から、期待してない。
私が欲しいのは、物じゃないから。
形なんて、なくてもいい。
大切なのは、その気持ち。

「悪かったな……その、何もやれなくて。」
少し、きまりが悪そうにそっぽを向いて言う。
……プレゼント、用意するつもり……だったの?
「だから、いいってば。それより……くれるんでしょ?」
そっと、ゾロの首に手を回す。
触れ合う場所から、互いの温もりが溶ける。
「あぁ……お前が満足するまで、くれてやる。俺ができるのはこれぐらいだからな。
………誕生日おめでとう、ナミ。」
優しく、熱いキスの雨が私を襲った。

あなたがここにいる事。
こうして、肌を重ねる事。
あなたの存在こそ、最上級のプレゼント。
愛を忘れた私に、再び大切な事を思い出させてくれたから。
一緒の時間を過ごせる事さえ、愛しい。

頂点を目指す、その瞬間。
『今日』と『明日』の境目が近付く。
『今日』という、この日の終わりにあなたといられて本当に良かった。

この長い人生の中で、今日という日を私は決して忘れないだろう。
大切な仲間。
大切な人。
知り合って、決して長いとは言えないけれど。
みんなからもらったものは、物だけじゃない。
何気ない、1日1日が大切なプレゼント。
みんなといられる事、その存在こそ私の宝。



きっとこれからは、ずっと幸せなバースディ。





FIN

 

<管理人のつぶやき>
開放されてから初めての誕生日を迎えるナミ。感無量の様子です。
仲間達からのプレゼントとともに、彼らの大切さを再確認するナミでした。
ラストのゾロはお金は無いけど、愛はある!(笑) でも、それこそナミが心の底から欲していたものなのでしょう。

Marine Delight様でナミ誕記念SSです。DLフリーなので頂いてまいりまいた。
真咲星羅さん、素晴らしい作品をどうもありがとうございましたvvv

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