「何やってるの、ロビン」
「ああ。ちょっと、研究をね」
「 ──── 研究?」
「この船の乗組員の特徴を知っておいても、損はないでしょう?」
「ふーん。よっぽど暇なのね、あんた。で、標的は誰よ。船長?」
「彼なら昨日終わったわ。次は……」
彼を表す十一の言葉
おはぎ 様
@ロロノア・ゾロという人間は、よく眠る男である。
今日も今日とて昼寝中…、といきたいところだが、今日のロロノア氏は日頃と違い目を開けていた。それも昼下がり、食事が終わりする事もなく、訓練するには少々日が高い、嵐もない晴れた日のことだ。彼の普段を知る他の人々にとって、彼が起きてるなんて奇跡に近い。
元々、この船の中に異分子が入り込んだせいで昼寝時間が極端に少なくなった彼だが、今日はそれとまた違った理由で眠ることが出来ないでいた。
彼が眠れない理由。
それは、指揮権を実質上すべて掌握している女性に由来する。
Aロロノア・ゾロという人間は、本質的に押しに弱い。
「 ──── あ? なんだって?」
「だから、今日誕生日なのよ。あんた」
心底、苦り切った様子でナミはそう彼に告げた。普通、誕生日とは自分から人に言うものであって、他人から指摘されるものではない。だが、彼は首を傾げ、そういやそうだったかな、位で済ませた。
「まあ、後からみんなが言うだろうけど、おめでと」
「……どうも」
元々、誕生日、というより体内カレンダー自体が存在しない男である。そういえば、以前この女の誕生日の時に、次の誕生パーティは自分だと言われたか言ったかした記憶はあるが、それと今日はなかなか結びつかない。
ぼんやりしていると、女は面白くなさそうに指を突きつけてきた。
「ということで、いい? これからあんたの誕生パーティの準備をするから、ここで大人しくしてなさいよ。まあ、いくらあんたでも、船の上で迷うとは思えないけど」
「うるせえな。第一、ンなもんいらねえよ」
「だったら、そう言えば? ルフィに」
「……」
誰が何と言っても、ルフィに勝てる人間がいるとは思えない。それがお祭り事ではなおさらだ。
黙り込むことで了承の意思を示した男に、航海士は更に無理難題を突きつけた。
「あと、わたしらが頑張ってあんたのために働いてる時に、あんたにぐーすかぐーすか寝られちゃあむかつくのよ。どうせちょっとのことだし、寝てる暇なんてないでしょ。だから、起きてなさい」
余りと言えば余りな言いぐさに、ゾロのこめかみが引きつる。
「いいじゃねえか、別に」
「い・い・わ・ね!」
船長の場合と同様、彼女がこうと決めた以上、元より彼に選択権などない。
「 ──── 判った」
ということで。
今日の良き日に生まれた、本日もっともめでたいはずの男は船の縁にもたれたままぼんやり雲の動く様を眺めていた。雲の形を何かに例えようと、時折響く物音に頭をもたげようと、暇なことに変わりはない。
この船の中でもっとも賢明な女も、彼にすべきことを与えてはくれなかったのだ。仕方なく、やや早いが訓練でもするかと起きあがり歩き出したところで、彼は船の手すりに奇妙な生き物を見つけた。鳥だ。
Bロロノア・ゾロという人間は、密かに動物好きである。
ところで昨日から、船はとある島に停泊している。
その島は、住民ことごとくが不機嫌で無愛想、無口で排他的という素晴らしい性格をしているため、島の名前すら判明しない。ルフィの笑顔もサンジの口説きもナミの脅しでさえ通用しないのだから、よほどのことだろう。
とりあえず、ログが溜まるまで停泊だけはしているが、物品もかなり高く、住み難いことこの上ない。治安は問題ないのだが、万事がその調子であるため、珍しく全員が船で寝泊まりしている。
もっとも、彼の船長に限って言えば誕生パーティが終わるやいなや、出ていくことは目に見えて判っているが。
それはともかく。ゾロは鳥をしげしげと観察した。
見れば見るほど、妙な鳥だ。全体的に緑色で、大きさはオウムほど。緑色と言っても、綺麗なとか、鮮やかな、とはとても言い難い、淀んで腐った生き物もいない沼の水を酌んできて3日間放置した後の色。とでもいったらしっくりくるのか、とにかく嫌な感じの色をしている。
頭は小さく、その分むやみやたらと派手な、血のように赤黒いとさかが付いていて、嘴は悪趣味な紫色だ。真っ黒で小さな目の周りは、これまた派手な黄色で飾られていて、胸元は青と緑のまだら模様がついている。青はかなり明るい色で、周りが周りのため、却って浮いて見えた。
羽根の先は、橙色の風切り羽根が目立つ。滅多にないことだが、航海士の愛するミカンが腐ってカビが生え始めた時の色に近い。手すりを歩いて羽ばたく真似をする、その羽根の裏側がどぎつい藍色をしていて、ぎょっとした。
全体的にいって、不気味な鳥だ。おそらく『可愛い』という表現の対極、それも一番遠い世界の果て辺りに位置するに違いない。こんな鳥に頭の近くを歩かれたら、気味悪くて、大抵の人間はその日一日の不幸を確信するだろう。
「……なんだ、お前は」
興味をそそられ、つい話しかけてみる。
「すっげえ、この世のモノとも思えねえほど不細工だな、お前。面白れえ。何やらかして、そういう不気味な姿になったんだ?」
言葉が判るのかどうかはともかくとして、鳥は反抗的に首を振り、ギャーと一言鳴いた。容姿に見合ったガラガラの、ヒキガエルの声を岩ですりつぶしたような、可愛げの欠片もない声だ。しかも、やたら大きくて耳に付く。
更に面白くなって、羽根に手を伸ばした。嫌がって羽根をバタバタさせると、藍色と緑が目に飛び込み、目眩がする毒々しさだ。紫の嘴が彼の指目がけて噛みついてくるのを避けながら、なおも取りあう。
と ──── 。
「あ…。お、おい」
鳥は、鳥にあるまじき運動神経の鈍さでバランスを崩し、手すりから落ちてしまった。それも、海の方へ。
「なにやってるんだ、お前は!」
呆れかえって覗き込むと、飛んで逃げたのかと思った鳥は海にまっしぐらに落ちていた。ぴいぴいと助けを求めて鳴く声だけが、妙に可憐で可愛らしい。周囲を見るが、仲間たちは誕生パーティの準備の途中だし、港の連中は見知らぬ船を嫌って近寄っても来ない。
「 ──── ったく」
仕方なく、彼は海に飛び込んだ。
Cロロノア・ゾロという人間は、微妙にお人好しである。
濡れて尚一層みすぼらしい姿になった鳥を防波堤に上げ、ゾロは自らの身体も海から引き上げた。幸いこの島は春島で、風邪を引くようなことはないが、濡れた服が身体に張り付いて気持ち悪い。
鳥を見やれば、こちらもびしょ濡れで細かく震えていた。ひょっとして、何処かを悪くして飛べなかったのかもしれない。医師を…、と思ったが、彼の船は今は無人だ。声を掛けても、届くはずもない。
やれやれ、と本日何度目かのため息を付き、彼は島の医師を捜すことにした。歩いているうちに、濡れた服も乾くだろうし、暇つぶしにちょうどいい。
いざその通りにしようとして、鳥が邪魔になる。片手が塞がれてしまっては万が一の時、あくまで万が一の時であるが、巧く動けない。肩に止めようと思ったが、鳥は震えるばかりで巧くとまらない。
仕方ないので頭に乗せて、今度こそ彼は歩き出した。少し気になって船を伺ったが、まあいいかと思い直す。
(誕生パーティが始まるまでに船に帰れば問題もねえだろ)
そう結論づけて、今度こそ出発した。
Dロロノア・ゾロという人間は、自らの特性を余り理解してない。
しばらく歩くと、島の人間の姿が目に入った。
この港は、貿易港、というより漁港の意味合いが強いらしく、船は小型の個人船や中型の漁船ばかりが並んでいる。実を言うと、ゴーイングメリー号はここまで入りきらなかったため、少々離れたところでひとつだけ船を泊めているのだ。
今日は潮の加減が良いようで、漁船のほとんどが港から姿を消している。代わりに留守番の女達が、魚を干している姿がちらほらと見受けられた。港の人間は口を利こうとしない、というのは前々から分かり切っているので無視して先に進む。
それでも、頬にちくちく視線を感じた。振り返ると誰も彼を見ていない。というか、むしろ避けているようにも見えた。よそ者だから、煙たがられているのだろうか。首を傾げ、否、傾げようとすると鳥が抗議するので、肩をすくめてまた歩く。
もう少し先に進むと町に出るはずなので、そこには多少なりよそ者がいるだろう。もしかしたら、島の者でも他人に親切な人間がいるかも知れない。よほどのトラブルがない限り、鳥の具合も彼の服も問題なく解決するはずだ。
そう内心で呟きながら歩を進めるゾロの耳に、悲鳴が飛び込んできた。
何事かと首を巡らせた先に、体躯のいい男と腕を掴まれて逃げようともがく二人の娘の姿。男はともかく、娘たちの方は背丈が違うだけで同じ服を着ている辺り、どうやら姉妹のようだ。どう考えても、まるで絵に描いたようにトラブルが起こっている。
周囲を見渡すが、どの顔もちらりと彼らの姿を捉えただけでそそくさと逃げていくか、横目で様子をうかがっているだけだ。
腕を掴んでいる男は彼の目から見てもかなり体格がよく、港には子供か中年以上の女の姿しかいない。全員で対抗しない限り、勝敗は明らかに思える。ゾロはまたため息を付き、近くにいた老婆の肩を叩いた。
「おい、ばあさん。これ、借りるぞ」
台車で引きずっていた、干物の箱を指す。老婆が振り返るより先に、彼は箱ごと男に向かって放り投げていた。
Eロロノア・ゾロという人間は、トラブルを呼びやすい。
木製の箱が派手な音で壊れ、山盛りだった干物がビタビタと妙な音を立てて地面に短い雨を降らせる。こわごわながら様子をうかがっていた島民も一斉に姿を消し、老婆がようやく「何だって?」というようなことを呟いた。
それとはまったく別に、今まで姉妹を拘束していた男がゆっくりと振り返る。頭から干物をかぶった姿は見た目にかなり愉快だったが、本人はそれを楽しむ余裕さえないらしい。
「……なんだ、てめえは」
頭に乗せた鳥が、つまらなそうに小さくギャアと呟くのを聞きながら、ゾロは腕組みをした。さて、どうしたものか。
Fロロノア・ゾロという人間は、基本的に争いを好まない。
「悪ィ、手が滑った」
「 ──── ふざけんな、てめえ!」
Gが、売られた喧嘩はすぐに買う。
短すぎる乱闘の後。
「お、覚えてやがれ!!」
ありきたりな脅し文句と共に逃げていく男の背を追うことはせず、彼は男が立っていた場所に向き直り、粉々になった木箱の欠片を拾い上げた。借りたものは返す。これが彼の主義なのだが、果たしてこれを返したところで老婆が喜ぶかどうか。
まあ、試してみなくては判らないと老婆を返り見たところで、ぎょっとして身体が固まる。老婆、および助けた姉妹、および周辺で作業をしていた老女たちがいつの間にか背後に集まっていたのだ。
真っ昼間とはいえ、音もないこの所行はかなり怖い。
「な、何だ?」
「おお、間違いない! あなたはシード選手ですな!!」
「……シード選手?」
聞き慣れない単語に、眉を顰める。老婆、およびその周辺の人垣は同時に二度頷いた。
「レインボーバードを頭に乗せ、緑の髪に緑の腹巻きをした、貧乏そうで幸も運も薄そうで目つきだけが無駄に悪い、やたら暴力に訴えたがる二十歳前後の今日誕生日の青年! これが、今年のシード選手ですじゃ!」
目を瞬かせる。
「……悪ィ。もう一回言ってくれるか?」
「レインボーバードを頭に乗せ、緑の髪に緑の腹巻きをした、貧乏そうで幸も運も薄そうで目つきだけが無駄に悪い、やたら暴力に訴えたがる二十歳前後の今日誕生日の青年! これが、今年のシード選手ですじゃ!」
そっくりそのまま、言ってのけた老婆に一瞬激しく殺意を感じたが、とりあえず、疑問を先に口にする。
「レインボーバード?」
どこにそんな可愛らしい名前が似合うものがいるかと思ったが、姉妹、および老婆たちの視線が一点に集中しているため、彼は疑いつつ頭頂部に手をやった。
「これのことか?」
「そうじゃ!」
なるほど。
どこをどうひっくり返せば、この沼色の鳥に“虹”などという名前を付けたがる人間が生まれるのかは知らないが、これにはそういう名前が付いているらしい。まあ、色が七つついているから、そんな名を付けたところで罪にはなるまいが。
視線を受けた鳥が再び頭の上でギャアギャア鳴き、羽根をばたつかせた。無視して次の疑問に移る。
「で、シード選手ってのは何だ?」
「このレインボーアイランドの島上げての大会に、予選抜きで参加できる人間ことじゃ」
「大会?」
「あんたのようなよそ者が大会に出るのは久々じゃが、まあ、シード選手の条件を満たしてる以上、仕方ないわな」
「……それはどうも」
何となく礼を言った方がいいような気がして礼を言うと、老婆はふんぞり返って頷く。その胸に青いピンバッチが見えた。ひょっとしてもしかして、この老婆はその「大会」関係者かもしれない。
周囲の人垣は一段と増えていたが、相変わらず黙りこくったままだ。よほど沈黙が好きなのか、それとも他の理由に依るのか。喋る老婆からして、言葉が通じないわけでも喋るのが嫌いなわけでもなさそうだが。
「 ──── で」
「大会会場はこっちじゃ。付いてくるがよい」
「じゃねえよ。なんで、今日俺が誕生日だってことを知ってんだ」
妙に嬉しそうに、老婆はポンと大きく手を打った。
「なら、やっぱり今日が誕生日なんじゃな、お前さん!」
「ああ……、ってちょっと待て! 当てずっぽか!?」
「細かいことは気にするな」
「どこが細かい!」
怒鳴るが、老婆はまるで意に介さず頷くだけだ。ふと顔を上げると、全員が同じように頷いている。あまりの不気味さに、追求する意欲を失った。溜息とともに、問いを変える。
「さっきの男は?」
「ああ、大会敗者じゃ。予選落ちしたくせに、シード選手の条件を聞き出して復活しようと思ってたらしくてな。そういうのは違反なんだが、いつの大会でもずるして勝とうと思うヤツはおるものじゃ」
「その、大会ってのは何だ?」
「付いてくれば判る」
言ってさっさと歩き出した老婆に付き従って、全員が黙ったままぞろぞろと歩き出した。その背に向かって、最大の疑問を投げかける。
「大体、誰がそういうめんどくさい条件なんぞ決めてるんだよ!」
その問いに答える者はなかった。このまま帰ろうかと佇む男の頭上で、レインボーバードがギャアと一言鳴く。すがすがしい青空が昼下がりの一人と一匹を見下ろしていた。早く付いてこいと招く手の群に、あきれ果てた視線を投げる。
「絶対、行かねえ……!」
Hロロノア・ゾロという人間は、つきあいが良い。
『れでぃーーすえんどじぇんとるめーーーん!!!』
騒々しい司会者の絶叫を聞きながら、とりあえずゾロは他に何か聞くべきであったと激しく後悔していた。既に老婆の姿はなく、彼自身しっかりステージ上に並んでいるのだから、もはや聞きようもないことなのだが。
『今年も、大会ファイナル! 決勝戦の時がやって参りました!!』
地響きにも似た賛同の声が、司会者の呼びかけに答える。
『予選を含め、数々の戦いを勝ち抜いた33名の強者がここに集っております!』
指し示す方向には、彼を含めて数人の「強者」が並んでいた。背の高いのから低いの、痩せているのから太っているの、老若男女様々だ。
『更に更に、今年はなんとーーーー!!! シード選手の姿もあります!!』
彼にスポットライトが当たり、ひときわ大きなどよめきが上がる。拍手喝采から、よほど珍しいことなのだと推察した。彼の内心を読みとったかのように、アナウンスは続く。
『そうです! シード選手が選ばれたのは、実に五年ぶり! あの、“頭にレインボーバードを乗せ、赤い髪をして左目に傷があり、片腕が無く、大勢の部下を従えた、見るからに大物そうな運も強そうな人望もありそうな今日誕生日の七分丈ズボンの男”以来!!』
「……だから、なんでそんなに細かいんだ」
というか、選ばれたことがある自体驚きだが。ゾロは密かに五年前にこの大会に参加したとかいう、顔も見たこと無い男に同情した。
と、急にアナウンスのトーンが落ちて、スポットライトが暗くなる。何事かと見やれば、司会者はうつむいて低い声で語っていた。ご丁寧に、寂しげな音楽まで小さく流れ始める。
『皆さんもご存じの通り、この島には確たる特産品もなければ有名人もおらず、観光名所もなく、PRする術もなく、どう考えたってマイナーな過疎地…。最近では食料も乏しく、生活に事欠くことさえあるほどです』
観衆の中にはすすり泣きさえ混じっている。ただ一人話題に乗り遅れたゾロは、忙しく周囲を見渡した。「挑戦者」たちもすべて島民で構成されているらしく、司会者の語りに合わせて目を潤ませ、鼻をすすっている。
どうにもこうにも、頭痛がした。アナウンスはまだ続く。
『そこで我々の祖先は考えました。…我々は、我々の手でこの状況を打開せねば。せめて、人の心だけでも変えなければ。日々がつらくてもどんなに貧しくとも、娯楽があれば人は生きる力を持てる。娯楽こそが、人の活力の源なのだ。そうして力を得た人間ほど強い者はない。そう……』
と、やおらけたたましいファンファーレと共に、司会者は声を数トーン上げ、ステージ左手の暗部を腕で指し示した。
『だったらいっそのこと、最強の人間を賞品で釣っておびき出し、娯楽にしてしまおう! それが、この大会のモットーです!』
(……は?)
初めと終わりの脈絡が、今ひとつ合ってない気がするのは自分だけだろうか。
どうやらそうらしく、周りでは一斉に嵐のような拍手がわき起こった。と同時に、司会者が指し示した方角から何やら巨大なものがゾクゾクと出てくる。
『ご存じのように、この大会の勝者にはすばらしい賞品の数々が用意されています! これで一年間、暮らしに困ることはありません!! しかも賞品はすべて、島特産の名物ばかり! 品質はばっちり保証つき! 奥さま方にも安心です!!』
今度は、女性のキャーという悲鳴がそこかしこでわき起こる。そうこうするうちに、ステージ上の準備は整ったらしい。ぱっとスポットライトが賞品を照らし出す。何故か意味もなく短いスカートなんぞを穿いた女性が、その前でにっこり微笑んでいた。
司会者の叫びが響く。
『今年の賞品は ──── !!』
女性たちが応える。
「レインボーフィッシュ一年分で〜すv」
「レインボーライス一年分で〜すv」
「レインボーツリー一年分で〜すv」
「レインボーフラワー一年分で〜すv」
「レインボーキノコ一年分で〜すv」
広かったはずの会場はたちまち、巨大な水槽に入って暴れる魚と、てんこ盛りになった米俵と、伐られたばかりの木、そして花と茸類で一杯になった。どれも半端な数ではない。しかも、「レインボー」の名を冠するだけあって、すべてのものがレインボーバードと同じ色だ。
それが生来の色か、それとも後から塗られたのかは判らないが、不味そうなことこの上ない。特に茸なんぞは、どう見たって毒以外の何者にも見えなかった。観客の羨望の声は耳に痛い。ゾロは小さく呟いた。頭痛はかなり酷くなってる。
「なんで、みんな一年分なんだよ……」
木を一年分貰っても、邪魔になるだけだ。しかも、それほど備蓄があるのなら商売に回した方が良いではないか。少なくとも、暮らしに困る可能性は少なくなる。今までそれを指摘した人間はいなかったのか。
彼の考えなど知る由もなく、司会者の興奮は益々高まっていく。
『そう、所詮この世はオールオアナッシング! 優勝者のみがすべてを手にすることが出来ます!! 例年通り、敗者には何もありません!!』
同時に激しいブーイング。
が、気にすることなく絶叫は続く。
『更に更に!! 真の勝者には、なんとおぉぉぉ!!!』
そして、ステージではなく客席上部を指さした。全員が、その先を追う。
『レインボーバード一年分プレゼント!!!』
「だからなんで一年分なんだ!!」
鳥を一年分貰ってどうするというのか。しかし、指し示された先には大量の鳥が、やたらでかい小屋に入って羽ばたいている。餌が付いてるのか、餌にしていいのか、いまいち微妙なところだが、頭の上に載ったままの鳥が仲間の呼びかけに応えてギャーギャー喚き始めた。全くもって五月蠅い。
何とか黙らせようと苦心していると、再びファンファーレが止み、会場は静まりかえった。司会者が手を広げ、全員の注意を喚起している。
『良いですか、みなさん。この大会は、あくまでも島民の島民による島民のための大会です。よそ者には一切他言無用に願います。例えシード選手であっても、例外はありません。この約束を守っていただけますね?』
全員が一斉に「はいっ!」と頷く。まるで質の悪い宗教を見ているような心地でぼんやり眺めていると、周囲の目がゾロに注目するので渋々頷いた。
「 ──── 判った」
『ありがとうございます。それでは、紹介しましょう。この大会で数多の勝者たちをなぎ倒し、最強の名を冠し続ける男!!』
また周囲が暗くなり、今度は会場の入り口のひとつが明るくなった。
『あの世界一の大剣豪、鷹の目……!』
「鷹の目?」
聞き覚えがありすぎる名に、ぴくりと反応する。
もう一度会ったときが勝負だと思っていた。こんな町にいるとは思いもせず、探そうとすらしなかった。そういえば、さっきから鳥が喚いていることだし、鳥に誘われてあの男も寄ってみたのだろうか。
我知らず、刀に手が掛かる。
そんなことはまったく気にもとめず、司会者は天井を向いて高らかに宣言した。
『……に、眉の辺りがよく似てると噂されたこともある男! サム!!』
──── おおっっ!!
どよめきがわき起こり、観客のボルテージは一気に最高潮に達した。入り口の扉がパーンと音を立てて開き、強烈なスポットライトのなか、一人の男が進み出る。背丈も横幅も半端ではなく大きい男だ。薄茶色の髪を長く伸ばし、バンダナで額を全開にしている。
顔はそう悪い方でもないのだが、逆エビ反りになった眉毛がやたら印象的だ。爽やかな笑みの中で、白い歯がまぶしく光る。
身体中鍛えてないところはない、というほどに筋肉が盛り上がり、その上を静脈が網の目の如くに張り巡らされているのが遠くからでも判った。何のつもりか、男が歩くたびに胸筋が意味もなくピクピク震え、女性たちの嬌声がその度上がる。
「……何の、冗談だ……?」
目眩がした。
本当の本当に、かつて無いほど強く目眩がした。
まあ確かに、鷹の目に、似ている……と言えなくもない。だが、本人がそれを知れば、問答無用で島ごとまっぷたつにされるだろう。ゾロでさえ、可能であればとりあえず、この会場に居合わせた人間すべてを叩ききってしまいたいほどだ。
今は脱力しきっていて、豆腐一つまともに切れる自信はないが。
司会者の声は、なおも朗々と響く。
『そうです! 彼が出てきたと言うことは、今年の決勝競技科目は、これ!!』
白い手袋が翻り、競技選手らの背後を指した。打ち合わせにしたがってか、垂れ幕が同時に落ちる。そこには、でかでかと、おそらく会場の最後尾にいる人間が裸眼でも見ることが出来るほど大きな字で、競技内容が書いてあった。曰く。
──── 『腕相撲』
『ルールは簡単! これから腕相撲勝ち抜き戦で勝者を決めます。見事1位に輝いた方には先ほど紹介した豪華賞品が与えられます! そして、引き続き今回の勝者が現在の最強の男・サムと対決し、島で一番強い男を競うわけです! なお、戦いはすべて3回勝負! さあ、栄光のレインボーバードを手にするのは一体……!!』
(帰ろう)
皆まで聞く必要もないと、くるりと背を向けたところで、ざわめきが広がった。
『おおっと、シード選手! 早くもリタイヤか!?』
すかさず入る司会者の声も、怒濤のように押し寄せるブーイングにもめげず、ステージの脇目指して歩き出す。と……。
「逃げるのか、兄ちゃん」
大きくもなく、小さくもない背後からの呼びかけに、ゾロは足を止めた。頭だけを巡らせると、いつの間にかサムがステージに上がってきている。近くで見る男はかなり背が高くかなり強そうだったが、それはともかくとして、彼は声を軋ませて問い返した。
「……何か、言ったか?」
「ここで逃げるっつーことは、負けを認めたってことだろ」
筋肉男の、胸筋が意味もなくぴくぴく動いている。それを何となく見つめながら、彼は拳を強く握った。誰が何と言おうと、彼には彼なりの理論がある。決意がある。誓いがある。それをこの男ごときに汚される訳にはいかなかった。
「俺は、誰にも、負けねえ!」
「へえ、そうかい。寝言は家に帰ってから言うんだな、弱虫野郎」
サムの目から殺気にも似た気迫が迸る。ゾロの背後から、誰もが後ずさりするほどの戦意が蠢き立つ。両者のオーラは激しくぶつかり合い、舞台上で火花を散らした。
「 ──── 上等だ!」
Iロロノア・ゾロという人間は、馬鹿が付くほど負けず嫌いである。
*****
ナミは腕組みをして、しばし硬直していた。
「 ──── 何よ、これは」
目の前には信じられない光景が広がっている。
魚はピチピチ舞い踊り、米俵が背よりも高く積み上げられている。木材は次から次へと運び込まれ、花と茸が何の脈絡もなく甲板に散乱しているのだ。それも数が半端ではない。色も悪趣味で目がちかちかする。
きっと多分、船はこの重さでいくらか沈んだだろう。今ここで嵐にあったら、沈没してしまうかも知れない。こんな船と一緒に沈むなら、いっそ今ここで自決した方がよほどマシだ。少なくとも、故郷の姉に言い訳が立つ。
甲板に一山築き上げた男は、さすがに肩が凝ったのか首を廻しながら応えた。
「もらった」
「誰からよ!?」
すかさず反論するが、返答がない。
なおも言い募ろうとしたところで、俄に出来た山の中で発掘作業にいそしんでいた船長から暢気な声がかかる。
「ゾロ、野菜とか魚とかばっかりだな。肉は?」
「ああ。あいつらは放した」
「なに!? なんでだ!?」
「餌代は自腹だったんだ」
それで話は終わり、とばかりに歩き出した男の進行方向を身体で塞ぐ。五月蠅そうに睨みつけられたが、それくらいでひるむ彼女ではない。
「それより、ゾロ。あんた、今まで何処にいたの?」
「……あ?」
「わたしは、あんたに、船で待っておけって言ったのよ? なのに気が付いたらいなくて、帰ってきたと思ったら訳の分からないものばっかり!! どういうことよ、一体! あんた、今まで何処にいたの!?」
「うるせえな。別に大したことじゃねえよ。船でうろうろしてたらな……」
と、そこで男の言葉が止まる。木材や食材に注意を奪われていた仲間たちも、彼に注目した。何を考えているのか、ゾロはこめかみをポリポリと掻き、約束がどう……、とか小さく呟く。
「うろついてたら?」
首を傾げたところで、結論が出た。
「 ──── 迷ったんだ」
「……はあ??」
その後、ニコ・ロビンは彼の研究結果に太字で追加を加えた。
Jロロノア・ゾロという人間は、自分の船でも迷う人間である。
ちなみに、次の島で材木を少々売りさばいたが奇抜な色のせいか安値にしかならなかった。よって。
『レインボーアイランド』
という島の名は、未だもってマイナーなままである。
END
<管理人のつぶやき>
ただ「ここで大人しくしてなさいよ」と言われたのに、言われたのに!あんなにナミにしっかり言われたにも関わらず、流れに流れて何かに巻き込まれていくゾロ・・・。B動物好きの性格がどうもこの問題の端を発しているような気がしますが。
お話を通してこんなに見事にゾロの特徴を描き切ってしまうとは、やはりおはぎさんはすごい!ロビンの研究という形を取っていますが、これは間違いなく、おはぎさんの愛の観察日誌からの考察に違いありません!(笑)
海の幸・山の幸様のゾロ誕企画『まりも玉〜ゾロ誕生祭〜』で出されましたフリー作品ですv
おはぎさん、楽しい作品をどうもありがとうございました〜!