NAMI’S BIRTHDAY:2002
【みんなで宴編】
            

六代 文江 様






 海も空も、オレンジ色に染まる黄昏時。
 見事な料理と華やかな飾りに囲まれたテーブルが、ゴーイングメリー号の甲板に鎮座していた。
 海図を書くため船室にこもっていたナミが、この有様に目を剥いていると、満面の笑みを浮かべたルフィに、主賓席へと引きずっていかれる。

「今日はナミの誕生日祝いだ!宴会だぞ!!」
「クソゴム!つまみ食いするんじゃねぇ!!それに宴会の前にやる事があるだろう!プレゼントを用意しておりますので、お席にどうぞ。マドモアゼル。」

 うやうやしく引かれた椅子にすわりながら、やっと合点が言ったナミは、幸せそうに微笑んだ。

「みんな・・・プレゼントくれるのv」
「お前なぁ、“プレゼント”っつー所より“祝う”っつー所に反応しとけよな、一応。」

 ため息をこぼすゾロの肩を叩き、ウソップは「はっはっは。」と笑う。

「まぁ、落ち着けよ。ナミらしくってイイじゃないか。」
「そりゃそうか。」
「そこ!何か言った?!」
「「いや、なんにも。」」


 *****


「一番手は、私。」

 主賓席のナミと真向かいに座っていたロビンは、テーブルに肩肘を付きながら、ニッコリと笑った。

「付けてあげるわ。」
「キャッ!」

 急に方に生えた2本の腕と、首筋に感じた冷ややかさに、ナミは肩を竦める。
 そんなナミをおかしそうに眺めながら、ロビンは満足そうに頷いた。

「思った通り、よく似合うわ。そのネックレス。」

 言われて手近にあった窓に、己の姿を映したナミは、胸元に光る、金鎖のネックレスを見た。
 ネックレスのヘッドは、真紅に輝くルビーだった。
 それはただのルビーではなく、貴石の中に、白い筋が2重に入っている。
 ナミが今まで見た事のない宝石だった。

「このルビー、何なの?」
「ムーンアイ・ルビーと言われている石よ。」
「さすがロビンね〜、ルビーも誕生石って知っててくれたんでしょう?」
「ちなみにその宝石の司る言葉は“富”と“繁栄”。“富”は航海士さんに、“繁栄”はお友達の王女様に、ね。」
「ありがとう・・・ビビの分もお礼、言っとくわ。」
「うふふ、高そうね。その言葉。」
「当然よ・・・ん?」

 互いにニヤリと笑いあった時に、つんつんと遠慮がちにナミのスカートの裾が引かれた。
 見ればチョッパーが、俯きながらスカートの裾をつかんでいる。

「どうしたのかな〜チョッパーv」

 にっこり笑ったナミにあたふたとしながらも、チョッパーは小さな瓶をナミの手に押しつけた。

「あ、あのなナミ、これ、やる!」
「ん?」
「目薬だ!ナ、ナミはよく何か書いてるからな!」

 真っ赤になって言い募るチョッパーのあまりの愛くるしさに、ナミは思わずその小さな体を抱き締めた。

「ありがとう、チョッパー。」
「ワワワワッ!だ、抱きつくなよ!俺はぬいぐるみじゃないぞ!!」

 じたばたとナミの腕から脱出したチョッパーは、マストの所まで走り去り、ナミに向かって抗議をしている。
 ちなみにその顔は真っ赤なあげく、相変わらず体が逆で、全く隠れていない。

「あ〜ら、逃げられちゃったわ♪」

 クスリと笑ったナミの目の前に、一輪の薔薇が差し出された。

「どうぞ、ナミさん。」
「あら・・・。」

 真紅の薔薇は、みずみずしく、この船上でどれほど大事にされていたか、一目瞭然だ。
 おそらくこの時のために、大事に大事に、サンジが毎日手入れをしていたのだろう。

「それにしてもクソトナカイめ、僕ならナミさんのようにお美しいレディに抱き締められたのならば、決して離しはしないものを!」

 悪態をつきながら、サンジはナミに向かって恭しいとさえ言っていいような慇懃さで、さらなるプレゼントを渡す。

「これはナミさんの優美にして可憐なる、素晴らしい肢体をさらに輝かせるだろう、と思い買ってきたモノです。受け取っていただけるでしょうか?」
「ええ、もちろん。今開けてもイイかしら?」
「もちろんですとも。」

 リボンと包装紙をほどき、出てきたのは白いカットソー。
 これならナミの持っている、どんな衣装にも合うだろう。
 大きくVの字に開かれた襟元が、サンジのセンスの良さと趣味を物語っていた。

「これ、ロビンからのネックレスと、よく合いそうよねぇ。」

 いたずらっぽくそう言ったナミに、サンジは珍しく真っ赤になった。

「あなたなら、どんな衣装を身に纏おうとも、どんな装飾品に包まれようとも、その輝きはみなを魅了する事でしょう!お美しいナミさんに身に纏(まと)ってもらえるなんて、なんて光栄な服だ・・・。」

 照れ隠しか習慣か項まで赤く染めたサンジはひたすらナミを褒めちぎる。
 と、横でどすんという音がした。

「よいしょっと。おいサンジ、ちょっと退いててくれ。」
「ちっ、しかたねえな。」

 とか言いながら、サンジからどことなく『ロビンちゃんとの事追求されないで助かった〜』という感じがしないでも、ない。
 チョッパーの助けを借りて、ウソップが持ってきたものは、でっかい木の塊、の様にしか見えなかった。

「どうしたの、その荷物?」

 訝しげなナミに、ウソップは声高らかに宣言する。

「これはな、その昔、初めて航海図を作成したとされる伝説の航海士『コロンビウス』が愛用していたものと同じ、組立型折り畳み式デスク・・・」
「うっわ〜凄いじゃない!」
「・・・を想像して造った、ウソップ特製デラックスデスクだ〜!!!」
「・・・だと思ったわ。」
「へっへ〜。なんと隠し扉が32個もついてるぜ!」

 ふっふ〜んと得意げに胸を張るウソップに、ナミは苦笑した。
 それはもう、嬉しそうに。

「まぁ、何はともあれ、ありがとうね。」

「あ、それとな、これがカモメ郵便で届いてだぜ。」

 カモメ郵便とは、航海中の船への一般的な配達方法だ。
 ウソップから手渡された、手のひらサイズの小箱には送り先の名が無く、普段だったら速攻で捨てるのだが、水色の包装紙にくるまれた中身がどうしても気になって、ナミは箱を開けた。
 出てきたのは純金と思われる硬貨とメッセージカードが1枚ずつ。
 ふんわりと独特の香りを漂わせているカードからは、とても懐かしい匂いがした。
「これって、もしかして・・・。」

 期待と不安。
 攻めぎ合う二つの感情に揺れながら、メッセージカードを開ければ、中には『 HappyBirthday 〜Dear My Friend〜 』との、丁寧な文字が書かれてあった。
 やはりこれはアラバスタに残った“仲間”から送られてきたもの。
 硬貨は新しいアラバスタの通貨だろう。
 つまり新しい硬貨発行まで出来るほど、国力は回復したという事だ。
 一国の王女が海賊に手紙を渡すことが、どれほど大変だったか。
 このメッセージだけでも、相当なリスクを伴うはずなのに。
 それでも遠い空の下で暮らす“友”は、アラバスタの現状報告と、ナミの誕生日祝いを送ってくれたのだ。

「ビビ・・・。」

 万感の想いが込められた2つの品を前に、ナミは想わず涙がこぼれそうになった。

 そんなしみじみとした空気を破ったのは、やはりというか何というか、我らが船長だった。

「ナミ!これ!!」

 急にルフィから差し出された小包に、ナミは目をしばたく。

「何、これ?それにルフィ、アンタもう食べ終わったの?」
「いや、まだ食う。」
「あ、そう。」

 即答したルフィに「やっぱりね。」と苦笑しつつも、ナミは手の中の小包をじっくりと眺める。

「おう!ナミ、いいから早く見て見ろよ!」

 せっつかれるまま包装をほどくと、メリーゴーランドを象った繊細な造りの砂糖菓子が現れた。

「・・・綺麗。」

 素直に感嘆したナミに、ルフィは「ししし。」と笑う。
 そしてそのまま食事を再開しようとしたルフィの肩を、ウソップが小突いた。

「な、肉よりこっちの方が、ナミは喜んだろう?」
「ああ、ウソップの言ったとおりだ!」

 “肉”という、船長らしいがあまりプレゼントにそぐわない単語に、ナミは眉根を寄せた。

「ちょっとルフィ、アンタもしかして・・・。」
「ああ、ナミの想像、バッチリ当ってるよ。この特製デスクを買いに言った時、ルフィに荷物持ちして貰ったんだ。ついでに『ナミへの誕生日プレゼント買ったらどうだ』って言ったらよ、このバカキャップは“肉”を買おうとしたんだぜ。このウソップ様がいなかったら、危うく“肉”がプレゼントという恐ろしい事態になってたんだぜ。」

 呆れるクルー達を後目に、船長は相変わらずの笑顔で食事をしている。

「しししっ、だってナミには俺が一番欲しい物をやりたかったんだ!」

 その言葉に、一瞬場が静まりかえった。

「ルフィ・・・ありがとう。」

 心地よい沈黙の中、ナミの言葉が緩やかに流れていった。

 ここにきて、皆の視線がただ一点に集中する。
 注視されたゾロは、居心地悪そうに身じろぎをした後、一つ、咳払いをした。

「あ〜あのな、これ、やる。」

 渡されたのは、ありふれた緑色のワインボトル。
 リボンの一つもついていない愛想が皆無のそれは、渡してくれたゾロそのものの様で、ナミは思わず吹き出してしまった。

「あはは、ありがとねゾロ。」

 屈託のない笑みを見せながら、コルクを抜こうとしたナミに、ゾロはぶっきらぼうに、それでもいつもよりややあわててた様子で声をかけた。

「今、開けんな。」
「なんでよ。」
「いいから後にしとけって。」

 押し問答を繰り広げている二人をよそに、他のクルーは食事を開始した。
 まぁ、若干1名は先に食べ始めていたが。

「でも、酒がプレゼントなんて、ゾロらしいというか何というか。そうそうチョッパー、よく頑張って作ったな、あの目薬。調合が難しいヤツなんだろう?」
「そうでもなかったぞ。ウソップが買い物に付き合ってくれたから、材料と入れ物がちゃんとそろったんだ。ありがとな、ウソップ。」
「それにしてもラッピングくらいしろってんだよ、あのクソ腹巻きめ。あ、ロビンちゃ〜ん、このカルパッチョいるかい?取ってあげるよ〜♪」
「いただくわ。」

 和やかな食卓風景に毒気を抜かれたのか、ゾロとナミも、食卓に着いた。
 酒の件は、結局ナミが折れたようだ。
 酒瓶はナミの傍らへ、大事に置いてあった。


 *****


「お祝いなんてしてもらえると思わなかったから、驚いちゃったわ。」

 夕暮れとなり、宴も終わりに近付いた頃、ナミはグラスワインを舐めるように呑みながら、独り言のように呟く。
 が、こんなコトが独り言で終わるはずもない。
 当然のように、サンジやウソップが反応した。

「ナミさんを驚かせようと思って、こっそりしてましたからね。クソゴムとクソトナカイが白状してしまわないように、苦労しましたよ。」
「ホントよかったぜ、ナミが嬉しそうで。飾り付けた俺の苦労も報われるってもんだ。」

 ははは、と皆がなごんだ時に、船長がおもむろに笑った。

「ししししっ、でもナミ、ゾロからプレゼント貰った時が一番嬉しそうだったな!」

 爆弾発言。

「ちょっとルフィ!何いってんのよ!!」

 一瞬の沈黙を吹き飛ばしたナミの怒号は、次の瞬間柔らかな笑いによってくるまれてしまう。

「うふふ、確かに何を言っているのかしらね?みんな分かってた事じゃないのよ。」
「ロ、ロビン〜!!」
「違って?」
「・・・ロビンの誕生日の時が、楽しみだわ。」
「否定はしないのね。」
「〜〜〜!!!」

 真っ赤になって拳を握りしめるナミに、ロビンは余裕の流し目を送る。
 ちなみその艶っぽい目線は、こっそりと二人のやりとりに耳をそばだてていたコックさんにも、送られてた。

「!!!・・・も、もう料理が無くなっちまった。ちクソゴムめ食い尽くしやがって!レディ達、今作り直しますから〜♪」

 真っ赤になって怒鳴り散らしたサンジに苦笑しつつ、ナミは席を立った。

「あ、アタシはもういいわ。先にみんなから貰ったプレゼント、部屋に運ばなくっちゃ。」
「俺も手伝うぜ。何せこのウソップデスクは結構重たいからな。ナミ一人じゃ無理だろう。」

 ウソップが立ち上がるより先に、立ち上がった男がいた。
 ぐわし、と肩に机を担いで、ナミの方を見ている。

「「「ゾロ?」」」

 ゾロはみんなの視線を真っ向から受け止め『文句あるか』と言わんばかりの表情(かお)で、立っている。

「女部屋だな。」
「うん、そうだけどってチョット待ってよゾロ!」
「他のも忘れんな。」
「待ってってば!」

 返事を待たずに歩き出すゾロとそれを追いかけるナミ。
 二人を見送りながら、残ったクルー達は笑い合った。

「なぁ、主賓が抜けちまったけど、どうする?」
「野暮なこと言うなよ、長っ鼻。」
「その通り。もう戻っては来ないわねぇ、あの二人。せっかくの記念日だし、今日は私たちだけでも呑み明かしましょうか。」
「お、俺そんなに呑んだ事・・・。」
「大丈夫だ、トナカイ!」
「ルフィ・・・お前また何の根拠もなく・・・まあ、そうするか!」
「じゃああらためて、ロビンちゃん、クソ野郎ども!麗しく可愛らしいナミさんの誕生日に・・・」

「「「「乾杯!」」」」


 *****

「また何か言われてるわよ、アタシ達。」
「気にすんな。」

「ねぇ、ゾロ。」
「あぁん?」
「『一緒に飲もう』って言ってたけど、何で?」
「ああ、ちょっと待ってろ。」
「はいぃ?」
「あ、その間にワインをグラスに入れといてくれ。」


 コポコポ


「ねぇ、何でって聞いてるんだけど。」
「まぁ見とけって」

 シュ

「これってアタシの蜜柑・・ちょっとワインに蜜柑なんて入れたら味がおかしくなっちゃうじゃない!」
「だから、ちっと黙って見とけって。」
「なによ・・・あ、色が。」
「な。キレイだろ。」
「透明だったのに。なにこれ、酸に反応するってヤツ?」
「あぁ?小難しいことは知らねぇが、この酒、街の露天で実演販売してたヤツなんだよ。」
「(ゾロ・・・アンタ露天でプレゼント買ったのね・・・・)」
「でよ、これ見たときに、あ〜。」
「見たときに?」
「お前の目みてぇな、キレイな色だなって想ってよ。」
「・・・。」
「買っちまった。」
「・・・ゾロ。」

 チュッ

「ありがとう。」
「イヤ、俺の方こそありがとうっつうか、ご馳走様っつうか・・・ブッ!」
「馬鹿!こういう時は!!」
「おめでとう、ナミ。だろ。」
「・・・ありがとう、ゾロ。」






END




 

<管理人のつぶやき>
仲間達がナミに誕生日プレゼントを渡します。どのプレゼントも渡す人の個性がよく現れていますね〜。それでいて、ナミへの暖かい心遣いを感じますv
中でも、ゾロのプレゼントを選んだ理由が胸を打ちます。こんなこと言われてプレゼントを受け取ってみたい♪ゾロが言うとなおさらいいですね。

海のない街』様(閉鎖されました)で出されましたナミ誕フリーSSです。
六代さん、素晴らしい作品をどうもありがとうございました!

さて、実はこのお話には続編がございます。そのタイトルはズバリ!【二人で宴編】!残念ながらうちのサイトには裏がないので、頂いてくることはできませんでした(涙)。さあ、気になるあなたは速攻『
海のない街』様へ飛んでください〜!!!

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