きんと冷えた空気が肌にまとわりつく。
身を切るような凛とした空気は、その反面、めまぐるしく変わるこの海での航海に渇を入れてくれる。

つい昨日まで荒れていた気候が、いつしかゆったりと落ち着いていた。
いつの間にか、冬島の気候区域に入っていたらしい。
ナミは手元を眺め、重い溜息を漏らして独白した。

「んー そろそろ次の島に着いてもらわないと本気で困るわよねぇ」

それを聞いていたわけでもあるまいに、見張り台の上にいたルフィは不意に声を上げた。

「ん、んんん〜、ん? おーい、ナミー、島が見えたぞー!」

その声にナミはログポースの指針とを見比べ、ようやくその表情に安堵の色を浮かべた。

「良かった。何とか飢え死になんてみっともない死に方する前に辿り着けたわね」
「そーだよな〜。その辺については、やっぱ船長として一言言わせてもらいてぇよなー、うん」

「「「「「誰のせいだと思ってんだッッ!!」」」」」

ロビン以外の全員から手厳しいツッコミが入り、哀れルフィは見張り台から見事に撃ち落とされた。
落ちた拍子にカエルが潰れたような声が漏れたが、誰の同情も買わなかった。

島は、既に目視できる距離に迫っていた。






スノウ・クリスタル   〜雪待ち草〜
            

真牙 様



いくつかの島が連なってできているそこは、農業と商業で成り立っている長閑な場所だった。
その気質のせいか、近くに常駐している海軍の姿はなさそうだ。
一応用心にと船は入り江の陰に隠され、上陸はどうやら全員でできそうだった。

「でかい港が見えたから、きっといい食材が手に入りますよ」
「あ、そうなの? 楽しみにしてるわね、サンジくん」
「は〜い、んナミすわんとロビンちゅわんのためにクソ美味い食材を仕入れて来ますからね〜♪」
「俺は道具屋に行って来るわ。丁度火薬とか細かい物が切れたからよ」
「だったら、俺もついてっていいか? この気候でしか手に入らない薬草があるかもしれないんだ」
「うっひょ〜、冒険だ冒険だ〜♪」
「ちょっとルフィ? ここのログは3日かかるんだから、揉め事は・・・って、いないし!」
「ふふふ、長閑な島だけれど、もしかしたら素敵なものが見られるかもしれないわよ?」
「何々? お宝ッ!?」
「そうね、それに近いものを手に入れる人もいるようだけれど、厳密に言うとどうなのかしら。興味は尽きないわね」

そう言ってロビンは、岩場の隙間から恥ずかしげに顔を覗かせていた、小さな花に手を差し伸べた。



そうして次々とクルーたちが降りて行く中、ナミはマストに寄り掛かって目を閉じている剣豪に声を投げた。

「──で、あんたはどうすんの?」
「あ? まぁ、せっかくだから降りるが。お前こそ何で残ってんだ? 行かねぇのか?」
「もちろん、行くわよ。買いたい物もあるし・・・」

やや言葉を濁しながら、何気なく視界の隅でゾロを追う。
それに気づいているのかいないのか、ゾロは立ち上がって軽く首を鳴らした。

「あんたこそどうすんのよ?」
「別に予定はねえよ。できれば酒場にでもしけ込みてぇとこだが、生憎金がねぇ」
「なら、貸したげよっか? 特別に無利子で」

やや悪戯っ気を含んだ表情でその鼻先に指を立てると、ゾロは一瞬ポカンとしてから思い切り渋面になった。

「・・・やめとく。てめぇがそんな事言うなんざ、何か含むモンがあるに決まってっからな」
「失礼ね。私だってたまにはこんなこともあるわよ」
「たまにだから怖ェんだよ。ともかく遠慮しとくわ。んじゃな」

耳元の三連ピアスが小気味良く揺れ、緑から跳び降りた逞しい背中がゆっくり遠ざかって行くのを見送る。
ややあって、ナミはひどくがっかりした様子で肩を落として呟いた。

「・・・何だ、拍子抜け。誘ってはくんない、か・・・」

期待はしていなかったが、それでも万にひとつの気持ちがあったらしい。
ナミは沈みそうになる気持ちを鼓舞して顔を叩いた。



「いつまで見てる気だ・・・」

背中に痛いほどの視線を感じながら、それでもゾロは立ち止まらずに坂を上った。

いつからだったかは覚えていない。
だが気づけばゾロは、遠くに近くにナミの視線を感じることが多かった。
さり気なかったり露骨だったりと様々だが、いつしかその視線に内心踊らされそうになっている自分がいた。

(何で俺を見てる? お前はルフィのモンだろ? 何で俺を見る)

もちろん自分も、多少はナミを見ていたのかもしれない。
刀の切っ先のように、静かに、それでいて鋭く交わされる視線。

ゾロが先か、ナミが先か──。

真相も、そこに揺れる真意も分からない。

(あれは、ルフィのモンだし仲間だ。余計なことは考えなくていい)

そう言い聞かせている段階で、既に己が内に何らかの変化が生まれていることに、その時のゾロは気づいていない。




そうして行くうち、道沿いに一軒の家が見えた。
きちんと刈り込まれた生垣に、その家の主と思しき男がせっせと何かを装飾している。
入口には常緑の葉にクリーム色の花を編み込んだリースが下げられていた。

「何してるんだ?」
「んあ? 今夜の雪祭りの飾りつけに決まってる──!」

男はゾロの腰に下げられた3本の刀を見て、息を呑んで表情を引き攣らせた。
悪意はないと片手を上げて見せると、男は少しだけ緊張を解いた。

「雪祭り? 雪も降ってないのにそんな祭りをするのか?」

「あんた旅のお人かい。なら知らないのも無理ないね。
ここには『気候測量士』ってのがいてね、その人の弾き出す緻密な計算に基づいて初雪の降る日が割り出されるんだ。そして、それに合わせて祭りを行うんだよ」

「へえ、珍しい職業だな」
「だろ? この地方ならではさ。で、兄さんもその祭りを見に来たのかい?」
「いや、別にそんなんじゃ・・・」

曖昧に言葉を濁すと、男は不意に笑って続けた。

「兄さん、もし気に入った娘を見つけたら、この花をプレゼントしてやると喜ばれるよ」

男が指差したのは、リースにも編み込まれているクリーム色の花だった。

「あぁ?」

「本当は純白なんだが、人の手が加わるとどうしてもこの色になっちまう。もしも見つけられたら幸運が訪れるというよ。島のどこかにはまだ残ってる筈なんだがねぇ」

差し出された可憐な花に視線を落とす。
花などに興味はなかったが、言われてみればなかなか風情のある姿だった。
滅多に見られないというこの花を、もしもナミに贈ったら喜ぶだろうか。
逆に、柄にもないことをすると笑うだろうか。

(って、何渡すこと前提に考えてんだ、俺ッ!)

慌てて打ち消すその頬が微かに染まっていたのか、それを好ましく思ったらしい男に優しく肩を叩かれた。

「あんたなら純白のスノウ・クリスタルを見つけられるかもしれんね。初雪に合わせて咲くこの花は、愛しい男を待つ娘っこみたいなモンだ。せいぜい頑張んな」

「いや、俺は・・・」

探すと一言も言っていないのに強引に男に見送られ、ゾロは再び歩き出した。

街へ着くまでにはもう少し情報が手に入るかもしれない。

(あの強欲面でも一応女だ。花には反応するかもしれねえ)
(・・・だから、何考えてんだ! あれはルフィの選んだ女だぞ!)

背反するふたつの思いに心を乱されつつ、ゾロはゆっくりと歩を進める。
街とは90度違う方向へ。
ゾロの迷子気質は相変わらず健在だった。




みんな思い思いの方向へ出てしまったので、ナミは珍しくひとりで街の中をぶらついていた。
小耳に挟んだところによると、今夜街で何かの祭りがあるらしい。
道行く娘たちが妙に浮かれているのはそのせいなのだろう。

ナミは買物目的で出たが、結局あまり気乗りがせずシャツとスカートを数枚買ったのみで気力が衰えてしまった。
一休みにと近くのカフェに入る。

街はあちこちに色とりどりの装飾が施され、扉にはどこも白と緑を基調としたリースが下げられていた。
開放的な雰囲気がさせるのか、街中には老若問わず男女が連れ添って歩いている姿が多く見られる。

そんな祭り気分一色の中で、ナミは何となく苛ついていた。
ナミとて年頃の女の子だ。そうして好きな相手と腕を組み、こうした街を歩いてみたいとも思う。
だが所詮は海賊なのだからと、半ば諦めている部分も確かにあった。

(それにしたって許せないのはあいつよ!)

ナミの中で、苛々していた気持ちが集束してひとりの男に向けられる。
言わずと知れたゾロだった。

(あいつが私を見るからよ。用もないのにチラチラチラチラ、視線が痛いったらありゃしない!)

そうは言っても、今となってはきっかけすら思い出せない。

先に視線を振ったのはどちらなのか。
先に視線に気づいたのはどちらなのか。
思えばゾロはいつもみかん畑やデッキチェアの近くで昼寝をしていた。
ふとした拍子に目が合えば、一瞬の後にゆっくりと反らすのが常だった。

(何を考えているの? どうして私を見るの?)

一度意識を向けてしまうと、坂道を転がるようにどんどん引きずられる。
目を背けたくとも背けられなくなる。
単なる好奇心が興味に変わる。
もしかしたらと、勘違いしたくなるような想いまでもがついて来る。

(あいつは仲間なのよ? ただの朴念仁なのよ? どうして私がこんなに悩まなくちゃいけないのッ)

答えなど出る筈もなかった。



「航海士さん、ここいいかしら?」

ややあって目の前に人影が過ぎった。
承諾する間もなく勝手に椅子を引き、腰を下ろして微笑んだのは黒髪の考古学者だった。

「ロビン、どこ行ってたの?」
「ええ、ちょっと調べ物しながら街の中を歩いていたの。そうしたら、やはり今夜面白いお祭りが催されるようよ?」
「あ、何かそんな話聞いたわ。何でも祭りをすると雪が降るとか降らないとか」
「ちょっと違うわね。初雪の降る日をあらかじめ計算して、その日に合わせて行うのが今宵の雪祭りだそうよ。その際に男性は女性に、ある特定の花をプレゼントすると幸せになれるのですって」
「へえ、そんなお祭りなんだ・・・」

道理で男女のふたり連れが多いわけだ。
当てられたわけではないが、どこか羨ましいと思ってしまうのは年頃の乙女心に他ならない。

「そうね、こんな機会だからこそ、あの剣士さんはあなたに花をくれるかしらね?」
「──はあっ?」

一瞬何を言われたのか理解できなかったナミは、頓狂な声を上げてロビンの顔を見た。
それに素知らぬ振りをしつつ、ロビンは流暢に続けた。

「この辺りの気候区域には特別な花が咲くらしくてね。この季節、雪が降るのを待って咲くスノウ・クリスタルという花があるのですって。それを髪の右側に差して、想いが通じたら左へ移すらしいわ。しかも雪の女神の祝福で、花は頬を染めるように薄紅色になるそうよ」

理路整然とした説明を聞きながら、ナミはまったく違うところに思考を飛ばしていた。

(何、ロビン? 今、誰が誰に何を渡すって言った?)

焦りを含んだナミに、ロビンは艶然と微笑んだ。

「誰が誰に、ナニを渡すんですって?」
「剣士さんが航海士さんに、その幸福のお守りである花を」
「や、きっちりなぞらなくていいから!」
「あら、あなたが聞いたのよ?」
「だ、だからってそんな、現実にあるわけない突っ拍子もないこと──」
「──じゃないでしょう? 船でいつもお互いを見ていたのではなくて? とても間を通れないほどにね」

それくらいとうの昔にお見通しだと言うロビンにナミは真っ赤になって頭を抱えていたが、やがて何かが振っ切れたように居直ってしまった。

「た、確かにちょっとくらいは見てたかもしれないけど、それだけのことよ。そうよ、それだけよ」
「本当にそうかしら? 剣士さんのあの切り込んで来るような視線は、女の胸にはかなり痛かった筈よ。それに気づかない航海士さんではないでしょう?」
「それは、そうかもしれないけど・・・」

言いよどむナミにロビンはふと外を見る。
そろそろ黄昏が降り始める時分に、街はますます活気づいている。
祭りが始まるのだ。




夕闇の帳が辺りをすっかり包む頃、クルーたちはどこからともかく街の広場に戻って来ていた。
様々な出店が出され、格安で料理や酒が振舞われるからに他ならなかった。
ナミはふと懐中時計型の気圧計を出し、鈍色の雲に覆われた空を見上げた。

「ホントだわ。気圧がかなり下がってる。それでこの気温なら確かに雪になるわ」

この日を計算で割り出したという ”気候測量士”の技術の高さに舌を巻き、ナミはぼんやりと広場を眺めた。

「んナミすわ〜ん、こんなとこに座ってないでこちらへどうぞ。美味しい料理がありますよ?」
「うん、さっき食べたわ。美味しかったから、是非レシピをゲットして船でも作ってね」
「は〜い、ナミさんのお願いならこの身に代えても必ずや〜♪」
「はいはい、頑張ってね」

再び雑踏の中に消えるサンジを見送る。
その傍らではウソップが得意の大冒険譚をぶち上げ、チョッパーを含めた聴衆の耳を楽しませていた。
ルフィは抱えられるだけ肉料理を抱え込み、大きく伸びた腹に更に詰め込んでいる。
ロビンはそれらを見守るように噴水の縁に掛けていた。

だが──肝心のゾロの姿は見当たらない。

あの男の事だ。
おそらくまた迷子になって、見当違いの場所を彷徨っているのだろう。

不意に、昼間抱いていた苛つきがぶり返し、謂われのない怒りが込み上げた。
どれもこれもあの男のせいだ。
ナミがこんなに苛々するのも、せっかくの祭りだというのにちっとも楽しくないのも。

「バーカ」

思わず呟いてみる。
それは堰を切ったように溢れ出し、次々にこぼれ落ちた。

「ゾロのバカ、アホ、根性なし、方向音痴の万年迷子、朴念仁──」
「──えらい言われようじゃねぇか」

とうとうと流れ出る悪口雑言に、錆の利いた低い声が割って入る。
何気なく見上げれば、そこには苦虫を噛み潰したような顔のゾロが立っていた。


「あんたこんな時間まで何してたのよ」
「あー、その・・・ちっと長めの散歩を」

どことなく目が泳いでいるので、迷子になっていたことは一目瞭然だった。
ナミの口から深い溜息が漏れる。

ふと目の前に、ふわりと何かが舞い降りた。
待望の雪かと思って掌を広げて受け止めたが、予想していた冷たさはまったく感じられない。
ナミの手の上に留まっているそれは、雪の結晶のようであり、またタンポポの綿毛のようでもあった。
それでいて吐息ひとつで吹き飛ぶ儚さは、踏まれて溶ける淡雪にも似ているとナミは思った。

「雪虫だ! 雪の女神のお使いの到来だ──!」

息を詰めて見てみれば、確かにそれは微かに動いている。
小さいながらも懸命な姿に、ナミはそっとそれを空中へと放した。


不意に空になった指先に何かが触れる。
驚いて見れば、それはゾロの手から差し出された純白のスノウ・クリスタルだった。
クリーム色のそれとは明らかに異なり、大輪の白い花は芳しい香りを放っている。

「ゾロ、これ・・・?」
「散歩してる途中で見つけた。俺が持ってても仕方ねぇからお前にやるよ」

ややぶっきらぼうな仕草で花を押しつけられる。
ナミは花とゾロとを見比べて、思わずその顔を凝視した。

「あー、ホントはもっと取って来たんだが、途中でオヤジやらガキやら男どもに泣きが入るくらいねだられちまってよ。仕方ねえからくれてやったんだ。幸運のお守りだってんだから、ひとつありゃ充分だろ?」

やや視線を反らしたまま言い募る。

(お守りって、本気で言ってるの?)

ゾロは知らないのだろうか。この花に込められている本当の意味を。
甘い果実酒でも飲んだ時のような感覚に包まれ、ナミは一度息を呑み込んでから口を開いた。
その香りに後押しされるように。

「お守り・・・なんだ」
「あ?」
「それだけの意味で、ゾロってばこの花を女に渡すつもりだったんだ?」
「そ、それだけって・・・他にどんな・・・」

じっと翡翠色の瞳を見る。
まっすぐなヘイゼル色に刮目され、少したじろいだようにも見えた。
あらぬ方に視線を彷徨わせ、意味もなく頭を掻いていたゾロは、やがて喉の奥で唸るように舌打ちした。

「ああもう! こういう意味だよ、文句あっか!」

ゾロは手渡した筈のスノウ・クリスタルを奪い取ると、そのままナミの髪へと挿し込んだ。
右手で作業されたので、それは自ずとナミの左側に揺れることになる。
そう、想いが成就したという証の左側に──。

ナミは何度も深呼吸し、そっとその花に触れて囁いた。

「・・・ふうん。私の意見は、この場合聞かないの?」
「聞かねぇ! 俺はもう何も聞きたかねぇ!」
「そ。じゃあ答えは行動で示さなきゃね」

言うが早いかナミは座っていたベンチの上に立ち、一段高い位置から掠めるようにゾロの唇に自らのそれを落とした。

硬直していたゾロが我に返ったのは、ナミが石畳の上に降り立つ小さな足音を聞いた直後だった。
何度も目を瞬き、一瞬でも自分の唇を掠めたものが嘘ではなかったことを確かめるように、指の腹でそっとそこをなぞる。
ややあって、ゾロは信じられないものを垣間見たような顔で問い掛けた。

「ナミ・・・今のがお前の答えか?」
「──そうよ、いけない?」
「いや、いけなかねぇが・・・一瞬だったんで良く判んなかったから、もう1回いいか?」

言うが早いかゾロはその細い腰を抱き寄せ、軽く音をたててその唇を奪った。
そこのベンチが広場の片隅にあり、しかも建物の陰で人目につきにくいことに気を良くし、ゾロは更に大胆になった。

「足んねぇからもう1回・・・」

徐々に唇の離れる時間が短くなり、唇を割った甘い吐息がゆっくりと絡み合う。
そのうち雪虫に混じって、本物の女神の使者が舞い降り始めていた。
気温は大分下がっていたが、互いの体温を心地好く感じるふたりは寒いとは思わなかった。

ふと唇が離れた折、ナミは囁くように言った。

「そういえば今日、あんたの誕生日ね。一応おめでとうを言わせてもらうわ」
「あぁ?」
「やっぱり忘れてる。今日は11月11日よ、あんた誕生日でしょ」
「そうだったか? 興味ねぇから忘れてたな」
「そんなことだろうと思ったわ。仕方ないから後で美味しいお酒を奢ってあげるわよ」
「それも悪かねぇが、今はこっちがいい」

そう言ってゾロは、再びナミの唇を言いかけた言葉ごと塞いだ。

ふたりは気づいていない。
ナミの髪に挿されたスノウ・クリスタルが、一際鮮やかな淡紅色へと変わっていたことに。



それを見守っていた考古学者の元に、人の輪からもつれるように小さなトナカイが転げ出て来る。
ロビンの姿を認め、チョッパーは気さくに声を投げた。

「どうしたんだロビン、疲れたのか?」
「いいえ。船医さんこそ、長鼻くんの武勇伝は終わったの?」

「まだ途中なんだけど喉乾いちゃって。飲み物を貰いに来たんだ──って、あれ? ゾロとナミ? ふたりとも何してるんだ?」

甘く熱い口づけを交わすふたりを見、チョッパーが首を傾げる。
ロビンはそれに優しい微笑みで応えた。

「あれは、想いの通じ合った人間のする愛情表現のひとつよ。ようやく一歩前進できたようだから、静かに見守ってあげましょう」

「そ、そうなのか。それにしても、ナミの髪にある花、綺麗に発色してるな」
「雪の女神の祝福を受けると、ああいった色に変わるそうよ。これからのふたりに幸多かれとね」

「うん、そうとも言うんだろうけど。あれはおそらく、今まで大地に根を下ろして冷やされていたところに、一定以上の温度に触れることによって内部での色素構成が分解、再構築されるところから来るものなんだろうな。求愛行動を取る生物は独自のホルモンも分泌するから、そこからも反応するだろうし」

「・・・医学と科学は紙一重なのだろうけれど、そう言われてしまうと情緒も生命の神秘も何もないわね」

好奇心旺盛な2対の視線を受けつつも、双方の体温が名残り惜しいふたりは未だ互いを手放せずにいる。


微かな風に乗って雪虫が舞い踊る。
薄紅色に変わった花を持つ者たちを祝福するかのように。


しんしんと辺りを染める純白の帳も降りて来る。
あたたかな想いを抱いたまま、優しい眠りに誘うように。


愛しい者への気持ちを、そっと抱きしめるかのように──。



<FIN>


<管理人のつぶやき>
お互いの視線に気づきつつも、とまどっているゾロとナミ。そんな二人の見えない垣根を取り払ってくれのが不思議な言い伝えを持つ白い花でした。
自然な心の動きとして、ゾロがナミに花を贈ろうと考えてくれたことが嬉しいです。男が女に花を贈って求愛する・・・・古典的だけどやっぱりとても素敵ですよねv
強引に愛の成就を示す左側に花を挿すゾロがいいなぁ。その後のキス。もう1回だって(笑)。

Baby Factory様の2004年ゾロ誕「Green Breath’04」のDLF作品です。
真牙さんの初の原作設定話であり、初のDLF作品であります!
素敵な作品をどうもありがとうございました!

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