航海士の嘆き

            

ゆう 様






これは私考古学者Nが偶然乗り合わせたとある海賊船にて
実際に見聞きしたものを本来の職業たる学者の本分に立ち返り
書き記す物である。
なお世間を憚る身の上により記名は頭文字にて割愛する。 
                                              
                                             「考古学者Nの見聞録」より



GM号の一日は鼻腔をくすぐるかぐわしいトーストの香りか、
船長の雄たけびか、はたまた彼女の絶叫で始まる。
この船に乗ってわずか数日の私でさえこの朝の洗礼にさらされることは
船員である以上避けられる物ではない。

「えー!?うそ!無い!無いわ!、わたしの大事なお気に入りが無い!」

航海士の絶叫は朝の女部屋に響き渡る。
クローゼットを引っかき回し、洗濯籠を逆さまにして
愛らしい衣類が部屋中を飛び交った。

「一体どうしたの?航海士さん。」

実は私、考古学者Nは彼女に対してある程度の好感を抱いてはいるものの
これまでの自分の人生を鑑みて人を信頼するとか、他人に心を開くとかいう
精神を放棄してしまっている。
従って彼女に対して他のクルーのようにファーストネームを呼ぶには至っていない。
もっとも全てを失い自分の人生観をも当船長に破壊された今
人を警戒する習性がいつまで持続するか保障はない。
彼女を役職名で呼ぶ事は彼女の仕事を充分評価し敬意を表している為と
思ってくれて差し支えない。


「今日着けようと思った下着が無いのよ!」
「あーそれなら・・・」
「絶対にあのエロコックだわ!間違いない!」

彼女は私の言葉に全く耳を貸さずキッチンへと続く階段を駆け上がっていった。


「サンジ君!ちょっと来て!」

朝食の支度に余念が無いコックに対して今朝の挨拶は怒りに満ちていた。

「おはようーナミさん、ロビンちゃん!今朝もダブルでお美しい!」

コックの毎度おなじみの朝の挨拶も彼女はまったく意に介さない。

「サンジくん!どうせあんたでしょ!私の下着返しなさい!」

突然の剣幕にコックは訳も判らずたじろいだ。

「そんなぁ、いくら俺でもナミさんの下着を無断で拝借なんてするわけないよー!」

「絶対に?」
「命に代えても!俺の騎士道精神を地に落とすようなマネはしません!!!」
「フン!まあいいわ。ゆっくりと検証してあげる。」

航海士はコックを睨みつける。

「もしあんたが下着ドロだったら・・・」
「俺が下着ドロだったら?」
「あんたとはもう口聞いてやんない!」
「そんなー!ナミさーん・・・」

ショックを受ける料理人を尻目に彼女はスタスタとキッチンを出て行った。
私は彼女に伝える事があるが為にこうして後をくっついているのだが、
彼女は全く私を省みようともしてくれない。



「ウソップ!そこにいるわね!」

彼女は見張り台に立つ狙撃手に下から声をかけた。

「おう、ナミ。どうした朝からえらい剣幕だな。」

「どうしたじゃないわよ!あんた私の下着盗ったでしょ!」

次々に仲間を下着ドロ扱いする彼女に私もいささか閉口したが、男所帯で生活していく女としては
多少は過敏な反応をする事も無理からぬことなのかもしれない。

「あー?なんだって聞こえねーよ!」
「だから!私の下着!知らないかってきいてんの!」

航海士と狙撃手は声を張り上げる。
おりからの強風に煽られて甲板から発せられる言葉は見張り台に届かない。

「下着ぃー?なんだってー?」
「だーかーらー!わーたーしのパン・・・」

大声で叫ぶ航海士は思わず口をつぐんだ。
キュートな頬を真っ赤に染めて硬直状態。

「・・・いいからそこから下りてらっしゃい!10秒以内に下りてこないと・・・」

彼女は美しい胸元からするりと自慢の武器を取り出した。
見張り台に向かって雷の狙いを定める。

「わ、わかった今下りる!話せば判る!」

狙撃手は即座に見張り台から下りてきた。

「ちまちまやってたってらちが明かないわ。徹底的に調べてやる!」
「あのね、航海士さん・・・」
「ロビン、悪いけど話なら後にして重大な問題なの!」
「あのね・・・」

「全員甲板に集合!」

なぜかこの船の号令は彼女がかける事になっている。
そして男共は文句も言わず彼女の号令とあらば即座に集合するのだ。

料理人、狙撃手、船医、それに船長が船べりに一列に並んだ。
カンカンと軽快な靴音を響かせて彼女はクルーの前に進み出る。
カンカンカンカン・・・ムギュ!・・・カンカンカン・・・

「ムギュって今あなた・・・」
「フン!筋肉バカの一つや二つ踏んづけたからって世界は何も変わりゃしないわ!」
「確かにそうかもしれないけど・・・」

私は踏まれた剣豪を振り返ると確かに何も無かった様子で床の上でイビキをかいている。
彼女の言う事はいちいちもっともだ。

彼女は腰に手を当てて整列したクルーをジロリと睨みつけた。

「私の下着が足りないの。この中で知ってる人はいない?」

激しい口調に脅しが込められている。狙撃手と船医は縮み上がった。

「知るわけねーだろ。そんなもん。」

船長はあっさりと答えるがその返答さえもが彼女の怒りを倍増させる。

「なんですって!あんただってアラバスタでお風呂覗いてたでしょ!」

「洗濯してどっか飛んでったんじゃねーのか。」

狙撃手の意見にも彼女は満足しない。

「ウソップ!あんたのせいで私がどんな目に合ったか忘れたとは言わせないわよ!」
「だからって俺はお前の下着にゃ興味ねーよ、第一お前の下着盗むなんて命知らずなことできる訳ねーだろ。」
「それもそうよね・・・じゃあチョッパー、私の下着知らない?」

「お、俺、俺・・・」
「俺・・・何かしらチョッパーちゃん?」
「俺!・・・布は喰わない!」
「そういうこと聞いてんじゃないわよ!この欠陥トナカイ!」

航海士の言葉に船医は大きなショックを受けた様子。

「そ、そんなぁ一番言われたくない事を・・・あんまりだ・・・」

船医は大きな瞳に涙を潤ませた。

「気にすんな。触らぬナミにたたりなしだ。」

狙撃手は船医を優しく慰める。船医にはなんらかのトラウマがあるらしい。

「うるせーよ!お前らなんかに俺の繊細なトナカイハートが判ってたまるかー!」

船医は泣きながら駆けていった。

「どうやらチョッパーじゃなさそうね。・・・でルフィあんたは?」

「知らねー。大体どんなもんなんだ?それ。」

「うん、あのねえ、ここにリボンがついててぇ、色は黒のヒモパン・・・って何言わせんのよ!」

船長はタクトの一撃を喰らった。
殴られた頭をさすりながら船長は航海士に諭すように話す。

「いいじゃねーかパンツの一枚や二枚。肉一個やるから諦めろ。」
「冗談じゃないわよ!あれは私のお気に入りなの!あれじゃなきゃだめなの!」
「そうか、ナミさんの勝負下着はひもぱ・・・ぐえっ!」

二人目のタクトの犠牲者はコック。

「あのな、お前、こんなことわざがあるんだぞ。『ふんどし無くとも肉を喰え』って。」
「あるわけ無いでしょー!!!」

能力者さえ海に蹴り飛ばすその胆力。確かに彼女は考察する上で十分有意義な人物だ。

「もう、いや、私の船には馬鹿が多すぎる。」

どこかで聞いたようなそのセリフも彼女の嘆きを思うと全くもって的を得ていると言わねばならない。

「ところでねえ、航海士さん。」
「いいの!もうほっといて!」
「まあそう言わないで、お探しの物はこれかしら?」

自らの能力を持って彼女に3本目の腕を咲かせる。
その腕には先日私が拝借した彼女の極めて妖艶な勝負下着なるものがぶら下がっていた。

「ロビン!なんであんたが私の下着を!」

彼女は腕から下着を剥ぎ取ると衆の目に晒される前に素早く胸元にねじ込んだ。

「だって服を借りたって言ったじゃない。」
「下着まで借りるとは言ってないでしょ!」
「シャワー浴びて下着だけ換えない訳にもいかないわ。それ新品みたいだし。」

航海士は怒りで肩を震わせる。

「判ったわ!これは貸しにしといてあげる。後できっちり返してもらうからね。」

これだけは言うつもりは無いが私が彼女に袖の下として渡した宝石で下着が何枚買えるだろう。

「まったくもう!どいつもこいつも!」

カンカンと高い靴音を響かせて航海士は自室へ戻って行く。
カンカンカン・・・ムギュ!カンカンカンカン・・・

彼女の嘆きも苦悩もまったく同情すべきものだが彼女自身がこの状況を最も好ましく感じているように
思えてならない。
航海士の嘆きこそが日常の幸福の証であるかのように。
そして闇に染まった我が身さえもがその幸福の恩恵に預かれるのではないかと
してはならぬ期待をしてしまう。

そして彼女のもう一つの幸福は踏みつけられたサンダルの下に在るのでないかと
私、考古学者Nは不必要な邪推の上に考察するものである。









FIN

 

<管理人のつぶやき>
まだ微妙な距離感を感じるものの、暖かくも鋭いロビンの洞察力が光ります!こんな日常が何よりですね。
キャプテンよりもキャプテンらしく、「全員甲板に集合!」なんてエラソウに言うナミちゃんが愛しい…(←ナミバカ)
そう、そんな勝負下着なの。いいなぁ、剣豪、そんなの見れて・・・(違)

しあわせぱんち!」様で、2222のカウンタを踏み抜きましたところ、ありがたくももったいなくも、こんな素敵なお話をくださいました♪でかしたわ自分、よく踏んだ!
ゆうさん、素晴らしい作品を、どうもありがとうございました!

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