空と海のあいだ

            

ゆう 様






空の色をしてるね
私の髪を映したその瞳は海の色をしていた
きらめく光と共に海は私を迎えてくれた
だけど私は知ってしまったの
空と海はいつも隣り合っているけれど、永遠に一つに解け合うことはない
海はただ流れ続けて
空はただそこに在り続ける。
人々を見守りながら、自らの思惑も伝えず
決して交わらない空と海のあいだに私は未来が欲しかった







麦わらの船長さんは今日で丸2日、宮殿に担ぎこまれた事も知らずに眠り続けていた。
額にあてたタオルを手に取り、水桶に浸す。
硬く絞った布を又額に戻すと、一瞬の暗闇が私を襲った。

「ビビ!危ない!」

立ちくらみでほんの僅かによろめいた私を咄嗟にナミさんが後ろから支えた。
父から譲り受けた蔵書を床に放りだし、がっちりと私の肩を掴んだ。

「え、私どうしちゃったの?」

私は自分の身に起こった事をよく理解もせずに、横にずれたルフィさんのタオルを直した。

「ビビ!いい加減にしなさい!あんたこの2日ろくに眠ろうともしないでルフィにつきっきりじゃない。
あんただって私達と同じくらい、ううん、それ以上に疲れきってるってことわかんないの!」

勝気な航海士さんは妹分の私にことさら厳しい表情でそう言った。

「平気よ、ナミさん。私の寝不足なんてみんなに比べればどうってことないわ。」
「バカな事言うんじゃないの。今夜こそ休まなきゃ、あんた死んじゃうわよ!」

確かに彼女の言うとおり私はこの2日、ろくに睡眠もとらず食事も給仕係への申し訳程度にしか
口にしていなかった。
だってルフィさんの熱は下がらなくて皆と同じに雄雄しく戦ったトニーくんだけに押し付けるわけにはいかないもの。
でもそれは表向き。

「大体人一倍心配性のあんたがずーっとこの部屋で病人を看てるのがいけないのよ。
あんただってこの宮殿に自分の部屋くらいあるんでしょ。」

ナミさんはまたもや私の頬をギューっと引っ張った。
それを見て城勤めの者達は目を丸くして青ざめる。

「あ、あるけど・・・」
「とにかく今夜は自分の部屋で一人でゆっくり眠った方がいいわ。
こいつらと一緒じゃちっともあんたが休めないもの。」
「でもナミさん、私・・・」
「文句は言わせないわよ。ルフィの事は私たちと城の人がちゃんと看てるから、あんたは一人で部屋に戻りなさい!」

有無を言わせない彼女の言葉に私が逆らえるはずもない。
これまでずっとそうだったのだから。

「でも・・・」

私は他のクルーに視線で助けを求めた。眠るとか休息するとかよりも私はみんなとの残された時間を大切にしたかっ
た。少しでも長くみんなと一緒にいたい。どんな形の別れになるのか今はまだ判らないけど。

「ビビ、ルフィの事は俺に任せろ。俺は船医だ。」

トニーくん、そうねこの場は彼の仕事場だものね。

「そうだぞ、ビビ。実は俺は45度の高熱を一瞬で下げた薬草を知っているー!」
「えー、ほんとか?それ絶対教えてくれよー!」
「いちいち本気にすんじゃねえ、だがビビ、ナミの言う通りだ。今日こそしっかり休まねえと本気でもたねーぞ、お前。」
「サンジさん・・・」

つとめて会話に加わっていなかったサンジさんに意見を求める。
きっとあなたなら私の気持ちを解ってくれるわよね。周りに人がいる事が大好きで、斜に構えたふりをしながらも
寂しがりやのあなたなら。

「ん、まあそうだな。その方がいいかも。ビビちゃん。」

サンジさん、あなたも私をここから締め出すと言うのね。
でもそんなサンジさんはさっきから下を向いてばかりで私の顔をまっすぐに見ない。
彼にも賛同されるなら私はこの部屋にはいられない。今夜は一人自分の部屋で過ごそう。
泣かずに過ごせるだろうか。別れの予感に押しつぶされずに眠ることなどできるだろうか。

「解ったわ。今夜の所は自室で休むことにする。トニーくん、よろしくね。」

私はルフィさんの寝具を手早く整え、毛布をかけ直すと寝台の側を離れた。
肩を落として私は室外への扉に手をかけた。
その私の背中に青い視線が柔らかく突き刺さる。
私はその視線に振り返ることなく仲間達の部屋を後にした。



2年の間留守にしていた自分の部屋は変わらずに私を迎えてくれたけど、
私を喜ばせてくれるような物は何一つ無かった。
衣類は今の私の身長に合わせた物が新たにクローゼットにしまいこまれ、
今まで見たこともないような化粧道具が鏡台に揃えられていた。
私という王女を城の人々がどれほど愛してくれているかがよく判る。
なのに私という娘はなんと薄情な人間なのだろう。
私の中で国と仲間、その二つへの思いが苦しくせめぎあっている。

コツン、張り出した出窓のあたりから小さな音が聞こえた。気のせいだろうか。
コツン、まちがいじゃない、何かが硝子に当たる音がする。
私はバルコニーに駆け寄ると真鋳つくりの鍵を開けた。
外は静かな雨。大気に混じる湿気が心地よく体をとりまく。バルコニーには使われていないマッチが2本硝子の側に
落ちていた。私はバルコニーの手すりに近寄った。不審者かもしれない。
よく見ると一本の手がバルコニーの支柱を掴んでいた。
いけない!刺客だ。まだ反乱はおさまったばかり。BW社の残党か、王制に反発する者か。
平和になったとたんに油断していた。私はスラッシャーを抜き取ると支柱の手に狙いを定めた。
聞き慣れた回転音が風を切る。その音を聞きつけて、刺客は慌てて言葉を吐いた。

「わー!ビビちゃん、タンマ、俺だよ、俺!」
「えー!?サンジさんなのー?」

風に煽られて彼の金髪が激しく揺れる。部屋から漏れる明かりに照らされてキラキラと輝いた。
彼はどうやら壁を伝ってよじ登ってきたらしい。はりだしたバルコニーに腕一本でぶら下がっていた。
お世辞にも余りかっこいい様子とはいえない。

「わりい、ちょっと引っ張って。」
「わりいって、あの、ここは4階よ!」

驚きながらも呆れ果て私は彼に手を貸した。右手に支柱を、左手に私の手を掴むとフっと長い足が私の頭上を飛び越 し、タンと音を立てて彼はバルコニーに降り立った。

「サンジさん、一体どうしたの?」
「んー?一人ぼっちの王女が寂しがってんじゃないかと思って、ちょいと夜這いなどを。」

彼は口をぽかんと開けている私の手の甲に軽くキスをした。

「まったくもう、驚いたわ。」
「いやあ、恋はハリケーンですから。ところでそれ、しまってくんねえ?」

私の指にはまるで脱力した自分のように勢いを無くしたスラッシャーがだらりとぶら下がっていた。


そのまましばらく二人で夜空を見ていた。
降っていた小雨はしだいに止んで、切れ切れの雲間から微かに星屑が見える。
私には今の自分が信じられなかった。この国の平和と秩序を絶対に取り戻す、そう信じて今日まで仲間達とがんばっ てきたけれど、
本当にその日がやってきたなんて。
本当にこの国が元の温かい国に戻ったなんて。
こんな風に静かに星空を眺めることができるなんて。
そして今隣にいる人がずっと私を支え続け、私の為に闘ってくれた人だなんて。

「星がきれいだよな。この国は。」

サンジさんがぼんやりと呟いた。

「そうでしょ、砂丘から見る星空はもっときれいよ。」

私は彼が自分の国を褒めてくれたことがとても嬉しくて誇らしかった。

「うん、そうだな。ゆっくり見る暇無かったけど。」

星を愛でる彼の横顔をそっとのぞき見た。
この人はこんなにきれいな人だったかしら。
長い金髪に隠れて表情がよく見えない。
急に胸が痛くなった。切なくて涙が出そう。私はもうすぐみんなと、サンジさんと別れなければいけない。
私をうちまでおくり届ける、それがみんなとイガラムの交わした約束なのだから。
ずっと一緒にいたい、海の自由人である彼らに対してこれは王女のわがままなの?
でももし、もしもずっと一緒にいることができるならたとえ全てを投げ出しても・・・!

「イックシュ!」

私の愚かな想像をサンジさんのくしゃみが遮った。

「いけない!サンジさん、雨に濡れてたのよね。砂漠の夜は寒いわ。」

私は彼が雨に降られてバルコニーにぶら下がっていたことなどすっかり忘れていた。
怪我もしているし、これ以上体を壊させるわけにはいかない。
私はサンジさんの手を引っ張って部屋の中に招き入れた。
すぐに備え付けの戸棚からタオルを取り出して彼の頭に被せた。

「サンキュー、俺も濡れてんのなんか忘れてたよ。ビビちゃんと夜空の星があんまりきれいなもんだから。」
「はい、はい。それはどうも。」

相変わらず私に対してそんな軽めの言葉を使うのね。私はお返しに背伸びして彼の頭をゴシゴシとタオルごとかき回した。どう?自慢の金髪はグシャグシャよ。それで何人の女の子を泣かしてきたかは知らないけどね。
案の定、タオルを取った彼の頭はまるでスノウバードの巣みたいになっちゃった。
ケラケラと笑う私を見て彼がふて腐れた。まるで7、8歳の子供みたい。
以前から思っていた。この人は大人なのか子供なのかさっぱり判らないと。
私は彼にソファを薦めてテーブルのティーセットを使って温かい紅茶を淹れた。
私の淹れた紅茶に唇につけてにっこりと彼が微笑む。
その笑顔に私の心にも温かいものが染み渡っていく。この温かさをきっと幸福と呼ぶのだ。
私はこんな幸福が欲しかったんだわ。
この国の平和を取り戻すとはこの国の人誰もが愛する人と幸せに暮らすことができるような国にするということ。
それなら私もその幸福を望んで何がいけないというの。
私は彼の横に腰を下ろした。それは微妙な距離感。手を伸ばせばすぐにでも届く。でもその手を伸ばせば全てが砕け散っていくような恐れ。
嬉しいのに悲しくて、幸せなのに不安で、自分でコントロールできない感情に押しつぶされてしまいそう。

「元気ねーな、ビビちゃん。」

彼の言葉にハッとする。

「あ、急に一人になってなんだか気が抜けちゃっただけ。」
「そうかあ、まだ強がんのか、君って子は。」
「し、失礼ね、強がってなんかいないわ。私は・・・」
「言ってもいいんだぜ。寂しいとか、こうしたいとか・・・」
「言ってもどうにもならないことってあるじゃない。」

私はサンジさんから顔を背けてしまった。彼は一人で夜を過ごす私を心配してここにきてくれたのに。

「俺達と別れること、考えてたんだろ。」

私は答えなかった。

「好きにしていいんだぜ。ビビちゃんのしたいように。」
「ううん、これ以上王女のわがままをあなた達に押し付けるわけにはいかないもの。」

サンジさんは乾きかけた髪をかき上げる。こんなじれったい私を彼はきっと嫌いに違いない。

「あのさ、俺達が君を助けたのは別に君が王女だったからってわけじゃねえ、それはわかるよな。」

うん、それは解ってる。私は彼らの仲間なのだから。

「俺はね、ビビちゃんが大好きだから君の力になった。今だって君が望むなら何だって叶えたいって思ってんだぜ。」
「本当?」

確かめるように彼の顔を覗き見る。

「もちろん!」

力強く彼は答えた。それはあの日船上でお菓子をすすめながら俺がいる、と言い切った時と同じ顔と同じ声。

「叶えられない事もあるって教えてあげる。サンジさん、この国に残って!私の事が本当に大好きなら私と結婚して。
一緒に砂漠の砂になってください。」

一度に言い切ってまくしたてた。どう?これだけは叶えられないでしょう?私って本当に嫌なわがまま王女でしょう?
だから私を嫌いになって!二度と私に優しい言葉なんかかけないで。
そしてあなたはこう言うんだわ。君がこんな人だとは思わなかった、がっかりしたよ、
男に夢を捨てさせるなんてつまんない女だって。

「いいよ、君が望むならこの国の砂になる。」
「うそ・・・!」

驚いた私を見て彼は私の額を指でこづいた。

「あ、信じてねーな。おりゃ、誰かと違ってウソつきじゃねーって。」

体を支配していた緊張感が溶けていく。そして段々と彼の穏やかな青い瞳に愚かな娘の醜い顔が映った。
この人の優しさは本物なのだ。自分を犠牲にしてまでも騎士道を貫こうとする。
そんな彼をこれ以上苦しめたくないと思った。彼の優しさにこれ以上甘えてはいけない。

「ごめんなさい、ウソよ。結婚なんて冗談。」
「強情なうそつき姫。君の本音を言ってみな。」

彼は私の髪を優しく撫でた。何度も何度も。
その優しい手の動きに記憶が手繰り寄せられいつか彼が私に言った言葉が蘇る。

『君の髪は空の色をしてるね』

潮風の吹き抜ける船上でそう言った彼の瞳は深層の海の色をしていた。
ああ、この人は海に生きる人なんだとそう感じた。
そして私は空、この国を見守り、共に人々と朝を迎え続ける、私はこの国の空。
彼から夢の海を奪う事は彼を殺す事と同じこと。
私の手を握った彼の腕に空色の涙が一粒落ちた。
こらえきない感情の波に押し流され私は彼の胸にしがみついた。
頬に感じる彼の体温。私を抱く彼の腕に力が篭もる。

「私を一人にしないで!置いていかないで!せめて、せめて今夜だけでも私の側にいて!」
「一人になんかしねえよ、俺のお姫様。」

温かい大きな手が私の頬を包み込む。優しい指が私の涙を拭うと乾いた唇が私をとらえた。
二人を分かっていた距離がその全ての力をうしなう。誰も私達を引き離せない。今だけは、今夜だけは。
優しいはずの彼の腕が息苦しいほど私の体を抱き締めた。

「君が何を選んでも君は一人なんかじゃない。そいつを忘れんなよ。」

苦しいのは腕の力のせいだけじゃない。苦しいのは胸の内。はりさけそうな程彼にと向かう自分の想い。
いっそのことこうして彼に抱かれたままこの世から消えてしまいたい。
彼の重みで私は死にたい・・・

そうして彼はこの世には無い、空と海のあいだ、
夢幻の世界へと私を連れていった。



翌朝思っていた通り私の寝台に彼の姿は無かった。
一人で起き上がり身支度の為に鏡の前に座ると昨日と違う私がいる。
髪を一本にたくしあげると彼の匂いがした。
コンコン、背後で重い扉をを叩く音。

「どうぞ。」

鏡に向かったまま私は答える。返事をすると2年前と同じようにテラコッタさんが朝の支度にやってきた。

「おはようございます、ビビさま。」
「おはよう、テラコッタさん。」
「昨夜はよくお休みになられましたか。」
「ええ。」

テラコッタさんは部屋のカーテンを開けて朝の光をとりこんだ。出窓を開き新鮮な空気を誘い込む。

「ビビさま。今日は良い天気ですよ。きっと今日こそ船長さんも起きて下さいましょう。」

私はテラコッタさんに続き、バルコニーから今日の朝日を迎えた。
私たちの足元には使われていないマッチが2本落ちている。

「ビビさま・・・」
「なあに、テラコッタさん。」
「・・・いいえ、なんでもございませんよ。」

にっこりと彼女は微笑んだ。朝の光に照らされて私も笑みを返す。

「ねえ、テラコッタさん、海と空はね、決して一つにはならないのよね。」
「ええ、王女。それが自然の理ですよ。」

海は遥か砂漠の彼方。この内陸の街では登る朝日だけがその存在を知る。

「ですが、王女。海は空に憧れてその色を自分の身に映すと申します。」

そうなの、海の色は空の色だったのね。
私たちは本当はとてもよく似ていたのね。
とてもよく似ていてその本質は非なるもの。

『君は一人じゃない。』

耳に残る彼の言葉が繰り返し私にささやきかけて新たな力を与える。




「逞しいな、この国は。」
「王女がかわいいからな。」
「関係あんのか?」
「・・・あるさ。」


空と海のあいだに、私はもう幻想を求めない。










FIN

 

<管理人のつぶやき>
ビビが抑えていた自分の気持ちを素直に語る姿が悲しくも美しい。サンジもそれに応えてくれて・・・。空と海のあいだには、二人だけの世界が広がっているんでしょう。でもそこにいつまでも留まることはできない。サンジによって何度も囁かれた「君は一人じゃない」という言葉は、永遠にビビの胸に宿ったにちがいありません(>_<)。

しあわせぱんち!様では、公式に姿を消してしまったビビを恋しく想う『とうとうあにめもビビちゃんサヨナラ企画』が催されました。このSSはその企画のDLフリー作品です。こんな感動的なお話をフリーにしてくださったことに感謝感謝v ゆうさん、どうもありがとうございました!!

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