ポーカーフェイス

            

ゆう 様





海上レストランバラティエに新鮮な食材と必要な物資を満載した交易船が接近した。
小さなコックがバラティエ後部甲板から飛び出し、交易船を誘導する。
交易船から太いロープがサンジに向かって放り投げられた。
サンジはそのロープを自分の船にがっちりと結びつけると、交易船に向かって大きく手を振って合図した。
交易船の船員は合図を確認すると海底に錨を下ろした。着船するとすぐさま荷揚げが始まった。

料理長ゼフはレストランの備品一切をこの業者に委託していた為に、
半年に一度の資材の搬入はとてつもない量に登る。
食材、調理器具、店の装飾品、調度類、果ては海賊船にぶち込む大砲の弾まで、
ゼフはこの業者を最も信頼し、ほとんどの補給を任せていた。

「うっひょー!今回もすっげえなぁ」

たちまち甲板を埋め尽くした物資の山にサンジは目を輝かせて声を上げた。
この船が物を運んでくる度にバラティエは内装を豪華にし、キッチンもコック達の私室も設備が良くなる。
逆にこの船からの搬入が少ない時は、店の景気がよろしくないことを表していた。

「よう!元気でやってたか。おチビちゃん。」

交易船の船長が伝票の束を持ってサンジに声をかけた。

「あったりまえだろ。この店は俺でもってんだぜ。元気に決まってら。」
「そいつぁ何よりだな。オーナーを呼んできてくれねーか。おチビちゃん。」
「俺は明日で12だ!チビじゃねえ!」
「おお、それは失礼した。小さいコックちゃん。」
「こんにゃろー!」

わめきちらす子供を船長は明るく笑い飛ばす。相手にしても仕方がないとサンジはゼフを呼びに行った。
品物の山に埋もれていたゼフはサンジに見出され、船長の元にやってきた。
胸ポケットからサインをする為のペンを取り出す。

「納品のチェックは済みましたか?オーナー・ゼフ。」
「ああ、済んだ。今回もいい品が来てるな。」
「毎度ひいきにして頂いてありがとうございます。」
「例の頼んだ物は入ってるか。」
「ええ、手に入れるのに苦労しましたぜ。」

船長は足元に立てかけてあったアタッシュケースを取り上げると、軽快に止め具を外した。
開いたケースをゼフの前に差し出し、得意げな顔を見せる。
ゼフはケースの中身をあらためた。ケースには鮮やかな光を放つ包丁が種々6本、セットで綺麗に収まっていた。
ゼフはその中の一本、ぺティナイフを手に取り、品定めをする。

「どうです?近頃じゃ滅多にお目にかかれないような逸品でしょ。」
「確かにな。苦労かけたな。厄介な注文だったろうに。」

ゼフはナイフをケースに戻した。ゼフの労いの言葉に船長は気を良くする。

「いやあ、確かに苦労はしましたが、他でもねえ、旦那のご依頼の品でしたら
夏島の雪だって手に入れてみせますよ。」
「そりゃ、ありがてーこったな。」

「うわ!すっげえー!ホワイトマウント社のオーダーメイド品じゃんかー!」

サンジがピョンピョンと飛び跳ねてゼフの脇からケースを覗き込んだ。

「よく判るな、おちびちゃん。こいつはホワイトマウント社が当代一の職人に特別に作らせた限定品だ。
その職人はもうほとんど現役を引退してるから、年に何本も刃を鍛えねえ。
正に世界に二つと無え最高の包丁だぜ。」
「二つはあるさ!一つはこのクソジジイが持ってるんだ。」

サンジは興奮しもっと良く包丁を見ようとゼフの腰の脇から顔を突っ込んだ。

「え?この包丁もう既にお持ちで?」
「まあな。と言っても何十年も前の話だ。その職人がバリバリの現役だった頃に手に入れた。」
「すっげえなあ、光ってるもんなあ、やっぱ切っ先がシャープだよなあ・・・」

サンジは貴重な包丁を宝物でも見るような目でうっとりと見た。もっともサンジにとっては宝以外の何物でもない。

「旦那、この包丁はこちらのコックさんのどなたかがお持ちになるんで?
おりゃてっきり赫足の旦那がお使いになるものと・・・」

船長は超一流の料理人、赫足のゼフが使う物と信じて貴重な品を探し当てたようだった。

「いや・・・。」

ゼフの横でサンジが目に星を湛え、キラキラと輝く瞳でゼフを見上げている。

「じゃあ、パティさんかカルネさんかな?」
「俺?ねえ俺?それ俺の?ねえおじいさま〜ん。」
「・・・・。」

ゼフは自分の腰にすがりつくサンジを引き剥がした。義足で脳天に一撃をくれることも忘れない。

「てめえみてえなチビナスにゃ、この包丁はもったいねえ!」
「ちぇー、じゃあ何で注文したんだよ。包丁は一生もんだっていつも自分で言ってるじゃねーか!」
「こいつはな、こいつは・・・予備だ。」

サンジはとたんに口を尖らせ、ぶーぶーと文句を言い始めた。

「なんでーなんでー!老い先短いジジイに予備の包丁なんかいらねーよ!」

ドガッ!
ゼフの義足がサンジの腹にめり込む音がした。宙を飛ぶチビコック。
続いて蒼い海に響き渡る水音。波しぶきがバラティエと交易船の間に上がる。

「ちきしょー!ケチ!ケチジジイ!欲張りの鼻毛やろー!超極悪のクソじじいー!○×△□!!!」

サンジは顔だけを海面上にのぞかせて思いつく限りの罵詈雑言を並べ立てた。
ゼフはさっさと伝票にサインをすませ、交易船はそそくさと撤収の準備を始めた。


×××××


「ちぇッ!ちぇッ!ちぇッ!なんでえクソジジイ。もう一つ持ってるくせしやがってさ。」

サンジはブツブツ文句を言いながら、キッチン外の廊下でジャガイモの皮を剥いていた。
キッチンでできない作業ではないが、スペースの貴重な船内でのこと。
他のコック達が仕事をしやすいように、皮むきなどは、キッチン外の廊下でやるようにしていた。
そこへ一人のコック仲間が通りかかった。胡坐をかいて作業するサンジを上から見下ろす。

「ぶつくさ言ってんじゃねーよ、サンジ。確かにあの包丁はお前にゃもったいないぜ。」

普段からいけ好かないコックの一人だ。子供のサンジを何かと邪魔者扱いする。

「へん!ジジイが死んだらありがたく俺が貰い受けてやらあ。」
「またお前はそんなかわいくねー事をよ。ちったあ子供らしい口の聞き方を覚えたらどうなんだ。」
「お前に言われたかねーや。万年スープ番のくせしやがってさ。」
「何だと!生意気なクソガキが!」

サンジは持っていたジャガイモを籠に入れて立ち上がった。といっても相手の半分の身長しかない。

「俺はガキじゃねえ!明日には12だ。」

サンジは明日には12になる。誰か祝ってくれる者がいるわけではない。今更祝ってほしいとも思わなくなった。
物心ついた時から自分の誕生日を祝ってくれる者などいなかった。
ただ一度去年の誕生日に朝目覚めると枕元に使い古したレシピ本が置いてあった。
それはゼフの本棚に置いてあった物だがゼフが「やる」とも言わなかったから、「ありがとう」とも言わなかった。
それ以前にゼフとサンジがまだ二人きりでレストランの開店準備に追われていた頃、
ゼフはその日に小さなケーキとローストチキンを焼いた。
それでもゼフは「誕生日おめでとう」などと口が裂けても言わないので、ただありがたく味わっただけだった。
全くの無表情で酒を飲むゼフの横で感謝の意をどう表現していいか判らずに夢中でチキンをむさぼっていた。
それはまだ誰も介在しなかった頃の二人の優しい記憶だ。
今サンジとゼフの周りには一癖に二癖もある荒くれコック達が共に生活している。

「お前みたいなガキを飼っておくくらいなら、塩でも仕入れた方がましってもんだぜ。」
「言ったな!このヤロー!」

サンジは低く屈みこむと、瞬時にそのコックの向こう脛を蹴り飛ばした。

「いってー!何しやがるこのガキ!」

コックはサンジに掴みかかろうとした。がサンジはその手を簡単によける。
勢い余ってコックは壁に激突した。

「俺はガキじゃねえつってんだろ!骨砕かれてーのかよ!」

騒ぎを聞きつけてパティとカルネがキッチンから飛び出してきた。
更に蹴りを食らわそうとするサンジをカルネが後ろから羽交い絞めにした。

「放せよ!このタコ!」
「サンジ!てめえはどうしていつもこうなんだ!」

パティがサンジを叱りつけた。

「しつけがなってねーんだ、このガキは。」

コックはサンジに蹴り飛ばされた脛を摩りながら、吐き捨てた。

「上等じゃねーか!かかってきやがれ。」

父親と言ってもおかしくない年齢のコックを相手にサンジの勢いは止まらない。

「役立たずの浮浪児を飼っておくオーナーの気が知れんぜ。
明日誕生日だと?誰もお前を祝ってくれるような奴なんかいるもんか。
親もいなけりゃ家も無え、ろくでなしのクソガキじゃねーか!」
「よせ、言いすぎだ。」

パティが制した。
あからさまの嘲りの言葉を受けてサンジは瞬間棒立ちになった。
カルネにしめあげられたまま、表情が凍りつく。悔しさがこみ上げてくる。
しばらく忘れていた涙が瞳に溢れてきた。
そういやこいつの言う通りだ。
俺って家も無けりゃ親も家族もいない。じじいに出て行けと言われたら出て行くしかない。
出て行った所で行くあてもない。
その事をどうして忘れていたんだろう。いつから忘れてたんだろう。
自分一人の力で這いつくばるように生きていた自分を。
この船に乗ってから?

「見ろ、相手はまだ子供だ、大人げない真似すんじゃねえ。」

パティがとりなした。
そしてコックの手を取りサンジの目の前に差し出した。

「ほれ、仲直りしろ、こちとら忙しいんだぜ。」

サンジはまだ少し濡れた眼でじっとその手を見据えた。

「・・・いてー!なんて奴だ。こんちきしょー!」

サンジはカルネに身体の自由をしばられたまま、握手を求められた手に思い切り噛み付いていた。


×××××


その夜サンジは自室で一人、ぼんやりと時計を眺めていた。
もうすぐ日付が変わる。変われば自分は12になる。これまでよりましな自分になれるだろうか。
少しでもゼフの役に立てるようになるだろうか。又客やコック達ともめごとを起こして
ゼフにあいそをつかされはしないだろうか。料理の腕を上げられるだろうか。
サンジは一人自問していた。他のコック達はいつものように部屋で酒を飲んだり、艶話に花を咲かせている。
昼間の喧嘩がひっかかっているので、寂しがりやのサンジも今夜は彼らの元を訪れる気にはならない。
こんな時誰かが自分の部屋のドアを叩いてくれるとどんなにか嬉しいだろう。
扉を叩く音がして「おい、チビナス、お前誕生日だろ。祝ってやるからこっちへ来い」と声をかけてはくれないだろうか。
サンジは膝を抱え、時計と扉を交互に見つめた。
ゼフと知り合う前は孤独をつらいとも思わなかったサンジに今やりきれない寂しさが襲い掛かる。

「おう、いるか?サンジ。」
「・・・え?じじい!?・・・・・・なんだクソだぬきか。」

扉を開けて入ってきたのはパティだった。サンジの無意識の待ち人ではなかった。

「暇そうだな。今オーナーの部屋でカードやるからお前も来いや。」
「カード?どうせ賭だろ。」
「メンツが足りねえから、仕方なく入れてやらあ。」
「そんなに入ってほしけりゃ入ってやるぜ。でも俺勝負強いからな。子供だと思って甘く見ると大損するぜ。」

サンジはゼフと知り合う前、子供が一人生きていく為にそれなりの術を身に付けなければならなかった。
7つや8つで賭場に出入りし、小銭を拾っているうちに賭け事を覚えた。
博打、賭けカードなどなど。手先が器用なのでイカサマもやったが、それ以上に運も強かった。
サンジはパティと連れ立って、ゼフの部屋に向かった。
途中の回廊でサンジは歩きながら、パティに問いかけた。

「なあ、・・・・・なんか俺に言うことねえか?」
「ああ?昼間のことならてめえが悪い、いちいち山犬みたいに噛み付くんじゃねえ。」

サンジは口を尖らせた。

「そうじゃなくってさ、昼間の事じゃなくって、今俺になんか言う事ねーかあ?」
パティはちらりと横目でサンジを見た。
「・・・別にねーな。」
「ちぇっ!」
「なんでえ、何か言ってほしいんか?ああ?」
パティは面倒くさそうにサンジを見る。サンジもつい目つきがきつくなる。
「・・・・何でもねーよ!」




ゼフの部屋を訪れるとそこには部屋の主とカルネがいた。部屋の中央には普通のカードテーブル。
カードのメンツはゼフ、パティ、カルネ、そしてサンジだった。
その事は別に気にも止めなかったがカードテーブルの脇に置かれたサイドテーブルは充分サンジの度肝を抜いた。

「うわー!すっげえ、何だよ。このご馳走!」

それは決してご馳走と言えるほど大げさな物ではなかったが、
深夜0時に口にするには少々重過ぎるくらいの食べ物だった。
特製の大きめのプリン、これはパティ自慢のデザートだろう。
一口サイズのクラフトの上に乗った、薄切りロースト、オードブル。
そしておそらくゼフの作った物と見られるチェリーパイ。
パイは12分のカットが入れられ、ピースごとに一つずつチェリーのシロップ漬けがのっていた。

「何でもねえ、ちょっとした酒のつまみだ。」

部屋の奥からゼフが重々しく言った。果たしてチェリーパイが酒のツマミになる物なのか少々サンジは疑問に思った。
(まさか俺のお祝い?まっさかねえ・・・・こいつらそんな気の利いた連中じゃねえーしなあ。)

「おう、始めんぞ。」

カルネがカードを切り始めるとメンツはカードテーブルについた。
アンティのチップを場に出してゲームがスタートする。
ゼフはサイドテーブルからワインを取り寄せ、コルクをひねり始めた。

「酒が無くちゃ話にならねえからなあ。」

ゼフは他の3人にグラスを渡し、ワインを満たす。勿論サンジも例外ではない。料理修行の賜物とはいえ、
この年でサンジほど酒の味に慣れた子供はいないだろう。強くはないが、利き酒では誰にも負けた事がない。
カルネが5枚のカードを全員に配っている間、パティはチェリーパイに手を伸ばしていた。
一切れを取ってサンジに渡す。サンジはパイを受け取るといきなりぱくんと口にほおばった。

「うんめえ!これ激うま!」

サンジが一口食べると他の連中もパイを口にした。その様子を見てサンジは合点した。
(ああ、そっかカードやるのに喰いやすいから、パイにオードブルなのか。
俺のお祝いなんてしてくれるわけねーもんな。
俺、生意気だし、喧嘩っぱやいし、それに・・・なんてーの?やっかまれるっていうか、天才料理人(予定)だしー。)
カルネはカードを5枚全員に配り終えた。
サンジはすぐさま手札を確認する。
(ん?結構いい手が来てんじゃん。)
サンジの手札は4枚ほど続き数がきていた。5枚中一枚だけが外れの5、いちかばちかの賭けにでれば、
ストレートが完成する。しなければブタだ。
サンジはゼフとパティ、カルネの表情を覗き込んだ。パティは頬をぽりぽりと掻きながら手札に見入っている。余りい
い手ではないのかもしれない。カルネは手札を開けるとチップをちゃらちゃらと鳴らす。ゼフはいつもと変わらす苦虫を
噛み潰したような顔だ。ゼフの表情はサンジにはどうにも読めない。いい手なのか悪い手なのか。ゼフはカードに見
入ったまま顎鬚をぴんぴんと玩んだ。

「おれ、ビット!」

サンジは一番手で勢いよくチップを出した。全員の反応を確認する。

「ちぇっ!」

パティが舌打しながらチップを出す。続いてゼフ、カルネもチップを出し、全員がコールした。
(んなんだよーみんなやる気満々かよ。結構いい手持ってやがんな・・・こいつら。
まずい・・・俺次のドローで8かKでなきゃブタなんだよなあ・・・誰か下りねえかな・・・)
カルネがドローカードを配り始めた。サンジは当然1枚だけ要求する。
ゼフが2枚、パティが一枚、カルネは0だった。
(来た!)
ドローで手元にきたカードはまさしく8。
マーク違いだがそうそう勝てる手を持っている奴はいないだろう・・・とサンジはふんだ。
サンジは二度目のビットをした。

「よっしゃ、俺はコールだ。」

パティはサンジに続き、同額のチップを出した。
(うぞっ!当てが外れた。)

「おりゃ、下りる・・・」

仏頂面でゼフがドロップを宣言した。賭けたチップを戻し、グラスの酒をがぶ飲みする。

「レイズ・・・」

カルネがにやりと笑って掛け金を吊り上げた。マジかよ。
それでもサンジは引かない、カルネのレイズを受けてコールした。こうなりゃ真っ向勝負だ。
パティも同額のチップを出し、コールを宣言する。ゲームはカルネの吊り上げた掛け金で進行する事が決まった。

サンジはわざと余裕の笑みを浮かべてパティとカルネに勝負をかけた。

「おし、オープンだ。」

サンジとパティ、カルネがいっせいにテーブルに手札を開けた。



「やっりー!俺の勝ちー♪」

サンジのストレートはパティの同じくストレート、カルネのスリーカードを抑えた。
サンジは満面の笑顔でチップをかき集める。

「ああ、言い忘れたがな。チップは一枚一万ベリーだ。」

カルネがぽつりと言った。

「みなさーん、毎度ありー。」

サンジは嬉々としてパティとカルネに手を差し出す。

「い、今はちょっと持ち合わせがねーから、給料日まで待て。」
「金が無きゃ物でもいいぜ、俺良い子のサンちゃんだから。」

パティとカルネは二人で顔を見合わせた。
パティは頭を抱え、溜息をつきながら言葉を吐き出す。

「仕方ねえ、俺が昔働いてた三ツ星ホテルの秘蔵レシピ本。あれてめえ欲しがってたよな、あれやるわ。」

それは確かに金に換えられない莫大な価値がある。
門外不出のパティのレシピをサンジは以前から見たがっていた。

「俺はそうだな、俺が使い込んだローストの焼き釜譲ってやらあ。・・・・あーあ。」

カルネが自分で設計し、他人には肉を焼く事を絶対に許さなかった特別な焼き釜は、
ついにサンジの手に渡ることになった。

「わーりいねえ、お二人さん。」
「ちぇ!」
「イカやろーが。」

「もう一勝負いくぞ。」

ゼフがドスのきいた声で号令をかけた。
すぐさまカルネがカードを配り始める。
全員がカードを開けるとパティとカルネはすぐに首を振ってドロップを宣言した。
これ以上何かを巻き上げられるのはごめんなのだろう。勝負はゼフとサンジの一騎打ちになった。
サンジのカードは2ペア、決していい手ではない。それでも先の勝負で気を良くしたサンジは負ける気がしなかった。
ドローを終えるとゼフはいきなり掛け金を吊り上げた。
それは換算するとサンジが負けた場合とても半年や一年で払いきれる金額ではなかったのだ。
ゼフはニヤリと笑ってサンジを挑発する。
(クソジジイ・・・何考えてやがる。よっぽどいい手持ってんのか?それとも俺をナメてんのかよ。)
サンジは額に汗をかきながらも動揺を見破られないよう、何気ない表情を作るのに懸命だった。

「てめえが負けたら向こう一年はただ働きだ。わかってんだろうな。」

不敵な笑みを浮かべたゼフの目が、鋭くサンジに突き刺さる。
サンジは強気を装った。

「俺が勝ったら、クソジジイ、ホワイトマウント社の包丁寄こせよ!」
「勝てるもんならな。まあ、好きなだけ吠えてやがれ、チビナス。」

「オープン!」



「・・・いやったあああ!!!俺の勝ちだあああ!!!!」

サンジは天井近くまで飛び上がって喜んだ。すぐさまこの部屋に置いてある、
ホワイトマウント社の包丁ケースに飛びつき、頬擦りした。

「やったーーー!俺のもんだあ!一流職人の特注品だあ!!」
「ち!」

ゼフは残ったワインを全てラッパ飲みにした。
パティとカルネは舌打する。

「猫に小判とはこの事だぜ。なあ、カルネ。」
「まったくだ。ブタに真珠ってもんだぜ。」

サンジはケースを開き、包丁を一本一本手に取り、眺めまわした。
ゼフが義足を鳴らして近寄ってくる。

「いいか、言っとくがな、手入れを怠るな。他人に触らせるんじゃねえ。それとまずは手を慣らさなきゃならねえ。
ぺティナイフから少しずつ慣らしていくんだ。焦ってヘマをやれば指の2、3本はすっぱり無くなるぜ。
そんときゃお前は一生コックでメシは食えなくなるんだ。この包丁を使うからには肝に銘じとけ。」

「おう!任しとけ!」

ゼフの忠告をしっかりと耳に入れながらもサンジの心は喜びで一杯だった。
師匠と同じ道具が持てる。自分がこの包丁を持つ事をゼフが認めてくれた。一流への道に一歩近づいた。
自分にこんな幸運が降ってくるなんて、誕生日というものまんざら悪い物ではない。




ゲームがお開きになり、パティとカルネは自室で酒を飲んでいた。
夜もすっかり更けて静かな静寂が彼らの部屋を満たしている。
特注の包丁を手にした小さな料理人は幸せを一杯に噛み締めながら、ベッドでいい夢を見ているだろう。

「しっかし、あんなへぼい手でよく勝負かける気になるなあ。」

カルネがぼやいた。
サンジが5と9のツーペア、ゼフが3と2のツーペアで勝敗を決した。

「オーナーもてんで勝負運が無え。こちとらわざと負けるのだって大変なんだぜ。」

パティもぼやきながら、グラスの酒をゴクリと飲み干した。

「なあ、パティ、とんだタヌキだぜ、オーナーは。サンジを祝ってやりたきゃ、素直に祝ってやりゃいいじゃねえか。」
「そうだな。お互い気にかけてんのに、人前じゃ天敵みたいなフリしてよ。」

パティとカルネは同じ言葉を同時に吐いた。

「「とんだ、ポーカーフェイスだぜ。」」


その後バラティエでは3月1日から2日にかけての深夜、
オーナーの部屋で賭けカードが行われることが恒例となった。
それはサンジが成長し「イベントはGFと過ごすもの」と結論をつけてからも変わらずに行われ、
サンジは恋人と過ごした後になんとしてでもオーナーの部屋まで戻ってこなければならなかった。
そしてその賭けは必ずサンジの一人勝ちで進行し、メンバー全員の恨みを買う結果で終わる。

12歳の誕生日。サンジが一人涙にくれる誕生日はこの日を境に無くなったという。








FIN

 

<管理人のつぶやき>
チビナスは子供なだけに感情表現がストレートですね。でも肝心なことは意地を張ってしまって素直に言えない。対するオーナーゼフはそこのところはちゃんと心得てて・・・というか、もしかしたらサンジ以上に意地っ張り?(笑) しょせん似たもの同士なのですね。でも二人の絆が揺ぎ無いのはパティとカルネが証言する通りであります!

しあわせぱんち!様のサンジ誕企画『March32』でのDLフリー作品を頂いてまいりました。ゆうさん、どうもありがとうございましたー!!
ゆうさんによるポーカー用語解説も頂いてきました。下表(↓)をご参照ください。
とっても親切なポーカー用語byゆうさん
アンティ  参加料です。ゲームを始める前に全員払います。普通チップ一枚ね。
ビッド 参加者がチップを出して賭ける事。「おっしゃ、いくぜ!」
コール ビットのあと前の人と同じだけのチップをかけること。「のった!」
ドロー カードを捨ててその枚数分もらう事。
レイズ 掛け金を吊り上げる事。「まだまだ甘いぜ、チビナス」
ドロップ 下りる事 

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