くいなが死んでから、
毎週のようにくいなの親戚の人達が集まって、
熱心にお経を読んだりするのはどうしてなのかと、
ゾロは不思議に思っていた。
49日
「7日毎に、亡くなった人の生前の行いが審議されるんです。そして7回目の審判の日に、閻魔様の審判が下り、天国へ行くか地獄へ行くかが決まるんですよ。」
死んだらすぐに天国へ行くワケではないのだと知って、ゾロは驚いた。
7日×7回の49日間は、死者はあの世でもなくこの世でもない場所にいるのだという。
「審判の日にあわせて、追善供養といってね、残された家族達が亡き人の善行を仏様に追加で訴えるんですよ。どうか天国へ行けますようにってね。」
「じゃあ、先生達がやってることは、くいなの応援ってことか?」
その喩え方が可笑しくて、コウシロウは眼鏡の向こうの細い目をいっそう細めて優しくゾロに微笑みかける。
「そうですよ、死んだ人はもう自分では訴えることができないわけですから・・・・。」
「・・・・・。」
「今度はちょうど7回目の審判の日、四十九日の法要です。どうですか、ゾロも出ませんか。」
「俺はいい。神様も仏様も信じてねぇし。」
「・・・・そうですか。でも、気が向いたら来てくださいね。」
そう言われたが、返事もせずにゾロは踵を返して師匠のそばから離れていく。
「ゾロ。」
そんなゾロを、コウシロウは呼び止めた。ゾロは振り返らずに立ち止まる。
「この間言われたことなら、気に病むことはありませんよ。誰も本気でそんな風には思っていないし、くいなは分かっていますから。」
「・・・・・・。」
それでもゾロはやはり背を向けたまま、今度こそ師匠の前から立ち去った。
―――おまえ、くいながいなくなって喜んでいるんだろう!
くいなの従兄が、葬式の夜にゾロに浴びせかけた言葉。
―――くいなに一度も勝てなくて、クサってたもんな!でも、これで晴れてお前がこの道場で最強だ。どうだ嬉しいだろう!!
従兄はくいなを失った悲しみのあまり、決してくいなと仲がいいとは言えなかったゾロにその捌け口を求めたのかもしれない。それとも周囲の人達は、そういう目でゾロをいつも見ていたのだろうか。
ともかくその言葉で、その場の空気が凍りついた。
事情をよく知らない親族の大人達は、不審な目で一斉にゾロを見る。
刺すような視線に晒されて、ゾロは何も答えず出て行った。
誰に何を言われても構わなかった。
くいなが死ぬ前日に、二人で交わした約束。
それが全てだったから。
他の誰でもない、くいなは自分のことを分かってくれている。
それで十分だった。
けれどそれ以降、コウシロウを除く、くいなの親族達からは心なしか距離を置かれている気がするし、ゾロもできるだけ関わらないようにしている。
だから法要にとやらにも、自分は出るべきではないと思った。
でも・・・・。
***
それから数日後、くいなの四十九日の法要がしめやかに営まれた。
その日は道場も休みとなったが、何人かのくいなを慕う門下生は親族達に混じり集まった。
くいなの遺影の周りが花で飾られ、お灯明が上げられ、お坊さんもやってきてお経が上げられる。
法要の後は食事の席が設けられて、長らく道場は多くの親族達の賑やかな気配に包まれていた。
コウシロウはその日一日、喪主として忙しく立ち居振る舞った。
夜の帳が下り、最後の客が引き取ってようやく一息ついた時だ。
玄関にお訪いがあり、出向いてみると、ゾロが一人ポツンと立っていた。
「どうしました?」
いつになく自信無さそうな表情をしているゾロに、何事かとコウシロウは不安を感じた。
「くいなの応援に・・・・。」
ゾロは俯きがちにひどく小さな声でボソリとそれだけ呟いた。
応援?
一瞬何のことかとコウシロウは思ったが、すぐに合点がいき、笑みを浮かべる。
「おいでなさい、ゾロ。くいなも喜ぶでしょう。」
師匠に促されて仏間に入ると、線香の香りが立ち込めた中、花で囲まれたくいなの遺影とお骨があった。
その前に正座して遺影と向き合う。遺影のくいなは笑顔だった。くいなはあまり声を立てて笑わない性質だったが、珍しく今にも明るい笑い声が聞こえてきそうな表情で、それをゾロは少し眩しそうに見つめた。
「私は片付け作業があるので奥へ行きますが、ゆっくり、くいなと話していってくださいね。」
コウシロウは立ち上がり部屋を出て障子を閉めたが、少しゾロの様子が気になって、しばらくそのまま佇んでいた。
すると、低くくぐもったゾロの声が聞こえてきた。
「仏様ってホントにいるのか分かんねぇけど、これだけは言っておきたいんだけど、」
そう前置きして、ゾロはくいなの遺影を通して何かに語りかける。
くいなはホントにいいヤツだったんだ。
オレが怪我した時は手当てしてくれたし、オレの誕生日の時にはなんかくれたり、オレのために刀を選んでくれたし。
面倒見がいいし、頭もいいし、皆に好かれて人気があって、そんでその、笑顔もいいんだ。
そして何より、
―――強い
剣がめちゃくちゃ強い。
オレは、結局くいなに一勝もできなかった。0勝2001敗だ。
それなのに奢ったりもしてねぇんだ。自分が女だってこと、だから弱くなるって悩んでた。
でも、オレとくいなのどっちかが世界一の大剣豪になろうって約束したんだ。
くいなは死んじまったけど、オレがその約束を果たすからさ。
天国にオレの名が届くぐらい、がんばるからさ。
だから、くいなには天国に行ってもらわねぇと困るんだ。
仏様、よろしく頼むよ。くいなを天国に行かせてくれよ。
それきり、しんと静かになった。
コウシロウはその場に釘付けになり、なおも障子越しに耳をそばだてていたが、次の瞬間にはガラリと障子が開き、ゾロと鉢合わせするハメになった。
コウシロウも驚いて硬直したが、ゾロは一瞬ポカンとしてコウシロウを見上げていた。しかし、すぐさま師匠に聞かれていたことを悟り、顔を真っ赤にさせた。
そして、コウシロウが何かを言う前に、ゾロはくるりと背中を向けて、慌てたようにバタバタと駆けて出て行った。
遠くでピシャリと戸が閉められる音がかすかにして。
コウシロウはようやく動くようになった手で、熱くなる目頭を押さえた。
FIN
<あとがき或いは言い訳>
今年は妙に四十九日について考えた年で、それがそのままゾロ誕作品に反映されてしまったような^^;。ゾロはくいなと大剣豪の約束をするまでは、くいなとはお互いライバルというか、打ち解けてはいなかったんですよね。だから、作中の架空の従兄がしたような誤解もあったんではないかと思います・・・・。でも作中の従兄クン、嫌な役回りさせてゴメン;。
ゾロ、誕生日おめでとう!キミが大剣豪になる日を早く見たいぞ!
なお、この作品は 【麦わらクラブ】様のゾロ誕「Est,ergo sum」に投稿させていただきました。