あんたはそんなに若いのに、もう夢をあきらめるのかい。
まだそうするには早すぎるだろう?
あんたは男の子なんだ、いつかきっと旅立つときが来るよ。
家族を、大切な人を置いてね。
ある預言者
ドクトリーヌのところへやってきて、最初に覚えさせられたのは、おかゆの炊き方。
病人食の筆頭。
こんなの医者のすることじゃないだろって言ったら、ゴチンと頭をグーで殴られた。
「看護を馬鹿にするんじゃないよ」って。
それでもどこか釈然としなくて、なかなか上達しなかった。
けれど、今ではすごく上手に炊けるようになったよ。
五分がゆでも七分がゆでも重湯でも自由自在。
味にも自信があるんだ。
俺のおかゆを食べた人は「美味しい美味しい」って言ってくれるよ。
この頃は、毎朝作ってくれっていう人がいて、届けに行くようにもなったんだ。
もう半年になるかな。
その人はドクトリーヌの友達で、同い年なんだって。
だからなのかもしれないけど、ドクトリーヌがタダで診察してるんだ!
でも、ドクトリーヌの診立てでは、もう長くないだろうって。
病気が進行しすぎてるって。
もう自分でご飯を作る元気がないから、毎朝たっぷりおかゆを作って、その人のところへ届けるんだ。
そのために、すごく大きな土鍋を買ったよ。やっぱりおかゆ作りには土鍋が一番だよね。
お店の人が、鉄の棒でガンガン底を叩いても全然割れないくらい丈夫な土鍋なんだ。
毎朝、ドクトリーヌと一緒におかゆを持っていくんだけど、その日は俺一人で届けに行った。
合鍵を貰っているから、それでドアを開けて中へ入る。
いつも思うんだけど、この人の家にはなんにもない。
椅子とテーブル、本棚、洋服ダンス、そしてベッド。
ただそれだけ。
こんなんで寂しくないのかなっていつも思う。
「おはようさん。今日はあんた一人かい」
「おはよう、ミズ・ビクトーリア。ドクトリーヌは昨夜から急患のところへ行ったっきりなんだ」
ミズ・ビクトーリアは横になってた身体を起こして、俺を迎えてくれた。
「おや、あんた置いてきぼりかい」
「だって、ミズ・ビクトーリアにおかゆを届けなくちゃいけないもんね!」
「それは気を使わせちゃったね」
「気にしなくていいよ。これも医者としての勤めだから」
「お、いっちょ前のことを言うようになったね。美味しいおかゆの作り方を教えたのは誰だったかね?最初お前さんが持ってきたのは食べられたもんじゃなかったよ。病人を殺す気かと思ったね。」
「うわっははい!ミズ・ビクトーリアのおかげです!」
「わかってればいいんだよ」
と言って彼女はニヤリと笑った。
亀の甲より年の功。
何を隠そう、俺が上手くおかゆを作れるようになったのは彼女の文句と指導の賜物。
土鍋がいいっていうのも彼女からの受け売りだった。
ドクトリーヌと同じで、彼女にも俺は頭が上がらない。
人間なんて・・・と思ってる俺だけど、彼女のことは嫌いじゃない。
こんな風に打ち解けて話せるのも、ドクトリーヌと同じように俺に接してくれるからだ。
彼女は元占い師。彼女自身は預言者だって言ってるけど。
ドクトリーヌは、「占い一つで財産の50%も取るから性質が悪いよ」って言ってたけど、それってどこかで聞いたことあるような・・・・。
俺がおかゆをお皿によそっていると、声をかけられた。
「前から思ってたんだけど、あんたっていくつなんだい?」
おかゆの入った皿をベッドサイドのテーブルに置く。
「えーっと、12歳・・・あ・・・」
「どうしたね?」
「今日、俺の誕生日だった。じゃあ今日で13歳になるんだ」
「そうかい。それはめでたいね。どら、じゃあプレゼントをあげなくちゃね」
「お?」
「あんたの未来を予言してあげよう」
「おお!?」
「誕生日に免じて、今日はタダ」
「おおおーーー!」
「あんたは、将来、」
ビシッと人差し指を向けられた。
ゴクッと生唾を飲み込んで、俺は先の言葉に耳を傾ける。
「おとなになる!」
ガクーーーーッ
「・・・・・俺、帰るよ」
真剣に聞いた俺がバカだった・・・・。
脱力した俺は、そう呟いて戸口に向かった。
「お待ち!ほんの茶目っ気たっぷりの冗談じゃないか!次が本番だよ。顔をよく見せとくれ」
そう言って、ミズ・ビクトーリアは指をちょいちょいと何度も曲げて俺を呼ぶ。
俺がトコトコと近づくと、顔を両手で挟まれた。
じんわりと暖かい手。
目の前にはミズ・ビクトーリアの深い皺の刻まれた、頬のこけた顔。
まるでサファイアみたいな青い瞳。
「なかなかいい顔をしてるね。目に意思の強さを感じる。・・・・ふむふむ、あんたは立派な医者になるね」
ミズ・ビクトーリアはそこで、いったん言葉を切った。
なんだか夢見心地だった。
医者になれる、立派な医者になれる。
俺の夢はかなうんだ!
ドクターみたいな、なんでも直せる医者になれるんだ!
「そして、いつかこの国を出て行くね」
その言葉に、俺は目を一瞬見開いた。
胸の奥をぎゅってわしづかみされたみたいだ。
でも、でもさ。
俺は首を振りながら、ミズ・ビクトーリアの手からゆっくりと逃れた。
「そんなことない」
「?」
「俺はここを離れても行くところなんて無いんだ。この国が、ドクトリーヌのそばだけが、俺の居場所なんだ。」
誰よりもそばにいたいと思っていたドクターはもうこの世にはいない。
そんな俺を受け止めてくれたのはドクトリーヌただ一人。
これからだってずっとそうだもの。
誰も俺のことを認めたりしてくれない。
でもいいんだ。
ドクトリーヌのもとで、ドクターが愛した、そして治そうとしたこの国を、今度は俺が治していくんだから。
「本当にそう思っているのかい」
「本当に本当は・・・だけどさ」
仲間が欲しい
誰かに受け入れてもらいたい
誰かに愛されたい
そして、ドクターが言ってたみたいに、海へ出られたら―――
煮え切らない俺の呟きにミズ・ビクトーリアはあからさまに溜息を漏らした。
「あんたはそんなに若いのに、もう夢をあきらめるのかい。そんなに簡単にあきらめられるものなのかい」
「・・・・」
「あんたは今日13歳になったところだろ。あきらめるだけの人生なんてまだ早すぎるだろう?」
「でも、俺なんか、ここから出たら誰からも相手にしてもらえないよ。こんなバケモノだし、青っ鼻だし」
「その『なんか』っていう物言いはやめな。それを言う度に幸運を逃してしまうよ。
―――あんたはいつかきっと旅立つときが来るよ。家族を、大切な人を置いてね」
「そんなことしないよ、俺、ドクトリーヌを置いてなんて」
「私にも息子がいた。15の時にこの国を出て行った。
置き手紙ひとつなく、別れの言葉もなく、突然ね。
でも私にはわかってた、いつか息子は出て行くってね。
あとはその日がいつ訪れるかだけ。
あんたは男の子なんだ。自分の思いを止められなくなる時がきっと来る。
いつかこの国から旅立ち、そして、気のいい仲間達に囲まれて暮らすことになるよ」
そう言い募って、最後に
“私がそう言うんだから、間違いないよ”
とミズ・ビクトーリアは片目を閉じて言った。
そんなこと信じられない
このときはそう思ったけど
***
その後も毎日毎日、ミズ・ビクトーリアのためにおかゆを炊いた。
その日もいつもと変わらず、土鍋にたっぷりとご飯を入れて炊いていた。
でも、ちょっと寝坊しちゃって、作り始めたのが遅くなった。
ドクトリーヌがそれで機嫌が悪い。
さあ、これから説教が始まりそう、というところで来訪を告げる玄関の鐘が鳴って、ドクトリーヌはそちらへ行ってしまった。
なかなかいいタイミング。
俺はホッとして、土鍋のふたを開けてあとどれくらいでできるか覗いてみる。
まだもう少し。
俺は火から目を離して、テーブルに広げてある医学書に意識を向ける。
もうすぐ読み終わるから、ついつい鍋よりも本の方に気が逸れてしまう。
実は昨夜もこの本を夜更かしして読んだもんだから、今朝寝坊してしまったんだ。
しばらく本に没頭していたら、突然背後でバシャ!ジュワ〜!って音がして、驚いて振り返った。
なんと土鍋がパカッと真っ二つに割れて、こぼれた中身のおかゆが火にかぶって、火を消してしまってたんだ。
「うわぁぁぁああ!!!」
叫んでも後の祭り。
鍋の中のおかゆは全部囲炉裏の火の上に落ちちゃって、灰と混じってべちょべちょ。
どうしよう・・・。もうすぐおかゆを持っていく時間なのに・・・。
今からまた作ってたらすごく遅くなっちゃうよ。
それに代わりになるようなこんな大きな鍋ってあったかな。
なんで割れちゃうんだよ、あんなに丈夫だったのに。
店の人がガンガン叩いても割れなかったのに。
俺はキレイに割れた鍋の大きい破片二つを持ちながら、ほとほと途方に暮れていた。
そこへドクトリーヌが部屋に戻ってきた。
ううう、なんて最悪のタイミング。
でもこうなったら正直に言うしかない。
「ドクトリーヌ、ごめんなさい!まだおかゆができてないんだ。鍋が割れちゃって」
言い訳がましく、破片をドクトリーヌに差し出して見せて言った。
でも、ドクトリーヌはすぐには俺に視線を向けなかった。
どこか遠くを見てるみたい。
「ドクトリーヌ?」
ようやくドクトリーヌは無言のまま俺の顔を見た。
まるで、俺が何を言ってるのか一瞬分かってないような表情。
でも、やがて。
「もういらないんだよ」
「え?なんで?」
訳が分からず、聞き返した。
ドクトリーヌは静かに目を閉じて言った。
「さっき、あいつは、」
――――――死んだ
一瞬目の前が真っ白になり、
俺は手に持っていた鍋の破片を取り落とした。
今度こそ、鍋は粉々に砕け散った。
***
今日は俺の誕生日。16歳の誕生日。
あの予言から3年。
彼女が言った通り、俺は国を出たよ。
家族を、大切な人を置いて。
そして、俺のそばには気のいい仲間たちがいる。
FIN
<あとがき或いは言い訳>
登場したばかりの頃のチョッパーに、私が言いたいと思っていたことを、ミズ・ビクトーリアに代弁してもらったようなお話。まとまり悪くて申し訳なし(TwT)。
チョッパー誕生日記念小説です。過去捏造も誕生日小説の恒例になってまいりましたな(汗)。チョッパー!少し早いけど誕生日おめでとう!キミの未来はきっとバラ色ならぬサクラ色だよv
CARRY ONさまのチョッパー誕生企画『RUMBLE BOMB!2』に投稿させていただきました。