「うーん、イイ気持ちー。」
両腕を上げて伸びをする。
大きなパラソルの向こうには、燦々と降り注ぐ太陽がある。
抜けるような青空。白い入道雲。光り輝く海。
ナミが生まれた季節。
夏が、ここグランドラインにも到来していた。
明日のために
正確には、船の方が夏島付近に差し掛かったというべきなのだろうが。
ナミは前列甲板に置いたデキチェアに寝転んで、パラソルの影の下、一人読書を楽しんでいた。
「ふふふv」
ナミの口元から笑みが零れる。
他の仲間達の姿は見えない。
ナミを除く全員が、食堂で話し合いをしている。
何について話し合っているかも、ナミは知っている。
今日は、ナミの誕生日の前日だ。
そして明日の誕生日には、島に着くことが既に分かっている。
それを踏まえて、食堂では「ナミの誕生日・緊急対策会議」が開かれているのだ。
***
ゾロがナミの背後に静かに立つ。
腕に巻いていた黒手拭いをスルリと解き、それでソッとナミに目隠しをした。
『きゃあ!ゾロ、何するの?!』
答えずゾロは無言のまま、ナミの後頭部で手拭いの端をきゅっと縛る。
「『びっくりするじゃない』・・・・・って、イテーーー!」
「カーット!ダメだダメだ!」
サンジがノートを丸めたものをメガホン状にして、バンバンと手に打ちつけながら大声を掛ける。
「ひー、イテテテテ。ゾロ、力入れ過ぎだっての!」
「す、すまん。」
ウソップが頭の後ろに手を回し、ゾロが結んだ手ぬぐいの結び目を解くと、痛そうに目を腕で何度もこすっている。
そんなウソップの様子を見ながら、ゾロは、ただ申し訳無さそうにその場に佇んでいた。
「てめぇ、クソマリモ!明日ナミさんにする時は、もっと優しい力でやれよ?そんな馬鹿力じゃ、ナミさんの麗しい瞳が痛んじまう。」
「俺のはいいってのかよ。」
ウソップの反論はあっさりと無視し、もう一度念押しとばかりにサンジはゾロに厳しく忠告した。
その凄まじい気迫に思わずゾロもうんうんと黙って頷く。
「ゾロ、なんなら俺がその役、代わってやろうか?」
ルフィが自分を人差し指で指しながら、目を輝かせて言う。
「あー!オレもー!実はゾロの役が一番美味しいと思ってたんだ!」
ハイハイと挙手して飛び跳ねる、これはチョッパーの言。
これらに対し、ゾロは表情を変えずに「いや、やる」と答えるのみだった。
「じゃあ、もう1回。全員位置について。」
ウソップを真ん中に、その右手をルフィが取り、左手をチョッパーが取る。
ウソップの背後にはゾロが立ち、手拭いを両手で奉げ持ちスタンバイ。
サンジはメガホン(脚本を丸めたもの)を握り締める。
ロビンは脚本を開いて、少し離れた場所で皆を見守っていた。
その場を緊迫した空気が走り抜ける。
それを見計らったようにサンジが声を張り上げた。
「では、シーン5の3。スタート!」
これが――ナミの誕生日をいかに祝うかの対策会議の光景だ。
今はまさに明日に備えてのリハーサルの真っ最中。
原案はルフィ、演出・監督がサンジ。脚本はロビンが書いた。
登場人物は全員だが、中でもルフィ、チョッパー、ゾロはとても重要な役割を担っていた。
明日はナミの誕生日。ちょうど島にも上陸する。
いつもなら、海水浴してキャンプして酒盛りして馬鹿騒ぎして・・・・というパターン。
しかし、せっかくナミの誕生日なんだから、ちょっと違う趣向を凝らしたいとルフィが言い出した。
なるほどもっともな意見だ。他の者にも異存はない。
それならばとチョッパーがカモメから情報収集したところ、島の内陸部に美しい花畑があるという。
荒ぶる航海の連続で、花畑なんて最近お目にかかったことがない。それを目にすればナミはさぞや・・・と期待が膨らむ。
それではいっそピクニックとしゃれこむか、ということになった。
サンジは人数分の弁当を作ることにした。
ゾロは全員が座れるだけの大きさのゴザを丸めた。
ウソップは景気づけのため、誕生日おめでとうの旗を作ることにした。
ロビンは贈り物となる花輪の作り方をおさらいした。
着々と準備が進む。
しかし、ルフィは一人腕組みして不満顔だ。
どうしたんだと問うと、これではインパクトが小さいという。
「ナミの嬉しそうな顔を、もっと見たいんだ。」
これまたもっともな意見だ。ナミの喜ぶ顔を見たいのは全員同じ。
そして、ピクニックだけではあまりにも平和的過ぎて、ちょっと物足りない気もしていたのも確かだった。
せっかくナミの誕生日なのだし、ありきたりでなく、何かもっとすごいことを仕掛けてみたい。
それならばとまたもやチョッパーが、カモメから更なる情報を引き出したところ、この島には美しい夜景のビュースポットがあるという。
小高い丘から見る眺めは、360度見渡せる大パノラマ。丘の麓から海際まで、くまなく街は鮮やかなイルミネーションで彩られるらしい。
それからヒントを得て、ルフィは思いついたアイデアを口にする。それを基にして、ロビンが筋書きを書いた。
ナミにはピクニックのことだけ伝えておいて、夜景のことは伏せておく。直前まで秘密にしておくのだ。
ピクニックが終わったら、夜景ポイントまで時間を掛けて移動する。夜景にもってこいの時間帯に合わせるためだ。
更にサプライズ的要素を加えるため、夜景ポイントに着く直前には、ナミに目隠しをする。
その方が、初めて夜景を目にした時のインパクトが大きいだろうから。
目隠しされたナミの手を引くのは、ジャンケンによってルフィとチョッパーに決まった。
決まった瞬間、涙ぐむサンジを尻目に、ルフィとチョッパーは小躍りした。
目隠しにはゾロの黒手拭いが採用されることになり、その持ち主がするのが自然だろうということで、目隠しの役はゾロに決まった。
そうして、ナミを夜景が最も美しく見える地点にまで手を引いて導き、目隠しを解くと、目の前に夜にも美しい夜景が広がる。そのダイナミックな大パノラマ空間に驚き、感激するナミ―――というシナリオだ。
この最後の夜景ポイントにナミを導くシーンは、今回の企画の中で最も重要な局面である。
そのため、リハーサルが行われることになった。
ナミ役は、ウソップが引き受けた。
だからリハーサル中は、皆がウソップを宝石のように扱った。
そしてウソップの女言葉も板についてきた頃、ゾロがナミ(ウソップ)に目隠しをするシーンに差し掛かる。
しかし、ゾロがなかなかこの役目を上手くこなせない。
ウソップだと思ってぞんざいに扱えば、ウソップは痛い痛いと喚くし、サンジから怒声が飛んでくる。
だからといって、ナミだと思い込んでやろうとすると、どうも照れくさくてできない。
そもそもウソップをナミと思うことにも無理があった。
「だ〜か〜ら〜、花に触れるが如く優しく!ガラス細工に触れるが如く繊細に!分かるか?」
サンジに口酸っぱく言われても、花もガラス細工もゾロから最も遠く離れた存在で、扱い方など分かるはずもない。
それでも何度もNGを出しながら、ようやくゾロはその難関なシーンをクリアすることができた。
リハーサルは次のシーンへと移っていく。
「ルフィ!手の握り方がイヤラシイ。それに指まで絡める必要、全然ないカラ!」
「シシシシシ。」
その後もういくつかNGを出しつつも、なんとか夜景ポイントまで無事ナミを送り届けるに至った。
後は―――
『わぁ〜!キレイ〜〜!すごいわ、こんなキレイな夜景は見たことない!』
ナミ、くるりと皆の方へ振り返る。
『みんな、連れてきてくれて、本当にありがとう!』
ナミ、これ以上ない笑顔でニッコリと笑う。
この後、全員で唱和。
「「「「「ナミ(さん)、誕生日おめでとう!」」」」」
「はい、カットーーー!お疲れさん!」
「ね、私の演技、どうだったかしら?」
「もう女言葉はいいってんだよ。気色悪いからヤメロ。」
ウソップ、ナミ役でなくなった途端にこの仕打ち。
「なによ、せっかく馴染んできたのに。」
「長鼻くん、泣いてるの?涙が出てるわよ。というか、目が真っ赤よ。」
「ああ、これはね・・・っておい、ゾロ!その手拭い、なんかヤバイぞ!」
「あぁ?」
「なんてのかな・・・強烈な刺激臭っての?えもいわれぬ怪しげエキスがたっぷり含まれてるっていうかな。もう目隠しされてる間中、じわ〜と染み込んでくるんだわ。もう、目が痛くて痛くて。」
「そうか?」
「どれ、貸してみろ。」
そう言って、サンジが横から割って入り、ゾロの手から黒い布を奪い取った。
そして、鼻に近づけて、くんくんと匂いを嗅ぐ。
「ぐわっ!」
サンジは顔を思いっきり顰めて叫ぶと、手拭いからバッと顔を離し、すぐさまそれをゾロにつき返した。
「なんじゃこりゃ。ありえねぇ!まさか、全然洗ってねぇんじゃねーか?!」
ゾロは黙り込んでしまった。
「図星かよっ!いいか、こんなもん、ナミさんの目に巻けねぇよ。ほかに替えは持ってねぇのか?」
ゾロは首を横に振る。
後にも先にも、これ1枚きりだ。
サンジは力が抜けたようにあからさまに呆れ顔になった。
「ちゃんと明日までに洗っておけよ!そうでなきゃ、お前の手拭いは本番では使用しねぇからな!」
「・・・・・・。」
***
三々五々、仲間達が食堂から出てきたのが、デッキチェアに横たわるナミからも見えた。
どうやら会議は無事終了したらしい。
さて、明日は一体どんなお祝いをしてくれるのやら。
それを考えるととても楽しみで、なおかつ皆の気持ちが嬉しくて、ナミは自然と笑みが零れるのを止められない。
ふと見下ろすと、ゾロが水を汲んだタライを抱え、えっちらおっちら歩いている。マスト付近まで来ると、ドカリと腰を下ろした。
そして、そのまま石鹸を泡立て始めてる。
会議が終わってすぐにこの行動。一体何をやっているのか。どうも解せない。
不思議に思ったナミはデッキチェアから降りると、ゆっくりとゾロに近づいていった。
「何してるの?」
「うおッ!?」
突然声を掛けられて驚いたゾロが見上げると、ナミが目の前に立っていた。
ゾロの手元を見ると、やはり洗濯をしている。
いつも腕に巻いている黒い手拭いを、だ。
たっぷり泡立てられたシャボンの中で、黒い布が見え隠れしている。
しかもそれ1枚だけを洗っている。他の衣類と一緒ならともかく、それだけ洗っているというのは妙な話だった。
「なんでそれだけ洗ってるの?しかも急に始めるなんて。どういう風の吹き回し?」
「うるさい、あっち行け!」
「何よ、そんな言い方しなくてもいいじゃない。」
鼻白んだナミとゾロとの小さな小競り合いの後、結局何か腑に落ちなものを残しながらも、ナミはゾロのそばから離れていった。
ナミの姿が見えなくなるのを確認して、ゾロは今度こそはと性根を入れて洗濯に取り組む。
背を丸めて、小さな布をゴシゴシと洗濯板に擦り付ける。
たくさんのシャボンの玉が、ふわふわとゾロの周りに舞い上がる。
なんで俺がこんなチマチマしたことやってんだ・・・と内心毒づきながらも、けっこう必死になって洗濯にいそしんでいる自分に、ゾロは最後まで気づかなかった。
翌日、ナミの目元を覆った黒手拭いからは、シャボンの香りがしたという。
FIN
<あとがき或いは言い訳>
予定してた作品に煮詰まっていた時に思いついた誕生日ネタ。
ナミの誕生日のお祝いのために仲間達が会議する。
とにかくうちの麦わら海賊団は、ナミさんのことが大好きなのです!
調子に乗ってDLフリーにしてみていいでしょうか(←聞かんといて)。
DLフリー作品を出すのは久しぶりなので、緊張しちゃうナー!(笑)
私の愛するナミへ。誕生日おめでとう。あなたの未来に幸い多かれ!