あの時はさすがに焦ったぜ。
「父に会ってくださいますわね?」
一夜限りと思っていた女にそんなことを言われてさ。
君についていこう
3月2日。サンジの誕生日の夜の宴は更けていった。
今日の主役自らが用意した豪勢な料理でお腹はいっぱいだ。
ルフィに至っては、盆と正月がいっぺんに来た!ってなくらいの騒ぎで、ウソップやチョッパーの皿からも食べ物を奪い取っていった。
その結果、すっかり「水ルフィ」のような大きなお腹になってしまった。
男部屋へ戻ってから二次会がスタート。
男5人が床に座り込んで、キッチンから持ち出した酒をちびちびとやりながら、だべる。
内容は、一次会ではできなかった女の話がメインとなる。
ここはやはり経験豊富なサンジの話抜きには語れない。
というよりも、この手のことについて、サンジ以外に語れるだけのものを持ち合わせている者がいなかった。
最初、サンジは朗々と自慢話ばかりをしていたが、興が乗ってくるとボロボロと失敗話や痛い目にあった話も飛び出してきた。
「おかしいとは思ったんだよな。その娘、処女だったんだよ。ホイホイついてくるから、まさか初めてとは思わねぇだろ?抱いてみたら処女。びっくり。」
「その時のてめぇの面を見たかったぜ。」
当時をリアルに思い出したのか、青くなってるサンジに対し、ただその状況を想像し、おもしろおかしそうにクックと笑うゾロ。
「それで、会ったのか?父親に?」
ゾロほどではないが、基本的に他人のトラブルは楽しいという立場のウソップが続きを促す。
「お会いしましたよー、お父様に。」
慇懃なサンジの物言いに、おおお!とチョッパーが叫んだ。
「殴られたか?」
「いんや。涙を流して喜ばれました。」
「???」
「その娘は、レストランの跡取り娘だったんだな。来てくれる婿を捜してたんだそうだ。そんで、親父さんはバラティエでの俺の天才副料理長ぶりの評判を聞いたらしい。そして娘が連れてきた男が俺だったもんだから、すごく感激されたよ。」
「女たらしの評判は聞かなかったのか。」
ゾロが、なんだ結局は自慢話かと呆れながら横槍を入れる。
サンジはゾロの言葉を軽く無視して続ける。
「センスのあるなかなか良いレストランだった。婿になったら、店の全権を俺に譲るとよ。その上、オールブルーの手掛かりを知ってると、そのお父様はおっしゃった。」
「まじ?」
ウソップが反問する。
オールブルーはサンジが求めている海。そのためにグランドラインに入った彼なのだから。
「ああ。だから一瞬、本気でお婿に行こうかと思ったぜ。」
「なんで行かなかったんだ?」
「オールブルーの手掛かりってのは、ガセネタが多いんだ。それに、やっぱバラティエのことがな・・・。」
自分無しじゃあの店は回っていかねぇと思ってた。
自分がならず者達から店を守らなくてはと信じ込んでいた。
今、自分がいないあの店が何事も無く回っていることを思うと、自分の考えがいかに傲慢だったかが分かる。
「・・・じゃあさ、もし今、そんな状況になったらどうする?」
「今?」
「そうだ。オールブルーの確かな手掛かりと、良いレストランと、美人の嫁の3点セットを差し上げます。」
ウソップがご丁寧に指を3本立てて尋ねる。
「そりゃあ、迷わずそっちを選ぶね。」
にやにやと笑いながらサンジは軽く答えた。
「こんな食欲魔人の住む船のコックなんてもうゴメンだ。苦労が尽きねぇもん。」
「うわーひっでー。」
「おい、ルフィ、ラブコックがこんなこと言ってやがるぞ。」
笑いながらゾロが、食欲魔人ことルフィに話を振った。
尋ねたウソップも、答えたサンジも、聞いてたゾロとチョッパーも、その答えが冗談だと分かっている。
今日、その異様な食欲ぶりを発揮した船長への当てつけなのだと。
ところが、それまで顔を伏せ、沈黙を守っていたルフィは突然立ち上がった。
他の4人が何事かと一斉にルフィを見上げる。
麦藁帽子を目深に被っているため、その表情は見えない。ただ、口は真一文字に引き結ばれていた。
そのままルフィは物も言わず、男部屋を出て行ってしまった。
「お、おい、ルフィ・・・?」
声をかけてももちろん返事などはなかった。
「ど、どうしたんだ?」
「なんか・・・いつものルフィと違ったよな?」
「・・・・・。」
「なんか、怒ってるみたいじゃなかったか?」
「怒ってるって・・・何にだよ?」
サンジが問うと、ウソップが途端にジト目でサンジを睨みつけた。
「決まってんじゃねぇか。お前がルフィといるより、船降りて女のところへ行きたいって言ったからだよ。」
ウソップの言葉はだいぶ要約されてはいるが、だいたいそんなところだろう。
「そりゃ、自分が必死で勧誘したコックにそんなこと言われたら、船長として立つ瀬がないだろ?」
「そうか・・・ルフィ、傷ついたんだ・・・。」
しみじみとチョッパーが言った。
「って、そんなもん、普通冗談だって分かるだろ?!」
サンジは焦ったように言い返した。
「普通ならな。」
「ぐっ」
相手はルフィ。常識が通じない相手。
「早く謝りに行った方がいいんじゃねぇのか?」
「なんで俺が!」
「後悔すんのはお前の方だぞ。」
ゾロに言われて、サンジは忌々しげにタバコの火をもみ消すと、ついに重い腰を上げた。
***
船内を探し回った結果、ルフィは倉庫にいた。
バスルームの扉に背を預けて、両足を前に放り出し、膨れた腹をそのままにだらしなく座り込んでいた。
うな垂れて、サンジがそばに立っても、チラともこちらを見ない。
声を掛けずらい雰囲気に、サンジはゴクリとつばを飲み込んだ。
そんなに自分の言ったことが堪えたのだろうか。
売り言葉に買い言葉。
ウソップの質問に軽口程度で答えただけだったのに。
自分がこの船から降りるなんてありえないことなのに。
「あのよー、ルフィ。」
返事はない。
「話があんだけど。さっきの件でさー。」
そこまで言うと、ようやくルフィは顔を上げた。
物憂げな表情。というよりも、苦痛に満ちているといってよかった。
こんな表情は戦闘の時ぐらいにしか見たことが無かった。
「話?」
「ああ。」
「手短に頼む。」
それだけ言うと、再びルフィは顔を伏せてしまった。
「!」
手短って・・・どういうこった。もう俺の話になど聞く耳も持たないってことか。
なんの因果でルフィからこんな仕打ちを受けねばならんのか。
自分の言った言葉でこんなにルフィが過剰に反応するとは。
ギリっと奥歯を噛みしめ、次に口を開いた時には一気に話していた。
「俺が悪かったよ。俺は船を降りたりしねぇ。分かるだろ?俺は確かにオールブルーを見つけるために海へ出た。でも今はそのためだけじゃない。お前が海賊王になる行く末を見るためでもあるんだ。」
ルフィは何も言わない。
「お前と、仲間達と一緒にいて、それでオールブルーを見つけなきゃ意味がないんだよ。それが俺の夢なんだ。」
「俺は・・・お前についていく。」
殺し文句のつもりだった。
しかし、相変わらずルフィからこれといった反応がない。
いや、正確に言うと、わずかに反応があった。小刻みにルフィの肩が震えている。
まさか泣いてんじゃないだろうな・・・感動のあまり・・・
そんなことをサンジが考えた矢先、
「うおおおお!もう我慢できねぇ!」
ルフィは絶叫すると、立ち上がり、クルリと向きを変えてバスルームのドアを開け、中に入ってしまった。
サンジは鼻先でぴしゃりと閉じられたドアを目にし、呆気に取られていた。
時間にしてコンマ5秒後、中からルフィの激しいイキミ声・・・・
***
「男部屋に戻った直後から、腹の調子が悪くってさ・・・。1回目チャレンジした時は出なくって。サンジがなんかしゃべてる時に来た!来た!っていう状態になったんだ。はー、スッキリした!」
トイレの水洗のジャーッという音をバックミュージックにしながら、すっかりお腹もへっこんで、いつもの姿になったルフィが言う。
「で?話ってなんだっけ?」
「もういい・・・。」
FIN
<あとがき或いは言い訳>
最初もっとシリアスな話になる予定だったんだが・・・どこでどう間違ってこんなことに? やっぱりというかなんというか・・・。今回は情けなサンズィというよりは可哀想サンズィ。ルフィのすることですから、許したってください。
知り合いにはサンズィーズの方が多いっていうのに、わたしゃケンカ売ってんでしょうか?
一応これでも2003年のサンジ誕生日記念小説なのです!そうだと言ったらそうなのです!!(言ったモン勝ち) なのでDLフリーなのです!
遅ればせながら、サンジくん、誕生日おめでとう。君の幸運を心から祈る。ホントだよ。