11月11日はゾロの誕生日だ。
ゾロを除いたルフィ海賊団は盛大なパーティを企画することにした。
主催者はルフィ。
ルフィは「主催者」という言葉が気に入ったらしく、やたら主催者振ろうとし、他のクルーを困らせた。
キスの嵐
心地良い昼下がり。ぽかぽか陽気の中、ゾロはいつものように甲板で寝転がって昼寝をしていた。
それなのに不意にユサユサと揺すぶられ、ゾロは目を覚ます。
目の前にはナミ。
「てめぇ、何しやがる。人が寝てるところをいつもいつも邪魔しやがって。」
起き抜けとあって最高に機嫌の悪い声。
「ごめん、ごめん。もうすぐ島に着くからさ。その前にどうしても聞きたいことがあって。」
「ああ?」
ゾロはようやく本格的に覚醒してきた。いつにないナミの殊勝な態度。ナミが素直に「ごめんなどと言うなんて驚きだ。ゾロは起き上がり胡座をかいて座る。
「なんだよ?聞きたいことって。」
ナミもゾロの前に両膝をついて座り、少しはにかみながらゾロの顔を見る。
「あのさ、ゾロ、もうすぐ誕生日でしょ?何かプレゼントしたいんだけど、何か欲しいものない?」
「誕生日?プレゼントだぁ?」
「そ、丁度島に着くからさ、今聞いておけば島で買い物に行けるし。その、あんまり高いものは困るけど。」
しばしゾロは考える。もともと物欲の乏しいゾロ。そうそう欲しいものなんて思いつかない。欲しいものはもっと抽象的なもの。高い精神とか最強の剣技とか。或いは、目の前のナミとか。
それでも、ナミは何か自分にくれるという。それならば。
「物でなくてもいいか?」
「うん、いいよ!」
ナミは顔を綻ばせた。
ゾロはナミの耳元におもむろに顔を近づけ、
「キス。」
と一言だけ告げて立ち上がり、そのままその場を去って行く。
「え・・・?」
ナミは突然のゾロの所作に驚いて硬直してしまった。いきなり耳に息を吹き込まれるようにして言葉を告げられたのだから無理もない。その後じわじわとゾロが言った言葉の意味が分かってきて、慌ててゾロを呼んだ。
「ゾロ!」
もうゾロは男部屋に入る直前だった。
「楽しみにしてる。」
ゾロはナミに振り返ると、それだけ告げて甲板下の男部屋へと消えていった。
「・・・どうしよう。」
ナミは考え込んでしまった。
その時、ルフィが通りかかった。
「ゾロの欲しいものを聞いたのか?何だって?」
彼はナミとゾロのやりとりをどこかで見ていたようだ。的を外すことなく訊いてくる。
「キスだって・・・。」
ナミは困ったような顔をして、そう答えた。
***
ついに11月11日が来た。
ゾロにはパーティのことは一応内緒にされていたが、公然の秘密といったところだったので、ゾロは既に今日自分のためにパーティがあることを知っていた。しかしその内容までは知らなかったので、ただの飲み会だと認識していた。
夕方、ゾロがやはり甲板で寝ていると、今度はビビが起こしに来た。
「ミスター・ブシドー、起きて下さい。パーティが始まりますよ。主役が来てくれないと始められません。」
もうそんな時間かと思いつつ、ゾロはビビの後をついてキッチンへ向かった。
キッチンのドアを開けると、
パパーン!パーン!!
とクラッカーが鳴り響いた。
「ゾロ、誕生日おめでとう!!」
間を置かず、全員の唱和。
ゾロは見る間にクラッカーのテープに包まれた。
うわ、結構本格的なんだな、とゾロは初めてそう思った。
テーブルの上には数々の料理と色とりどりのお菓子がところ狭しと並んでいて、キッチン中に美味しそうな香りが漂っている。もちろん、サンジの苦心作に違いない。そして何より、真中には白い特大の生クリームのケーキ。その上にはチョコレートで「おめでとう!ロロノア・ゾロ君」と書かれており(これを書いているサンジを想像してゾロは少し寒気がした)、更に20本の蝋燭が林立していて、全てに火が灯されていた。
ドアの正面の壁にはここにもやはり「ロロノア・ゾロ君、誕生日おめでとう!!」と大きな張り紙がしてあり、張り紙の周り、壁、天井には折り紙で手作りしたと見られる色鮮やかなモールが飾られていた。
ややあって、すっくとナミが立ち上がった。
「大変長らくお待たせしました。只今よりロロノア・ゾロ君の誕生パーティを始めたいと思います。」
ナミは何故か天候棒の部品1本をマイクのように見立てて話し始める。
これも余興の一種なのか?ゾロはナミのそんな仕草と言葉使いだけで吹き出しそうになったが、他のみんなが真面目な顔で話を聞いているのでなんとか我慢した。
「僭越ながら、本日の司会進行を私、ナミが務めさせていただきます。」
がんばれよーとルフィの掛け声。
「では、まず最初に本日のパーティの主催者であるルフィから一言お願いします。」
ナミは真面目くさってマイク(天候棒)をルフィに手渡す。
ルフィは立ち上がり、ゾロに向かって、セリフが書いてあると思われる紙を盗み見しながら話しはじめる。
「ロロノア・ゾロ君、誕生日おめでとう!君の誕生と君と出会えたことに感謝して、このパーティを企画しした。どうぞ楽しんで下さい!!」
舌がもつれそうになりながらもルフィが言い終えることができて一堂がほっとした。
「次にケーキ入刀・・・じゃなかった、ゾロにケーキの蝋燭を吹き消して頂きます。ゾロ君、お願いします。」
何ぃ?とゾロは慌てた。自分までこんな猿芝居に加担するのは御免だ。
「そんなこっ恥ずかしいこと、誰がするか!!」
「そこ、進行の邪魔しないで下さい。」
ゾロは反論したが、すかさずレフリー・ナミの警告が入った。
それでなくとも、ルフィの目が「せっかくゾロのために用意したのに〜のに〜」となっていて、ゾロはそれ以上抵抗できなくなってしまう。
灯りが消されると、窓にカーテンがしてあったため、結構室内は暗くなり、ケーキの上の蝋燭の火が輝くように見えた。その火をゾロが吹き消すとやんやの拍手が沸き起こった。
「それではこれより祝宴に移ります。みなさん、ごゆっくりお食事とご歓談をお楽しみ下さい。」
次々と酒瓶が開けられ、テーブルの料理は皆の胃袋に消えていく。食べ盛りばかりなのであっという間に食べ尽くされていく。サンジは給仕を一通り終えてやっと一息ついて食事に手をつけ始め、ルフィは叫び、ウソップは歌い、チョッパーとカルーは踊り始めた。それを見てビビがくすくすと笑っている。
ゾロも空き腹に大量の食べ物とお酒を流し込んで落ち着いた後、隣りの席のナミに話し掛けた。
「さっきのは一体なんのマネだよ?」
「面白くなかった?」
ナミはワイングラスに口を寄せながらゾロの方を見た。
「いや、面白くはあったけどよ。」
「これね、ルフィが考えたのよ。いつものような飲み会にするのは月並みだってね。私が始めに『あんたが主催者なんだから、あんたが仕切りなさいよ!』って言ったのが効いたのか、今回、ルフィが張り切っててねー。」
「ほー。」
「イメージの原型はルフィの村の結婚披露パーティらしいわ。」
「結婚披露のねぇ。」
それであんな片苦しいスピーチ口調になるわけか。
「脚本を書いたのは私。演出がルフィね。これでもみんなでリハーサルなんかもしたのよ。ルフィの演技指導が結構厳しかったわ。セリフの途中で吹き出したりすると、殴られるの。でも演ってるうちに、みんな乗ってきてね。」
知らなかった。他のクルーが自分の知らないところでそんなことをやっていたとは!如何に自分が寝てばかりいたのかを思い知らされる。
「さてと、そろそろ時間ね。」
ナミはゾロにウィンクして再び天候棒を手に取って立ち上がった。
「皆さん、宴もたけなわとなってきましたが、ここで、本日のメインイベント、プレゼントの贈呈に移りたいと思います。ゾロ君、起立して、こちらの方へおいでください。」
待ってましたーッと奇声を発するルフィ。彼は彼なりにこの場を盛り上げようとしてこういう声を発しているようだ。
ゾロは立ち上がり、テーブルから離れてナミが促す場所まで移動する。どうもそこが本日のイベントのステージであるらしい。
ナミはマイク(天候棒)をサンジに明け渡すと、急に素に戻ったように話し始めた。
「えーっと、まず1番目は私からです。」
ゾロの目の前に立ったナミはとても照れていて、頬がほんのり赤い。
「この前ゾロに何が欲しいか聞いたところ、「キス」とのことでしたので、キスを贈りたいと思います。」
よ、憎いねこのー、色男!!と、一体どこで覚えたのかルフィが野次を飛ばす。
ゾロはまさかこんな公衆の面前で自分の要望が叶えられるとはさすがに思っていなかったので、非常に驚いた。
2人きりでこっそり、とか、暗闇でたっぷり、とか思っていたから。
しかしもちろん拒むはずもなく。
ナミがゾロに一歩近づき、両肩に手をかける。ゾロの顔にナミの息がかかった。
ゾロは目を閉じ、ナミのキスを待つ。心なしか緊張を覚えた。
「えっと、どこにすればいいのかな?」
戸惑ったナミの声。
「口。」
臆面もなくゾロは希望を出したが、
「えー、受け取る側による場所の指定はできません。」
とマイクを手にしたサンジがすかさず突っ込みを入れた。
ナミは笑って、静かに呟いた。
「じゃ、右頬に・・・。ゾロ、誕生日おめでとう。」
ちゅっ。
可愛らしいキスの音が響いた。右頬に残る柔らかい唇の感触。
ゾロが目を開くと、そこにはまだ照れながら穏やかに微笑むナミがいた。
思わず抱きしめたい、とそう思った時、
「では、次の人〜。」
とサンジの無粋な声がして、ナミはゾロの傍から離れると後ろへ引っ込んでしまった。
次の人とは、ビビだった。ビビもなぜだか照れた顔をしている。
「えー、2番目は私です。うまくできるかわかりませんが、がんばってみます。」
俯き加減でそう言った後、ビビはゾロに向かって突進するように間合いを詰め、またもやちゅっと音を立てて、ゾロの今度は左頬にキスをした。
まさかそんなことをされるとは思っていなかったので、これには呆然とするゾロ。
「な?なな?何・・・?」
「次は俺だ。」
と、ビビの後ろに並んでいたチョッパーが言った。
「え?え?」
「やっぱ人型の方がやりやすいかな?」
人獣型のチョッパーがナミに問い掛ける。彼はそのままでは背が低いので、到底ゾロの顔まで届かないのだ。
「いえ、そのままでいいわ。人型でキスはちょっと怖いから。ゾロ、ちょっと屈んであげてくれる?」
「あ?ああ・・・。」
まだ混乱したままのゾロはナミの言いなりに屈んだ。すると、チョッパーがトコトコと傍に近寄ってきて、ゾロの鼻先にチョンとキスをした。
ここまで来て、ようやくゾロは事態を飲み込んだ。プレゼントの「キス」。あれはナミからだけのプレゼントという意味ではなくて。
次の瞬間、背後からガシッと両肩、両腕を押さえ込まれ、ゾロは屈んだ姿勢のまま立てなくなってしまった。
見ると、サンジとルフィとウソップがゾロを押さえ込んでいる。
「てめえら、何しやがる!!」
「うるせぇ!俺だってやりたくてやってるわけじゃねぇ!!」
頭上でサンジが喚く。
「こういう筋書きだからやってるだけだ!」
右側のウソップは半泣きだ。
「ルフィ、一体、何のつもりだ!」
ゾロが左側に立つルフィを睨みつける。
「何って、ゾロが言ったんだろ?「キス」が欲しいって。だから俺たちはそれに応えようと思ってだな。」
「珍しく長文を自力でしゃべると思ったらそんなことか!おい、ナミ!!」
とうとうお鉢がナミに回ってきた。
「ごめんね?私の聞き方がまずかったのよね?『みんなで』何かプレゼントしたいって言うつもりだったの。私ももう一度聞き直そうとしたのよ。でも先にルフィに聞かれちゃって、それ、面白いからやろうって言われて・・・。」
ナミは手を合わせてゴメンネポーズをしている。
「と、とにかく、もういいから離せ!」
ゾロは本気でもがくが、さすがに男3人に押さえ込まれて動けない。
「そうはいかないわ。『約束』したことは最後までやらなくちゃね。何と言っても主催者の意向ですから。これもみんなの愛情の裏返しだと思って、ね?」
ナミはゾロに向かって小首を傾げてそう語りかけるが、その顔は完全に面白がっている魔女の表情だった。
「何が愛情だッ!!」
ゾロの叫びも虚しく、ナミはマイクを掲げ、また司会者口調に戻った。
「さて、続きまして、ウソップと言いたいところですが、ここからはビジュアル的に非常に見苦しいものになると予想されますので、残り3人一気に片付けたいと思います。では、ウソップ、サンジ、ルフィです。」
「おい、どこにする?」
屈んでいるゾロの頭越しに3人はゾロの顔のどこにキスするかの相談に入る。ゾロは賭殺場へ向かう牛のような気分になった。
「俺はこの体勢だからデコな。」
サンジはゾロの頭上で両肩を押さえているため、額が一番やりやすい。
「じゃ、俺はナミと同じ右頬でっ・・・ブッ!!」
右腕を押さえたウソップがそう言いかけたところで、ゾロとサンジの蹴りがウソップの身体に同時に入った。
「いって〜。分かったよ。・・・じゃあ、顎にする。ルフィはどこにすんだよ?」
「口。」
ゾロの左腕を押さえ込んでいるルフィがニヤリとして答えた。
これにはゾロはおろかその場にいた者全員が凍りついた。
「てめぇは悪魔の息子かよ・・・。」
それには答えず、ルフィはゾロの顎に手をかけ、上向きにさせる。
キスしやすいように。
異性ならともかく、同性に顎を持ち上げられるのは屈辱だった。
「お、おい、やめろ!」
「では『せーの』で3人順序良くお願いしまーす!せーのっ!!」
その後、ゾロの断末魔のような叫びが響いたとか、響かなかったとか・・・。
ゾロ、本当に誕生日おめでとう・・・合掌。
Fin
<あとがき或いは言い訳>
初書きワンピ小説。
イントロ部分はゾロナミか?と思わせようとしていますね。
しかし、最後はルゾロに・・・(←違う!)
ゾロ誕生祭の企画が目白押しの頃に書いたものでございます。
「紙一重」さま(閉鎖されました)に投稿いたしました。
初投稿でございました。