カウンタ7777を踏んでくださった雨月凍夜様に捧げます。

 

 

ドラムの冬島の海域を抜けて、気候が段々と穏やかになってきた。
船は今、最高速度でアラバスタに向けて航行中である。




守ってほしい




天気も良い日が続く。気候が悪く、気温も低かったドラム島の冬島海域と違い、乾きにくかった洗濯物もよく乾くようになってきた。
普段なら下着類などは自室で乾かす女性陣も天日干しの誘惑を断ち切れなかった。後列甲板は現在男性立入禁止区域だ。ナミとビビのキャミソールやブラジャーなども混ざり、色鮮やかに干されているから。
朝から一気に作業して洗濯物を干し終えた後も、ナミは後列甲板に残って見張りをしていた。
船には不埒な輩もいる。誰とは言わないが金髪をした男などが。

デッキチェアで読書を決め込んでいると、新聞屋が飛んできて、クーッと鳴いて今日の新聞を甲板上に落していった。

「遅いわよ!もうお昼前じゃない!」

ナミは上空を旋回する新聞屋の鳥に向って指を差して叫ぶ。新聞屋もそう怒鳴られると分かっていて空から落とすという横着に出たのだろう。
ナミはデッキチェアから立ち上がると、新聞を拾い上げ、早速広げて見てみる。
アラバスタの記事は出ていないかどうか。
ビビがこの船に乗船してから、ケスチアの病で倒れる間以外はずっと続いているのナミの習慣だった。
日に日に反乱軍の勢いが増し、その数を増やしてきたことを伝える記事は最近は一服していた。反乱も一時に比べると小康状態になったということか。しかしそれは同時に状況の泥沼化、内戦の長期化をも意味している。

「何か、載ってました?」

不意に声を掛けられて驚いた。バサッと新聞を閉じて声の主を見る。
ビビだ。小首を傾げて立っていた。

「ううん、今日は何も。」
「ホントですか?」

ビビがニッコリと微笑みながらも尚も訊く。その笑顔が怖い。
信用ゼロなのだ。以前はアラバスタの記事を故意に隠していたことがバレているだけに。

「ホント!ホント!今日は平和ボケした記事ばっかり。例えば、ホラ。この国なんか、国王の結婚式で。」

そう言いながらナミはその記事の部分を開いてビビに見せる。
それは、国王が市井の女性を花嫁に迎えたという記事で、王が花嫁となる女性へのプロポーズの言葉などがエピソードとして載せられていた。

「『あなたのことは、私が一生全力でお守りします』って言ったらしいわよ。」
「まぁ・・・・」
「ちょっとイイ話でしょ?女だったら、そんな言葉言われたらクラッとくるわよね。」
「そうですね〜。」
「私だってこんなこと言われたら、喜んで王室に入っちゃう。」
「ナミさんたら。でも、王家に生まれても王室の生活は大変ですもの。それを外から入るのは本当に大変なことでしょうから、国王が彼女に対して言った言葉は、本当に真摯なものだったんだ思うわ。」

ビビは記事の国王と花嫁の写真を温かい目で見つめた。

「ビビもさ、いつかこんな日が来るんじゃない?」
「え?」

ビビはとても意外そうにナミを見た。

「ビビは一人娘なんでしょ?当然将来は王位を継いで。そしていつかお婿さんを迎えて。」
「そ、そんなこと、今は考えられません!」

ビビは顔を赤くしながらもきっぱりと言い切った。

「国が一大事な時に!王家もどうなってしまうのか分からないのに・・・・!」
「そうか、ゴメン。」

不相応な話題を振ってしまったと、ナミは顔を曇らせて素直に謝った。

「あ、いえ。私もつい大声出してしまって・・・・。ごめんなさい、ナミさん。」

ナミが気にしてないと首を横に振る。
すると、ビビの目がフッと和らいだ。改めて記事に目を落とす。

「でもそうですね・・・もしそんな時が来たら、私も言うと思います。」


あなたのことは、私が、一生、全力でお守りします、と―――


そう言い切ったビビの横顔は、厳かで美しかった。
王家の者としての気品に満ち溢れていた。
その超然とした姿に、ナミはしばし目を奪われる。
しかし、それと同時にふと思ったことに、可笑しさがこみ上げてきて、ついつい言ってしまった。

「ビビ、普通は逆じゃない?そういうのって、男が女に言うセリフでしょ?」
「あ、でもなんか自然に口に出てきた・・・・。」

ビビは口元を押さえ、バツの悪そうな顔をしながらも笑っていた。
ナミも妙に納得していいた。実にビビらしい。ビビならきっとそう言うだろうなと。

ふわっと風が吹く。ビビのブルーの髪を巻き上げ、秀でた額を撫でていった。
その風にナミはその予兆を感じ取った。

「もうすぐ雨が降るわ。残念だけど、洗濯物はいったん取り入れましょ。」
「はい。」

二人で後列甲板に干してあるものを全部取り入れた頃、ポツポツと雨粒が落ちてきた。
洗濯物が詰まった籠を二人で持ちながら階段を下りていたところで、前列甲板の男性陣の洗濯物がナミの目に入った。誰一人として取り入れてる気配が無い。雨が降ってきたことに気付いてないのだ。珍しく男達は全員船内にいるらしい。

「しょうがないわね。私、あいつらの分も取り入れるから。ビビ、これ女部屋まで運んで。ついでに誰かいたらこっち来るように言ってくれる?」
「分かりました、ナミさん。」


雨足は遅く、まだパラつく程度だ。
ナミはハタハタと棚引く色気の無い男達の衣類を、バサバサと籠の中に放り込んでいく。
洗濯物の干し方にもテリトリーがあるようで、ここからここまでがチョッパーの分、ここがルフィの分と、ちゃんと分けて干してあった。
それでも男達の衣類は少ない。男達全員分を合わせても、ナミとビビの衣類の数には及ばない。

ゾロのコーナー(?)に来たところで手が止まる。
そのシャツの多くには繕った跡がある。ナミが繕ってやった部分だ。
戦闘になる度にシャツを斬られては台無しにしてしまう。替えが無いので、ナミがいつも繕ってなんとか今もシャツとしての用を果たしている。
その傷のいくつかは、自分を守るためにできたものだ。
コイツにはいつも守られてきたなと思う。
本当は逆に守ってやりたいくらいだ。いつもいつも傷ばかり作って。その度にどれだけ苛立たせられたか。
ふと、ビビの言葉が蘇った。


“私も言うと思います。『あなたのことは、私が、一生全力でお守りします』と―――”


いつか愛する人が現れて、その人がどんなにビビを支えるほどのたくましい男性であっても、王家に迎え入れるからには、ビビはきっとそう言うに違いない。そして言うだけでなく、現にそうするだろう。
その責任感の強さがビビのビビたる所以だ。
そんな娘だから、国の危機に直面した時、その謎を探るためにバロックワークスに潜入するなんて大胆な行動に出ることができたのだ。それもこれも国を想っての王女としての責任感。
ナミ達が、ビビのために戦い、彼女を守ろうと思うのは、彼女のそんな姿勢に心を打たれたからだ。
でも、ビビには守られるだけでなく、人を、国を、守る力がある。

(それに引き換え、私は―――)

アラバスタに到着したら、遅かれ早かれ戦闘に巻き込まれるだろう。
自分の身くらいは自分で守らなければ。そして、できるなら敵に一矢報いるくらいの力を持ちたい。
守られるだけなんてもう真っ平御免だ。そう思ってるのに。
でもやっぱり無理な話で、いつもコイツに守られてばかり。そうと頼んだ訳ではないけれど。

ふぅ、とため息をつきながら、ゾロのシャツを手に取る。
たまには言ってやろうか。ビビとは全く逆のことになるけど。
ナミはゾロの洗い立ての白いシャツに愛しそうに頬を当てて、そっとつぶやいた。

「私のこと、一生全力で守ってね。」

(なーんちゃって!いやぁ、参ったな、アハハー!)

自分で言っておいて自分で照れる。こんなの自分のキャラじゃない。
でも、一度言ってみたかった。ゾロを相手にして。
多分実際にはプライドが邪魔をして、一生言わないだろうが。
そう思うと切なくなって、またシャツに顔を埋める。


「何やってんだ?」


ゾロの声だった。


(イヤァーーッ!!! 今のナシ!ナシ!)


慌てて顔からシャツを離した。
ああ、できることなら時間を巻き戻して、今あったことを全部帳消しにしてしまいたい。
一体どこまで見られたんだろう・・・・内心では阿鼻叫喚の様相だったが、そうとは気取られぬよう何食わぬ顔をして後ろを振り返る。
ゾロが不思議なものを見るような顔をして立っていた。

「な、なんで、あんたがこんなとこにいんのよ!」
「なんでって・・・・ビビに行けって言われたから。その、洗濯物を。」

取り入れに、とゾロは言いたかったのだろう。

(ああ、そうだった。ビビに誰か呼べって言ったのは私だっけ。)

「あ、雨が降ってきてね、濡れちゃって。コレで拭いてたとこ!」

ナミがシャツを広げて見せてそう言うと、ゾロはあからさまに怪訝そうな顔をした。

「人のシャツで顔拭いてんじゃねぇよ!」
「何よ、洗濯物の取り入れしてあげてたのにその言い草は無いでしょ!」
「別に頼んだわけじゃねぇ。」
「頼まれてなくてもやるでしょ、雨が降ってきたら洗濯物の取り入れぐらい。人としての親切心よ。それに対するお礼も言えないの?」
「・・・・・・・・・どうも」
「よろしい。じゃ、後はヨロシクね!」

掴んでいたシャツをゾロの胸に押し付けると、ナミは急いでその場を離れて行った。

なんとかごまかせた。多分怪しまれなかったと、思う。
ゾロのシャツを抱きしめて頬ずりしてたなんてバレたら目も当てられない。すごく自分が痛い人になってしまう。
火照る顔を手でバタバタと仰ぎながら、ナミは女部屋へ戻るべく歩いていった。


いつになくドタバタと足を踏み鳴らしながら去っていくナミの後姿を呆けたように見送ると、ゾロはナミに押し付けられたシャツを手に、前列甲板にポツネンと一人残された。
ようやく雨足が強くなってきて、雨粒が無造作にポツポツと短い緑頭にぶつかる。
見えなくなったナミから、視線をシャツに向ける。

(あいつ・・・・・これに、すがってるみたいじゃなかったか?)

それってまるで。

―――自分にすがり付いてきてるように思えて


いや、まさか。
あの強気な女は、死んでもそんなマネしないだろ。

それに、そんな自分に都合のいいことが、
そうそうあるはずないよな。




FIN




<あとがき或いは言い訳>
7777のカウントゲッター様は雨月凍夜さん。お題は「ゾロに甘えるナミ!」でした。
スミマセン、「ゾロのシャツに甘えるナミ」になってしまいました(汗)。
がんばって妄想しても、なかなかナミがゾロに甘えてくれない・・・。「甘えなさい!」と言っても甘えてくれません(この現象は、ゾロに「ナミに手ぇ出せ!」といくら言っても聞き入れてくれないのと似ている)。ゾロのシャツならなんとか甘えてくれました!(苦笑)
話中のプロポーズの言葉は恐れ多くも某皇太子ご夫妻のそれからパクリました。スミマセン。
つーか、皇太子、がんばって守ってあげてや。頼むでホンマ(^_^;)。

雨月凍夜さん、大変長らくお待たせしながら、こんなヘタレでゴメンナサイ(T_T)。
また、雨月さんにはメールでのご連絡をしておりません。随分前のメルアドしか存じてませんので・・・もしご覧になっておりましたら、心を込めてこのお話を捧げます!カウントゲット、本当にありがとうございました!

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