バサリと手渡された札束。
震える手でその札束をしっかり掴みつつ、ナミはゾロに詰め寄った。
「どうしたのこのお金!強盗でもしたの!?」
「まさか、テメェじゃあるまいし。」
しれっと答えるゾロに、ナミがまた噛み付いた。
「失礼ね!私は強盗なんてしないわよ、私がやってたのは、海賊相手の立派なコソ泥よ!!」
とても威張れることではなかったが、ナミは胸を張って言う。
名前を書いて
ログが溜まる一週間を町で過ごしたゾロが船に戻ってきて一番最初にしたことが、ナミに借金を返すことだった。
溜まりに溜まっていたゾロの借金を、一気にチャラにするほどの大枚のお金。
どうして手に入れたのか、しかもいきなり。
この一週間で一体何があったのか。
(強盗じゃないとしたら・・・まさか、結婚詐欺!?)
ゾロは無駄に女に惚れられる。
剣の強さは勿論のこと、その精悍な風貌、筋肉で引き締まった男らしい体躯が女を引き寄せる。
無骨で愛想が悪いようでいて、時折ふっと見せるさりげない自然な優しさ。そんなものにまともに触れたら、普通の女ならひとたまりもない。たちまちこの男に心を奪われ、恋に落ちてしまう・・・・・らしかった。
らしかった、というのは、ナミはまだ彼がそういう魅力を備えきる前に出会ったためか、その魔の手(?)から逃れているからだ。
それでも、その魅力の凄さは日に日に強くなるのを感じてはいる。
例えば、今回のようにログが溜まるまでの数日間を町で過ごす時、男達はナミに小遣いをねだる。そうしないと町で衣食住を得られないからだ。そうしてナミはクルー達から雪だるま式に借金をもぎ取っていった。
もちろん、ゾロも最初はそうだった。
しかし、最近はあろうことか、ナミが気を遣って小遣いをやろうとするのを断ってくる。「いらねぇ」などとといって余裕綽綽で手を振る。その様は憎たらしいほどである。
それでいて、彼は町で困るということがない。
なぜなら、ログが溜まる数日間を女に囲ってもらう術を覚えたからだった。
それは今までならサンジのみが習得していた高等手段であった(だからサンジの借金額は仲間内で最も少ない)。
ついこの間までは、長く船を離れると少しやつれ気味に戻ってきていたのが、この頃は下船前よりも血色がよくなって帰ってくる。衣食住はもちろんのこと、人間の三大欲求も存分に満たしてのご帰還というわけだ。
だから今回もどういう経緯でかは分からないが、町で女と知り合って家に転がり込んで、かゆいところに手が届くような世話も受けたに違いない。
そんな女達の元からゾロがどうやって離れて船に戻ってきてるのか、ナミにとっては永遠の謎である。
揉め事を船に持ち帰らないところをみると、きちんと女達を納得させてきれいに別れているのだろう。
そういうところがまたいっそう小憎らしい。
しかし、札束を掴まされて戻ってきたのは今までにないことだった。
いやむしろ異様であった。
(ということはやっぱり!!)
ナミの脳裏に稲妻のようにある光景が明滅しながら浮かびあがる。
それは、出立前のゾロに追いすがる女の姿。
(どうしても行ってしまうの?)
(すまねぇ。俺は借金持ちなんだ。それを返済するまでは、お前とは一緒になれねぇ。)
(借金て・・・どれぐらい?)
(ざっと、○○万ベリー。)
女はさっと身を翻し、タンスの引き出しからありったけの札束(もちろん彼女の全財産)を取り出し、ゾロの胸に押し付けて切実に叫ぶ。
(これで借金を返して、お願い、私と一緒になって!!)
ゾロはその札束をつかみ、何食わぬ顔で船に戻ってきて、それを私に差し出した・・・。
「こんんのスケコマシがーーー!!」
ボカーンとグーでゾロの顔面を殴りつける。
奇妙な音がして、ナミのこぶしは見事にゾロの顔にめりこんだ。
「なにすんだテメェ!」
殴られて赤くなった鼻面を手で押さえてゾロが叫ぶ。
「なにすんだじゃないわよ!あんた乙女の純情をなんだと思ってんの!?」
「一体何の話だよ!!」
「このお金!女から騙し取ってきたんでしょ!?」
「はぁ?そんなわけあるか!」
「じゃあどうしてこんな大金せしめてきたのよ!強盗でもない、商才なんてアンタにあるわけない、博打も打てない。あと考えられるのは、結婚詐欺ぐらいでしょ!」
「誰がするかそんなこと!」
「じゃあこのお金は一体どうしたのよ!」
ナミは勢い余って、バァァンと音がするほど札束を床に叩きつけた。
札束の周りでフワフワと埃が舞い上がる。
「お前な、もっと丁寧に扱えよ・・・」
ゾロはため息をつきながら片膝をついて札束を拾い上げ、軽く手で埃をはたく。
ナミもさすがにやりすぎたと思ったのか気まずそうに俯いた。
そんなナミを見て、ゾロは観念したように話し出した。
「これはな、礼として貰ったんだよ。」
「お礼?」
「ああ。」
「なんの?」
「助けた礼だよ。」
助けたお礼。
ゾロは意識的か無意識でか知らないが、よく人助けをする。
そして、惚れられる。
「それって女でしょ。」
「女・・・・・まぁ女には違いねぇな、100歳のな。」
「100歳!?」
そうだとゾロは笑う。
町中でいかにも非力な老婆が黒服に包まれた男達に襲われていた。
それを助けた。
老婆はゾロに感謝し、そのまま屋敷にまで連れていかれた。
老婆は資産家で親族達が財産を狙っているのだという。
でも彼女は強欲で冷たい親族達に財産を譲る気にはなれず、自分の亡き後は全財産を町に寄付する遺言状を書いた。
それを知った親族達が、自分たちに財産を残すよう遺言状を書き換えろと毎日脅迫してくるのだそうだ。
脅しは手を変え品を変えて執拗に行われる。でも今日のように黒尽くめの男達に狙われたの初めてだった。
今日は大変助かった。どうかここに住んでこれからも助けてほしい。食事はもちろん報酬も出す。
ゾロは報酬はともかく衣食住を必要としていたので、一週間限定でなら請けてよいと答えた。
老婆はそれでもいいと言った。
というわけで、ゾロは期間限定のボディガードとなった。
しかし、結局その一週間はいたく平和に過ぎていった。
初日に黒服の男達をとっちめたのが効いてるのだろう。
老婆はこんなに穏やかな日々は久しぶりだと言って、目を細めて喜んだ。
そして一週間後、ゾロが暇乞いをする前に、老婆の紹介で初老の紳士と引き合わされた。
彼は何やら難しいお題目を唱え、専門用語を駆使してくる。ゾロにはいっこうに理解できなかった。
しまいには椅子に座らせられ、目の前のテーブルの上にはたくさんの書類を広げられる。
紳士はそれらに名前を書いてほしいという。
さっぱりワケが分からないものの、言われるままに名前を書いていった。
何回ロロノア・ゾロと書いただろうか、ふと書類の文面に目が留まる。
養子縁組と書かれていた。
あ、なんかまずいんじゃないかこれ。
そこでようやくどういうことだと問いただすと、老婆はゾロの手を取り微笑みを浮かべてゾロに息子になってほしいという。そして全財産を譲りたいのだと。
老婆は目が本気(マジ)だった。引き合わされた初老の紳士は弁護士だったのだ。
そんな、一週間そこら一緒に過ごしただけで養子だなんて。
これはいくらなんでも尋常ではない。
しかし、尚も老婆は名前を書いてとすがってくる。
やっぱそれは無理だと断って。
で、慌てて逃げてきた。
今までのせめてものお礼にと老婆に札束を握らされたが。
それをどう始末すればいいのか考えあぐねて、そうだナミの借金返済に充てようと思いついたのだ。
「なんで養子になってこなかったのよ!?」
「なんでって・・・そんなことできるか!」
「ばっかねー。きちんと養子になって頂くもの頂いてくればよかったのに〜〜。それで彼女も満足、私も満足。万々歳じゃない!」
「なんでテメーも満足なんだ。関係ねーだろ。」
「まぁ私のことはともかく・・・・そのおばあさん、本当にゾロに継いでほしかったんじゃないの?」
「気持ちだけ受け取った。それであのバーサンも気が済むだろうよ。」
そう言って、ゾロは振り返って町の方を眺めた。
短い日々ではあったが、その老婆と過ごした時間を思い返しているのだろうか、その横顔は満更でもなさそうだった。
ナミはため息を一つついただけで、それ以上はもう何も言わなかった。
***
夕食後、皆が引き払った食堂のテーブルでナミは改めてゾロへの借金返済の領収証を書いていた。
その手をふと止めて頬杖をついてつぶやいた。
「まぁ急に姓が変わるっていうのもどうかと思うしね・・・。」
「何の話だよ。」
向かいの椅子に横座りするゾロが顔だけ向けて怪訝そうに聞き返す。
「養子の話よ。養子縁組したら、そのお婆さんの姓を名乗ることになるでしょ?」
「ああ、そうか、なるほどな。」
「ロロノア・ゾロが、一転して鈴木ゾロとかになったら、一体誰なんだかわかんないもんね。」
「なんじゃそら。」
ランカスター・ゾロとか?ヨークシャー・ゾロ?どうもピンとこないわ。
やっぱりロロノア・ゾロが一番しっくりくるかしら。
そう一人ごちながらナミは羽ペンでさらさらと領収証にロロノア・ゾロ様と書きつけて、完成したそれをゾロの方へとずいっと押しやった。
「まぁこれからは安易に名前を書かない方がいいわよ。特に女が持ってくる書類には。」
「・・・・なんでだよ。」
「もしかしたら婚姻届とかかもしれないでしょ。自分の知らないうちに勝手に役所に届けられて、結婚させられてたらどーすんの?せいぜい気をつけることね。」
「・・・・・・。」
途端にゾロは表情を曇らせて、腕を組み考え始めた。
いつになく真剣に。
顔をうつむけて、なにやら指折り数えている。
―――こいつ、絶対やってやがる
ナミは頭が痛くなった。
ゾロの戸籍が今どういう状況になっているのか、他人事ながら心配になるナミだった。
FIN
<あとがき或いは言い訳>
ゾロもサンジくんも町に上がってもマジメに過ごしていると思う。間違っても女の家に転がり込んだりはしてない・・・・・と思う、たぶん(笑)。
リハビリ小説でした。ひとまず書けてよかった!