「おい、あれなんだ?」

船首横の欄干に腰掛けたチョッパーが、海上を指差して言った。






入国審査カード





それは、もうすぐ島へ到着する矢先のことだった。

小船が一艘、段々とゴーイングメリー号に近づいてくる。
見たところ、乗組員はたった一人。

「さあ、何なのかしら。遭難者かな?」

チョッパーのそばで、上陸に備えて双眼鏡を手にしていたナミも呟く。


その小船から大きな声が掛かった。

「そこの船!停船しなさい!」

なんなのよ、エラソウに。

そうナミが思った次の瞬間には、遥か下にいた小船の上から、その声の主がひとっ飛びで、チョッパーが座る欄干に降り立った。
この暑い中、黒いシルクハットに黒いマント。下の服も黒いスーツで決めている。エナメル質の靴の黒光りがまぶしいほどだ。シルクハットのツバが深いのと、逆光のため、顔がどんなものかわからない。
驚きと衝撃で欄干から転がり落ちるチョッパー。
慌ててナミが、チョッパーのもとに駆け寄り、闖入者を見上げて、言った。

「あんた、一体何者よ!」

「私はオムスビコロリン王国の入国審査官だ。」

(なんだ?オムスビコロリン王国って?)
(多分もうすぐ寄航する島の国名なんでしょう・・・)

それにしても、

(すごいネーミングだ・・・)

二人ともそう思ったが、もちろん口には出さなかった。

「わかりました。で、その入国審査官殿が、うちの船にどんなご用なのでしょうか?」

相手はおそらく公務員。しかも入国に関わる業務をしている。
今回はいろいろな物資の調達のため、なんとしても寄航したい。
ここは下手に出て、穏便に通してもらおう。

そんな思いから、急に態度を改めて、ニコニコ笑顔で応対するナミ。もう少しで揉み手もしそう。

それに気を良くした官吏は、意気揚揚と答えた。

「この島に入るには、事前に入国審査カードの提出が必要だ。乗組員全員がカードに自筆で記入、署名の上、私に提出しなさい。この船には何人乗っているのかね?」

「7人です・・・。」

それを受けて、官吏は入国審査カードを7枚切り、ナミに手渡した。

「漏れなく、記入するように。では、サラバだ!」

「あ、そんな!提出する時はどうするんですか!」

「心配せずとも、下の小船に私はいる。記入でき次第呼んでくれたまえ。また、何か不明な点があればいつでも質問すればいい。」

そう言い放った後、彼は欄干から飛び立ち、一度宙返りをすると、眼下の小船に飛び降りていった。



案外親切でイイ人かも。





***





「私も随分いろいろな島へ行ったけど、海上でこんな審査カードをもらうのは初めて。しかもこんな簡素な記入内容で・・・」

ロビンがナミから受け取ったカードをヒラヒラと目の前に振りながら、言った。

入国審査カードの記載内容は以下の通り。


入国審査カード(マル秘扱い)

NAME

 

ADDRESS

 

SEX

 

AGE

 



「NAME(名前)、ADDRESS(住所)、SEX(性別)、AGE(年齢)・・・。本当に簡素ね。こんなんで取り締まりの意味があるのかしら。」

「取り締まりよりも、入国した人数の把握のために使われているのかも。」

「なるほど。まぁいいわ。手っ取り早く済ませて、入国しちゃいましょう。ほい!全員集合ーーーーー!!!」

ナミの号令により、船内に散らばっていたクルー達がわらわらと集まってきた。
小気味よく、ナミから全員にカードが手渡される。

「記入できたら、私のところへ持ってきてね。チェックして、まとめて提出するから。」

えー、めんどくせぇなぁと、各所から不平不満の声が上がったが、ナミの鉄拳によってすぐにその口は閉ざされる。
各自が思い思いの場所にしゃがみこみ、記入を始めた。



「さて、私も記入するとしますか。」

名前を勢いよく書いたところで、手が止まる。


アドレス。
私たちにアドレスってあるの?


「すいません、質問です。」

ハイと手を上げて、ナミは海上の小船の入国審査官に声を掛けた。

「言ってみたまえ。」

「アドレス欄は何を記入したらいいのでしょうか?出身地ですか?それとも現住所ですか?現住所だとすると船になってしまうんですが・・・。」

「君らの船の名前はなんと言うのかね。」

「ゴーイングメリー号です。」

「じゃあ、そう記入したまえ。」

あ、そんなんでいいんだ。
気楽になったナミはサササッと記入を終えた。

入国審査カード(マル秘扱い)

NAME

ナミ

ADDRESS

ゴーイングメリー号

SEX

AGE

18歳


続いて、ロビンとチョッパーもカードの記入を終えて、持ってきた。

入国審査カード(マル秘扱い)

NAME

ニコ・ロビン

ADDRESS

ゴーイングメリー号

SEX

AGE

28歳

 

入国審査カード(マル秘扱い)

NAME

トニートニー・チョッパー

ADDRESS

ゴーイングメリー号

SEX

AGE

15歳



ここまでで3人分。首尾よくできた。
あとは、バカな男どもの分だけ・・・。

見ると、男4人は雁首を並べて円陣に座り込み、ギャハハと笑いながら記入している。
時には互いのカードを覗き込んだりして。
何がそんなに可笑しいのやら。


「サンジ、さすがだな〜。」

「罪な男でね、俺は・・・。フッ。」

「ゾロは・・・なるほど、納得って感じだ〜。」

「ラブコックと違って、質がいいんだよ。」

「なんだと、俺のは質が悪いって言いてぇのか。」

「ギャハハハ。ウソップ、そりゃウソだろ。」

「そういうルフィは?」

「なんだこりゃ。」

「わはははは。」

「まぁ、まだまだこれからだしな。」

とかなんとか言いながら、サンジがルフィの肩をポンと叩く。
ルフィはだってこればっかりはしょうがないじゃん、と唇を尖らして言う。


こいつら、入国審査カードごときで何盛り上がってんの?


「はいはい、時間切れ!回収〜。」

そう言いながら、ナミは男たちのカードを、彼らの頭越しにその手から抜き取った。

そして、記入内容をチェックする。

 

入国審査カード(マル秘扱い)

NAME

サンジ

ADDRESS

ゴーイングメリー号

SEX

数え切れない

AGE

19歳

 

入国審査カード(マル秘扱い)

NAME

ロロノア・ゾロ

ADDRESS

ゴーイングメリー号

SEX

10人くらい

AGE

19歳

 

入国審査カード(マル秘扱い)

NAME

モンキー・D・ルフィ

ADDRESS

ゴーイングメリー号

SEX

まだやったことがない

AGE

17歳

 

入国審査カード(マル秘扱い)

NAME

キャプテン・ウソップ

ADDRESS

ゴーイングメリー号

SEX

8000人

AGE

17歳

 


チョッパーは、カードを見た途端にナミのコメカミに青筋が入るのを見逃さなかった。
ロビンは、一応形ばかりにナミを制止したが、本当に形だけだった。

ナミの振り切ったつま先のもっとに先に、米粒のように小さくなった4つの影・・・・





***





入国審査官は、自分の管轄となったゴーイングメリー号のそばを小船で漂流し、ひたすら入国審査カードの記入終了の時を待っていた。
すると、対象の船から、4つの人影が海に向かって身を投げるようにして飛んでいくのが見えた。


まさか、カード記入を拒否しての密入国か?
今こそ、私の出番だ。


彼はキコキコと船を漕ぎ、4人が潜った地点に向かって移動する。
しかし、到着するよりも早く、4人は海面に顔を覗かせた。
4人(一人は完全に溺れている)は、息も絶え絶え、必死の形相でこちらに向かって泳いでくる。

そんな彼らに、入国審査官は毅然とした態度で言った。



「何かね。君たちは。密入国者には、おむすび3個一気食いの刑が待っているよ。」






FIN


 

<あとがき或いは言い訳>
中学の時の保健体育の先生が、「パスポートのSEX欄は性別を記入しぃや、まだやったことがないなんて書いたらあかんで」と言っていたのが元ネタ。(しかし、一体どんな授業だったのか・・・?)

「愛のある島」で入国審査所みたいなのが出てきますが、それを書いてる時に思いついた話です。
この話では、オチとして誰かがどうしても「やったことがない」と書かねばならぬ運命でした。そして、ルフィに白羽の矢が。おめでとう!ルフィ!(迷惑)

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