「うひょーー!ありゃなんだ?」

チョッパーがはしゃぎながら叫ぶ。

「なんだ?お前、汽車を知らねーのか?」
「うん!初めて見た!ドラムにはこんな乗り物は無かった!」
「そうか・・・・それなら、せっかくだから乗っていこうか。」
「ホント?!」

青鼻のトナカイは、それはそれは嬉しそうにサンジを見上げた。






陸の記憶





その島の街は大きく、工業技術が発達していて、汽車があった。
サンジも幼少の頃から旅していたが、汽車のある街にはめったに出くわしたことがない。
だから、サンジも汽車に乗った経験は1度だけだった。

(あれはいつのことだっけ?汽車に初めて乗ったのは・・・・)

サンジが駅員から切符を2枚買い、1枚をチョッパーに手渡してやると、チョッパーは物珍しそうにそれをシゲシゲと見つめた。

「200ベリー。1区間・・・・?」
「そう。1区間だから、この駅から・・・・4駅目までは乗れるな。その代わり帰りは歩きだぞ?」

サンジが駅に掲示してある路線図を眺めながら言う。

「うん!全然平気!」

チョッパーは嬉しさの余り、階段をスキップしながらホームへと向う。
そこには、真っ黒な蒸気機関車と3両編成の赤い車体の客車が出発の時を待っていた。

「うわーーー!カッコイイ!!!」

チョッパーの第一声。
古今東西、汽車という乗り物は男の子の心を捉えて離さないものらしい。
すっかり汽車の威厳ある雄姿に魅せられていた。
チョッパーは先頭から最後尾まで、くまなく見て回る。
サンジはその様子を黙って見守った。自分にも経験のあることなので、とやかく言うつもりは無かった。

やがて、発車を告げる汽笛が鳴る。
サンジは大声でチョッパーを呼び戻し、車内へと導いた。
客車は通路を挟んで向かい合って座る対面式だった。
つまり、窓を背にして座る形。

「わーお!」

一声上げて、チョッパーはホップ・ステップ・ジャンプで座席に飛び乗った。そのまま、全開された魅惑の車窓の風景に見入る。

「すげぇ!・・・―――イテッ!!」

そこでサンジの教育的指導が入った。チョッパーの脳天にサンジのカカト落としが決まる。

「クソバカ野郎。座席に土足で上がるんじゃねぇ・・・・っての・・・・」

とは言うものの、チョッパーはもともと靴を履いてなかったのだが・・・・。
チョッパーが頭を押さえながら、少しションボリしてストンと座席のクッションの上に腰を落とし、足を前に投げ出した。
しかし、その姿勢では窓の外は眺められない。
首を後ろによじっても限界がある。彼の座高は低く、座席に立たないととても窓には届かない。
フーッとサンジがタバコの煙を吐いた後、タバコを咥えなおした。
そしてチョッパーの目の前にしゃがみこむと、ハンカチを取り出し、チョッパーの足の裏を拭きとり始めた。

「・・・・!!!」

これには驚くチョッパー。

「今日だけだかんな。こんな面倒見んの。」

サンジは、眉をしかめながらもキレイに拭き取ってやる。そして、これでもう座席の上に立ってもいいぞ、と言った。

「ありがとう!サンジ!」

笑顔を見せて、チョッパーは再び座席の上に立ち上がると、今度こそ真剣に車窓と向かい合った。
その表情を見て、ニヤリと笑みを浮かべそうになったところで、フワフワと記憶が蘇ってきた。

(ボケチビナス!靴を人様の方へ向けて座る奴があるか!靴脱ぎやがれ!)
(脱げばいいんだろ!脱げば!何も蹴ることねーじゃねぇか!)
(初めからそうすりゃいいんだ。いらん手間かけさせやがって。)

ああ?なんだこりゃ?
そういえば、自分も同じような教育的指導を受けていたな・・・・。
今やったのは、その教えの反復応用だったってか。

(オラオラ、イイ若けぇモンがいつまでも座ってんじゃねぇ!お年寄りが来たら、席を譲らねぇか!このチビナスが!)
(物もらったら、礼だ!礼を言わんか!何をボーッとしてやがる!!)
(姿勢が悪いわ!しゃんとしろ!)


「・・・・ジ!サンジ!」

突然、回想は途切れ、現実に引き戻される。

「あ?なんだ?」
「何ボーッとしてんのさ。いい天気だなって言ったのに。」

そんなもん、いちいち受け答えするほどの内容かよ。
しかし、確かに稀に見る好天だった。
晴れ渡る青空。気候も温暖で、風はさわやか。
サンサンと輝く太陽も眩しくはあるが、暑くは無い。

「ナミも来れば良かったのになぁ。」

そう。本来なら、今回のお出かけの組分けは、サンジ、ナミ、チョッパー組だった。
それなのに・・・・。

「仕方ねぇよ。ナミさん、なんか締め切りがあるって言ってたから。」
「こんないい日に船に残らないといけないなんて、ナミ、運が無いよな。」

チョッパーの言葉とは裏腹に、サンジは、今日のナミが妙に機嫌が良かったことを覚えている。
あれは何か金の算段をしている時のナミさんだ。
しかし、所詮は詳しいことは知らないのだが。

汽車は一つ目の駅に辿り着いた。
扉が開き、客の乗降姿をまたもや珍しげに観察するチョッパー。
列車が動き始めると同時に、車掌が入ってきて、間もなくトンネルですのでご協力お願いいたします、と告げて回った。

はて?なんのことなのか?

一瞬サンジも固まって考えてしまった。
必死で昔の記憶を辿る。

(さっさと窓を閉めねぇか!真っ黒の煤だらけになりてぇのか!)

「チョッパー!窓を閉めろ!」
「え?なんで?」
「いいから!」

しかし、取り掛かり始めたのが遅かったし、その客車に乗ってたのがサンジとチョッパーだけだったというのも災いした。
最後の窓を締め切る直前に列車はトンネルに突入。辺りは真っ暗闇――――
ガタンゴトンと音だけが響く中、会話は途切れ沈黙。
トンネルを抜けると、そこには、黒鼻のトナカイと少し黒味がかった金髪のサンジ。

「プ!ハハハ!いいぞ、チョッパー!鼻の色が変わってよかったな。」
「サンジも変な頭だ。アハハハハ。」
「分かったか?蒸気機関車が吐き出す煙の煤が入ってこないようにするために、トンネルに入る時は窓を閉めるんだ。」
「ふーん。車掌さんとお客さんが協力し合って閉めるんだな。」
「他の街の汽車では知らねぇけど、俺はそう教わったな。この汽車もそうらしい。」


「あれなんだ?」

チョッパーの果てしない質問は続く。

「線路。その上を汽車が走る。」
「じゃ、あれがないと走れないのか?」
「そうだ。」
「じゃ、この汽車が走ってきたところはズーーーーッとあれが敷かれてたってこと?」
「そうそう。」
「ここから先もずっと?」
「・・・・ああ、そうだな。」

ふええええええ!とチョッパーは信じられないといった表情。

「あれはなんだ?」
「ありゃ踏み切りだ。車と汽車の通行を整理している。」
「あれは?」
「ポイントだな。今まで線路が単線つって、線路一本だったところ。それが二本の複線になるときに・・・エーット・・・・」





***





(広くてキレイな芝生だなーーー!)
(バカ野郎!どこが芝生だ。ありゃ田んぼだ、田んぼ!)
(え?あれが?)
(てめぇ、精米しか見たことがねぇのか?米は田んぼに田植えして、稲刈りして、脱穀して出来上がるだろ?これが成長途中の稲だ。)
(へぇぇぇ。俺は今までずーっとあれは、キレイな草原だとばかり思ってた!)
(これだから、陸を知らねぇ奴は・・・。)


サンジは10歳で既に客船の厨房で働いていた。もっと幼い頃からだ。
だから、陸にいた記憶があまりなくて。
事実、魚に関する知識は抜群だったが、陸の食材に疎いところがあった。
あの遭難以降のしばらくが、物心ついてからの彼の人生の中で一番長く陸の上で過ごした時間だった。
遭難でしばらく入院したが、退院してからは、ゼフと共にその島の農地などを旅して回った。
陸の食材の生産現場を。

料理は材料が命なのだと
材料をよく知り、見極める目を持たなければならないのだと

ゼフは何も言わなかったが、そういうことなのだろう。


ある日、訳も告げられず、いきなり汽車に乗せられた。
汽車はその島を縦断するように走っていく。長い旅路だった。
そんなことは初めての体験で、ただただ驚くばかりで。
車窓から広がる風景を飽きもせずに眺めていた。
目につくもの全てが珍しく、指差してあれこれと尋ねた。
乗車直後にいろいろ失敗をやらかしてゼフに散々怒られはしたが、それでもサンジの矢継ぎ早の質問にも根気良く答えてくれた。
そして、その汽車の終着駅で待ち構えていたのは―――

「海だーーー!」

久々の海。やはり海はいいな!そう思った時、次に目に飛び込んできたモノに度肝を抜かされた。

「これ、なんだ?」

その日のもう何十回目かの質問。

「俺達の海上レストランだ。船大工に注文しといたのが、今日ついに納品って訳さ。」
「海上レストラン?」

遭難した時、ゼフが言っていた。広い海の上でご飯を食べさせるレストラン。

「すげーな、クソジジイ!これが海上レストランか!!」
「そうさ。宝全部つぎ込んでも赤字だった。これから忙しくなるぜ!!!」
「大丈夫さ。おれがいるんだ!」
「け、ナマ言うじゃねぇか。陸が恋しくなって吠えヅラ掻くなよ。」
「誰が!掻くか!」
「今日、たっぷり3ヶ月分の食材を積み込む。それで借金がまた増えるって寸法だ。
いいか!この仕込んだ材料の元を取るまでは、二度と陸には上がれねぇと覚悟しろ。
それだけじゃねぇ。これから先、お前の命を賭けるのは海の上だ!
もう陸には戻れねぇ運命だとそう思え!
だから―――今日まで見たモン、絶対忘れんじゃねぇぞ!!」

サンジの脳裏に、今日見た車窓の風景はもちろんのこと、今までゼフと共に巡った旅先のこと、教えられた全てのことが、浮かんでは消えた。


それは、サンジの五感に刻み込まれた、陸の記憶―――





***





そこで目が覚めた。
いつの間にか陽気に誘われて眠り込んでしまったらしい。
隣では、チョッパーがサンジにもたれ掛かってヨダレを垂らしながら眠っている。

バラティエ号を初めて見た時のことはとてもよく覚えているのに、その直前のことはすっかり記憶から抜け落ちていた。
きっと、あの船のインパクトがあり過ぎるせいだろう。
今日、急に記憶が蘇ったのは、おそらくチョッパーの言動があまりにも当時の自分に似通っていたから。
ということは、今日の自分はゼフの立場に立ってたわけで。

(俺がクソジジイの役回りだなんて、冗談じゃねぇぞ。まだこんなに若いってのに。)

と内心毒づきながらも、サンジは口角を吊り上げた。


また車掌がやって来て、次の駅名を告げて通り過ぎて行った。
何気なく見送ったが、そこでハタと我に返る。
相変わらず汽車の中。
線路は続くよどこまでも、とはよく言ったもので。

「って、ちょっと待てよ?今、何駅目だ?」

切符は1区間・4駅目分しか買ってないのだ。
一眠りしてる間に乗り過ごしてしまったかも・・・・。


サンジは慌ててチョッパーを叩き起こした。






FIN


 

<あとがき或いは言い訳>
もともとはチョパ誕用に書こうと思ってたサンジ&チョパのお出かけもの。時期がずれたので、サンジ仕様にしてみました。
実はこの話、SS「締め切り前夜」と時間軸が同じです。「締め切り前夜」の中で、ゾロが「ヤツ(チョッパー)はサンジと別行動だ。」と言っています。つまり、サンジ&チョパはこんな風な行動をしてたというワケです。
サンジくんが子供の頃、陸の上の食材に疎かったというのは完全に捏造。でも、海の食材へのこだわりは、彼がオールブルーを求めていることからよく分かるんですが、食材は魚介類だけじゃないよなぁ・・・と素朴に思ったのも事実です(しかし、田んぼはいくらなんでも知ってるだろうよ(^_^;))。

こちら、
そらかめ荘様のサンジ誕『kick!』へ捧げます!こんなんでゴメンナサイ。

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