(あれ?もしかして迷ったかな?)

鬱蒼とした森の中、ぐるぐる歩き回っている間に道が分からなくなった。

(やだな、ゾロじゃあるまいし)




オオカミなんか怖くない




ゾロみたいなことをしている自分がひどく恥ずかしくて、なんとか仲間達が自分を捜索に出てくるまでに帰りたいと思うものの、そういう時に限って気ばかりが焦り、ますます迷路に嵌っていくものだ。
景色は一向に変わらない。ずーっと同じ場所を歩いてるような気がする。耳をすましても木々のざわめき以外には何も聞き取れない。
陽の光の向きで東西南北は辛うじて分かるが、そもそも自分がどちらから来たかが分からない。自分の匂いを頼りに戻ってみても、闇雲に歩き回ったせいだろうか、ぐるりと回ってまた元の場所に来てしまう。

太陽は傾き始めている。疲れで足が痺れてきた。
ついに迷子が取るべき大原則に従うことにした。
すなわち、その場を動かないこと。誰かが探しにくるまで待つ。
そう決意した時、ガサガサッと草を踏み分ける音がして、驚き警戒しながらも振り向いた。
ナミだった。
ナミが下草を掻き分けて歩いてくる。
ホッとした。地獄にホトケ。迷子にナミ。これで皆のところへ帰れる。

「チョッパー!何やってるの!こんな森の中をウロウロしちゃダメでしょう!そんなことしてたら・・・・アタッ!」

ナミはそう言いながら前につんのめってバタンと派手に倒れこんだ。
したたかに顔面を地面に打ちつけて、痛そうに鼻を手でさすりながら上半身だけ起き上がる。

「・・・・・こういう目に遭うわよ。」

涙目になりながらも強がりを言うナミが可笑しくて、チョッパーは思わずぷっと吹き出した。
笑わないでよ!とナミは怒ったように言うが、全然迫力がない。
もうっと悔しそうに呟いてナミは立ち上がり、前に進もうとするが、何かに足を取られて進めなかった。

「え?なにこれ?」

ナミは足元を見て怪訝な声をあげる。チョッパーも気になってナミの元へ寄ってみた。
見てみると、ナミの足首に細いワイヤーが絡まっている。
罠だ。
動物を狩るために仕掛けられた罠だろう。
ワイヤーで作られた輪に獣が足を引っ掛けて引っぱれば、輪が締まり、獣の足を縛りつける仕組み。逃れようと獣がもがけばもがくほど、逆にワイヤーはきつく締め上げる。
単純な仕掛けだが、外すには人間のような器用な指先がないと無理だろう。
しかもワイヤーは鋭くナミの足首に食い込み、血がにじみ出ていた。

「イタタタタ。」

ナミは顔をしかめつつ身を屈めてワイヤーをほぐし、ようやくして足から罠を外した。

「ね?こんなのに引っかかるところだったのよ?」
「平気だよ。オレも指があるし。」

チョッパーはナミの足に常に携行している包帯を巻きつけながら、ケロッとした口調で答えた。
彼は人獣型や獣型の時はひづめだが、人型になれば指ができる。たとえ罠に掛かっても、自分で外せるのだ。

「かわいくない!人がせっかく忠告してあげてるのに!」

と言いつつもナミも本気で怒っているわけではない。チョッパーの目の前ですっ転んでしまったことが恥ずかしくて、照れ隠しで言ってるだけだった。

「さぁ、日が暮れる前に帰りましょ。」

ナミは気を取り直したようにすっくと立ち上がり、スカートについた草や葉っぱを手で軽く払い落とした。それから先導するように森の中を歩いていく。痛みはさほどでもないのか、足はなんともないようだ。
道がすっかり分からなくなってしまったチョッパーと違って、さすがと言うべきか、ナミは淀みなく歩を進めている。だからチョッパーも安心してついていけた。

「途中で、ゾロを回収していけるといいんだけど。」

ボソリとナミがひとりごちた。
気になって詳しく聞いてみると、チョッパーがいないと気づいて皆で手分けして森の中を捜索することになった。ナミはゾロと組んで森に入ったが、いつの間にかゾロは行方をくらませてしまったのだという。
遭難者を探しに行った者が遭難するなんて。これでは二重遭難だ。
目を離した私も悪いのかもしれないけれど、ただ単に私についてくることさえできないのよアイツは、いったいどういう頭脳回路になってるのかしらと、ナミはブツブツと口の中で文句を言っている。

「この森はオオカミが出るらしいのよ。遭遇してなきゃいいけど。まぁゾロなら心配ないか。」
「え!」

オオカミ。
共に極寒の地に生きるオオカミは、トナカイにとって天敵だ。
ヒトヒトの実を食べて、ずっと強くなった今でも、「オオカミ」と聞くだけで震えが走る。
チョッパーは顔を引きつらせた。
そんなチョッパーを見て、ナミが優しく微笑みかける。

「だからあんたを探しに来たのよ。ま、サンジくんが言い出したことなんだけどね。」

そのまましばらく歩いていると、段々とチョッパーとナミの間の間隔が開いてきた。最初はナミが前を歩いていたのに、今ではチョッパーが前を歩いている。いつの間にかナミの歩みが遅くなっていたのだ。不思議に思って振り返ると、息を切らせて額に玉の汗を浮かべて辛そうな表情をしているナミがいた。
どうしたの?とチョッパーが声をかけると、ついにナミは立ち止まり、両膝をついてしゃがみこんでしまった。慌ててチョッパーは駆け寄った。

「なんか・・・・身体がおかしい・・・・。」

ナミは両腕で自分の身体を抱きしめ、目を閉じて荒い息を吐き、脂汗を流して震えている。顔色もひどく悪い。
いったいどうしたというのだろう。
しかも、なぜこんな急に?
さっきまであんなに元気だったのに。
チョッパーはナミと会ってからこれまでのことを思い返してみた。

(あ!)

もしかしたら、あの罠。
ただのワイヤーかと思っていたが、あれに毒が塗られていたのかもしれない。
ワイヤーはナミの足に血を滲ませるほど食い込んでいた。その傷口から毒が入った。そして、それは遅効性だったのだろう、今頃になって効き目を表してきた。
迂闊だった。動物を捕獲するらめの罠なのだから、当然そういう可能性も考えるべきだった。
しかし、たとえそれを予想できたとしても、現状ではなんの毒か分からないし、解毒剤もないしで手の打ちようがない。
とにかく、できるだけ早く人里に出ることが先決だ。

チョッパーは人型に変わり、もう既にぐったりしているナミを背負った。
ナミの意識があるうちに道を聞いて、森を抜け出さなくては。

その時、遠吠えが聞こえた。
ギクッとする。
それはあまりにも聞き覚えのあるものだった。
声が聞こえた、ただそれだけのことなのに、居ても立ってもいられなくなり、ナミを負ぶってなりふり構わず走り出した。
一刻も早く奴らから遠ざかりたかった。

確かに逃げているはずなのに、逆に追い詰められているような気がする。
仲間で呼び合う遠吠えは段々と大きくなって聞こえてくる。
姿は見えないのに、確実に奴らの術中に嵌っているかのような感覚。
ナミが背後から弱々しく道の指示を出す声はおぼろげに遠くに聞こえるだけ。
恐怖のあまり、完全に頭に血が上っていた。

そしてついに、行く手に一頭のオオカミが姿を現せた。
一頭、また一頭とオオカミが増えてくる。
全部で5頭。いずれも黒々とした大きな身体だ。
でもチョッパーには、実際よりも何十倍にも大きく見えた。

オオカミだ、そう認識しただけで全身が竦みあがった。
それは身体に脳に、深く刻み込まれた記憶。拭いたくても拭いきれるものではない。
トナカイとしての、天敵を恐れる本能だった。

まだ幼い頃、トナカイの群れにいた時に、群れは何度もオオカミに襲われた。
オオカミは、獲物である群れの中から弱い個体を探し出して狙う。ケガをしているもの、病気のもの、そして子ども。
群れの中で虐げられ、親からも見離されていたチョッパーは、十分な餌ももらえないためにとてもひ弱で、ましてや守ってももらえず、いつも外敵に狙われる恐怖にさらされていた。
群れを追われてからは尚更で、町に下りれば人間に、森に戻れば肉食獣に追い立てられた。
怯えて逃げ惑う日々。それはドクターと出会い、救われるまで続いた。

人並みに生活するようになってからは、森に入ることもなくなり、敵に脅かされることもなくなった。
それどころか、今ではチョッパー自身が強くなった。数々の歴戦を重ねて、猛者を打ち破ってきたという自負もある。
けれど、記憶の奥底に刻み込まれたオオカミへの恐怖は、完全には打ち消すことはできない。こんな風に今も鮮やかに蘇ってくる。

(でも)

チョッパーはオオカミ達から後ずさりし、警戒しつつゆっくりとナミを背中から下ろし、近くの木の根元に寄りかからせた。
ナミは目を閉じ、もう意識がない。
自分を探しにきたために、こんな目に遭ったナミ。
どんなことがあっても、彼女を守らなければ。
そうするには、一刻も早く奴らを撃退し、森から脱出しなくてはならない。
チョッパーはオオカミに向き直り、勢いよく叫んだ。

「オレは戦いたくないんだ!道を開けてくれ!じゃないと痛い目を見ることになるぞ!!」

これは警告だ。
しかし、オオカミ達は低く唸るばかりで返事をしようともしない。
どうも退く気はないようだ。完全に見くびられている。
それどころか、徐々に包囲網を狭めてくる。

「なら仕方がない。一気に片付けるぞ―――ランブル!!」

ポケットの中から取り出したランブルボールを口に放り込み、噛み砕く。


(オレはもう、ただ弱いだけのトナカイなんかじゃない)


(ヒトヒトの実を喰った、トニートニー・チョッパーだ!!)




***




「おわっ!」

サンジの目の前に黒い塊が飛んできて、思わず奇声を上げてサッと避けた。
するとそれは、後ろを歩くウソップに直撃することになった。

「へぶッ!!」

驚きと衝撃で、ウソップはどさりと尻餅をついく。
ウソップの上にのしかかる黒い物体を見てみたならば、それはオオカミだった。
人の身体ほどもある大きなオオカミが、すっかり目を回して伸びている。
その額には、桜の花びら型のひづめの跡が刻印されていた。
鮮明なひづめの跡を見て、サンジはニヤリと笑みを浮かべた。

サンジとウソップがオオカミが飛んできた方向に行ってみると、そこには打ち倒されたオオカミが4頭、かすり傷一つ負ってないチョッパー、そして木の根元でぐったりと横たわっているナミがいた。
チョッパーが改めてナミを背負い、4人一緒に森を抜け出した。
人里近くまで出てきたところで、ルフィ、ロビン、フランキーとも合流し、皆で揃って町の診療所へ赴いた。
ナミを町医者に診せている間、待合室ではチョッパーが話題の中心となった。

「心配したぜチョッパー。でもなかなかやるじゃねぇか。」
「オオカミ全部やっつけたんだってなぁ!すげぇじゃん、お前!!」
「大したもんだぜ。さすがは俺様の一番弟子だ!」
「お姫様を立派に守り通すなんて、まるで騎士ね。」
「そ、そんなに褒められたって、嬉しくなんてないぞコノヤロ〜〜!」

チョッパーが踊っている時、バタンと診察室のドアが開き、サンジが顔を出した。

「おい、ナミさんの意識が戻ったぞ。」

皆でドヤドヤと診察室に入っていくと、真っ白のベッドに横たわったナミが顔を皆の方に向けた。
まだその表情は弱々しいが、顔色は明らかに森の中にいた頃よりかはずっと良くなっていた。

「ナミ・・・・大丈夫か?」
「うん、おかげさまで。」
「ごめんな、オレのせいで。」
「罠に引っかかったのは別にあんたのせいじゃないでしょ。それよりもありがと。チョッパーが守ってくれたんだって?」

サンジくんに聞いたわと、ナミがにっこりとチョッパーに笑いかけた。
その笑顔を見て、無事守ることができて良かったと、チョッパーは心底思った。
それをきっかけに、再びチョッパーの武勇伝の話で盛り上がる。
皆で一斉にチョッパーを褒めそやし、小突き回し、チョッパーが一人照れまくる中、ハタと気づいてナミが言った。

「ところで、ゾロは?」


「「「「「「 ・・・・・・・・・・・・・あっ・・・・・・ 」」」」」」




FIN



<あとがき或いは言い訳>
昨年、ちょっと行き過ぎた感があったので(汗)、今年はピュアなチョッパーに戻してみました。
え?あっちの路線の方が見たかった?^^;
でもタイトルがアレなんで、誤解してくださってどうもありがとう(ウフフv)。

ゾロオチはですね、先月がゾロ誕期間でかっこいいゾロを見せ付けられたので、ついつい嫉妬心がメラメラと・・・・ごめんねゾロ(笑)。

CARRY ON様のチョッパー誕『RUMBLE BOMB!7』に投稿させていただきました。チョッパー、誕生日おめでとう!あなたに心からの祝福を!!



 

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