「オレンジ色の髪の女?そういえば、昨日の競りでそんな女が混じってたな。
ええっと、誰が落札したっけ?」

男が、隣りに立つ友人らしき人物に問い掛ける。

「マギーが落としたよ。確か。」

「マギー?」

ゾロが反問する。

「そう、この街一番のストリップ小屋の経営者さ。」






オレンジ色の髪の女





昨夜、ナミが船に戻ってこなかった。
と、今朝、ゾロはウソップから聞いた。

昨日、ナミと買出しに出たはいいが、はぐれてしまい、朝にどうにか船に辿り着くまで、ゾロ自身が街を彷徨っていたからだ。
自分なら、それも分かる。しかしナミは。
ナミが道に迷う訳が無い。
これは何かあったとしか考えられなかった。
ゾロは踵を返して、再び街へと向かった。


ゾロがなけなしの金を二人の男に握らせて得た情報によって、「その店」にやってきた。





「ダメ!ダメ!今のところ、もう一度!」

「そこで、ターンして。そう。」

「もっと足を広げながら!もっと妖艶に!」

ゲキを飛ばす女性の声が何度も響く。
踊り子がやり直しを命じられたところにもう一度戻って、踊りを再開する。
もうこれで何度目だろうか。
踊り子の身体から、汗が滴り落ちる。

「ただ脱げばいいってもんじゃないのよ!優美に!そして、もっと劣情をそそるように!あんたはプロなんだからね。」

しかし突然、踊り子は体を動かすのを止め、胸と下半身を小道具である薄布で覆った。
踊り子の視線は店の戸口に釘付けになっていた。
その視線を追って、マギーも戸口の方を見やる。
緑頭の男が立っているのが目に入った。
マギーはちっと舌打ちする。

「営業時間はまだだよ。出直して来な!」

大方、早く来すぎた客だろうと思ってそう言った。
普通はそれでバツの悪そうな顔をして、出て行くものだが、その男は違った。
尚も、その場から立ち去ろうとはせず、こともあろうに段々と近づいてくる。

「なんだい?見回りかい?うちはちゃんと営業許可を取っている・・・」

そこまで言いかけたところで思わず、マギーは息を呑んだ。
男がそばまで近づいてきて、ようやく気づいた。
射すくめられるほどの、その男の鋭い眼光に。
ただ者じゃない。
彼女の勘が脳裏でささやく。

「・・・・あんた何者よ?」

自ずと勢いを殺がれた声になってしまった。

「海賊だ。あんたがマギーか?」

ようやく口を開いた男から、自分の名前が出てきた。

「そうだけど・・・・。」

「オレンジ色の髪の女を知っているだろう。」

その問いでピンと来た。
では、この男は、あの女の知り合いなのかと。
昨日、自分が、人身売買の競売で競り落とした女。
男は海賊だ、と言った。では、あの女も海賊なのか。

マギーは無言のまま、ゾロを店の奥に通した。





ナミは、簡素なベッドの上で顔を覆うまでシーツが掛けられて、眠っていた。
オレンジ色の髪だけが、僅かに覗いて見える。

しかし、そのシーツが、まるで遺体の顔に掛けられる白い布のようにも見えて、ゾロは眉を顰めて近寄ると、一気にシーツをナミの足元辺りまで引き剥がす。
次に目に飛び込んできたものに、ゾロは切れ長の目を一層細めた。
ナミの左半分の顔面に、痛々しい包帯が巻かれていた。

「そのケガは、捕まる時にそのお嬢ちゃんがやたらと抵抗したもんだから、やられたのさ。」

それと気づいたマギーが補足するように説明する。
ゾロは返事をせず、そのままベッド脇にひざまづくと、ナミの頬に手を伸ばし、軽く叩いた。
しかし、ナミは目を覚まさなかった。

「あと、2時間くらいは起きないよ。ここに来てからも、あまりにも暴れるから、強い麻酔を打ったからね。」

「一体何があったんだ。」

ゾロは立ち上がると、マギーの方に向き直った。

「昨日ね、他所の店の子なんだけど、足抜けしようとしてね。でも捕まっちまった。バカだよ。そんなに簡単にこの世界から逃げ出せるわけがないのに。」

ゾロはジッとマギーを見つめる。そんな余計なことは聞きたくないとばかりに。
マギーは肩を竦めて話を続けた。

「足抜けしようとすると、見せしめにリンチに遭う。昨日もそうだった。
そこへこのお嬢ちゃんが通りかかって、止めようとしたのさ。
でも、逆にとっつかまって、競りにかけられて、この有様。」

「・・・・。」

「ま、勇気は認めるけど、ツメは甘いね。でも私はその心意気を買ったってわけ。それにこの娘、すごくイイ身体してるからね。きっといいストリッパーになるよ。」

マギーの、ナミの身体を舐めまわすような視線から隠すように、ゾロはシーツを今度は引っぱり上げて、ナミの肩の辺りにまで掛けた。

「この顔のケガが幸いしたよ。競りにかけられ時は、額から血は流れてるし、顔の半分は腫れててね。この娘、それが無けりゃかなりの器量良しだろ?顔がいいと、競りには出されずに、即、好色ジジイに高値で売り飛ばされるからね。」

その言葉に益々、ゾロは眉を顰める。

「事情は分かった。だが、コイツは返してもらう。」

「いいよ、って言ってあげたいところだけど、そうもいかないよ。私もこの娘に投資したわけだからね。元は取らせてもらうよ。」

「ナミをいくらで買った?」

「800万ベリー。」

随分低い額だな。
ナミが知ったら、頭から湯気を出して怒るに違いない、と不謹慎にもゾロは思った。

「この辺りの元締めというのは賞金首か?」

「そうよ。ほとんど海には出なくなったけど、そこそこに名の通った海賊で、額は1000万ベリー。」

「じゃ、お釣りがくるな。」

その言葉に、マギーの目が見開かれる。

「って、あんた、まさか!奴を殺る気?」

「だったらどうする。」

「無理よ!奴が、奴等がどんなに強いか!10年間もこの地区一体を支配してるんだよ?海軍だって、見て見ぬ振りをしている!」

「そんな相手なら、ぜひ手合わせを願いたいもんだ。」

そう言いながら、ゾロは刀に手を掛けた。
その時になってようやくマギーは気づいた。ゾロの腰にある三本の大刀に。

“海賊狩りのゾロ”

イーストブルーにいる者なら、その名を知らぬ者はいない。

これがあの有名な海賊狩りのゾロ。
もっとむくつけき男かと思っていた。
こんなに若いとは。
しかし、やはりこの男なのだと信じさせる何かがある。

この男なら。もしかしたら。

「で?その元締めはどこにいる?」

そう言いながら、ゾロは踵を返すと、さっさと戸口へと向かう。
マギーは慌てて、その後を追った。

「奴等は、1ブロック先のシャングリラっていうカジノにいる。でも、わざわざ行く必要はないよ。」

語尾が、ささやくような声になった。
マギーはゾロの腕を引っぱり、外へと出た。そのままゾロと向かい合わせに立つ。
ゾロは訝しげにこちらを見つめてくる。
相変わらずの意思の強さを感じさせる眼光。
この男に賭けてみよう、そう思った。

「こうしたら・・・・向こうからやってくるわ・・・・。」

そう言って、マギーはゾロの両肩に手を置いて爪先立ちになると、ゾロの唇に自らのそれを押し当てた。

ゾロは不意打ちをくらって驚いたが、すぐに唇とともに、しな垂れかかってきたマギーの身体を引き剥がした。

「何のマネだ。」

顔をしかめ、忌々しげな声。
しかし、マギーは妖艶な微笑みを漏らすと言った。

「私はこう見えても、奴の情婦なの。そして、私に変な虫がつかないか、いつも見張られている。だから、こんなことしたら、奴の方からすっ飛んで、出向いてくるってわけよ・・・・。」

今度はもろ腕をゾロの首に巻きつけて、顔を近づけていく。
が、ゾロは顔を逸らした。

「何よ。キスしたことないわけでもないんでしょう。それとも彼女への義理立て?」

「・・・・。」

「彼女、あんたの恋人?」

「違う。」

これには即答。
マギーは一層妖しく笑う。

ゾロが、ナミを一目見たときに、微かに安堵の溜息を漏らしたのを、マギーは聞き逃さなかった。
そしてその時の表情も。
決して狭い街ではない。そんな中で、この男は、この地区のこの店まで辿り着いた。
おそらく相当な人数に聞き込みをしたにちがいない。
そして、今また、彼女を取り戻すために動こうとしている。

「でも・・・・キスするような関係になりたい・・・・と思っている、違うかしら?」

ゾロは答えない。

「彼女と・・・・キスしたいんでしょ?」

「・・・・。」

手をゾロの後頭部に回し、顎に手をかけ、顔を正面に向けさせた後、髪をまさぐる。

「それなら、予行練習が必要よ・・・・彼女と極上のキスをしたいなら・・・・」

ゾロの深い緑の瞳を覗き込み、囁いた。

「私を・・・・彼女だと思って・・・して・・・・」

マギーは最後まで言い終わることができなかった。
次の瞬間には、ゾロが噛み付くように唇を合わせてきたから。
腰に手を回されて、締め上げるように抱きすくめられて、隙間なく唇を覆われる。

「あっ。」

激しい口づけに、すぐに息が上がって僅かに唇を開くと、すかさず舌が進入してきた。
歯列を舐め上げられた後、舌を絡め取られ、強く吸われる。

容赦のない、獰猛とも言えるキス。
先ほどまでのあんなに冷徹だった男からは想像もできない。
何が男をこのように変えたのか。

すぐに思い当たった。
先ほど自分が言った言葉。


“私を彼女だと思って”


あのオレンジ色の髪の女。

あの娘が、この男を変えたのだ。
これが、この男の本心。
あの娘にこんな風にしたいと―――


自分でそうしろとそそのかしたにもかかわらず、微かに嫉妬で胸が焦がれた。





どれくらいそうしていただろうか。道の往来で、誰はばかることもなくキスを交わした。
やがて、背後でジャリっという砂を踏みしめる音がした。
来た、と思った。


ゾロはゆっくりとマギーから顔を離し、音の方を見やる。

「お楽しみのところ悪いが、そういうことは俺の目の黒いうちは止めてもらおうか。」

低い声。
2メートルはあるかと見まごう大男が、5人の舎弟を連れて立っていた。
大男は黒髪をオールバックにしているため、後退した額が強調されているが、今なお血気盛んな様子が見て取れる。四角い顔に、片方の目に黒い眼帯。もう片方の目からはゾロに劣らぬ鋭い眼光が光る。

そんな相手を見てもひるむどころか、ゾロは、

「随分とお早いご到着だな。」

と言って、ニヤリと笑う。

元締め自ら直々のお出ましとは。
よほど、この女にご執心ということらしい。

「俺の女に手ぇ出すんじゃねぇよ。」

なお一層の重低音の声でそう吐き捨てるように言いながら、大男は勢い良くサーベルを鞘から引き抜く。
舎弟達もそれに倣い、ゾロを取り囲むように散った。

「その言葉、そっくり返すぜ。」

ゾロも二刀を抜くと、斬り合いが始まった。





マギーは目の前の光景が信じられなかった。
10年前に自分を買い、蹂躙し、支配し、この身を骨の髄までしゃぶり尽くすに違いないと思っていた男とその仲間が、ボロキレのように、地面に転がっている。
その後、海軍がやってきて、元締め一味は連行されていった。

マギーの手に、1000万ベリーが残された。


店の奥から、ナミを背負ったゾロが出てきた。
ゾロがマギーの手にあるお金に気づく。

「金は手に入ったな。これでナミは返してもらう。文句はないだろ。」

「え?ええ。」

そのまま、ゾロが立ち去ろうとするのを、マギーは呼び止めて言った。

「ありがとう。」


解放してくれて。


ゾロから、「別に、ついでだ。」との答えが。

ああ、きっと、
この男には私の事情なんてお見通しなんだ。


ゾロが再び立ち去ろうとする後ろに追いすがり、マギーはずいっと口をゾロの耳に寄せて、囁いた。

「あのキス、最高だったわ。」

そして、背負われているナミのオレンジ色の髪を見つめて、
いつか、彼女にできるといいわね、と暗に伝える。


言われるまでもない、という返事が返ってきた。





***





幾日かが過ぎて、ナミの顔面の包帯が取れた。
いつものような笑顔が見られるようになった。
夏の陽光によって、オレンジ色の髪が一層輝く。
ゾロはそんな様子を眩しい思いで見ていた。


ある日、後列甲板で二人きりになったとき、ナミがゾロに改まって礼を言ってきた。
そして、

「ねぇ、ゾロ、ひとつ訊きたいことがあるんだけど。」

「あ?」

「あの女の人とキスしたの?」

「あぁ??」

「あの言葉だけが耳に残って離れないのよね。」


“あのキス、最高だったわ。”


あの時、マギーがゾロの耳元に口を寄せたことによって、その言葉は、背負われて、意識が回復しかけていたナミの耳にも届いてしまったようだ。

「ねぇ、したの?」

再度、ナミが思いつめたような真剣な表情で訊いてくる。
あまりのことに、ゾロは始め口をパクパクさせていたが、やがて、

「て、てめぇは!ずーっとグースカ眠っていやがったくせに、どうしてそんなどうでもいいことだけ、聞いてやがるんだ!」

と叫ぶ。
しかし、すかざすナミも返した。

「どうでもいいことなんかじゃないでしょう!どうなのよ!」

「そ、それは・・・。」

嘘がつけないゾロ。口篭もったことで、真実を伝えてしまう。

「そんな・・・・!」

それで全てを理解して、ナミはゾロを見つめたまま、しばし絶句した。
やがて、瞳に微かに涙を浮かべて振り返ると、無言でそのまま足早にその場を立ち去ってしまった。

「あっ・・・・。」

ゾロの手が虚しく、離れていくナミの後姿を追うように伸ばされた。



ゾロが、ナミとキスできる日は、まだまだ遠そうだ。







FIN




 

<あとがき或いは言い訳>
いろいろとごめんなさい(T_T)。もうしません(←ホンマか?)。
ルフィとサンズィも、ゾロと同じく街へナミを探しに行っています。
ゾロが、ぞの熱意で一番最初にナミを発見できたということで、お願いいたします。
それにしても、私、よくナミにケガをさせてるような・・・。

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