午後3時、久々に停泊した港を後にした。
ナミの天気予報によると、この付近が好天なのは夕方までで、その後は嵐が来る。
それが来る前に出航して沖に出てしまいたい、ということだった。
出航の一仕事の後の疲れた身体を癒すには、甘いものがもってこいだ。
時間も丁度おやつ時。サンジはクルー達のためにお菓子を出すことにした。
おやつの時間
キッチンのシンクの引き出しから包丁を取り出す。
そこでサンジは一つ思い出して舌打ちした。
(しまった・・・・せっかく陸に上がったのに忘れてたぜ・・・・。チッ、俺としたことが)
溜息つきつつ、まな板の上に乗せたルビーのように赤く輝く大粒の苺に包丁を立てた。
何の抵抗もなく、スーッと苺は二つに切られた。
もう一度、切れ目を合わせれば、切られてることなど分からないくらいの見事な切れ目だ。
(え・・・・なんで・・・・)
サンジは見事な切れ目を見つめたまま、脳裏に一人の男を思い浮かべた。
それは―――緑頭の男。
(あの野郎・・・・)
一瞬浮かびそうになった笑みを必死で噛み殺し、サンジは作業に戻った。
***
「おら、今日のおやつだ。ありがたく受け取れ!」
ゾロが前列甲板で寝ていると、いつものようにぞんざいな口調でサンジがおやつを持ってきた。
ゾロは甘いものをあまり得意としないが、基本的に出されたものは残さず食べる主義だ。そうしないとコックがうるさいというのもある。
ゾロは面倒くさそうに起き上がり、サンジからおやつの乗った皿を受け取った。
果たして今日のおやつは、シュークリームだった。
こんがりと焼き上がったシューの腹から、たっぷり白い生クリームがはみ出していて、真っ赤な苺も見えている。
ボリューム感あふれるシュークリーム。バニラエッセンスの甘い香り。
美味しそうなのではあるが、これを食べたら絶対・・・・
「茶が欲しい」
ゾロは正直に呟いた。
「ああッ?」
聞く耳を持つ相手とは思っていない。ましてやナミやロビンならいざ知らず、自分の要望など聞き入れそうにもないのだが、あえて言ってみる。
「こんなん食ったら、喉が渇く。絶対に茶が欲しくなる。」
「・・・・わーったよ。持ってくるから、ちょっと待ってろ。」
その言葉に、ゾロはシュークリームに落していた目線を上げた。
既にサンジは後ろ姿を向けて、キッチンに戻っているところだった。
そんなサンジに、少し、いやかなり違和感を感じて、ゾロは尻の穴がムズムズした。
いつもなら、もっと喧嘩口調が返ってくるはずなのだが。
間違っても、ゾロの言うことに従順に従うようなヤツじゃない。
(調子でも悪いのか?あいつ?)
まあいい。コックの体調なんざ知ったことではない。
ゾロは気を取り直し、目の前のおやつを食べることにした。
ゾロが大口を開けた時、
「あああーーーー!ゾロ、お前ズルいぞ!!」
ルフィだ。
明らかにゾロが食べようとしているおやつに対しての発言。
目を向けると、ルフィが目を剥き出しにして、ゾロに向って指を突きつけていた。
渋々、一旦開けた口を閉じた。
「何がズルいんだ。てめぇだって、もう食ったんだろ?」
「食った!速攻で食った!」
「なら文句言うな。」
「いや言うぞ!お前のシュークリームの方が、俺のよりデカイ!」
「はぁ?」
「俺のはこんなにデカくなかった。こんくらいだった。」
そう言いながら、ルフィは両手の人差し指と親指を合わせて、円を作って見せる。
確かにゾロのシュークリームよりかは遥かに小さいが、直径2センチにも満たない円なので、明らかにルフィが誇張して言っているとしか思えなかった。
「気のせいだ。他人の芝生は青く見える。そういうもんだ。」
「そんなことないぞ!俺のより少なくとも15%は大きい!」
「パーセンテージなんて・・・・お前が言うのか。」
ルフィは、食べ物のコトになると急に算数ができるようになるので驚きだ。
「おし、今、しょうこを見せてやる!」
ルフィは右手を振りかぶり、ビューーーン!とゴムゴムの手を伸ばした。
その手は、今正にシュークリームを頬張ろうとしていたウソップの口元からシュークリームを奪い取り、ルフィ達のところまで戻ってきた。
ウソップはマストの下に座り込んでおやつを食べようとしていた。
噛み付こうと思っていた目的物が突然無くなって、ウソップは「ガチン!」と己が歯を噛み鳴らすことになった。
これ、経験者はお分かりでしょうが、けっこうショック大きいです・・・・。
「ホレ見てみろ!絶対にお前のヤツの方がデカいだろ!」
ウソップから奪い取ったシュークリームをゾロに見せつける。
ゾロは自分が手に持つシュークリームと、ウソップのそれを見比べた。
なるほど。確かに自分のヤツの方がでかい。
ゾロのがゾロの拳大だとすれば、ウソップのはナミの拳ぐらいの大きさだろうか。
その違いは明白だった。
「なんでお前のだけデカイんだ!ずるいだろ!」
「たまたまだろ。作ってたら大きいのも小さいのもできんだろ。それでたまたま大きいのが俺に回ってきただけだ。」
と言いつつも、ゾロも少し疑問に思う。
サンジはルフィの食い意地の悪さをよく知っているから、普通なら大きい方をルフィに回すだろう。
「ルフィ!!俺様のおやつをとるなー!!」
「あ、やべぇ」
とうとうウソップが乗り込んできた。両拳を天に突き上げて怒っている。
しょうこいんめつだ、と言ってルフィは小さい方のシュークリームをペロリと食べた。
「うわー!食べやがった!俺のおやつー!」
「ウソップ、これには重大な理由があるんだ!ゾロのふせいを正すために。」
「誰が不正かッ!!」
「なになに?ゾロのシュークリームが俺たちのよりデカイ?」
ルフィの言う理由を聞くと、ウソップは早々に怒りの矛先を納めた。
ゾロの手にあるシュークリームをじっと見つめる。
「そうかぁ?俺のもこんなもんだったような気がするが・・・・」
「ウソップの目は節穴だな。よし、今日からそう決まった。」
「勝手に決めんな!オイ、まだ食ってないヤツっているのかな?見比べてみてぇよ。」
辺りを見渡すと、後列甲板にチョッパーがいるのが見えた。
船の欄干にもたれてスヤスヤと寝息をたてている。時折、鼻ちょうちんを作りながら。
そのそばには、空になった皿。もう食べ終わった後なのだ。
「だめだこりゃ」
ルフィが非情にも言う。使えないヤツだと頭を振りながら。
もしチョッパーが直接聞いていたら、泣き出していたかもしれない。
「これではダメかしら?」
背後から突然、透き通った声が聞こえた。
ロビンだ。振り向くと、ロビンとナミが一緒に立っていた。
ロビンはやさしげな眼差しで、自分のおやつを3人の前に差し出した。
「あんた達、ごちゃごちゃうるさいのよ!ゆっくりおやつも食べられないじゃない!!」
反面、ナミは険しい顔をして、両手を腰に当てて仁王立ちの姿勢。
「おおお!ありがとな、ロビン。これでしょうめいできるぜ!」
「証明でしょ。ちゃんと漢字で言いなさい。判読できないから。」
「ほれ、見てみろ、ウソップ。全然違うだろ!」
「ホントだ・・・・ゾロのだけデカイ。」
「なになに?なんの話?」
ルフィはナミとロビンに事情を説明した。
「なるほど。確かにゾロのだけ大きいわ。私のもロビンと同じ大きさだった。」
神妙な顔つきでナミが言う。
「だったらなんだっつんだよ!別にいいだろ、それくらい。」
「よくないぞ!船長を差し置いてお前だけエコヒイキされるなんて!」
ルフィは自分がエコヒイキされるのなら文句はないのだろうが・・・・。
「コックさんにしては珍しい失敗だわね。いつも大きいのは船長さんにあげるのに。」
「実は、今回だけじゃねぇんだ!」
「え?ルフィ、どういうこと?」
「3日前も、ゾロのおやつだけデカかった!」
新証言である。
「ルフィ、アンタはなんでそんなことだけ記憶力がいいわけ?」
「3日前に何かあったのかしら?コックさんと剣士さんの間で?」
どこか意味深なロビンの言い回しに、ゾロが眉をしかめてロビンを見る。
そして、ふと思い当たったことがあった。
「ああ、3日前といえば。コックのヤツ、包丁で指を切りやがって・・・・」
ガシャンとシンクの中に包丁が落ちる音がして、ゾロは寝てる目を開けた。
そこには、切れた指を見つめながら、しばし茫然としているサンジ。
指からはダラダラと血が流れている。
それなのにサンジは何もしようとしない。
ゾロはついとサンジに近づくと、シンクの蛇口を捻って水を出し、サンジの手を掴んで半ば強引に流水で血を洗い流させた。
ただそれだけのことだったのだが。
その日のオヤツは豪華だった。ゾロの分だけ。
それはゾロも認める。
なんで・・・と思ったが、ハタと気づく。
そうすることが、サンジなりの感謝の示し方なのだろうと。
「へぇー、そんなことしてあげたんだ、ふーん。」
ナミの言い方にどこか険が含まれており、それが引っかかってゾロは今度はナミを睨みつけた。
「ということは?今日もサンジくんのために何かしてあげたってこと?」
そう言われて我に返る。今日の出来事を反芻してみるが、サンジとの接点は一切無かった。
そもそも昨日の朝から今日の昼までは、陸の上で過ごしたのだ。
船に戻ってくるまで、サンジと会うことすら無かった。
「何にもしてないって顔ねー。」
「じゃあ、もう理由は一つしかないわね。」
そう言ったロビンの方を、全員が見つめる。
「コックさん、剣士さんのこと、好きになっちゃったんじゃない?」
ロビンのさらりとした、それでいて決定的な言葉に、全員が時が止まったようになった。
コックさんが剣士さんを・・・・サンジがゾロを・・・なんだって?
真っ先に時を取り戻したのはゾロだ。
「てめぇ!あんまりアホなこと触れ回ると、その舌、ちょん切るぞ!」
額に青筋を立てながら剣呑な目でロビンを見つめ、凄みを利かせた。
「まぁ、怖い。でも、もしそうするなら、あなたの歯で噛み切ってほしいわ。」
ロビンは妖艶な笑みすら浮かべて尚も言ってのける。
ゾロは一瞬その様子を想像してしまい、硬直した。
「でも、ロビンの言うことは一理あるわ。」
そんなゾロに冷ややかな視線を送りながらナミが言う。
「サンジくんは3日前の出来事がきっかけに、ゾロのことが気になりだしちゃったのかもよ♪」
「そうね、思わぬ剣士さんの優しさに触れてね。昨日一日置いて、その想いはドンドン膨らんでいったと・・・。」
面白がって喋るナミに、悠然とした態度のロビンが話を合わせる。
女ってどうしてこういう話が好きなんだろう・・・・とウソップは思った。
ゾロは呆れてもう言葉も出ない。勝手に言ってろという風情だ。
「三度の食事でゾロの分だけ豪華だったら丸分かりだし、皆から文句が出るでしょ?だからおやつで差を出しているのよ!」
「なるほど。おやつの時は、みんなバラバラで食べることが多いものね。つまり、おやつの時間はコックさんのアプローチタイムというワケね。」
「あのーみなさんお揃いで・・・・どうしました?」
そこへ話題の張本人、サンジ登場。
彼は茶の入った美しいティーカップの乗ったお盆を捧げ持っていた。
「あらー、サンジくんこそ、どうしたの?」
ナミがにんまりと微笑んで問う。
「え、単にそこの緑頭に茶を持ってきただけです・・・・が。」
笑顔でありながら、いつになく迫力のあるナミに対して、サンジの返事は尻すぼみだった。
サンジがゾロに茶を・・・・。
何気ない言葉に聞こえるが、重大な事実が隠されていた。
サンジは他の連中―――女性陣にさえ茶を運んではいなかった。
真っ先にゾロに茶を運んできたのだ。
つまり、意中の男に真っ先に?
――――ぞくぞくぞくぞくっ
その事実に、ゾロは自分の背中を冷たい何かが這い登っていくのを感じた。
一気にクルー達の雰囲気が張り詰める。
ゾロとウソップとナミが、サンジから微妙に距離を置くように身体を離した。
「サンジッ!お前、ゾロのことが好きなんだろ! だからってエコヒイキは良くないゾ!!」
そんな雰囲気をあっさり壊すように叫んだのはルフィ。
ああ、言っちゃったよ、このヒト・・・・。
「ああ?!なに気色の悪いこと言ってやがんだ!!」
しかし、サンジは殺気さえみなぎらせて、すぐさまルフィに言い返した。
「でもサンジくん。今日のオヤツのシュークリームはゾロの分だけ大きいわ。これは明らかに差をつけてない?」
そう言いながら、ナミはゾロのシュークリームとロビンのシュークリームを並べてサンジに見せた。
「そ、それは・・・・」
厳然とした証拠を見せつけられて、サンジが動揺する。
その反応を見逃さず、ナミは更に言った。
「3日前のことは、ゾロへのお礼だったって分かるけど、今日のは理由がないわ。だからそうじゃないか――って話になったのよ。」
「と、とんでもない誤解だよ、ナミさん!3日前のことも知ってるんなら言うけど、今日のだってホンの礼のつもりだったんだ。」
慌てたサンジが必死に弁解する。
「礼?おかしいわね。剣士さんは今日はあなたに何もしてないって言ってるわよ?」
「え?・・・・じゃ、違ったのか?よく切れるようになったから、てっきり俺・・・・」
「なに、どういうことよ?話が見えないんだけど。」
切れる・・・・なんのことだろう?
ナミは怪訝そうな顔をして問いただす。
「包丁がね、全然切れなくなってたんです。それで、砥ぎたかったんですが、生憎砥石をすり減らしてしまっていて。新しいのを買おうと思ってたんですよ。」
「じゃ、3日前、包丁で手を切ったっていうのは・・・・」
「そう。包丁の切れが悪くてね、ちょっと力を入れたら誤って指を切ってしまったんです。包丁で指を切ったのなんてあまりに久しぶりだったんで、ちょっと茫然としてたんですよ。そしたらコイツが・・・・」
サンジはかなりバツの悪そうな顔でチラリとゾロを見た。
血を流して立ちすくむサンジを、ゾロは異様だと感じたのだろう。
普段なら決して自らコックに関わろうとなんてしないのに、手を出してしまったのは。
「表立って礼を言うのは照れくさかったんで・・・・それでおやつに差をつけさせてもらいました。」
サンジが観念したように告白する。
まるでナミとロビンに向かって懺悔でもしているかのようでもあった。
「じゃ、今日のおやつの差のなんでなの?」
「あ、そうそう。それで、昨日陸に下りた時に砥石を買おうと思ったんですが、うっかり買い忘れてしまって。ところが、今日苺を切ったら見事な切れ味に戻っていたんです!で、そこの緑頭が砥いでくれたのかなーと思ったんですよ。」
なるほど。
3日前にサンジが包丁で手を切ったことを知るのはゾロだけだ。
それでサンジは包丁の切れが悪くなっていることを、ゾロだけは知っていると思ったのだろう
―――実際は、ゾロはそんなことに気づいてはいなかったのだが
それにこの船の中で砥石を持っているのは、サンジ以外ではゾロだけだ。
だから包丁を砥いでくれたのは、ゾロなのだと思い込んでしまった。
ゾロが親切にも影でコッソリと包丁の刃を研いでくれたと・・・・。
サンジのために・・・・。
それに対する礼のつもりで、今日もゾロのおやつにだけ差をつけたというわけだ。
「俺は包丁の切れが悪いなんて、全然気づいてなかった。」
ゾロは言った。そんな美談を一刀両断するが如く。
「ああ、今までの話で分かったよ。なんだよ、俺ぁサービスのやり損かよ。」
忌々しげにサンジは吐き棄てた。
まったく無駄なことをしたもんだ、と尚もサンジは言い続けた。
「ちょっと考えりゃ、そんなに気が回るわけないよな。お前みたいな鈍ちんに。」
「あんだと?!」
図星を刺されると、人は立腹するものなのだ。
それでも、誤解や曲解は解消されたわけで。
ルフィもサンジの誤解のためにゾロのおやつを増量したことが分かって、納得したようだった。
「もう二度とふせいはダメだぞ。」
「“不正”でしょ。アンタ、自分がされる方だったら文句言わないクチよね。」
「当たり前だ。それが正しいことだからだ。」
「ワケ分かんないわ・・・・。」
「そうだ、ルフィ。不正を正すなら、俺のおやつを勝手に食ったお前をどうしてやりゃいいんだ?」
「ハッ!ナニを今更。それにしょうこがない!」
「証拠は無くても証言はあるぜ。俺はお前がウソップのおやつを食ってるところを見た。」
「ほれ見ろ!不正は正さなくちゃな。俺のおやつ返せ〜!」
「ぎゃぁ〜!!」
ウソップがルフィの首を絞めて揺さぶる。ルフィは目を白黒させて抵抗した。
結局ゾロが自分のその大き目のシュークリームをウソップにやって、その場は収まった。
すっかり場が和やかになったところでロビンが言った。
「一つ分からないことがあるんだけど。」
「なぁに、ロビン?」
「包丁の切れは、どうして良くなったのかしら?」
「「「「「・・・・・・・・。」」」」」
昨日までは切れなかった包丁
サンジもゾロも、砥ぐことはなかった包丁
誰も何もしてないのに
どうして今日になって、突然切れるようになったのだろう・・・・
――――ゾクゾクゾクゾクッ
「グ、グランドラインだからよ!きっと!」
「そ、そうだ、グランドラインではよくあることなんだよな。夜中にコッソリ小人さんがやってくれたりな!ハハハハハ!」
「そうそう、そうなのよねー!アハハー。」
冷や汗を掻くナミとウソップの乾いた笑い声が響く。
なんでも最後にはグランドラインのせいにしてしまう。
真相を聞こうにも、グランドライン出身者のチョッパーはまだ夢の中。
FIN
<あとがき或いは言い訳>
ちょっとサンゾロっぽくスタート(ワハハ)。
でも所詮は愛が足りないから二人の会話が全然イキイキしてこないのな(笑)。
リハビリです。あまりに長く書いてなかったので、書けるか不安でした。
まずは1本書き上げてホッとしました。いやマジで。
でも、お話を書き上げるのはやはり楽しい。快感だ。出来はともかくな(汗)。
ところで話の意味、通じてます?(それが一番心配だったり(^_^;))