カウンタ3000を踏んでくださった本夛ヤンさんへ捧げます。
「塩とってくれ〜。」
昼の食卓で。
ルフィの間延びした声。
その要望に応えるべく、ゾロとナミが同時に手を伸ばす。
塩の容器の上で、二人の手が重なった。
りんごの頬
「おい、さっきのありゃなんだ?」
サンジは昼食の片付けを終えて、テーブルの椅子を引いて座ると、おもむろにまだ茶を啜っているゾロに話し掛けた。
「なんの話だ?」
しかし、問い返したのはウソップだった。
「再現してやろうか?俺がナミさん役。ウソップがゾロ役な。」
サンジはそう言いながら、何の気なしにテーブルの上に置かれていたウソップの手に、自分の手を重ね合わせた。
驚愕するウソップ。
一方のサンジはポッと頬を赤らめて、もう片方の手で頬を覆い、恥らうような仕草。
「って、こうよ。」
まるで瞬間芸のように、サンジはウソップから手を離すと、もとの調子で話し出した。
「「気色悪いマネするんじゃねぇ!」」
ゾロとウソップの声がはもる。
「一体何が言いたい。」
今度はゾロが問い返す。
「だからさ、さっきルフィが『塩とってくれ』って言った時のお前らの態度だよ。
手が触れ合った瞬間に二人とも顔赤くさせて、急いで手を引っ込めてたろ。
なんだありゃ?いまどき中学生でもあんな仕草しねぇよ。
見てるこっちが赤くなるっての。」
塩の容器の上で手が触れ合うと、まず顔を真っ赤に染めたのはナミだった。
それに気づいたゾロの頬もやがて紅潮していくという具合。
その後、二人同時に塩から手を離してしまい、
結局、塩を取ったのは要望を出したルフィ本人という始末。
「あのさ、単刀直入に聞くけど、お前らどこまでいってんの?」
「・・・・。」
「答えられないところまでしかいってないな?」
「ほっとけ。」
「手を繋いだことは?」
「・・・ある。」
「気持ちは伝え合ってるのか・・・?」
今まで黙っていたウソップが恐る恐る訊く。
「・・・・。」
「まだだよ、この人達。なんなんだ、この奥手さん達はーーーッ!!!」
サンジが頭を抱えながら叫ぶ。
「てめぇがキレんな。」
「だってよ?どう見たって、お前らアレなのに。なんでなんもないわけ?お前にその気がないの?」
「・・・・・。」
「男だったら、もっと堂々と迫ったらどうだ。ナミさんだって待ってるぜ、きっと。」
「・・・・お前は、何も知らないからそんなことが言えるんだ。」
そう言いながらゾロは立ち上がり、湯のみを流しに置くと、部屋を出て行った。
「おい、ありゃどういう意味だ?」
「さぁな。二人だけの事情があるんじゃないか。」
「二人だけのか…。なんにしても、クソうらやましいねぇ…。」
サンジはそう言いながら、フーッと長い煙を吐き出した。
***
そう、事態はそんなに簡単ではない。
ブツブツ内心呟きながら、ゾロはいつもの場所―――みかんの木のあるところへ向かう。
その日、ナミは脚立に上って、みかんの木の剪定に執心していた。
刈り取った枝葉を小ぶりな樽の中に次々放り込んでいる。
最近ナミは、この船に入ってきたばかりのみかんの木の手入れに余念がない。
移植した木が早く馴染むように懸命なのだ。
やがて、ゾロが傍まで来ていることに気がつくと、ナミはこぼれるような笑顔を向けた。
この笑顔。
自惚れなどではなく、自分に向けられる笑顔が一番最高だと思う。
この笑顔を見ていると、アーロンから解放される前にゾロ達に見せていた笑顔なんて笑顔ではなかった、とすら思えてくる。
それくらいナミの笑顔は輝くようになった。
魚人たちに囚われていた8年間、ナミの心の成長は10歳で止まっていたかのように、解放後は、すくすくと育ち始めた。
表情がぐんと豊かになった。
斜に構えがちだったのが、素直になった。
そんなナミの純真無垢な心の中に、一番最初に住みつくのは誰なのか。
サンジは懸命に奮闘したが、意外なことに、真っ先にその住人となったのは、ゾロだった。
今現在みかんの木が占領している場所は、かつてはゾロ指定の昼寝場。
それをみかんの木とナミに横取りされて、口論になったのがきっかけだったか?
しばらく陣地取りの攻防があって、そのうちにその場所を共有するようになった。
しきりにいがみあっていたのに、いつのまにかナミは、ゾロの前でよく笑うようになっていた。
警戒心ムキ出しだったナミの態度がみるみるうちにほぐれ、ゾロに対して気を許していくのが分かった。
旅で見聞きした話を聞かせてきたり、怖い話をして、自分で怖がったり。
なぞなぞを問い掛けてきたり、ゲームをしようと言ってきたり。
歌を教えて、一緒に歌おうとしたり(輪唱しようなんて言う。そりゃムリだとゾロは断った。)。
今では別の陣取りゲーム。
ナミの心の陣地を取るゲーム。
今日はここまで辿り着いた。
明日はどこまで行けるか?
しかし、10歳の女の子も、やがては少女になっていく。
ナミの心もしなやかに成長していった。
昔とは違う、別の警戒心が顔を覗かせる。
ついこの間のことだ。
いつものようにナミからみかんを手渡された時、うっかりとナミの手ごと握ってしまった。
そんなことをしてしまったことにゾロ自身がびっくりしたが、何よりも驚いたのは、ナミの反応だった。
みるみるうちに顔を真っ赤にして、ゾロの手を振り払った。
ナミが心を開くようになってから、こんな風に拒絶されたのは初めてだった。
ナミ本人が一番驚いているようで、その後すぐに振り払ったことを謝ってきた。
けれど、その後、手が肩が身体が触れ合うたびに、ナミがリンゴのように赤くなる症状は直らなくなった。
ナミの心がゾロを拒絶しているのではない。それは頭では分かっている。
ナミの女としての本能が、男であるゾロを警戒して激しく反応しているのだ。
そのことにはナミ自身が戸惑っているようで、必死でそのことを押し隠そうとしている。
心と身体がちぐはぐだった。
ゾロにしてみれば、男として意識されるようになったことは、少なからず嬉しかった。
今までは良くて友人、下手すると兄か父親扱いだったから。
それでも、ナミが頬を紅潮させるのに何度も出くわすと、いつまでも拒絶されているような気がして、一抹の不安と寂しさを感じる。
サンジの「手を繋いだことがあるか」との問いには、「ある」などと虚勢を張って答えてしまった。
実のところ、手を繋いだというよりも、手を引っ張ったことがあるという程度だ。
ナミと手を繋いでみたい。
それだけではない。
その先にも進んみたい。
そして、もちろん最後まで。
ナミが本当の仲間になり、誰よりもナミのそばにいるようになって、すぐにそう思っていた。
いや、実はもっと以前からそう思っていたのかもしれない。
そういう邪心をうまく押し隠して、無邪気なナミのそばにいた。
屈託の無いナミを見ていると、ひどく罪悪感を覚えたことも度々ある。
純粋な心で信頼されることが、心苦しかった。
でもそれが正直な気持ちだ。
けれど、手に触れるだけで、ナミはリンゴのように真っ赤になってしまう。
それなら、もしその先へ進んだら?
抱きしめたら?
キスしたら?
一体どんな風になってしまうのか?
想像できない。
想像できなくて怖い。
だから、
変にあせりたくなかった。
そんなことを、ナミが剪定する様子を見ながらぼんやりと考えていた。
「さてと、作業終わり!」
その言葉で、ゾロはハッと我に返る。
脚立の上から、ナミがゾロを見て、再びニッコリと微笑みかけてくる。
まぶしくて、思わず目を逸らしてしまう。
その時、
「ひゃっ!」
ナミが脚立から降りようとして、足を滑らせた。
ゾロの身体が咄嗟に動き、バランスを崩したナミの身体を抱きとめる。
と同時に、ガツンと響く鈍い音。
え?と思ってナミを見ると、ナミが顔を、正確には鼻を手で覆い隠している。
続いて、刈り込んだ枝葉を入れていた樽が、けたたましい音を立てて床に転がった。
どうやら、ナミは小脇に抱えていた樽の側面に鼻をぶつけてしまったらしい。
ゾロは、ナミの身体をゆっくりと降ろした。
ナミは俯き、両手で鼻を押さえている。
きゅっと閉じられた瞼の端から、相当痛いようで、涙が滲み出てる。
「見せてみろ。」
「いや。きっと変になってる。」
「そんなこと言ってる場合か!」
嫌がるナミの手を無理矢理どけて、その顔を覗き込むと、ひどく鼻血が出ていた。
ナミがポケットからハンカチを取り出し、鼻を押さえた。そのハンカチについた血を見て、ナミの瞳から新たな涙がこぼれた。
この船にはまだ船医がいない。
とりあえず、ナミを上向かせ、鼻をつまんで圧迫止血を行うよう促した。
血が喉に落ちるかなと一瞬思ったが、何が正しい方法なのかよくわからない。
ゾロに見られたくないのだろう、ナミは右手で鼻をつまみながらも、左手でそれを覆い隠していた。
それを察して、ゾロもナミに背を向ける。
やがて、気配でナミが階段を下りようとしているのがわかった。
「どこへ行く。」
「…バスルーム。顔、洗いたいから。」
ナミは振り返らず、背をむけたまま。
「俺も行く。」
ほぼ反射的に答えていた。
***
バスルームに二人で入り、ゾロが後ろ手でドアを閉めると、ナミはそのまま洗面台に向かい、顔を洗い始めた。
その様子を、ゾロはバスタブの縁に腰掛け、腕組みをして眺めていた。
手近にあるタオルで顔を拭き取った後、ナミは入念に鏡に向かって顔をチェックしはじめた。
一通り納得できたのか、ようやくナミはゾロの方に顔を向けた。
「おかしくないかな?」
ナミの表情は、幾分明るくなっていた。
それでもまだ顔のことが気になるのか、ゾロに尋ねてくる。
「どら。」
そう言ってゾロはバスタブから腰を浮かせて、ナミと向き合って立った。
そして、ナミの顔をまじまじと見つめる。
血は完全に止まっている。
鼻先は赤いが、付着した血はキレイに洗い流されていた。
そのままゾロは、ナミの頬に触れた。
ナミが少し顔を逸らし、ビクッとした反応を返す。
「何。」
「じっとしてろ。鼻の骨が折れてないか診てやるから。」
「え!」
「鼻は軟骨だから折れやすいんだ。」
そう言うとナミはおとなしくなり、そのままゾロの手を受け入れた。
ゾロが指を鼻に伸ばすと、ナミは反射的に瞳を閉じる。
みるみるうちにナミの頬がリンゴのように赤く染まっていく。
ゾロはそれを苦笑いしながら眺め、ゆっくりとナミの鼻梁を指でなぞっていく。
その後軽く鼻を左右から指で挟み、骨の具合を確かめてみた。
大丈夫なようだ。
ゾロは心からホッとした。
しかし、それも束の間。
次の瞬間には、ナミの表情に目が釘付けになった。
ナミはゾロよりも背が低い。だから、ナミの顔はゾロに向かって上向くことになる。
瞳を閉じているので、まるでそれはキスを待ち受けているかのよう。
朱色の頬。
艶を帯びたピンク色の唇。
普段なら、とっくの昔に警戒して離れていってしまう距離なのに、今日はおとなしくゾロの目の前に佇んでいる。
やばい。
人知れず、ごくりとゾロの喉が鳴る。
体温がにわかに上昇するのがわかった。
鼻に置いていた指を、ナミの右頬をくすぐるように動かす。
そのまま柔らかくて滑らかな感触を楽しんだ後、
上向いた顔を更に支えるように頬に手を添え、
もう一方の手を、ナミの肩に置いた。
そのまま、顔をゆっくりと近づける。
何も知らないナミは、ゾロを信じて、瞳を閉じたままで。
頭の中に響く警告音。
こんなこと、してはいけない。
けれど、このとき、
ナミを欲する気持ちの方が勝った。
「いや!!!」
いつの間に目を開いたのか。
今にも自分に口づけしようとしているゾロに驚いて、ナミがその身体をドンと突き飛ばした。
互いの身体が離れる。
ナミは洗面台に背を押し付け、できるだけゾロから距離を置こうと身体を逸らす。
ゾロに怯えたような目を向けた後、顔を逸らし、俯いた。
ゾロもバスルームの壁際を背にして立ち尽くし、呆然とその様子を見ていた。
拒絶されたこともショックだったが、
そんな視線を向けられたことの方が遥かにショックだった。
一瞬にして、失われた信頼の大きさに愕然とする。
しかしもう遅い。
自分が取った行動に弁解の余地は無く。
突然接近したナミとの距離に、理性が押し切られた。
先程、サンジに挑発された影響も否定できないかもしれない。
もっとナミの心が成熟するのを待つつもりだったのに―――――
「悪かった。」
それだけしか言えなかった。
無様で情けない。
それだけ言い置くと、ゾロはナミに背を向けてドアを開け、バスルームを出た。
ところが、
「待って!」
そんな叫びのような声とともに、ナミがゾロの背中にしがみついてきた。
驚きで言葉にならない。
「ごめん、ごめんね、突き飛ばしたりして。ゾロが嫌いなわけじゃないのよ。むしろ・・・」
ナミがゾロのお腹の前まで手を伸ばし、抱きつく。
「私、ゾロのこと好きよ。でも、まだ怖くて・・・・。
今はまだ、この気持ちしか、ゾロにはあげられない!!」
ナミの口から滑り出た決定的な言葉に、ゾロは全身が雷に打たれたようになった。
俺はバカだ。
何をあせっていたんだ。
先に進むだのなんだのって、そんなもんクソくらえだ。
気持ちが通じ合うことの方がずっと大事なことだったのに。
背後から回されているナミの手に、自分の手を重ね合わせる。
それだけで、ナミの身体に震えが走るのが分かった。
こんなにも怯えている。
それなのに、自分に気持ちを伝えるためにこんな勇気を出してくれた。
――――もうあせらない
ナミの気持ちさえ自分に向いているのなら、それ以上何を望むというのか。
「ナミ」
自分にできうる限りやさしい声でナミの名を呼ぶ。
今度は自分の番だ。
自分の気持ちを伝えよう
大切な言葉を伝えよう
FIN
<あとがき或いは言い訳>
別人28号小説、もとい!カウンタ3000のリクエスト小説でした。
3000を踏んでくださったのは、Cinderella*complexの本夛ヤンさん。
いただいたお題は「ゾロナミ(両思い)なんだけどまだ告白はしていなくて、どっちかっていうとゾロ→ナミ寄りな初々しいお話」でした。
初々しい―――この言葉でまず最初に連想したのが、冒頭にある手が触れ合って頬を染めるシーン(汗)。それにしても、またもやナミを怪我させたし、泣かせたし。ああ〜もう何してるんだか!
ヤンさん、さんざんお待たせして、さらにこんな出来で申し訳ありません。
返品可でございますよ(きっぱりはっきり)。
また、大変遅くなりましたこと、重ねてお詫び申し上げます!!!