暗闇の中、ナミさんと2人っきり。

と、言うと聞えはいいが、今はまさしく最悪の状態。
なんとかしなくては。
こんな所で窒息死なんて冗談じゃねぇ。
ナミさんと俺のバラ色の将来が駄目になっちまうじゃねぇか。

 

遭難

 

俺たちは無人島に来ていた。そこで今夜はキャンプを張ることになり、ジャンケンで準備の役割分担を決めたところ、奇跡的にも俺はナミさんとペアを組めた(なかなか無いことなんだコレが)。
ルフィとゾロが食材のケモノ狩り(狩ったそばから食うんじゃねぇぞ)、ウソップとビビちゃんとチョッパーがテント張り、そして俺とナミさんが焚き火用の薪拾い、といった具合だ。

俺とナミさんは連れ立って出発。浜辺には薪なんて落ちてないから内陸へ向かう。実は途中まではルフィ達と一緒だった。しかし獲物が現れて、2人は猪突猛進でそれを追いかけて行ってそれっきり。

「あいつら戻って来れるのかしら。」

少し心配そうなナミさん。そりゃそうだ。あの2人は仲間の中でも筋金入りの方向音痴。

「島を一周して戻ってくるでしょう。」

俺がそう言うと、ナミさんはフフと笑って、それもそうねと答えた。


俺も方向を失う方じゃないが、ナミさんはもっとすごい。すぐに土地勘を掴んでしまう。なんでも、島の岩や土などを見たら、島の組成が分かり、それが分かればどんな形状の島かも見当がつくのだという。迷いもなく俺を薪の落ちていそうな森林へと導いていく。
そこで俺たちは薪拾いに精を出す。両腕で抱えるほどの薪を縄で縛り付けた頃。

「やばい。」

ナミさんが呟いた。顔はいつもの航海士の顔。気候を読み取っている時の表情だ。

「一雨くるわ。あー、薪拾いに夢中になり過ぎて気付かなかった!!なんて間抜けなのかしら!」

見上げると俺にも分かるほど、雲行きが怪しくなってきていた。どんよりとした黒雲が垂れ込めている。
ナミさんは本当に悔しそうだ。このままではせっかく集めた薪に雨水がかかって使い物にならなくなってしまう。

「どこか雨宿りできるところを探そう。」


それで辿りついたのがこの洞窟だった。見つけたのは俺だったのだが、ナミさんのお気に召すか心配だった。ナミさんは初めて入る巣穴を探るメスギツネのような慎重さで洞窟を窺う(キツネはオスがメスのために巣穴を用意するんだ)。しかしあまり時間がなかった。

「ま、とにかく入りましょ。このままじゃ濡れて―――」

とナミさんは言った瞬間にすごい勢いで雨が落ちてきた。ザザーッと。

「危機一髪だな。」

なんとか2人とも薪を濡らさず洞窟に潜り込んだ。

「そうね。」

ナミさんは苦笑い。
洞窟の中は存外に広く、居心地のいいところだった。どうやら今までも人に使われたことがあるような形跡があった。かつてこの無人島にやってきた冒険者達に同じように雨宿りか、つかの間の家として用立てられたようだ。
俺たちは洞窟の入り口からの光が届く範囲のところで座り込んだ。

「ルフィ達はちゃんと帰ったかしら。ウソップ達は心配してるだろうな。」

ナミさんが溜息混じりに呟く。

「サンジくんもごめんね、私がついていながら天気のことでこんな目に遭わせて。」

「いやぁ。俺はナミさんと2人きりになれただけでも・・・。」

おどけて俺がそう言うと、

「言っておくけど、変なことしたら承知しないからね?」

「ハハ、それよりナミさん寒くねぇ?ここ、石組みの囲炉裏もどきがあるから薪で火を起こそうか。」

俺の提案にナミさんは少し逡巡したが、寒さには先ほどから半端じゃないほど堪えていたのですぐ同意してくれた。 
火がつき、パッと洞窟内を照らす。同時にナミさんの顔もよく見えるようになった。火は人の心を安心させる。しばらくして火を見つめるナミさんの表情から緊張感が抜けて、柔らかくなった。
とその次の瞬間、落雷。
耳をつんざくような大音響が響き渡り、身体を揺り動かす程の衝撃が伝わった。
すぐにこの洞窟の上部に雷が落ちたと分かった。
さすがの俺も顔がひきつるほど。いわんやナミさんをや。
しかし気丈なナミさんはこんな時でも俺には抱きついては来てくれない。
一人で耳をふさいで顔を伏せ、恐怖に耐えていた。
でもそれが見えたのも一瞬だった。

「危ない!」

「ひゃっ。」

突然ガラガラと落石の不気味な音が響く。
俺はナミさんを飛びつくようにして抱き込み、洞窟の奥へと転がった。
見事に洞窟の入り口は無数の落石によって閉ざされ、洞窟内は真っ暗闇になってしまった。
そう、俺たちは見事に洞窟内に閉じ込められてしまったのだ。


正確には真っ暗ではなかった。囲炉裏の火があったから。しかし急に洞窟の入り口からの光が遮られて、瞬間的に真っ暗になったように思ったのだ。
落雷には持ちこたえたナミさんだったが、落石の衝撃には耐えられず、俺にしがみついてきた。
もうもうと立ち込める土埃の中、ナミさんの目には涙がたまり、口を手で覆う。そして信じられないものを見るような目でかつては洞窟の入り口だったところを見つめている。
土埃がおさまった頃、

「どうしよう。」

「クソ困りましたね。」

二人とも動揺しているはずだが、あまりの出来事に声には現れてこなかった。

「これ以上崩れてこないでしょうね。崩れてきたらもう終わりだわ。」

俺から身を離し、恐る恐る塞がれた岩石を見るナミさん。

「そうっすねぇ。」

俺はなんだか感情のネジが一本外れたみたいで妙に冷静になっていた。
周りを見渡したが、洞窟の奥は今自分達がいるところまでで、その奥に通じる道はないようだった。
つまりどこからも出られない。

「外からの助けが来るのを待つしかないか・・・。」

俺はそう呟くが、それがほとんど絶望的な事柄だということは百も承知だった。
俺たちがここにいることは誰も知らない。また、仲間が捜しにきてくれたとしてもここを発見できるかどうか。

「サンジくん、囲炉裏の火、消して。」

「え?」

これを消したら本当に真っ暗闇になってしまう。ナミさんの顔すら見えなくなる。

「酸素。この洞窟が完全に密閉されているとしたら、そんなに空気が持たないと思うの。火を燃やしていると酸素の減りも早くなって、私達も早くあの世へ行けるってわけよ。」

つまり窒息死。冷静なナミさんの意見。そうか、そりゃそうだ。慌てて俺は足で砂をかけて火を消した。
火を消す時もナミさんの顔にはもう動揺は見られなかった。それより今後どうするか思索を巡らせているような表情。まったく大した人だ。
俺は段々動揺してきていた。俺はガキの頃の体験からこういう状況には弱いんだ。別に閉所恐怖症ってわけじゃねぇが、自力で助かる手立てが無いってのはけっこう堪える。助けを待つにしてもここには水も食料もない。ましてや空気も期限付き。昔の体験より分が悪いのは明らか。あと何時間生きられるんだろうかというレベルだ。


どれくらい経っただろうか。話すとそれだけ酸素を消費するから、俺もナミさんも会話を交わさなかった。そうなるとこの1cm先も見えない暗闇の中に1人でいるのと同じになる。ひどく孤独だ。こんな孤独な最後でいいのか。ナミさん――――。
そろりと何かが動く気配。俺の肩にやさしげに触れる手。ナミさんの手だ。

「サンジくん、大丈夫?」

ナミさんが俺の耳元でささやく。いや、全然大丈夫じゃないっす。
俺は咄嗟にナミさんの手を掴んで強引に引き寄せた。音も無くナミさんは俺の腕の中。これが最後かもしれないと思い、抱きしめた。
ナミさんは抵抗しなかった。それどころか俺の背中に手をまわし、やさしくさすってくれる。
ああ、人生の最後にこんな幸せが巡ってくるなんて。ルフィ、ゾロ、ざまぁ見ろ。もうナミさんは永遠に俺のものだ。

「ライター持ってる?」

唐突なナミさんの言葉。何?最後の一服でもすんの?俺は黙ってナミさんを抱きしめる腕を解き、胸ポケットからライターを取り出し、ナミさんの手に握らせた。
カチという音とともにライターの火が灯された。ぼんやりとナミさんが見える。
しばらく振りに見るナミさんの顔。推し量るようにしてライターの火を見つめている。
俺も同じように見つめる。すると微かな焔はゆらゆらと揺らめいた。

「空気が流れてる。どうやら窒息死は免れそうよ。どこか外に通じる穴があるんだわ。人が通れる穴だといいけど。」

ライターの火の揺らめきを頼りにナミさんが辺りを捜索する。その様子は獲物を狙う豹のようだった。
しばらくして入り口から反対の洞窟の奥でナミさんは地面に這いつくばり、しきりに様子を窺っている。

「この下、水の流れる音が聞える。サンジくん、この岩どけられないかな。」

岩は難なく取り除くことができた。そこに現れたのは下方に通じる道。どうもその道へ通じる穴は人為的に岩で塞がれていたようだ。何故かはわからないが。そこからさわさわと清流のような音が今度は俺にもはっきり聞えた。

「サンジくん、助かるよ!きっとこの流れは海に通じているはず。この流れを追っていけば外に出られるわ。」



鍾乳洞の中を歩いているよう感じ。自分達の歩いている横手下方には岩から染み出た水がいつのまにか小さな流れとなり、今や結構な河となっていた。
頼りは自分が灯すライターの火と周りの岩石に含まれている鉱物が放つ僅かな燐光だけ。
足元がおぼつかない。踏みしめる岩はつるつるしていて、足を踏み外してしまいそうだ。踏み外したら横を流れる河に転落だ。
一方ナミさんは危なげなく先を歩いている。
段々間が開いてきた。なんでナミさんはあんなによどみなく歩けるんだ?
その疑問を素直にぶつけると、

「昔の稼業のせいで夜目が利くのよ。」

という返事。
それからここは非常に寒い。冷気が足元から這い上がってくる。
人為的に塞がれていたここへ通じる道。おそらく洞窟で暖を取った人はこの冷気をなんとしても封じたくて、岩で穴を塞いだのだろう。

「サンジくん、大丈夫?」

本日この問いは2回目。なんとも情けない。ナミさんは黙って後ろにいる俺に向かって手を差し伸べてくれた。俺はその手をしっかり掴む。それからはナミさんに手を引かれるようにして歩いた。
俺の方が年上なのに、なんだこの様は。今日は本当に俺はいいとこ無しだ。
そうして思う。彼女は何度こんな危機をくぐり抜けてきたのだろうかと。
今更ながら俺は坊ちゃん育ちだったんだと痛感する。
確かに飢えに苦しんだ体験は痛烈なものだったが、その後は一応クソジジイの庇護のもとでぬくぬくと育ってきたわけだ。
それに比べて彼女はわずか10歳の頃から8年間ずっと一人で、己の才覚だけで死線を乗り越えてきた。
サバイバル力が違う。今日も彼女は俺ほどは動揺してなかった。
今回のことを上回るような大変な経験もかつてあったのだろう。

やがて俺の目にも明らかな外の光――月光が見えてきた。出口に辿り着いたのだ。
さっきまでのことが嘘のように澄み渡った夜空とめぐり合えた。



洞窟を出てすぐのところでナミさんはヘナヘナと両膝をついた。

「あー、助かった。良かったー、出られて。」

ホッとしたような声でナミさんは呟き、そして俺の方を見上げた。薄っすらと額に汗をかき、目が充血しているように思えた。

「ありがとう、ナミさん。」

俺は素直な気持ちで言った。すると彼女は満面の笑みを返してくれた。

「さ、もうひとふん張り。あいつらのところへ帰りますか。」

「ここ、島のどの辺りなんでしょうね?」

「おそらく島の反対側まで出たんだと思う。だからこの洞窟のある山を迂回して帰りましょう。」

「いや、夜が明けるまで待とう。」

俺がそう言うと、ナミさんは怪訝そうな顔を向けた。

だって、ナミさん、すごく疲れてるでしょう。顔見ればわかりますよ。そしてそれを押し隠そうとしていることもね。

「でも、早く合流しないと・・・・。」

「これ以上疲労のまま夜道を歩くのは返って危険ですよ。ちゃんと洞窟からは出られたんだし、もう焦る必要はない。」

尚も言い募ろうとするナミさんを遮った。そしてそのままその場に俺は腰を下ろし、ポケットから取り出したタバコに火をつけた。
助かった一服。感慨の一服だ。
そんな俺を見て、ナミさんはちょっと戸惑っているようだった。

「ナミさん、突っ立ってないで、こっちこっち。」

と言って、俺は自分の目の前を指す。

「はぁ?」

彼女の手を掴み、ぐいと引き寄せる。彼女は難なく俺の前に座り込んだ。

「寒いでしょう。俺があっためてあげますから。せめてもの恩返しです。」

俺は上着を脱いで彼女の肩にかけると、上着ごと彼女を抱きすくめた。

「って、ちょっと――!」

今度は洞窟の中の時とは違って、ナミさんはかなり抵抗した。

「だって、ナミさん、朝までまだ何時間もあるぜ。薪は洞窟内に置いてきちまったから、火も起こせない。このままだと2人とも凍えちまう。」

自分でも思う、これほどの正論があろうか、と。確かに辺りには火を起こせそうなものは何もない。すぐそばにはもう海がある岩だらけのところだ。
観念したのかナミさんはおとなしくなった。

「さっきも言ったけど、変な気起こさないでね。」

「へいへい。」

俺は生返事。下心が全く無いなんて言えば嘘になるけど、今日は本当に感謝の意を込めての行為なんだよ。
先ほど抱擁した時は死への恐怖やら何やらであまり深く感じなかったが、今はナミさんの温かさや柔らかさ、細さや髪のサラサラした感触やら、俺の全てが感覚になったかのようにナミさんを全身でストレートに感じる。一際俺の胸に当たるナミさんのソレの感触は堪らないものがある。この状態をあとどれくらい耐えられるやら、あまり自信が持てなかったりするのだが。

ナミさんは終始俯いているため、その表情は見えない。
ただ、俺が時折抱きしめる力のかけ具合を変えたりする度に、ナミさんは怯えた小動物のように身体を竦ませる。

怯えさせたいわけじゃないのに。

もっと俺を信じて。もっとその身を預けてほしい。



「おーい、ナミー、サンジーッ!!」

突然、静けさを切り裂くようにウソップのドラ声が響いた。
一体何しに来やがった!と正直俺は思ったね。
ナミさんは弾かれたように俺の腕の中から抜け出して立ち上がる。俺も合わせて立ち上げり、辺りを見回した。やがて俺たちの場所からは下方の海沿いを、松明の火を持って歩いているウソップとゾロを見つけた。

「ウソップー!ゾロー!こっちよー!!」

ナミさんは大声を張り上げて奴らに手を振る。



「いやー、会えてよかった。俺はここが怪しいと最初から睨んでいたんだ!」

「それ、ウソでしょ。」

ウソップの言葉に苦笑いを浮かべて突っ込みながら、ナミさんはウソップが持参した毛布を受け取った。ウソップは他に薪や食料を持っていて、レスキュー隊員としての役目は十分果たしていた。

「でもよくここが分かったわね。」

今度は真顔でナミさんはゾロに訊いた。

「分かったってわけじゃない。手分けして捜したんだ。そんで俺とウソップがたまたま島の反対を捜索する係になったんだ。」

「なんだ、当てずっぽうか。」

「言い方は悪いがそうなるな。」

ナミさんとゾロのいつもの掛け合い。

「しかし、こんなに早く捜しに来るとは思わなかったぜ。明日の朝になってから来るかと。」

と俺がウソップに言うと、

「ああ、俺たちも今日はもう暗いし危険だから明日にしようって言ってたんだ。なんせ、ナミがついているんだし、無事なら自力で帰ってくるってな。でもゾロが絶対に捜しにいかなくちゃだめだって喚くんで、仕方なくな。」

「喚いてねぇ!」

ウソップの返答にゾロが顔をしかめて、さも心外だと言わんばかりに反論する。

へー、ゾロがねぇ。へー、そういうことかい。

確かに洞窟の入り口が崩れたんだから、普通なら自力脱出は無理で、すぐに助けが必要なところだったんだから、ゾロの判断は正しい。
でも実際は俺たちの心配というよりあれだろ、俺とナミさんが2人きりで夜を過ごすのが嫌だったんだろ。
しかし、それよりももっと腹立たしいのは、ゾロの顔を見た時のナミさんの心から安堵したような表情だった。
そりゃ、遭難中の身であれば仲間の姿を見てホッとするのは当然だろう。
でもそれだけではないような気がして仕方がなかった。
立場が逆でゾロとナミさんが遭難して、俺が助けに来ても、ナミさんは俺に対してあんな表情を見せてくれただろうか。


分かってるさ、この二人には目に見えない絆があるってことは。当の二人はその絆に「信頼」という名前しか付けていないってことも。


やってられねぇ。本人同士が何も気付いてないんじゃ、俺が攻め入る隙もありゃしねぇ。
でも、それでも俺はナミさんを諦められない。
まあ、まだ先は長い。
時間をかけてゆっくり俺とナミさんとの新たな「絆」を築いてみせるさ。

結局その夜は4人でその場で野宿となった。
いつかナミさんと2人だけで夜明けを迎えたいなどと思いながら、俺は浅い眠りについた。



Fin


 

<あとがき或いは言い訳>
かっこいいナミさんを書きたかったのです。
そこはかとないゾロナミ風味は感じていただけたでしょうか?
サンジくんはちょっと情けないですが、ここはゾロナミ(目標)サイトなので、こういう扱いになるわけです。これからもそうでしょう(汗)。
それにしても、サンズィはなんて動かし易いんだ。

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