「あ〜いい天気だなぁ。」
「そうだな。」
「あの雲、綿菓子みてぇだなぁ。」
「お前にかかると何でも食いもんだな。」
「空は青いなぁ。なんで青いのかなぁ。」
「昔からそう決まってんだ。」
「こんなにいい天気なのにどうして雨は降るのかなぁ。」
「それもそういう風にできてんだよ。」
「風はどうして吹くのかなぁ。」
「吹かなきゃ風じゃねぇ。」
「・・・・そうだ、ナミに訊いてこようっと。」

そう言って、ルフィはゾロを甲板に置いて、女部屋へと駆け出した。






手を握ろう





その日はルフィの誕生日で、気候がいいので、甲板にテーブルを出して宴を催すことになっていた。
サンジは朝から食いしん坊万歳の船長の腹を満足させる量の料理を作るべく、キッチンにカンヅメになっている。
ビビはそんなサンジの手伝いを。ナミは女部屋で飾り付けのモールや垂れ幕を作っている。
ゾロ、ウソップ、チョッパーは甲板の掃除とテーブルの据え付け。
しかし、ただそれだけの仕事なので、もうすでにだれた気配。
お天気の良さもあいまって、3人とも甲板で寝転がっていた。
ついさっきまではこの中にルフィも加わっていたのだが。
お天気話から謎が生まれ、その答えを訊きに女部屋のナミのところへすっ飛んでいった。

ルフィが女部屋に行くと、ナミは全ての作業を終えて、机に向かって本を読んでいた。
机の横に立ち、ナミに先ほどの疑問点を口にする。
ナミは一通り説明してくれたが、ひとつも理解できなかった。

「わかった?」

とのナミの問いにも首を横に振るしかない。
ナミは溜息をついて、今度は画用紙を引っ張り出し、図を描いて説明し始めた。
ナミ愛用の羽ペンのペン先にインクを付け、簡単な絵を描いていく。星と太陽の絵、海の絵、雲の絵、そして天気図。
紙の上を満遍なくナミの左手が握るペンが滑っていく。右手は紙の端を軽く押さえるようにして添えられていた。
途中までは真面目にペンの描く描線を目で追っていたが、いつのまにかルフィの視線は、その右手に集中していた。

自分の節くれだった手とは全然違う、手。
一回り小さい。指も細い。

ルフィの中には先ほどまでのお天気とは違う、別の疑問が既に沸き起こっていた。

(なんでこんなに白いんだ?)
(なんでこんなに俺の手とは違うんだろう?)

そう思った次の瞬間には、握っていた。

ナミの手を。

最初は軽く重ねただけ。次に指を回して握りこむ。

(やっぱり小さい。やわらかくてスベスベしてる。)
(それに冷てぇ。)
(あと、なんか、変な気分だ…。)
(なんか、ドキドキしてきた。)

事実、ルフィの鼓動は早まり、いつもに増して強く打っている。
しかし、決して不快なものではなかった。
しみじみとルフィがその動悸を堪能していると―――

「イテッ!」

ルフィが叫んだのも道理。
ナミがペン先で、自分の手を握るルフィの手の甲をブスッと刺していたから。

「何すんだよ!」

慌てて、ルフィは手を引っ込める。見ると手の甲からは一筋の血が流れている。

「それはこっちのセリフよ!一体なんのマネよ!」

ナミが血で染まったペン先をルフィに突きつけて、叫んだ。

「や、なんとなく。」

「なんとなくで、あんたは人の手を握るの?!」

「そうだ。」(どーん)

「あ、あんたは!」

その返答にナミは頬が紅潮した。

「なんでそんなに怒るんだ?」

「もういい!話になんないわ。」

「それよりさ、ナミの手を握ったら、ドキドキしたんだけど、なんでかな?」

「それが次の新しい疑問?」

「うん。」

「自分で考えろ!」





****





ナミに部屋から追い出されて、ルフィは再び甲板に戻ってきた。
相変わらず男3人がだれた体勢で転がっていた。
ルフィに気づき、3人とものっそりと起き上がる。
ウソップが声を掛けた。

「よう、ルフィ。疑問は解決したか?」

ルフィはその質問には答えず、つかつかとウソップに近寄り、しゃがみこむと、いきなり彼の右手を掴んだ。

「●×◎★△※■???」

ウソップの声にならぬ声。
しかしルフィは思案顔。やがて、

「いまいち。」

と一言だけ言い残して、手を離した。

(そ、そんな!いきなり手を握られて、いまいちと言われた俺って…。)

ウソップはショックのあまり、しばしアナザーワールドへ旅立ってしまった。


そんなことにはお構いなしに、ルフィは今度は標的をチョッパーに向け、おもむろに彼の手を握った。

「うわぁっ!!」

そんなに手など握られたことがない。
しかも同性に握られたことなど、ドクター以来初めてのことだった。
思わず声も出るというもの。
ビビリながらもチョッパーはルフィの反応を待つ。

「なぁ。」

「なななんだよ?」

「なんで、爪が二つあるんだ?」

ルフィはチョッパーの手を握りながらも、指で二つに割れた蹄を弄んでいた。

「そ、それは、俺が偶蹄目だからだ。トナカイや牛などは偶蹄目で、蹄が二つある。馬は蹄が一つしかなくて、あれは奇蹄目っていうんだ。」

「ふーん、そっか。ま、そんなことは全くどうでもいいんだけどな。」

(き、訊かれたから答えたのに・・・・!!)

チョッパーは理不尽な思いで身を震わせた。
震わせただけだったが。


ついに標的はゾロとなった。しかし、

「俺にその二人と同じマネしやがったら、即刻その手首、切り落とす。」

胡座をかいたゾロが殺気をみなぎらせて、ルフィをにらみつける。
その言葉にルフィはゾロの手を握ることは諦めた。
ゾロのそばにしゃがみこんで、

「なんで、手を握るくらいでみんな怒るんだ?」

「男に手ぇ、握られて喜ぶ男がどこにいる?」

「でも、ナミも怒ってたぞ。」

ナミは女なのに。

そのルフィの発言にゾロは一瞬口をつぐむ。そして、

「ナミにも同じマネをしたのか?」

ルフィは頷く。
はーっとゾロは溜息をついた。

「それで?」

「刺された。」

ルフィはそう言って、手の甲をゾロに突き出して見せた。まだうっすらとペン先の窪み跡が残っている。
ゾロはくっくっと笑う。

「ざまねぇな。」

「ドキドキしたんだ。」

「はぁ?」

「ナミの手、白くて、柔らかくてスベスベしていた。そんで握っているうちにドキドキしてきて。」

「・・・・。」

「なんでかなって思って、ナミに訊いたら、自分で考えろって。でも、ウソップやチョッパーの手じゃちっともドキドキしないし。」

そりゃそうだ。ノーマルなヤツなら、それでどうこうなるはずがない。

「そりゃ、お前、ナミが女だからだよ。」

ゾロがそう言うと、ルフィはジッとゾロの顔を見た。

「女だとそうなるのか。」

「そうだ。男が女の手を握ると誰でも多少はそうなる。」

「ゾロもか?」

まさかそう問い返されるとは思わなくて、一瞬、ゾロは答えに窮した。

「・・・・時と場合と・・・相手による。」

「ふーん、そうか。」

それでルフィは納得したようだった。

「そんなもんか。」


二人の会話を横で聞いていたチョッパーがウソップにコソコソと話しかける。

「ルフィに握られた時、ドキドキしたぞ、俺。ビックリして。」

「そうだな。でも、どっちかっていうと、ドキドキというよりは、ゾワゾワしたかな。」





****





夜が更けた。

いつもの食事も宴会みたいに賑やかだが、誰かの誕生日の宴はやはり異様に盛り上がる。
こういう日のサンジの料理は、質も量も半端じゃないし、普段は出てこない特別の上等な酒は出てくるし。

順々に酒に弱い者から沈没していく。

ルフィも腹が膨らんだ後は、早々に沈没していたが、ふとした拍子に目が覚めた。
甲板に持ち出されたテーブルに顔を突っ伏して寝ていた。
頭を持ち上げて、真っ先に目に飛び込んできたものは、

青。

ビビの青い髪。そして、

ビビの手。

ビビがルフィの向かい側に座っていた。
テーブルの上に置いた左腕に顔を伏せて寝ている。
そして、右手だけがテーブル中央にまで投げ出されていた。
ルフィは寝惚け眼でそれを見つめ、やがて、

(そういや、ビビの手はまだだったな。)
(ビビは女だから、今度こそ、ナミの時みたいになるはずだ。)

そう思い、そろそろと手を伸ばす。
ナミの時は無意識にできたことだったのに、今度はかなり気力が必要だった。
なんだか、すごくいけないことをしようとしているような気がして。
ルフィにしては珍しく、そっとおっかなびっくりでビビの右手に触れた。
瞬間、電流が身体を駆け巡ったような気がして、慌てて手を引っ込める。
気を取り直してまた手を伸ばし、今度は覆うようにして重ね合わせた。

ビビの手は、眠っているためかじんわりと暖かかった。
手を通してビビの血液がルフィの中に流れ込んでくるような錯覚を覚える。
そして自分の血も逆流して、ビビに向かっていっているような気がする。
互いの血が行き来して、やがて均一になる。同質になる。
離れていたものがやっと繋がったような、そんな懐かしい感覚だった。

身体が温かくなってきた。
動悸も激しくなっていたが、ナミのときとは少し違う。

心地良い。

(あー、また眠くなってきた。)


そうして、ルフィはビビの手に自らの手を重ね合わせたまま、再び眠りに落ちていった。




「おい、これ、どうすんだよ。」

ゾロが、テーブルの中央で仲良く手を繋いだまま眠る2人を指差して言う。

「いいじゃない。微笑ましくてv」

ナミが悪びれず答えた。
この船の中で1、2を争う酒豪二人が結局最後まで生き残り、この光景に出会った。
ナミは微笑みを浮かべたまま、二人の様子を見つめていた。

「何ジロジロ見てんだ。」

「なんかさ、人が手を繋いでるところって、見てるだけでも気持ちが和むものなんだなって思って。そりゃ、実際に手を繋ぐ方がいいんだろうけど。」

「なんだ?お前も繋いでほしいのか?なんなら繋いでやろうか?」

そう言って、ゾロが手を差し出してきた。
ゾロはだいぶ酔っ払っているようだ。普段ならこんなこと絶対にしてこない。
ナミは自分も酔ってることにし、ゾロの方に手を伸ばした。

「それにしても、明日、この二人をラブコックが目撃したらコトだぞ。」

「ま、それも一興ってもんよ♪」






翌朝、何も事情を知らないサンジが、ルフィをカカト落としで起こしたという。







FIN


 

<あとがき或いは言い訳>
ルフィが「なぜなに坊や」化している。
これはルビビなんでしょうかね?ラストのゾロナミ部分。なんて甘々なものを書いちゃったのかしら(これでかい!)。

ルフィ誕生日ページまで作りましたので、自作がないと示しがつかないと思い、必死で書いたブツでございます。今回の目標は「短くすること」。ひたすらそれに主眼を置きました。いつもよりは短いと思うんですけど・・・。
一応、お祝いの意味を込めて、期間中はダウンロードフリーといたします。
ルフィ、ずいぶん遅くなったけど、誕生日おめでとう!

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