7月3日が間近に迫るある昼下がり、緊急対策会議がゴーイングメリー号の食堂で開かれた。
首謀者はルフィ。議題はナミの誕生日をいかに祝うか。
首謀者の権限によって、次々に彼の好物が宴のメニューに加わっていく。
あと何を付け加えようかな?と考えたルフィの目に、窓越しに船首甲板で寄り添うゾロとナミの姿が止まり、ふと思いついた。

「おい、そろそろアレ、なんとかしろ。」

その言葉に、それまで机に伏して従順に書記を務めていたサンジが顔を上げ、同じものを目にする。
苦虫を噛み潰したような顔をして、一度天を振り仰いだ後、観念したように呟いた。

「御意」





というわけで





船首甲板では、今、ハタハタと洗濯物がはためいている。
何枚もの洗いたてのシーツが風に翻るのを見るのは爽快だ。
シーツの白と青空のコントラストが実に美しい。
同時に男物の洗濯物が見えるのはちょっと難ありだが。
そんな中、ナミは甲板上に座り込んで繕いものをしていた。
ゾロのシャツの。

「なんで私がこんなことしなくちゃいけないの?私はあんたのお母さんでも奥さんでもないのよ!」
「お母さんや奥さんは金とったりしねぇよ。」

ナミのそばで胡座をかいで座るゾロが毒づく。
ルフィの帽子に穴が空いた時にいつもナミが直すように、ゾロの白いシャツの綻びもナミが繕うのが習慣化していた。ただし、代金徴収制である。そのため、ゾロの借金は目下雪だるま式に増殖中。

「何よ?文句あるの?それなら次から自分でやってよね。やれるものならば。ホイ、できあがり!」

ナミは針を針山に刺すと、チョンチョンと糸切りバサミで糸の始末をつけ、その後丁寧にシャツを畳んだ。
そして積み重ねたシャツをゾロに差し出す。

「あー・・・・ありがとう。」
「3着だから、3000ベリー也!いつものようにツケでいいわね?」
「お願いします。」
「毎度あり〜♪」

金勘定をしている時のナミは本当に幸せそうだった。
ナミは丸めていた背中を伸ばすため、うーんと両腕を上げて伸びをした。
その時、思ったより太陽の傾きが進んでいることに気づく。

「いっけない!2時からミーティングだったわ。今何時だろ。ゾロ、急いで!」


時すでに遅し。
慌てて二人で食堂へ戻った時には、もうミーティングは終了していた。

「ゴメン!遅れて。」
「いえいえ〜。どうかお気になさらず〜。お茶はいかがですか。ついでにクソマリモ。てめぇの分もだ。」

バタバタと駆け込んできて謝るナミに対して、返ってきたのはサンジの寛大なお言葉。

「えっと・・・・どんなことが決まったの?」
「そんな大したことは決まってませんよ。いつも通りルフィの好物がメニューになったくらいで。」
「そうなの?」

物問いたげにナミはサンジ以外にも目を向けたが、皆一様にニコニコしているだけ。
それが返って怪しかった。


「ね・・・・どう思う?」

遅刻を咎められることもなく、無罪放免された後、みかん畑へ向った。
ゾロとナミが二人だけでいる風景は、もうさして珍しくもない。
二人はヒマをみつけては、ここにやってくる。

「どうって何が。」
「みんな怪しすぎると思わない?何を決めたのかしら。」
「そんなもん決まってんだろ。」
「え?」
「お前の誕生日なんだろ?なら、お前が喜ぶようなことだろ。そして、それを秘密にしてるってことは、お前を驚かせようっていう魂胆だ。だから余計な詮索しない方がいいんじゃねーの。」

ゾロの尤もな意見。
しかし、一体何を企んでいるのやら。
密かに悪事(ではない)が進行しているというのに、それに自分が加担してないというのは、なんとも居心地が悪かった。
けれど、ここはグッと我慢の子。せっかく自分のために何かをしようとしてくれているのだ。耐えて見守るのが礼儀というものだろう。

「じゃ、ゾロはどんな企みなのか、聞いたの?」
「いいや、俺もまだ聞いてねぇ。ま、そのうち教えてくれんだろ。」

それを聞いて、
(いいなぁ、ゾロは祝う側だから、教えてもらえるんだ・・・)

変なところにこだわるナミだった。





***





ナミの誕生日の宴がたけなわになった頃、各クルー達からナミへ次々プレゼントが贈られた。

サンジからは特製のデザートが贈られた。蜜柑をふんだんに使ったムースケーキ。円筒型のオレンジ色のムースケーキの表面はゼラチンで覆われ、その中に蜜柑の輪切りがこれまた輪を描いて並べられていて、見た目がとても明るくて楽しげだった。
わざわざ白い箱に入れられて、赤いリボンがかけられていたので、それを開ける時のワクワク感もとても良かった。
開けた瞬間は他の仲間達も歓声を上げた。

「うわー、キレーイ。美味しそう〜。ありがとう!サンジくん!」
「いえいえ、どういたしまして。それと、こちらもどうぞ。」

それは、綺麗なガラスの小ビンの香水だった。
軽く吹き付けてみると、ふわっとフローラルな香りが広がった。そのやさしい香りに、再びナミが感激の声を上げた。
ナミの反応にすこぶる満足して、にこやかな表情で礼を受けるサンジ。
しかし、すぐに表情を引き締めて、ゾロに向き直った。

「おら、てめーにはこれだ。」

苦々しげに言いながら、ゾロの机の上にドン!ドン!と料理を置いていく。
どれも精の付きそうな料理ばかり。
にんにくの匂いがプーンと漂った。


次にチョッパーがテケテケとナミのそばへやって来た。

「ナミのために調合したクリームだ。これを塗ると、肌がスベスベになるぞ。」

小鼻を膨らませて、得意げに言う。更に美白の効能もあるかもしれない、とのこと。

「うれしい!最近乾燥肌気味だったの!気が利くわね、チョッパー。」

チョッパーの目線まで屈みこんで、ナミはお礼を言った。
そんな褒められてもうれしかねーぞコノヤロー踊りをしながらチョッパーはジリジリと後退すると、今度はゾロのもとへと行った。

「ゾロにはこれ、まむしドリンク。」


その時、不意に室内の灯りが消えた。
次にぼんやりとした光源が現れた。
それとともに、闇の中にウソップの顔が浮かび上がる。

「ちょっと、ウソップ、なんなのよ!」
「こ〜れ〜は〜な〜、間接照明用に改造したランプだ〜。」

普通ランプは灯りの上を覆うように笠があるが、改造ランプには笠が下から覆うようについていた。だから、光が上に向って漏れる形となる。そのため、ウソップがそのランプを手に持つと、丁度、暗闇で懐中電灯を顎の下から当てるような感じになって見えた。

「なんでそんな改造を?」
「こうして持ってると、役に立たないが、こんな風に置くとだな。」

そう言いながら、ウソップはテーブルの上にソッとそのランプを置く。
すると、ランプの光は上に向って放射され、天井に跳ね返りぼんやりと辺りを照らした。つまり間接照明だ。
普通のランプに比べるとかなり照度は落ちるが、その反面やわらかな光が食堂を満たし、なんとも和やかな雰囲気になった。どこかお洒落な夜のレストランに来たかのような気分になる。

「へー。大したものね。ガラリと雰囲気が変わっちゃった。」
「けっこうロマンチックだろ?女部屋にどうかと思ってな。」
「そうね。リラックスしたい時に使えそう。」

ね?とナミは相部屋のロビンに同意を求めると、彼女も少なからず感心したように頷いた。

「ありがとう、ウソップ―――」

ナミが再びウソップに向き直り、礼を言おうとしたら、肝心のウソップはもう次の相手との会話に夢中になっていた。

「で、これが灯り部分に装着するカラーフィルムだ。赤、青、黄、緑、紫の5色ある。例えば赤のフィルムをかぶせると・・・・。」

ウソップが試しに赤のフィルムを嵌める。
途端に室内が赤く染まり、まるでキャバレーか何かのような妖しげな雰囲気になった。

「な?すごいだろ?ゾロが持っていきたい雰囲気に合わせればいい。」

ウソップはサッとフィルムを外し、元の灯りをともすと、他の4色と合わせてゾロに手渡した。


「あのさ、さっきから気になってたんだけど、なんでゾロにもプレゼントがあるわけ?」

ナミが素朴な疑問を投げかける。
しかし、その疑問への返答を得る間もなく、バンバンと肩を叩かれた。
振り向くとルフィがいて、ニカッと笑っていた。

「なによ?」
「スマイル0円!(どーん!)」

笑顔全開のままルフィが得意げに言った。

「あんたはどこぞのファーストフード店の回し者か!」
「まーまー!いいじゃねーか!堅いこと言うなよ。お前の誕生日じゃんか。」

そう言いながら、ルフィはナミのそばから離れるとゾロへ近づき、サッと何か小さなものをゾロの手に握らせた。
ルフィが口笛を吹きながら離れていった後、ゾロが手を開け、中身を確認する。
それまで、妙な贈り物攻撃を受けても表情を崩さなかったゾロが、初めてギョッとした顔になった。

「さ、そろそろ二次会の準備をしましょう、航海士さん。」
「え?そんなものするの?」
「そうよ。女部屋を会場にするの。会議でそう決まったのよ。」

そうは言われても、会議に欠席してしまったナミがその事情を知る由も無い。
ナミはロビンに引きずられるようにして、食堂を後にした。





***





二次会の準備のため、女部屋へ直行かと思いきや、バスルームに連れ込まれた。
シャワーを浴びるよう命じられる。
今入っておかないと、後で入るタイミングが無くなるからとかの配慮なのかな・・・と無理やり自分を納得させるナミであった。

「ちゃんと身体の隅々まで洗った?ここは?」

声はバスルームの扉の外からのものだが、手はバスタブからニョキッと生えている。

「や、ロビン!どこ触ってるの!やだ、くすぐったい!」
「いい声ねー。ここはどうかしらー?」
「いやぁ、やめてー!」
「ハイ、お次は水気をよく拭き取って、船医さんのクリームたっぷり塗りましょうね?」

風呂上がり、やっとこさ女部屋に戻ると、そこでは先ほどのウソップから貰ったランプが灯され、ほの暗い光がやわらかく部屋を包んでいた。
そして、ロビンから服を手渡される。

「これ、私からのプレゼント。」
「え・・・・。」
「私が縫ったのよ。あなたの誕生日なんて、あの会議で初めて知ったものだから、何も調達してなかったから。」
「ありがとう、ロビン。手作りの服なんてうれしい〜。」
「お礼はいいから、着て見せて?」

それは、キャミソールワンピースだった。
薄いオレンジ色の、絹と見まごうような光沢ある布地。
ナミの身体にピタッとフィットして、それは美しいシルエット。
胸の真中に小ぶりのリボンが蝶々結びで結わえてあり、可愛らしさを演出している。

「よかった。よく似合うわ。」

ホッとしたようにロビンが呟いた。

「ありがとう!キレイな布ね。これだけでも結構いい値段だったんじゃない?」

ナミは金のこととなると、特によく頭が回る。

「そんなことはいいから。それよりいい?見てて。この胸の前のリボンは解くことができるのよ。」

ロビンはナミの胸元に手を伸ばし、蝶々結びのリボンの端をスルリと引くと、パラリと布地が大きく開き、ナミの見事な胸の谷間が現れた。

「うわっ!ちょっとタンマ。」
「ここに香水を振り掛けておきましょうね。そうすれば彼が顔を埋めた時に喜ぶでしょう。」

嬉々としてサンジからのプレゼントの香水を振り掛けるロビンに対し、ナミは今の不穏な発言にピクッと身体を硬直させた。

「ちょっと?さっきから一体なんなわけ?私の誕生日なのに、ゾロにも何か怪しげなものを贈るし。」

「あら、うっかり口が滑ってしまったわ。でもいいわね、もうタネ明かししても。
船長さんの意向でね、そろそろ、あなたと剣士さんの関係に決着をつけさせようってことになったの。
二人でイチャついて、大事な会議に遅刻するくらいですものね。」

ロビンがバツが悪そうにしたのは最初だけで、すぐに余裕の笑みすら浮かべてナミに目を向ける。
逆にナミは痛いところを突かれて、ウッと言葉に詰まる。
確かに会議には遅刻した。
しかし、別にイチャついてたつもりはなかったんだが。

「今までのことはそのお膳立て。全ては今宵一夜のために。」
「今宵って、一体私達に何させる気よ?」
「ま、ナニってそんなにあからさまなv」

その時、女部屋の扉をゴンゴンとノックする音が聞こえた。

「あ、来たようね。言うまでも無いけど、この二次会は二人っきりですからね。私達は食堂の方で酒盛りしてるから、多少の物音は聞こえないし、思う存分にどうぞ。じゃあ、お幸せにv」

それだけ言うと、ロビンは女部屋の階段を上りはじめた。

「ちょっと待って!」

ナミがロビンにすがり付いた手も、すぐに何本もの手で外されてしまった。
そして、ロビンと入れ替わるようにして、ゾロが階段を下りてくる。
どうしてよいのやら対処に困って、オタオタとナミは部屋の中をうろつきまわった。

「おっす。」

階段途中で、ゾロはこう言った。色気もへったくれもない。
それに対し、ナミもオッスと返す。
ゾロはナミの前に立つと、何か不思議なものでも見るような顔をした。
しかし、次の瞬間には、少し狼狽したように顔を逸らした。

「お前、ソレ、なんとかしろよ。」

言われて、己の身を見てみると、胸元が大きく開いたままだった。

(ひょえ〜!)

思わずナミはムンクの叫びをしそうになった。
急いで胸の前のリボンを結びなおす。
そして、気を取り直して、恐る恐るゾロに聞いた。

「あのさ、ゾロはその、今夜のこと、知ってたの・・・・?」

非常に気になることだった。この企みにゾロも加担してたのか、してないのか。

「いいや、全然。さっきやっと吐かせた。」

ケロリとしたゾロの顔。
やっぱり。
それはそうだろう。ゾロが知っていたら当然止めさせたはずだ。
しかし、まさか皆がこんな魂胆を企んでいたとは。
そして、仲間達が自分達をそんな風に見ていたのだということも。

「まったく、付き合ってらんないわね。」

やれやれという素振りをして、ナミは呟くが、内心穏やかではなかった。
曲りなりにも、女部屋に二人っきりにされてしまったのだから。
どうやってこの状況を脱出しようか。
今ならまだ間に合う。自分もゾロも、まったくそんな気はないのだし。
こんな風にお膳立てされて、ハイそうですか、とできるものか!

それにしても、最終的に本人達にバラしては意味がないではないか。
何も知らなくて、この薄暗くて狭い部屋に二人っきりだったら・・・・
どうにかなることもあったかもしれないのに。
って、何考えてんの?

「馬鹿馬鹿しいったら。皆のところへ行きましょ?」

自分の考えを打ち消すようにそう言って、部屋を出て行こうとしたナミの前に、ゾロが立ちはだかった。

「ゾロ?」
「でも、ま、俺達のこと心配してくれたんだよな。それはよく分かる。それを無碍にするわけにはいかないよな。」

ゾロが頭をガシガシと掻きながら、少し照れくさそうに言った。

「は?」
「と、いうワケで。いいだろ?」

と言うなり、ゾロは何の前触れもなくナミの腰に手を回してきた。
触れられた部分がゾワリと泡だって熱を持つ。
同時に頭の中の血管が切れそうになる。

「んなワケ、あるかーー!」

振り上げたナミのこぶしがゾロの顎に炸裂。

しかし、
あろうことかその後も懲りずにゾロは挑んできた。


ここから先は、ナミにはもう何がなんだか分からなくなってしまった。


胸のリボンを解かれたことと、

最中、ゾロが思い出したように誕生日おめでとうと言ったことだけは、


妙によく覚えている。




FIN?


 

<あとがき或いは言い訳>
多少はアダルティじゃない?そんなことないか。そうか。
処女作「キスの嵐」と雰囲気が似てるな。書いてて楽しかったのも同じ。
京都の鴨川沿いに、「と、いうわけで。」という名前のラブホテルがあります(京都では割りと有名なネーミング)。一応このホテル名から思いついたネタでございます。このホテル、ご存知の方おられましたらご一報ください(笑)。

さて、こんなものですがこのお話は
DLフリーです!もしも、本当にもしもよろしければお持ち帰りください。転載も可。置いていただければこの上ない喜びでございますv

私が愛してやまないナミへ。誕生日おめでとう!心からのお祝いをあなたにv

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