練習の後、師匠がメガネの奥の細い目をいっそう細め、少年ゾロに尋ねた。
「ゾロ、今日は誕生日だね。何か欲しいものはあるかい?」
少年は逆に瞳をめいっぱい開いて言った。
「刀!刀が欲しい!」
とりあえず今日は
「刀は…もう持ってるじゃないか。」
そう、ゾロは既に真剣を一本持っていた。
昨年の誕生日に、師匠が買い与えたものだ。
当面の間はこれでコト足りるはず。
「オレは二刀流だから、二本必要なんだ。」
ああなるほど。
ゾロはこの道場に通う以前からどういうわけか二刀流に異様な執着を見せていた。
竹刀はもちろんのこと、木刀も二本使おうとする。
それが真剣にも及んだということ。
「わかりました。それなら刀龍堂で好きなものを選んできなさい。支払いは私のツケにしておいてくれればいいから。そんなに高いのはダメだよ。今持っているのと同じくらいの値段にしなさいね。」
「はい!」
ゾロは力いっぱいに返事した。
刀龍堂はゾロの道場御用達の刀剣屋で、昨年もそこで刀を買った。
ゾロが一目散に店に向かって走り去ろうとしたところで、師匠に呼び止められた。
「今年もくいなと一緒に行くといい。あの娘は刀を見る眼があるから。」
「・・・・はい。」
今度の返事は力のないものとなった。
くいな
自分が一度も勝てない相手。
あいつにだけは、未だにかなわない。
勝負の後も、彼女は決して勝ち誇ったりはしないが、目が語っている。
“まだまだね”と。
癪に障る。
剣の腕前だけじゃない。
いつも、どんなことでも、だ。
昨年の誕生日も、ゾロはくいなと共に刀龍堂へ行った。
初めて自分だけの剣を持てることが嬉しくて、興奮気味に店の中の刀をあれこれと物色した。
鍵付きガラスケースに入っている刀はすごく高くて触れることもできなかったが、外に剥き出しに置かれている刀に、手当たり次第で手を伸ばし、鞘から引き抜き、眺めつすがめつした。ついでに素振りもしてみる。
そんなことをしてて、ある刀を手に取ろうとした時、突然くいなに止められ、烈火のごとく怒られた。
そんな安易に刀に触れるものではないと。
どちらかというと、くいなはいつも物静かなので、この激情にゾロはひどく驚いた。
「あんたに刀なんて選べるわけない!私が選ぶわ。あんたはそこでジッとしてなさい!」
挙句の果てにはそんなことを言われて。
結局、自分の誕生日なのに自分で刀を選ぶことができなかった。
くいなが選んだのは、どこにでもあるようなフツーの刀。
すぐに不満を述べたが、今のゾロにはそれで十分と言われた。
スポンサーの娘でもあるのでそれ以上は逆らえず、不承不承受け取った。
1年経つと、自分の刀がますます凡庸に見えてくる。
次買う時は、今度こそ自分で選ぼう、自分の刀を。
くいなと行けば、またアレコレと口出しされて、自分の好きな刀を買えないに違いない。
師匠にああ言われたものの、ゾロはくいなと一緒に刀を買いに行くつもりは無かった。
***
そのまま直接行こうと思ったが、思い直して家に帰って一本目の刀を引っつかむと、腰に差して刀剣屋へ向った。
店の前に立ち、看板を見上げると、一際達筆で勇壮な「刀龍堂」の文字。
なんでも世界的に有名な書道家の若い頃に書いてもらった字なのだと店主は言い張るが、その真偽は定かではない。ゾロは眉唾ものだと思っている。
「ゾロ、久しぶりだね。今日はどうしたね?」
店内に入ると、50代半ばで早々に頭の禿げ上がった店主が声を掛けてきた。
ゾロは軽く会釈して、事情を説明する。
誕生日で、師匠が刀を買ってくれることになったと。
「そうかい。それはおめでとう。じゃ、少しはおまけしてあげるよ。」
店主は気前良くそんなことを言う。
「ありがとう!」
ゾロはうれしくて元気よく応えた。
「私は奥で倉庫の整理をしてるからね。店にあるものを好きに見るといい。どの刀にするか決まったら呼んでおくれ。」
そう言って店主が奥へ引っ込むと、ゾロは早速店の中にある刀を物色し始めた。
まずは気に入ったものを探す。そしてその後で値段と相談だ。
上等の刀は、やはりガラスケースに仕舞われていて、手が出せない。
ゾロは机の上や棚に無造作に並べられている刀の中から、自分の気に入ったものを選ぼうとした。
熱中してきたところで、まず寒気に襲われた。
続いてチリッと首の後ろが焼け付くような痛みが走る。
手を止め、顔を上げて、辺りをキョロキョロと見回した。
何も無い。
気のせいかと思い、再び刀選びに没頭する。
しかし、間を置かずにまたもや同じような感覚に襲われた。
何とも言いようのない嫌な感じである。
しかも今度はその感じがいつまでも付きまとう。
なんだろう?
何かとても気持ちの悪い空気、雰囲気なのだ。
そして気づいた。
その気配は、机の上に並べられている刀から発せられているということに。
この中に変な刀が混じっている。
つい先ほどまでは何も感じなかったに、今は段々とその気配は強くなってきている。
やがて、その中の一本に目が止まった。
黒鞘の剣。
これだ、この刀が変なんだ。
そのことがはっきりと分かった。
これに触れてはいけない。
なぜだかそんな気がする。
とても悪いことが起こるような・・・。
しかし、ゾロは逆に魅入られたかのように、その刀に手を伸ばしてしまう。
何か抗えない力で引き寄せられるかのように、身体の動きを止められない。
(ダメだ!触っちゃダメだ!!)
ゾロはきつく目を閉じる。
心では必死で叫ぶのに、手は今にもその剣に触れようとしていた。
その時、
「ゾロ!」
背後から聞きなれた声で、名を呼ばれた。
―――くいな
それで、
今までの呪縛が解けたかのように、
伸ばしていた手を、刀から離すことができた。
何をしてた訳でもないのに、ゾロは自分の息が乱れていることに気づいた。
全身に冷たい汗が噴き出している。
言いようの無い倦怠感が身体を覆う。
そのまま少し情けない表情で、くいなの方に振り向いた。
「お父様に私と一緒に行くように言われてたのに、私のところへ来なかったわね。」
くいなは少し不機嫌そうにそう言った。
が、すぐにゾロの様子がおかしいことに気づく。
そして、その刀にも。
くいなは無言でゾロの隣に並び立つと、
「ゾロ、この刀のことが分かるのね?」
その問いに、ゾロは無言でうなづいた。
それを見て取ると、くいなは突然その刀を掴もうと手を伸ばす。
「や、やめろ!くいな!!」
慌てたゾロが叫び、咄嗟にくいなの腕にしがみついた。
「それに触ったらダメだ!!!」
しかし、くいなはゾロの忠告を意に介さず、ゾロの腕を振り解いた。
軽く笑みすら浮かべて、
「見てなさい、ゾロ」
と言うと、その刀を掴み、黒鞘から刀身を引き抜いた。
少女の手に、禍々しいほどの妖気を発した刀が握られている。
そしてその黒い妖気は、手を通してくいなの白い身体の中を犯すようにして流れ込んでいく。
ゾロは思わず後ずさる。
それでもくいなは、魅せられたように陶然とした表情でその鋼を見つめ続けた。
しかしそれも束の間のことだった。
くいなの目に力が篭り、口から微かな気合の声が発せられると、
次の瞬間には妖気が、
霧散するように消えていった―――・・・
その様子を、ゾロは息もつけずに見つめていた。
(か、刀が)
(浄化された・・・)
くいなは静かに刀を鞘に収め、ゾロに向き直ると、自らが清めた刀を差し出した。
「今年はこの刀にしたらどう?」
「う、うん」
少し茫然とした様子で、ゾロは素直にその刀を受け取った。
手の中にある刀をしばし見つめる。
あんなに嫌な気配を発していたのに、もう刀からは何も感じられない。
それどころか、邪気が抜けてみるとそれは、今現在自分が腰に差している刀とさほど変わらない凡庸な刀だった。
自分が怖がるばかりだった刀を、いとも簡単に、しかも一瞬の内に、くいなは浄化してしまった。
すごい。
こんなことができるなんて。
くいなは単に剣の腕が強いだけじゃない。
こういうところでも、まだまだ全然敵わないんだ。
悔しくて、自然と刀を握り締める手に力が篭った。
「ゾロ」
再び名を呼ばれ、顔を上げる。
目の前のくいなは、穏やかな微笑みを浮かべていた。
「これが妖刀だってよく分かったわね。」
「・・・・」
「去年のゾロには分からなかった。」
去年の今日も、ゾロと一緒にこの店へ刀を買いに来た。
今日の刀より、もっと危ない妖気を発していた刀にも平気で触れようとしていたゾロを、大声でたしなめた。
でも今年は、ゾロ自らの力で妖刀を見抜いた。
「それだけ、この一年でゾロが成長したってことだね。」
ゾロの成長は早い。
来年は更に先へと進んでいるはず。
これからはもっと、もっと早く。
今日私がやったことも、あっという間に習得してしまうだろう。
そして、いつか私を追い越していくのだ。
―――悔しい
でも、とりあえず今日は、
「ゾロ」
くいなはまたもや名を呼んで、今度は真っ直ぐにゾロの目を見据えた。
「お誕生日おめでとう」
FIN
<あとがき或いは言い訳>
ゾロお誕生日記念小説。またもや過去捏造話。
何を捏造したかというと、ゾロが初期に持っていた3本の刀は和道一文字を含め、全てくいなが関わっている、という風にしたわけです・・・(汗)。
ゾロへの彼女の影響は計り知れない、と思っています。
妖刀についての部分は完全な創作。「???」と思われても軽く流してくださいね♪
またこのSSは、お誕生日記念恒例のダウンロードフリーです(奇怪な話でゴメン)。転載も可。片隅にでも置いてくださいましたら、望外の喜びですvvv
何はともあれ、ゾロ、誕生日おめでとう!キミの未来に栄光があらんことを!