「なぜ山に登るのか?」
と、かつて登山家に尋ねたところ、こういう答えが返ってきたという。
「そこに山があるからだ」
頂上をめざせ!
どこでそんな知識を得たのかは知らないが、ルフィがそのことに痛く感動している。
「ほら、チョッパー、やってくれよ!」
「う、うん・・・。」
気乗りなさ気にチョッパーはいつもいつも、もう何十回とさせられた問いをルフィにする。
「なぜ山に登るのか?」
それに対し、ルフィがフッと笑って、腕組みをして答える。
「そこに山があるからだ!」
「・・・・」
「なぁチョッパー!今のどうだった?かっこよかったか?」
ここで、「いやぁ、あんまり」とかいう答えはできない。ルフィが必要以上に落ち込むからだ。
「うん・・・・、かっこいいよ!」
チョッパー、お前はホンマにエエ奴や。
「じゃ、次な!」
(ひぃ〜〜)
輪廻のように同じ問いをチョッパーにさせ、ルフィが少しずつ声音やキメポーズを変えては答えるという日が幾日か過ぎた。
そんなある日。
辿り着いた島にはキレイなお椀のような形をしたツインピークス(双子の山)が見えた。
季節は晩秋。紅葉真っ盛り。
背中にリュックを背負った観光客と思しき人々が山に吸い込まれていく。
紅葉狩りを兼ねてのハイキングらしい。
クルー達はとんでもない島に来た、と思った。
(今のルフィに山なんか見せちゃいけない!)
その思いは正しかった。
「なぜ山に登るのかー!そこに山があるからだーーー!!!」
とルフィが両腕を突き上げて大絶叫。
更に、ツインピークスのうちの一方の山を指差して叫んだ。
「あの山の頂上まで競争だ!!!」
「「「「「「なんでそうなる!」」」」」」
しかし、結局登るハメになった。
船長命令とかなんとか。
しかも、競争で一位になった者には褒章が与えられることになった。
また、ドンジリには罰が科されることになった。
一着で頂上に到達した者は、今後一週間の雑役が一切免除される。
一方、ドンジリにはその雑役の肩代わりと、トイレ掃除一週間の刑。
ギャンブル性が付加されたことにより、みんなが少しやる気になる。
こんな遊びみたいなことに最後まで渋っていたゾロも、ナミの次の一言でその気になった。
「勝つ自信がないの?」
かくて山登り競争の火蓋は切って落とされた。
***
「ふ〜」
ゾロは頂上に辿り着き、一息ついた。
汗びっしょりの身体に、秋の涼風が心地よい。
抜けるような青空が頭上には広がる。
頂上からの眺めは最高で、自分が登ってきた山と対をなす山がはるか向こうに見える。
その山肌は赤や黄色の見事な紅葉を見せていた。
おそらく自分が今頂上を極めたこの山も、それはそれは美しい綾錦をまとっているに違いない。
登り始めた時から一度も休まず、周囲にも目もくれず、凄まじい集中力でもって一気に駆け上ってきた。
ゾロは後ろを振り向く。
案の定、誰の姿も見えない。
一番のライバルになるかと目されたルフィの姿もない。
どんなもんだ!
後ろには誰も付いてきてない。
文句無しにぶっちぎりのトップだ!
あの女、俺に勝つ自信がないのかだとう?
ざまぁみろ。泣き面かくのはお前の方だ。
「わーはっはっは!」
腰に両手を当て、背を仰け反らし、珍しくゾロが大口を開けて笑った。
***
「やったー!一番乗りーーー!」
「あ、ずるいぞ!ナミ!」
「悪いわね、チョッパー、でも勝負の世界は厳しいのよ」
「でもぉーーー!」
仲間たちの中で、この競争にはロビンと並んで絶対に不利だと読んだナミは、チョッパーの脚力に目をつけ、出発早々、獣型になるよう指示。その背中に跨った。
トナカイはもともと山登りが得意。断崖絶壁のような切り立った場所でも自慢の蹄で駆け上がっていくことができる。
ナミはそんなチョッパーの背中に乗って悠々と頂上付近まで登っていった。
あともう少しでゴールというところで、ナミはチョッパーの背中からジャンプして飛び降り、頂上に着地。
まんまと一着をせしめた。
昔、干支の順番を決める競争でねずみが使った手である(一口メモ:干支の順番は、元旦に神様のところへ出向いた順で決まった。ねずみは牛の背に乗り、ゴール直前に牛の角先から飛び降りて一位になった。だから干支はねずみから始まる)。
他にも対策を取った。
ルフィには「あそこに美味しい木の実があるわよ〜」と誘惑し、
サンジには「ロビンについててあげてv」と小首を傾げてお願いした。
ウソップに何の対策も取らなかったのは、チョッパーの脚力には到底勝てないと踏んだからだ。
そして、ゾロにいたっては。
「まぁ、お約束通りってことで♪」
***
「・・・・おかしいな・・・・」
いつまでたっても仲間たちがやって来ない。
もともとハイキングコースに使われるような山なので、ゆっくり登っても小1時間というところ。
彼が頂上に辿り着いてから、かれこれその1時間は経過したような気がする。
それなのにまだ2位の者も来ないというのは遅すぎはしなか?
勝利の余韻も冷めて、さすがのゾロも妙だと感じはじめていた。
それでも、ゾロは自分のミスに気づいていなかった。
まぁ、自分が“迷子”体質であることを頑なに認めてない男だから、仕方のないことかもしれないが・・・。
そう、この島の山はツインピークス。つまり山は二つあった。
ゾロは、ルフィが登ろうと指差した山ではなく、もう一つの方の山を一生懸命に駆け上ったのである。
スタート時点では確かに仲間たちと一緒にいたのに、独走するあまり方向を途中で誤ったのだろう。
これでは、いくら待っても絶対に仲間たちは登ってはこないわけである。
***
もう一方の山では、優雅にサンジを付き従えたロビンが、とうとう頂上まで辿り着いた。
「あら、私達が最後じゃなかったのね」
彼女は既に到着している仲間たちの面子を見渡して、そう言った。
この瞬間、ナミの一週間雑役免除と、
ゾロのナミの雑役肩代わりおよび、一週間トイレ掃除の刑が確定した。
FIN