カウンタ234を踏んでくださったtakaさんへ捧げます。
それはささいなきっかけだったと思う。
私がみかんの木の手入れをしていて、ゾロが船尾での鍛錬を終えて通りかかった。
約束の時間
「ゾロ、お疲れ!これあげる!」
そう言って、私はゾロに向かって、みかんを放り投げた。
みかんは美しい放物線を描いて、私の足元より下のゾロが立つレベルまで落ちていく。
そして、ゾロは片手を挙げ、難なくみかんを手中に収め、歩き去った。
「ありがとよ。」
という呟きを残して。
翌日、ゾロはみかん畑のところまで上がってきた。私がみかんを手渡すと、そのまま階に腰を下ろした。何をするのかなと見ていたら、手にしたみかんを丸かじりし始めた。
今では午後の昼下がりにみかん畑でゾロと会うのが日課のようになってしまった。
船内の作業、航海士としての作業を終えた束の間のフリーの時間を私はみかん畑で過ごす。みかんの世話をすることもあるし、木陰で本を読むだけのこともある。丁度その時間には、ゾロは船尾で鍛錬を行う。それが終わるとみかん畑にやってきて、私からみかんを受け取る。
最初はそれだけだったが、今はゾロはその場に留まるようになった。特に会話らしい会話があるわけではない。話すとしたら、ほとんど私が一方的に話すのだが。
けれど、みんなの前でいる時とは違う穏やかな空気が流れるこのひと時を、私はけっこう気に入っていた。
「暑いわね。」
「そうだな。」
ジリジリ照りつける太陽の下、私はみかんの木の木陰に入って座っていた。一方ゾロは炎天下の中、階に座っている。
「こっち来たら?ちょっと狭いけど。」
そこは暑いでしょ?
ゾロはチラッと私の方に目をやったが、またすぐ目を逸らし、
「ここでいい。」
と言った。
変なの。どうしてそんな暑いところに座っていて平気なのかしら。
私は立ち上がると、ゾロが座っているところまで行き、並んで腰を降ろした。
「なんだよ、暑いんだろ。」
「平気。ここの方が海がよく見えて気持ちいいもんね。」
みかんの木があるところは、メインマストの上に次いで眺望のいい場所だ。私達は船の後方を見つめる形で並んで座る。
「はい、これ。」
私はみかんをゾロに差し出した。
「今日の分はもらったぞ。」
「まあいいじゃない。おまけよ。」
ゾロはいぶかしながらも、みかんを素直に受け取った。ゾロはいつものように丸かじりをしようとした時、
「ちょっと待った。」
「ああ?」
口を大きく開けたゾロが私を見る。
「そのみかんには房は何個入っているでしょうか?」
「はあ?」
ゾロはみかんを剥いて食べないので、房のことなんか気にしたことなんてないんだろうけど、いつも一口で消えてしまうみかんのことを思うと、もう少し時間をかけて食べて欲しくて、そんな質問をしてみる。
「そんなもん、剥いてみりゃ分かるだろ。」
「だめ。それじゃクイズにならないでしょ。」
いつからクイズになったのか、自分でも可笑しいと思ったけど。
「剥かずにどうして分かるんだ。」
「私は分かるわよ?」
私がそう言うと、ゾロは私の方を向いて、ちょっと興味を持ったような表情を見せてくれた。
「へぇ。じゃ、これは何個入っているんだ?」
「うーんとね。これは9個ね。」
私はゾロの手にあるみかんをもう一度手にとって、一つ細工をした後、そう言った。
それを受けて、ゾロはみかんの皮を剥く。
「1、2、3・・・・、ほんとだ、9個ある」。」
「でしょ?」
私は得意満面の顔。ゾロは何故分かったんだと心底不思議そうな顔をしている。
「タネ明かししてあげようか?みかんのヘタのところを見ればわかるの。ヘタを外したらぽつぽつがあるんだけど、その数を数えれば分かるのよ。」
「本当か?」
そう言うので、私はもう一つみかんをゾロにあげると、ゾロは手にしたみかんのヘタを外し、目を細めて数を数え始める。
「それじゃ、これは11個のはず…。」
そう言いながら、皮を剥く。
「11個ある。」
すこぶる感心したその声音に私はとても気分が良かった。
「なんでヘタの数と房の数が同じだって知ってるんだ?」
「小さい頃、ノジコとね、どうにかして食べる前に数が分からないかっていろいろ試したの。それで導き出されたのがこの方法なの。」
「へぇ、ヒマ人のすることは考えられねぇな。」
「ムカ!何よ、その言い方、何事も実験!実験!トライアンドエラーよ!」
「へいへい。」
「あ、実験で思い出した。この間、ルフィとウソップがこんな実験してた。ルフィの指で鉛筆で書いた文字を消せるかどうか。」
「それで?どうなったんだ?」
珍しくゾロが興味を示して追求してくる。
「消えたわ。」
「…そうか、全身ゴム人間だもんな。そりゃ、そうだよな。」
そこで、ゾロはしばらく考え込むような仕草を見せ、そして思い切ったような様子で話し始めた。
「―――じゃあ、あいつの髪の毛ではどうなんだろうな?」
「え?」
「つまり、ルフィの髪の毛で字は消せるんだろうか?」
ゾロは、ルフィは全身ゴム人間なのだから、髪の毛もゴムなのだろうかと、もしそうであれば髪の毛は消しゴム代わりになるのかと、そう言いたいようだ。
「さあ、それはどうなのかしら。あいつの髪ってどんな感触だったかな。覚えてないわね。」
「そりゃそうだろ。」
「え?」
「いや、何でもない。」
そこで、唐突に会話は途切れ、ゾロはゴロンと横になり、昼寝を始めた。
私とゾロの時間はこういう風に、ゾロの昼寝で割と突然に終わりを告げるのだ。
***
翌日も私はいつものようにみかん畑にいて、みかんの木の手入れに精を出している。
今日も暑い。
私は額に浮かぶ汗を軍手をはめた手の甲で拭った。
でも、今日はとっておきのものを用意した。サンジくんに頼んでみかんジュースを作ってもらったのだ。クーラーボックスに入れてあるからよく冷えている。鍛錬後のゾロには丁度よいだろう・・・・。
しかし、今日に限ってゾロが来ない。いつもの時間はもうとっくに過ぎている。そもそも今日は後列甲板で鍛錬すらしていない。一体どこで何をしているのやら。
いつもはルフィの腹時計と同じくらいに正確な時間で鍛錬を始め、そしてみかん畑までやって来るのに。
なんだか気恥ずかしくなってきた。来もしない奴のためにジュースなんか用意して。
昨日来たから今日も来るだろうなんて。別にゾロとはこの時間会おうなんて一言も約束したわけでもないのに。
―――でも、私はそう思っていたんだ。今日までは。
軽い失望感。そんな気持ちが私の心の中に広がるのを止めることはできなかった。
後は黙々と作業をこなす。枝葉を剪定し、みかんを間引く。今日は肥料を持ってきて撒こう。
空虚になった時間を私は必死で埋めるかのように手を動かした。
一通り作業が終わると、脚立から降りた。肥料を取りに倉庫へ向かうべく階段を下りようとした時、
―――ゾロが現れた。
少し息咳き切っているような、慌てて来たような、そんな感じだった。でも、私はそんなゾロを無視して、階段を下りていく。
「ナミ。」
「何?」
「今日の分は?」
今日のみかんは無いのかと言いたいらしい。
「・・・・勝手に取れば?一つくらいならかまわないから。」
いつもは私が手渡すんだけど。今日の私は少しへそを曲げていたので、そんな物言いしかできない。
それに、開口一番にみかんのこと?そんなことしか言えないの?
私はゾロをその場に置いて、倉庫へと向かった。
えっと、肥料はどこにしまったかな。めったに使わないから、どこにあるのかすぐには分からない。
荒縄や材木はよく使うし、大きいからすぐに目がつくんだけど。
前面に置いてある、それらを押しのけて、ようやく肥料の麻袋を見つけた。
よっこらせと両手で抱えるようにして持ち上げる。これは5キロはあるはね。これを階上のみかん畑にもっていくのは一苦労だわ。
倉庫を出ると、ゾロがいて、無言で私から肥料袋を取り上げた。
「あ…。」
私はかなり間の抜けた声を上げた。
ゾロは私が必死で持ち上げた袋をまるで重さを感じてないかのごとく軽々と肩の上に持ち上げて、私を見ている。
「これ、上に運べばいいのか。」
「え、ええ。」
ゾロが手助けをしてくれたのだと気づいたが、礼も言えずに私はただ呆然とゾロを見返した。
そんな私を放ってゾロはさっさとみかん畑の方へと歩き始めた。私も慌ててその後を追う。
「それで、これは後、どうすんだ?」
「えっと、土の上に撒きたいんだけど。」
「分かった。」
そう答えるとゾロは肥料袋を開けると素手を突っ込み、肥料を鷲掴みして取り出すと、土の上にぶちまけ始めた。やり方はすごく粗暴なのだけど、ゾロがみかん畑のためにやっていることには変わりはない。
とても驚いた。
私がいつも世話をしてても、ついぞみかん畑には寄り付きもしないし、私が手伝えと言っても手伝ってくれたこともないゾロが、今、肥料撒きをしている。
重い荷物を取り上げた上、畑の世話の手伝い。
そこでようやくゾロが私の機嫌を取ろうとしているのだと気づいた。
ゾロはゾロなりに今日、遅れて来たことに対して罪の意識を抱いているようだ。
それは、つまり、ゾロもいつものこの時間を気に止めていてくれていたということ。
そのことが嬉しくて、また、不機嫌な私の対処に困って不器用なマネをしているという事実が可笑しくて、私は思わず笑ってしまった。
肥料撒きが終わったら、ゾロによく冷えたみかんジュースを振舞おう。
***
さらに翌日、私は食堂兼会議室にある舵から手を離し、本日の前半の航海作業の確認を終えた。サンジくんに手を上げて挨拶して、部屋を後にする。
さて、フリーの時間になった。そろそろみかん畑に行こうと思っていたら、メインマストのそばでルフィとウソップが額を突き合わせて何かゴソゴソとしているのが見えた。
「あんた達、何やっているの?」
2人とも、床の上に広げた小さい紙を必死で見ているようだった。
ウソップが顔だけを上げて言った。
「ルフィの髪の毛で文字が消せるかどうかの実験だ!」
なんと!それはつい先日、ゾロと私の間でも話題になった実験だった!
「それで?結果はどうだったの!」
思わず大声で問いただしてしまう。
「消えた!!」
そう大声で叫んで、今度はルフィが顔を上げて私を見た。
その実験の結果より、そのルフィの顔に驚いて、続いて吹き出してしまった。
実験に使う髪の毛を彼は前髪から調達したようだ。
彼の前髪は段違い平行棒のようにザックリ切られていた。
いつもはギザギザメッシュでそれなりに様になっているのに、今はまるで前髪だけお坊ちゃまのようだ。
吹き出すだけでは済まなくなって、ルフィを指差し、大笑いしてしまった。
「アーッハッハッハ!あんた、なに、その頭!あー可笑しい!」
「何だよ。仕方ねぇだろ。」
ルフィは笑われたことにムッとして、唇を尖らせる。
「だって、だって、前髪だけ坊ちゃん刈り…!!!ぷ…!」
ウソップは私に指摘されて初めてルフィの前髪のことに気づいたのか、一緒になってルフィを指差し、笑い始めた。
「うわ、おめーそりゃねーだろ。ぶーはっはっは!」
実験の相棒のウソップにまで笑われてルフィは不機嫌この上ない。
私はさすがに悪いと思い、必死で笑いを堪えて、フォローを入れた。
「ごめん、ごめん。でも、その髪は変よ。私が直してあげるわ。」
私はウソップからハサミと櫛を借りて、胡座をかいているルフィの背後に回って膝立ちになり、ルフィの髪に触れた。
あら、普通の髪の毛の感触だわ。これでもゴムの性能を持っているのかしら。
私がルフィの髪の毛を梳るのが気持ちいいのか、ルフィは目を閉じて、されるがままになっている。
前髪を自然な風に切り込んでいく。今までのルフィのイメージになるように。
ついでに後ろの方の髪の毛も簡単に刈って行く。一箇所だけ短くなっているのは変だから、全体的に短くしていくつもりで。
「あー、なんだかお母さん床屋さんみたいだなー。」
目を閉じたまま、ルフィがのん気なことを言い出す。
「あんたもこんな風にお母さんに髪の毛切ってもらったの?」
私はベルメールさんに切ってもらった時のことを思い出しながら訊く。
「おお、そうだ。ナミもか?」
「ええ、あるわよ。」
「一緒だなー。」
「そうね。」
「ナミ。」
「なぁに?」
「ゾロといつもみかん畑で何してるんだ?」
ジャキン。
うわっ、切り過ぎちゃった。
ごまかすために私は切りすぎた個所を手で何度も梳いた。
まさか、今、ルフィからこんなこと訊かれるなんて思わないじゃない?
「何って…。」
私が口篭もっていると、
「お前ら、つきあってんのか?」
更なるルフィの質問。
私は咄嗟にウソップの方を見てしまった。ウソップはわざとらしく目をそらす。
その挙動で私とゾロが会っていることは周知の事実なのだと知った。
落ち着いて、落ち着いて。
「別に、そんな関係じゃないわよ。」
「じゃあ、どんな関係なんだ?」
どんなって―――私は思わず絶句する。ルフィの髪を梳く手が止まってしまった。
私とゾロってどんな関係?
私は自分達の関係に当てはまる言葉を上手く導き出すことができない。
結局、この言葉を選んだ。
「仲間よ。」
「仲間か。」
「そうよ。」
「そうか。」
それでルフィは納得したようだ。
その時、
「あ、ゾロだ。」
ギクッ。
何なの、今日は。心臓に悪いことばっかり。
前方を見ると、確かにゾロが腕組みをして仁王立ちになって私達を見ている。その目はどことなく剣呑だった。
それで気づく、今日は私がすっぽかしてしまったと。いつも会う時間はもうとっくに過ぎていた―――。
「何やってんだ、お前ら。」
「見りゃわかるだろ。お母さん床屋さんだ!」
「なんだそりゃ。」
そうゾロは言うと、それきりものも言わず真っ直ぐ私達の目の前を横切り、メインマスト下の男部屋へと降りていってしまった。
「ゾロ、怒ってたな。」
ルフィの言葉に私は溜息が出た。
「あんたもやっぱりそう思う?」
***
その後、ゾロとは一言も口を聞いていない。食事の時は隣り席だから、いつもなら、二三、言葉を交わすのだか、ゾロからは目に見えないが人を寄せ付けないオーラが発せられていて、話し掛けることもできなかった。
ゾロは明らかに機嫌を損ねている。
原因はハッキリしている。私がいつもの時間にいつもの場所に行かなかったから。
どうしたらいいのだろう。
昨日はゾロが遅れてきて、私の機嫌を取ろうと努力してくれた。
ということは、今度は私が礼節をもって彼にあたるべきなのだろう。
今私が行動に出なければ本当に終わってしまう。
そして結局、私にはこれしか思いつかなかった。
今夜はゾロが見張りの日。私は意を決して、メインマストを登っていく。
見張り台の床の上に胡座をかいて、ゾロはいた。私が登ってきていることなど、とっくに気づいているはずなのに、無視を決め込んで目を閉じている。
これでは見張りの役目は果たせないだろうに。
「ゾロ。」
名を呼んでも、ゾロは微動だにしない。
肩に触れて揺さぶろうかと思ったが、少し考えて、彼の傍らに置いてある三振りの刀に手を伸ばした―――
ガシッ
と、音がするくらいの勢いで手首を掴まれた。
同時に鋭い眼光が私を射る。
「何のマネだ。」
私の第一の目的は達成できた―――ゾロが私を見てくれた。
次いで私はもう片方の手に抱えていた年代物のウイスキーを差し出した。
これくらいしか、思いつかない。ゾロが機嫌を直してくれるものなんて。
しかし、ゾロの機嫌はそれでは直らなかった。
「こんなもんで済むと思うなよ。」
「じゃ、どうしたらいいの?」
「俺はケジメが無いのが嫌いなんだ。来るなら来る。来ないなら来ない。はっきりしろ。」
「・・・・分かった。じゃあ、もう行かない。」
「なんでそうなる!!」
「うそ、冗談よ。ちゃんと行きます。これでいいでしょ?」
ゾロは無言で掴んでいた私の手首を離した。
そして、
「ああ。」
と一言。
ゾロの声から錆が抜けていた。
なんて呆気ない。こんな簡単に済むことだったの。
ホントに単純なことだった。ゾロは約束を守らないのが嫌い。ただそれだけのこと。
言葉にはしていなくても、あの時間は私達2人にとっては約束の時間だった。
そして、今、言葉で約束を取り交わしたから、これからもいつもあの時間に会えるのね。
ずっと会えるのね。
良かった。
もうこれで充分。
「それじゃ、私、もう寝るから。」
私は見張り台の縁に足を跨がせて、ゾロを振り返る。
ゾロの腕の中に納まったウイスキーを確認して、ゾロに言った。
「おやすみ、ゾロ。また明日。」
「ああ。」
あ、そうだ。一つ訊いておこう。ルフィに訊かれた問いを。ゾロはどう答えるだろう?
「ゾロ、私達の関係って何だと思う?」
その質問に一瞬、ゾロは目を見開き、言葉を失った。
目が泳ぎ、必死で無い知恵を絞っているようだ。
でもやがて、
「仲間だろ。」
と言った。
やっぱりね。
FIN
<あとがき或いは言い訳>
「seafood」さまのところで私が444を踏んだとご報告した時、丁度takaさんも
当サイトで234を踏まれたとのことでした。
それで、お互いリクエストし合おう!ということになったのです。
ちなみにtakaさんから頂いた素敵SSは宝物庫に既に奉納してあります。みなさん、
ぜひご覧になってくださいね。素晴らしいですよ〜。
さて、takaさんが私にくださったお題は「ナミがゾロとつきあうようになったきっかけ」
でした。しかし、これが私には非常に難しかった。気合入れて取り組みましたが、
こんなヘンテコリンなお話に(T_T)。でも今の私にはこれが勢一杯なのです〜。
takaさん、ゴメンナサイ。う、受け取ってもらえますか?(返品可ですよ〜。)