カウンタ１００００を踏んでくださったみづきさんへ捧げます。
やさしく額に手を置かれ、頭を撫でられた。
軽く手の指で、髪の毛をくしけずるように撫でられた。
誰だろう？
そう思って目蓋を開けようとするのだけど、重くて開かない。
また撫でられる。
大切なものを慈しむかのように。
ああ、とても気持ちいい。
なんてやさしい手。
まるで、ベルメールさんに撫でられた時のよう。
やさしい手
「さて結果を発表します！俺様５２４点、ゾロ３３２点、ルフィ２１３点、チョッパー１０９点。よって俺様の優勝〜！ビリはチョッパー！」
「罰ゲーム！罰ゲーム！」
前列甲板で、男達のけたたましい歓声が聞こえる。ルフィが両手を打って囃し立てている。
ナミは風呂上りに水を飲もうと食堂へ行った時にその光景を見た。
食堂に入るとサンジがいて、ナミの意を察したように流れるような動作でコップに水を注いでくれた。
水は程よく冷えていて、ガラスのコップの表面に水滴ができた。
「何騒いでるの、あいつら？」
「トランプ。」
「トランプ？ゲームしてるの？」
「そう。最近ブームでね。毎晩やってるよ。そんで最後にはいつもくだらない罰ゲームして喜んでるんだ。」
罰ゲームねぇ･･･とナミが呟くと、サンジが今までにあった罰ゲームのほんの一例を挙げてくれた。
手の甲のしっぺから始まって、酒の一気飲み、わさびかじり、サンジの目を盗んで冷蔵庫から食材を盗むなんていう肝試し的なものもあったらしい。
「サンジくんは参加しないの？」
「俺はああいう子供っぽい遊びはしないんです。」
「へー、そうなんだ。」
「ナミさん、俺と別の遊びしようよ。」
「私、トランプ大好きｖ あいつらの仲間に入ってこようかなぁ。」
そんなナミの返答にサンジが肩を竦める。
「またまたナミさんは。」
「フフ。じゃ、おやすみ！」
注いでもらったガラスのコップをサンジに返し、ナミは女部屋へと戻った。
今夜はロビンが見張り役なので、女部屋を独占できる。
航海日誌をつけ、少し地図を書いたり、ソファに寝転んで本を読んだりしていた。
そのままいつの間にか眠りについた。
そして、事は起こった。
やさしく額に手を置かれ、そのまま頭を撫でられた。
軽く、五本の手の指で髪の毛をくしけずる。
誰だろう？
そう思って目蓋を開けようとするのだけど、重くて開かない。
また撫でられる。
大切なものを慈しむかのように。
ああ、とても気持ちいい。
なんてやさしい手。
まるで、ベルメールさんに撫でられた時のよう。
髪から指が逃げていく気配がして、それが名残惜しくて、捕まえるように手を伸ばした。
誰かの手首を掴んだ確かな手応え。と同時に目を開く。
（え？）
相手を視認して、驚きのあまり手の力が緩んだ。
その隙に手首を捕まれた主はサッとナミの手を振り解き、バタバタと女部屋を出て行った。
（･･･････）
暗い女部屋の中ではあったが、不精して机のランプを点けっぱなしでベッドに潜り込んでしまったので、明かりは十分にあった。
だから、相手の顔も分かった。
あれは････。
（ゾロだった）
呆気に取られて見送ったものの、今になってハッととんでもない事実に気づく。
ここは女部屋だ。しかも深夜。ロビンは見張り当番で今夜はナミ一人きりだった。
そんな部屋にどうしてゾロがいたのか？
（夜這い？）
まさかね。
サンジくんじゃあるまいし。
あのゾロに限って。
でもゾロが女部屋にいたのは紛れも無い事実。
何よりも、あの――なんともいえないやさしい手つきで、ナミの頭を撫でてくれたではないか。
あれは･････一体どういう意味なんだろう。
心がざわめく。
妙に落ち着かない。
（ええい）
とてもジッとしていられず、ナミはベッドから抜け出し、出口への階段を駆け上がった。
ゾロを捕まえて、どういうつもりだったのか、問い詰めるつもりだった。
＊＊＊
「あ、ゾロが戻ってきた！どうだった？うまくいったか？」
前列甲板でベタっとだらしなく座り込んでいた男達（サンジ除く）が、色めき立ってゾロを見る。
しかし、ゾロはむなしく頭を横に振った。
「なんだ、しくじったのか？」
「そもそも無理だろ。」
「そんなことないだろう。ナミ、寝てたんだろ？」
「確かに寝てたが、途中で目を覚ましやがった。」
「まさか、起こしたのか？何十本も抜こうとしたわけじゃないよな？」
「そんなことするか！」
「じゃ、できるだろ。１本くらいなら。」
「何を抜くって？」
「え？髪の毛を。」
「なんのためにそんなことするの？」
「だから、罰ゲームで、『女部屋に潜入。ナミに気づかれないように髪の毛１本抜いてくる』･･･」
そこまで言ったウソップが、恐る恐る声がした後ろを振り返る。
いつの間にそこにいたのか、額に青筋を浮かべたナミが腕組みをして立っていた。
「その罰ゲーム、一体誰の発案？！」
「はいぃぃ！俺様です！」
ナミのあまりの剣幕に、ウソップが半泣きになって挙手する。
「アンタは、乙女の髪を一体なんだと思ってるの〜〜〜〜！！」
ウソップの首を締めながらユサユサと前後に揺する。
「アハハハハ！ウソップが変な顔になってるーー。」
「アンタが笑うなーー！」
「ヘブッ」
その様子を面白がって笑っていたルフィの顔面にパンチが入った。
「で？実行犯がゾロなわけ？！」
お鉢が回ってきて、ナミにジロリと睨みつけられたゾロが、たじろいで半歩足を引いた。
「アンタが私の――」
「違うんだ、ナミ！」
ナミがゾロに詰め寄ろうとした時、それまで怯えて竦んでいたチョッパーが人型になってゾロの前に立ちはだかった。
「俺が、ホントは俺がビリだったんだ！ホントは俺が罰ゲームしなくちゃいけなかったのに、ゾロが代わりに行ってくれたんだ！俺がびびって、ナミに殺されるって思って、俺がグズグズしてたら、ゾロが代わってやるって言ってくれて。だからゾロは悪くないんだ。俺が悪いんだよ！」
「ゾロはさー、今まで一度も罰ゲームしたことが無かったから、一度はやってみろって俺達もはやし立ててさー、それでゾロが行くことになって。」
バツの悪そうな顔をしてウソップもゾロを庇うように告白した。
「ナミ、ごめんね！ホントにごめんね！」
またいつもの人獣型に戻ったチョッパーが、つぶらな瞳をうるうると潤ませてナミを見上げる。
うっ････こういう顔されると･･･ちょっと･･･強く言えなくなるのはなぜだろう。
チョッパーって、人獣型とそれ以外の使い分けを心得てるわよね･･･。
チョッパーに全力で謝られて、ナミも怒る気が殺がれてしまった。
「分かった。もういいわよ、チョッパー。その代わりあんた達、次ヤったらホントにホントに承知しないからね！」
後半の言葉は、その場にいた男達全員に向けられたものだった。
立たされ坊主のようなチュッパー、ウソップ、ルフィを順番に睨みつける。
しかし、ゾロには目もくれなかった。
（･････？）
それに違和感を感じたゾロはナミを見たが、もう彼女はいつもの表情をしてチョッパーと話し込んでいた。
＊＊＊
それからというもの。
ナミとゾロの間で冷たい空気が醸し出されるようになった。
あの夜以来、ナミは完全にゾロを無視していた。
いつもの食卓なら、ナミはゾロの隣に座るのだが、今は絶対に座ろうとしない。
それどころか、ゾロと食事の時間をずらそうとする。
ナミが早めに食事を取って、ゾロが食堂に入ってきた途端に出て行くのだ。
何も知らないサンジは、そんなナミの態度を不思議そうに見送った。
「なぁ、なんでナミさん怒ってるんだ？」
「航海士さん、一昨日の夜からご機嫌斜めね。あの夜、上から見てただけだからよくは分からないのだけど、前列甲板で何か揉めてたみたいだったわ？」
「「「「･････。」」」」
同じく事情を知らないロビンも問うが、関係した男達は不自然な沈黙を守ってモクモクと食事を続けるだけだった。
「ロビンちゃんも、ナミさんがなんで怒ってるのか知らねぇの？」
ロビンは知らないと大きくかぶりを振った。
サンジはため息をついて、やおら男達を睨みつける。
「てめぇら…ナミさんに何しやがったんだ、ああーーん？！」
サンジが手にしていたおたまを振り上げて凄んでみせると、ビビったウソップが食事の手を止めてポツポツと事情を話し始めた。
「そりゃ、お前らが悪いな。」
「分かってるって！だからナミにはいっぱい謝ったんだ！」
「その時はナミも許してくれたんだが、ゾロにはあんな態度なんだぜ。」
チョッパーとウソップが口々にサンジに弁解する。
ルフィはあまり気にしてる風でなく、ガツガツと食事を続けていた。
ゾロはというと、まるで自分には関係無いとばかりに黙って口に食べ物を運んでいる。
「いや、だからってお前らがいくら謝ってもな････」
残りの言葉を呑み込んで、サンジは呆れたようにゾロを見た。
ゾロは一瞬だけ煙たそうにそんなサンジの視線を受け止めたが、すぐに目を反らした。
＊＊＊
「まーアレはだな、一種のアクシデントというか、コラボレーションみたいなもんだ。」
「はぁ？」
「俺様が素晴らしい罰ゲームを考え出す。そしてその実行を本来担うはずだったチョッパーが逃げ出す。そして代わりにゾロが担う。こう連鎖反応というか化学反応というか、そういう絶妙なコンビネーションが生み出したもんなんだ。だからさーあんまゾロに冷たくしないでやってくれよ？ゾロはチョッパーの身代わりってだけなんだから。」
「だから、その件はもう分かったって言ったでしょ。」
結局、ナミとゾロの様子を見兼ねたウソップが女部屋に乗り込んでナミの説得に当たっていた。
ソファベッドに両足を前に投げ出して座るナミは、ウソップの訳のわからない説明を聞いては怪訝そうな声を出す。
「分かってねぇ！お前のゾロに対する態度、変だぞ。みんなもそう思ってる。」
「そんなことないわよ。」
「いーや、どう見てもゾロを避けてる。あれじゃゾロが可哀相だ。とんだとばっちりなんだからさ。」
可哀相って。
可哀相なのはこっちの方だ。
「せめて理由を説明してくれよ。」
「理由っていったって。」
なんて説明すればいいのか分からない。
罰ゲームのことは、ハッキリ言ってもうどうでもいい。
むしろ。
ゾロがナミの頭を撫でたこと。
しかもあんなにやさしく。
そして、そのことで僅かに胸が高鳴った。
とても嬉しく感じたのに。
それなのに、ゾロはただ単に罰ゲームとしてナミの髪に触ったに過ぎなかった。
やさしく撫でようとかそういう気持ちが発端となっての行為ではなかった。
気持ちも何も篭ってなかった。
ナミの髪の毛を抜くためだけ。
ただそれだけの行為。
そのことが悔しくてショックだった。
でも所詮はナミの一人相撲。
ゾロにとっては何の気なしの行為だったのに、一方のナミは一瞬でも浮かれてしまった。
そんな自分がとても恥ずかしい。
そして、ゾロのせいでそんな感情を持つハメになったことが腹立たしい。
ナミ自身も冷たい態度を取っているのは分かっている。
でも、こうでもしないとやりきれない。
あのやさしい手を今も忘れられないなんて。
（あの時の私のトキメキを返してよ）
って、言いたい。
＊＊＊
一方、食事の後、マストにもたれて昼寝をしようとしてたゾロの元に、チョッパーが今にも泣きそうな表情で佇んでいた。
「なんでナミは許してくれないんだろ？俺、あんなに謝ったのに。」
「ナミが怒ってるのは、お前じゃなくて、俺だ。」
「でも、あれはゾロのせいじゃないよ！ナミも分かったって言ってくれたのに。」
「俺には、なんであいつが怒ってるのか、分かる。」
「え！？なんで？」
「それは･････」
ゾロは左手を目の前にかかげ、じっと見つめた。
反芻するかのように、指を閉じたり開いたりする。
ともすれば、今でもあの柔らかな髪の感触が蘇ってくるようだ。
そのままいつまでたっても何も言わないゾロに業を煮やしたように、チョッパーが立ち上がる。
「俺、もっかい行って謝ってくる！」
チョッパーの言葉にハッとなって手を下ろし、必死な形相のチョッパーを見た。
「無駄だって。」
「でも！」
「そもそも、お前がそんなに心配する必要ねぇんだよ。」
「だけどこのままじゃ、いつまでたっても二人は仲直りできないよ。」
（仲直りか････仲直りな。）
ゾロとて、いつまでもナミにあのような態度を取られて面白いわけがない。
ナミに無視され続けたここ数日。居心地が悪くて後味が悪くて仕方が無かった。
以前は屈託無く笑い合っていた。
酒もお互い強いから、夜にはどちらからともなく酒を酌み交わす仲であったのに。
それが今は見る影もない。
せめて元通りに。
そう願わずにはいられない。
ナミがあの夜の自分の行為に怒っているのは間違いない。
自分でもなんであんなことしでかしたのか理解できないが、ナミの髪の毛に触れた途端に手を離せなくなった。
いつまでも触れていたいと思ってしまったのだ。
―――いや、だからってお前らがいくら謝ってもな････
先ほどのサンジの言葉が脳裏を過ぎる。悔しいが、その通りだ。
「つまり、仲直りってのは、」
そう言いながら、今度はゾロが立ち上がった。
「本人同士が向き合わなきゃ、始まらないってこった。」
（これは、俺とナミとの問題なんだから）
心配そうに見上げる視線に気づいて、ゾロは軽くチョッパーの帽子を叩いてやる。
「大丈夫だって。今夜には元に戻ってっから。」
「ホント？」
「ああ。」
＊＊＊
ウソップが頭を掻きながら女部屋の入り口を抜け出してきた。
「やれやれ、頑固なヤツだぜ。ありゃどうしようもねぇ････ってゾロ。」
「ナミ、いるか？」
「いるけど。ナミのヤツまだ全然。だからあんま刺激しない方が。」
ゾロはウソップの忠告を意に介せず、ウソップの肩をポンポンと叩くと、入れ替わるようにして女部屋へと入っていった。
「やれやれ。」
（最初からそうしてくれよ）
ウソップの声にならない想いがため息と共に漏れた。
＊＊＊
ゾロはすごいな。
本当にその夜にはナミの機嫌が直ってた。
･･･というよりも、妙に幸せそうなんだけど。
あのナミがここまで機嫌よくなるなんて。
ゾロは一体どんな魔法を使ったんだろ。
ＦＩＮ
＜あとがき或いは言い訳＞
カウンタ１００００を踏んでくださったのはｊｕｍｂｌｅ ｓｈｏｐのみづきさん。
いただいたお題は「仲直りするゾロナミ。仲介人が、ゾロはチョッパー、ナミはウソップ。」でした。
お話を考え中、ゾロがなかなか仲直りしにいってくれなくて困った。で、ダンナに相談。「ちょっと気になる女の子とケンカした時、どうやって仲直りする？」と。
そしたら、答えその１が「謝りの手紙を書く」。
その２が「グループデートを企画して、デート中にさりげなくやさしくしてあげる」。
どちらも却下しましたが(-_-;)（その１は某マスター様が使っておられたし、その２は私にはそんなゾロを想像できなかった・・・）。
結局、その３の答えを採用し、このお話は出来上がりました＾＾。
チョパとウソピが果たして仲介者といえるのか疑問な感じもするのですが（汗）、みづきちゃん、受け取ってくれてホントにありがとうございました！