むかしむかし、ある国にそれはそれは美しいお姫様が住んでいました。
その姫様は、またたいそう力を持った魔女でもあったのです。
日照りの日が続けば雨を降らし、雨が続けば風を読んで雲を晴らしたり。
力を使った時は村人達からそれ相応の報酬も得たりしておりましたが、そこら辺は持ちつ持たれつ。
王家と村人は平穏な日々を送っておりました。
これが面白くないのが、その土地に住む黒の魔女です。
魔女は村人が自分ではなく、姫君を頼るのが気に入りません。
ある日、とうとう魔法合戦を挑みました。
お互いが持てる魔力を全てぶつけあう戦いは、長く、激しく続きました。
人々は恐れおののき、ただ早く終わってくれと祈るばかりです。
終わりの見えない戦いは、姫君が一瞬だけ見せた隙を魔女につかれて終止符を打たれました。
倒れ伏す姫君に、魔女は高らかに笑いながら呪いをかけます。
「これから気高くも美しい姫君は永遠の眠りの床につくだろう……死ぬ事も生きる事もなく、ただ眠るのみ……その純血を男によって奪われるまではね」
魔女の高笑を聞きながら、姫君は己にかけられた呪いに愕然とします。
寝ている間に、どこの誰ともしらない男に己の操を奪われる……恐怖と怒りに震えた姫君は、お城の人々を全員外に叩き出して1人お城に立てこもります。
そして最後の力を振り絞ると、お城に己の最大級の魔力をかけて誰も中に入れないようにしてしまいました。
己の力を打ち破れない相手以外に、誰もこの身をかけられたくないと言い残し……。
それこそが魔女の狙いだと知っていながら、姫君は自らを城の奥に隠して永遠の眠りにつきました。

姫君の美しさや力欲しさに、噂を聞きつけた王様や王子、力自慢にならず者が、我こそはとお城にやってきます。
ある者は悲鳴を上げて逃げ帰り、心根悪い者の中は帰ってこないこともありました。
城は中から蔓延った木々に覆われてゆき、いつしか人々からも恐れられ、誰も寄りつかなくなってしまいました。

それから300年……。







眠れる森の姫君  −1−

roki 様




使い込んだナップザックに、腰には刀を3本。
見た目、剣士なのか賞金稼ぎなのかトレジャーハンターなのか判らないこの男。
尋ねれば「まあ、それ全部かな」と答える。
名をロロノア・ゾロという。用は何でも屋だ。
あちらこちらを、迷いながら……いや放浪しながら気ままな旅を続けている。


その日も、森沿いの道をテクテク歩いていた。太陽はほぼ西の空に傾き掛けている。
出来れば完全に日が落ちる前には町か村には着きたいが、そうでなければ何処かで野宿でもかまわなかった。そういう事には慣れているし、夜に獣に襲われても問題ない。それを撃退出来るだけの己の力を十分に知っていた。
「とはいえ、ここはどこら辺だ?」
初めて来る道である。
もっとも彼にとっては、いつも初めて通る道だった。
過去にひょっとしたら通ったかもしれないが、よほど大きな目印がないと判らない。
そう、彼は天然の迷子気質だったのだ。
「こりゃ、村が近くにあるかどうかもわからねぇぜ。諦めて野宿の支度でもすっかな」
切り替えの早いゾロは、暖かいベッドで寝るのを諦めると森の中に入っていった。
こんもりとした森だ。濃い緑が生い茂り、ツタを生やし、木の枝が視界を防ぐ。
今日の寝床と、出来れば水場が欲しかった。食料は何とか足りそうだが、動物を捕まえるか果物が見つけられればその方がいい。
がさがさと濃く茂った森を歩いていくと、何処からか柑橘系の匂いが漂ってきた。
思わず鼻をくんくんと鳴らしながら、匂いの方向に向かっていく。
やがて、美味しそうなミカンの木が生えているのが目にとまる。
「お、ラッキー♪」
喜んだゾロは、さっそく1つをもいで大きな房を口の中に放り込んだ。
口の中に広がる甘酸っぱい味。
「うめー!」
その美味しさを堪能しながら森を仰ぎ見ると、木々に隠れるように白い壁が見える。
不思議に思って近づいてみると、森だと思っていたのが実は大きな古い城だった。
あちらこちらに緑のツタがびっしりと絡み、また背の高い木や灌木が城を隠すように覆っている。
「へー……こんなところに城があるのか」
いささか感慨深げにゾロは呟いた。
人の気配のない、朽ち果てた城。
かって栄光を繁栄しただろう形跡は、もう何処にも残されていない。
ゾロは手に持ったミカンを軽く掲げて、かってこの地に住んだ人々の冥福を祈った。
その時、近くで人の気配を感じる。
用心深く刀に手をかけたが、すぐに警戒を解いた。
少し調子の外れた幼い歌声が、木々をかき分けながらこちらに近づいてくる。
やがて小さな少年が、木々の合間からひょっこりと顔を出した。
背中に大きなカゴを背負っている。
「ラララ♪この香りよ〜♪風にのって届ーけよーぅー♪ねーむるー姫の〜♪枕もーとーにー♪」
気分よく歌いながらミカンをもいで、カゴの中に放り込んでいく。
もいだミカンをその手にもって、爽やかな香りにうっとりしていた少年は、見知らぬ男が自分を見ていることに気がついて目を剥いた。
「うひゃあ!」
悲鳴を上げて飛び上がると、一番近くの木の後ろに急いで隠れた。
「こら、別に隠れなくていいだろ」
「だ、誰だ?」
「俺は、ゾロっていうんだ」
「……剣士なの?」
男が腰に下げた刀を見て、少年が訪ねる。
「まぁ、そんなものだ」
ゾロが答えると、少年は恐る恐る顔を出す。ただし顔より身体から下の方が思い切りはみ出ている。
「おまえは、ここら辺の子か?」
「う、うん。チョッパーっていうんだ」
「そうか……ところで変な歌、歌ってたな」
「変な歌じゃないよ。お城で寝てる『眠り姫』への歌なんだよ」
ゾロへの警戒心を解いたのか、チョッパーは隠れるのを止めて姿を現した。
「眠り姫?……って、この城で寝てるのか?」
廃墟にしか見えない城を思わず振り返る。こんなところでわざわざ?
「変わった姫さんだな」
「違うよ!眠り姫は魔女に呪いをかけられて、永遠の眠りにつかされちゃったんだよ!」
チョッパーは口を尖らせて抗議した。
「永遠の眠り?」
「うん。もう300年も前の話だって。俺もばーちゃんに聞かされたんだ」
「へえ……300年ね……」
なんだ、おとぎ話か。とゾロは納得した。どっちにしろ300年もたてば本当に永遠の眠りについてるだろう。
「おとぎ話でもないし、その呪いはまだ生きているんだよ」
突然、背後から声をかけられゾロはギョッと振り返る。
いつのまに現れたのか、背の高い老婆が灌木の間に腕組みをして立っている。
まるで男のようにズボンを履き、派手なシャツとチョッキを着けている。
銀色に光る白髪を一つにまとめ、厳しそうな顔立ちをしていた。
「あ、ばーちゃん」
少年が、カゴを背負い直して嬉しそうに近寄っていく。
「……って、人の心を読んだのかよ」
「誰でも読めるさ。そんな口調じゃね」
ふんと鼻を鳴らす老婆に警戒しつつ、ゾロはさっきの言葉が気にかかり訪ねた。
「呪いは生きてるって?……っても、そんな大昔だろ?」
「300年なんてたいした年月じゃないさ。それより誰だい?」
「ゾロっていうんだって」
チョッパーが答えると、老婆は僅かに目を見張った。
「……城に興味があるのかい。あんたトレジャー・ハンターかい」
「まぁ、そんなもんだ」
「さっきは剣士って言ってたじゃん」
不満げな声を上げるチョッパーにかまわず、老婆は話し始めた。
「今から300年前だよ。この城に一人のお姫様が住んでいた……そしてその姫は魔女でもあったのさ」
「……魔女?」
「そうさ。村の人間は作物を育てる時に、その姫によく世話になっていた……まあ、人望もあったんだろうね。それを面白くなかったのが黒の魔女・アルビダだ」
アルビダは、姫に魔法合戦を挑んだ。
お互いが持てる力を全てぶつけあった戦いは長く激しく続き、人々は恐れおののいて早く終わってくれと祈るばかり。
「だが、姫が僅かな隙を見せた時に決着はついた。負けたのさ……お姫様は」
老婆の顔にふと僅かな憐憫が漂う。
「勝負に勝った黒の魔女は、姫にこんな呪いをかけたのさ。その純血を男によって奪われるまで、姫は永遠の眠りの床につくだろうってね……」
ゾロの顔が不快そうにゆがんだ。
「えげつない呪いだな……」
「姫もそう思ったんだろうね。最後の力を振り絞って、城から人を追い出すと中に籠城した。そして、誰も寝ている自分へ近づけないように、城の中に魔力をかけたのさ」
「……まさか……今までずっと!?」
声を張り上げるゾロに、老婆は軽く肩をすくめた。
「さあね。それから誰も姫を見た人間はいないからね」
「……だからって」
「姫の魔力を欲しがる者。その美貌を欲しがる者。山程の人間が我こそはとやってきたそうだよ。だが誰も姫の元へは辿り着けなかった……ある者は逃げ帰り、ある者は自分を見失った。邪な考えを持つ者は帰ってくる事も出来なかったらしいよ」
そして、ふふんと笑って城を振り返る。
「姫は魔女に呪いをかけられ、そして城には姫の呪いがかけられたのさ……」
「怖い」
チョッパーがぶるりと震えると、ゾロが苦く笑ってみせた。
「意識のない人間を無理矢理どうこうしようなんて奴は、それぐらいされても文句言えないんじゃねェのか?」
その言葉に老婆は軽く目を見張ったが、ゾロはそれに気づかず城を仰いだ。
緑に覆われ、ひっそりと世界から隠された古い城。
そのもっと奥に隠れてしまった孤独な姫君。
ゾロが感じたのは哀れさだった。戦いに敗れた末の結果なら、しょうがないかもしれない。
だが300年は長すぎる。黒の魔女がかけた呪いも不快だった。
「そんな話しがいつまでも残ってるのも哀れだな……なら、俺が呪いを解いてやろう」
「え!?」
「なんだって?」
チョッパーと老婆が、驚いて振り返る。ゾロは既に身支度を調えて首をぽきぽきと鳴らした。
「お姫様に会いにいくの!?」
目をきらきらさせるチョッパーの額を、ゾロは笑ってこつんと突いた。
「あのな……いくらなんでも300年もたてば骨しか残らねぇよ。ただ俺がそのお姫さんを見つけられたら……少なくとも埋葬ぐらいは出来るだろ」
老婆の鋭い目が、驚いたように見開かれる。
「その為に……?」
「まあ、誰も達成した事がないなんて面白そうだしな。どうせ暇だし」
そう言って不敵に笑う男に、老婆は再度尋ねた。
「もし、姫君がまだ生きていたらどうするんだい?若く美しいそのままで生きていれば……その純血を奪うかい?」
ゾロはその視線を正面から受け止めた。だが表情を少しも変えず言い切った。
「言っただろ?意識のない人間を無理矢理どうこうする趣味なんてねェよ。だいたい、それが嫌で閉じこもったんだろ?」
「ああ。だが、それなら魔女の呪いは永遠に解けない」
ゾロはしばらく考えたが、やがて肩をすくめた。
「ま、なんかあるかもしれねェよ。ひょっとしたら少しは呪いも薄まってるかもしれねェし」
「呆れた男だね。魔法はスープの出汁じゃないんだよ」
「ハハハ」
散歩でもいくような気軽さで、ゾロは城へ向かおうとする。その後をチョッパーが急いで追った。
「待って!行くならこれを持っていって!」
そう言って、カゴの中から一番大きなミカンを取り出した。
「お姫様はミカンがとっても好きだったって!だから持って行ってあげて」
「……わかった」
渡されたミカンを受けとって、ゾロは鞄にしまった。
そのゾロに老婆が笑って声をかける。
「何故、姫が戦いの中で隙を見せたと思うかい?」
「……何故だ?」
「当時、村に住んでいた女の子が飼い犬を追ってその戦いのど真ん中に入り込んでしまった。それを助けたのさ」
ゾロは驚いて老婆を振り返る。
「……まさか、その女の子はアンタとか言わないよな?」
「いや、私の婆さんだよ。だからこれはホントの話さ」
老婆の顔に、哀しみと労りとかすかな希望を抱くような複雑な頬笑みが浮かぶ。
「ムリはするんじゃないよ……だけど、もし辿り着けるなら明日までに行き着いておくれ……」
「何故だ?」
「明日は姫の誕生日だからだよ、ロロノア・ゾロ」
ゾロの顔が呆気にとられる。まだフルネームの名前は言ってない。
「俺のこと知ってたのかよ」
「まあね……ヒッヒッ。姫に呪いがかけられて300年後の誕生日の頃に、名うての剣士が城を見つける……何か予感を感じるじゃないか」
「どうだかな……じゃあ、行ってくる」
あの婆さんの方がよっぽど魔女のようだと思いながら、ゾロは手を振る彼らに別れを告げた。




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