このお話はびょり様の『見え過ぎちゃって困るの』の続編にあたるものです。
「もしもフランキーでなく、パウリーがサニー号に乗船してたら…」のお話。



     
 



麦藁海賊団の新クルー、パウリーの朝は誰よりも早い。

薄靄立ち込める夜明け前から、前の船より数倍広くなった船内を、念入りに点検して回るのが彼の日課だ。

朝起きて1階男部屋をスタートし、梯子を伝って地下1階格納庫へ下り、船底の具合を確かめた後は再び1階上ってグルリと見廻り、次に2階上ってグルリと見廻る。
2階のキッチンを見回る途中、船で2番目に早く起きるコックのサンジと軽く挨拶を交わし、更に3階上ってグルリと見廻る。
そうして勤めを無事終えた後は、芝生が敷かれた甲板座って朝の一服。

この日も同じだった。




君は船の女神、僕はその船の大工 −1−

                                びょり 様



冷えた海風が帆を鳴らし、青々とした芝生を撫でる。
葉巻の尻から出る煙が、糸の様に靡いて消えて行った。




アイスバーグさん、元気にやってますか?

俺はまあまあ、元気にやってます。

地に足の付かない生活にも、大分慣れてきましたよ。

皆の代表を買って、この船の行末を見届ける覚悟でW7を出てから…今日で丁度1ヶ月ってトコですか。

その間俺は、毎日朝夜丹念に船を点検して廻るのがクセになっちまいました。

そんな俺を、あなたは心配性だと笑うだろう。

けど決して大袈裟なんかじゃないんです。


乗船してからこっち、破損箇所を見付けない日は有りません。

今朝なんて甲板上の芝生に、ミステリーサークルが出現してたんすよ!

一体あいつら、俺が寝てる間に何してやがったんだ!?

放っといたら前の船同様、1年もたずに過労死させちまう。

俺達が丹精篭めて造った船を……物を大事にしないにも程があるぜ!


もう1つ、実は気に喰わない事が有ります。

それは――




薄暗くもやってた海は、何時の間にか黄金色に輝いていた。
刻々と昇って行く朝陽に目を瞬かせながら、声には出さずパウリーはモノローグし続ける。
その彼の背後で足音が近付いて止り、階上から明るい女の声が響いた。


「お早う、パウリー!毎朝点検お疲れ様!」


溌剌とした声につられて振り返り、彼も朗らかに挨拶を返そうとする。

しかしその顔は、女のあられもなく露出した肩と胸と腿を認めた途端、ビシッと音を立てて静止した。



「ぬあああああああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」



天高く、雲を切裂く男の絶叫で、サニー号の1日は今日も始まる。





「まったくてめェって女は毎日毎日毎日毎日…どんだけ注意すれば、そのハレンチなカッコを改めるってんだ!!!」
「あーもー毎日毎日毎日毎日…あんたこそ、どんだけ文句タレれば厭きるってのよ!!?乗船してから彼此1ヶ月も経つってのに、未だ慣れないの!!?」
「慣れてたまるか!!!なんだそのカッコは!!?まるで下着、いやきっぱり下着だろ!!!スリップじゃねェか!!!年頃の娘がスリップで人前出て、はしたないと思わねェのか!!?」
「何その言い草!!?あんた私の父親!!?どんなカッコしようが私の自由でしょ!!!見たくなければ目隠しして見なきゃいいじゃない!!!」
「てめェのカッコは限度を超えてて目に余るんだよハレンチ女!!!ふしだらなカッコでウロウロしてて、突然お客が訪ねて来たらどうすんだ!!!」
「海上に居て、何処から何の用事でお客が訪ねて来るってのよ!!?馬鹿じゃないのあんた!!!訪ねて来るものと言えば嵐に海獣海賊海軍、そんな相手を正装で出迎えたってナンセンスでしょーが!!!」
「物の喩えだ察せよバカヤロウ!!…兎も角、何人にも不快な気持ちを抱かせぬよう服装には気を配る、これが世間の常識ってもんだろォが!!!」



「…海賊相手に常識を求められてもな。」
「毎日毎日毎日毎日ヘコたれず御苦労さんっつか…。」
「お蔭で目覚ましの必要無いわね。」
「それでもルフィは寝てるけどね。」


言い争ってる2人を遠巻きに、ウソップ・ゾロ・ロビン・チョッパーはヒソヒソと言葉を交わす。

目覚めの絶叫、その後甲板上で繰り広げられる熱闘スタジアムは、最早彼らにとって日常の光景、すっかり習慣化していた。

職人気質で女に免疫の無いパウリーにとって、ナミの過度に露出したファッションは、あまりに刺激が強いらしい。
朝な夕なに顔を合せちゃ、止せ止めろハレンチな年頃の娘なら少しは身を慎めと、さながら頑固親父の如く口を酸っぱくして説教する。
されるナミも大人しく黙ってる性分じゃないから、その都度相手になって、結果朝から晩まで喧しい。

もっとも喧しいのは元からで、言い争ってるだけなら、特に問題は無いのだが…



「…そろそろ止めようぜェ。でねェとまた更に厄介な奴がしゃしゃり出て来る。」


階段を陰に激論の行方を見守っていた4人の内、ウソップが重い腰を上げる。

欠伸吐き吐きノロノロと止めに入るも、しかし1歩間に合わず、彼の横をぎゅんと風が横切って行った。


「ナミさんにチョッカイ出してんじゃねェよクソ船大工!!!!」


――ドゴォーーン!!!!――バキメキッ!!…ボキッッ…!!!


背後から炎の蹴りを喰らったパウリーの体が、10秒ほど宙を舞った後、ブランコの木に引っ掛って墜落する。
その際ブランコが重度の損傷を負ったのを見て、チョッパーが「ギャー!!!ブランコがっっ!!!」と悲鳴を上げた。


「……だっ…誰が誰にチョッカイ出してるだと…!?エロコック…!!」


体にブランコを引っ掛けたまま、パウリーが呻く。
蹲る彼の前、サンジはツカツカと歩み寄り、持ってるフライパンを突き付け叫んだ。


「人が朝飯の準備に忙しい間を狙って近付くとはコスイ野郎だ!!!新入りのクセに生意気だぞっっ!!!」
「チョッカイなんか出してねェ!!!服装を注意してるだけだと何度言えば解るんだ、おピンク野郎!!!」
「なァにが『注意してるだけ』だ!!!服を褒めて会話の切っ掛け掴もうって魂胆見え見えだっつうの!!!」
「いやだから褒めてねェだろ!!!節穴か、てめェの目は!!?ちゃんと両目開けて見やがれよ!!!」
「何言ってやがる!!俺ほどナミさんを観察してる男は居ねェ!!!何時如何なる時でも照準はナミさんにセット!!!人呼んで『ナミさん・ムーブ・アイ』!!!」
「…ちょっとあんた達、さっきから微妙に会話になってない。」
「まったくだ!!!真面目に会話する気無ェんなら、キッチン戻って卵でも焼いてろ!!!言っとくが俺は目玉焼きで頼む!!!」
「そう言って体良く人追っ払って2人っきりになる積りだろ!!?その手は喰わねェ!!!そして目玉焼きだな、承知した!!!」



「流石はコック、見事に火に油を注いだ。」
「しかもガソリンね。」
「オレのブランコ〜〜〜〜。」
「こりゃ今朝も朝ミーティング決定だな。…ルフィの奴暴れるぞォ〜〜〜。」


この先の展開を読んだ4人が、げんなりと溜息を吐く。

外野の憂いを他所に、パウリーはやおら勢い良く立上って吠えた。


「だあああ!!!もう埒が明かねェ!!!――おい野郎共!!!朝飯前に話し合っておきたい事が有る!!!全員速やかに男部屋へ集合、ミーティングを執り行うっっっ!!!!」


声の衝撃で、彼の体に絡んでたブランコが、カランと音を立てて落ちた。




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