君は船の女神、僕はその船の大工 −2−

                                びょり 様



カッカッカッとリズミカルな音を立ててチョークが踊る。
掘りごたつ席に座る男クルー5人の前には黒板が設置され、そこにはこんな風な議題が書かれていた。


『題30回 朝ミーティング
 議題:ハレンチ航海士の服装を正す方法を皆で考えよう』


黒板の前に立つパウリーが、他男達の顔を見回して言う。


「それじゃあ今回こそ有意義な会議を目指したいと思う…異論は無ェな?」


問われたのを受けて、奥席に独り座るルフィが、すっと手を伸ばし意見した。


「有る。その前にメシ食わせろ」

「よし!なら始めるぞ!」
「有るって言ってんだろ!!!無視すんな葉巻ヤロー!!!」


己の意見を封殺するパウリーに対し、ルフィはテーブルを激しく叩いて抗議した。
その打音に負けず劣らず、彼の腹から出る音が重ねて抗議を示す。


「つくづく喧しいキャプテンだな。俺だって腹減ってんだ。早く飯にしたいなら尚の事、会議をスムーズに進行させるよう努めたら良い」

「…もう30回も同じテーマで話し合ってるじゃねェか。いいかげん諦めようぜェ、パウリー」


あくまで会議を進めようとする司会役に、ウソップが疲れた顔で意見する。
そうしてテーブルに手を伸ばすと、真っ赤に熟したリンゴを1つ掴み、口いっぱいに頬張った。
リンゴは会議中の空腹を癒す為、サンジが用意した心尽くしだ。
勿論ルフィは逸早く自分の分を平らげ、他の奴らの分まで隙をついて奪う気で居た。(←それを予見され、独り奥の席に座らせられた)


「ひーひゃへーは、はへはほんははっほうひへひょうは。…ナミが好きでやってるカッコだ、好きにさせてやれよ。一緒に過してる内に、お前だって目が慣れて来るって」
「甘いぞ、ウソップ」
「うん、確かに甘いな、このリンゴ」
「そうじゃない、考えが甘いと言ってるんだ!…お前ら、『ブロークン・ウィンドウ理論』と言うのを知っているか?」


チョークをコツコツと黒板にぶつけながら問うパウリーに、一同揃って「知らねー」と首を左右に振る。
それを見て、パウリーはまるで教師の如く、黒板に図を描いて説明した。


「或る街に、1台の、フロントガラスが割れた車が捨て置かれた。
 次の日、その車に、びっしりと落書きがされていた。
 更に次の日、落書きは周囲の道路にまで拡大していた。
 更に更に次の日、道路を埋め尽くした落書きは壁をも埋め尽くし…何時しか街はスラムに変貌した。
 
 たった1台の廃車が街の風紀を破壊する…恐ろしいと思わねェか!?
 同じく、たった1人の服装の乱れだと放っておけば、船全体の風紀が乱れる事態にまで発展するんだ!!――解ったか!?」

「…海賊に風紀を乱すなと説かれてもなァ〜〜」


話してく内、パウリーは徐々にエキサイトして行く。
そんな彼に、ウソップは途方に暮れた顔してツッコんだ。

ウソップの正面に座るゾロが、彼同様にリンゴへ手を伸ばし、シャリッと音を立てて齧る。
甘酸っぱい芳香を辺りに漂わせつつ、ゾロはポツリ呟いた。


「露出狂なんだよ、あの女」

「『ろしゅつきょー』?何だ、それ??」


隣に座るチョッパーが、無邪気な顔で尋ねる。


「人に裸を見せたくてしょうがない病気だ」

「病気!!?ナミ病気だったのかァァ!!?」


慄いて叫ぶチョッパーの前、ウソップがすっくと立上り、ゾロの言葉を継いだ。


「ああ!!なんて美しいの、私の自慢のバスト!!
 ああ!!なんて美しいの、私の自慢のヒップ!!
 ねェ見て…皆、私の美しい体を見て!!
 もっと穴の開くほど見詰てェ〜〜〜ん!!!」


裏声で身振り手振りリンゴを交え、ウソップがクネクネと踊る。
それを見て正直者のルフィが「オエッ!!気色悪っっ!!」と感想を述べた。


「…とまァ、こんな病気だ。現代社会の歪みが生んだ、心の病と言えるだろう」


素に戻ったウソップが、席に着き実しやかに言う。
そうして胸からリンゴを取り出すと、再び大口開けて齧った。
シャクシャクという歯切れの良い咀嚼音が辺りに響く。


「…そんな恐ろしい病気が有ったなんて……早く治療してやらなきゃ!」


根っから素直なチョッパーはすっかり真に受け、顔面蒼白になって叫んだ。


「残念だがな、チョッパー。お前にこの病気は治せねェ」


しかしゾロはそんな彼に、非情な宣告を投げ付けた。


「オオオレには治せねェのかァァ!?」
「お前だけじゃねェ、誰にも治せやしないだろう」
「ゾロの言う通りだ。露出狂とは不治の病なんだ」
「エエエーー!?不治の病ィィーー!?」
「ナミのヤツ、そんな恐ろしい病気に罹ってたのか!?何とか助けてやんねーと!!」
「ダメだルフィ!俺達にはただ…見ているだけしか…!」
「そうだな…せめて皆で見守って居てやろう」

「…ってお前ら、仲間を肴によくもそこまで…ちったァ真面目に議論しやがれっっ!!」


何処までも脱線し続ける4人に、遂にパウリーが切れる。
黒板をバンバン叩いて怒鳴るそこへ、今迄黙って考え込んでいたサンジが手を挙げて発言した。


「皆、ちょっといいか?聞いて貰いたい話が有るんだ」

「どうした?勿体付けて…」


平時には見せないシリアス顔で訴えるサンジに、皆の注目が集まる。
彼の様子に、薄くは無い期待を持てたパウリーは、速やかに発言を求めた。


「俺なりに、この議題を真剣に考えてみたんだが――ナミさんって、天使なんじゃねェかな?」


「「「「「はァァ???」」」」」


予想だにしなかった答を受けて、5人の顔がハニワに変る。
しかしサンジは全く表情を崩さず、真剣に言葉を続けた。


「そう、彼女は天使…輝く美貌を天の女神に嫉妬され、地上に落とされた最後の天使なんだ。

 天使は衣を纏わない。
 
 汚れ無き体を隠さず居るのが自然だ。

 だから彼女は極めて薄い衣を好んで――」

「おいドクター、こいつ病気だ。早く治してやれ!」
「ダメだよパウリー、オレには治せない!!サンジのそれは不治の病なんだ!!」


己の空想に陶酔し切りポエムを呟くサンジを、パウリーに顎で指し示され、しかしチョッパーは哀しげに頭を振り、さじを投げた。


「よし!腹も限界だし、そろそろ決を採って終らせよーぜ!!」


此処で漸く己のポジションを思い出したか、ルフィが勇んで立上る。
そうして右手をすっと上に伸ばすと、皆を見回して叫んだ。


「ナミが今みてーなカッコでも良いと思ってるヤツ!!」


ルフィに倣い、パウリー以外の男共の右手が、すっと挙がった。


「むしろ足りねェ!いっそ素っ裸で居りゃー良いと思ってるヤツ!!」


再び、パウリー以外の男共の右手が、すっと挙がった。


「…OK!お前らの気持ちは解った!!――これにていっけんらくちゃく!!メシにすっぞー!!!」
「待て待てちょっと待て!!まだ全然問題解決してねェってのに、勝手に終らしてんじゃねェよ!!!」
「うるせーな多数決で『ナミは裸で構わねェ』って意見纏まっただろ!!?見てーヤツと見せてーヤツとで、じゅよーときょーきゅーが成り立ってるんだからいーじゃねーか!!!それよりメシだメシ!!!サンジ、一刻も早くメシにしろ!!!」
「ふざけんなてめェ!!!何が需要で供給だァァ!!!俺が言いたいのはそういう事じゃなくて…!!」
「お前の意見なんて知ったこっちゃねェ!!!今最も大事なのは、俺の腹が減って死にそうって問題だ!!!だから早くメシ食わせろ!!!これは船長としての命令だっっ!!!」


無理矢理会議の終了を迫るルフィに、パウリーはロープを振り回して抑えにかかる。
しかし空腹メーターを振り切ったルフィは止らない。
気圧されて皆のガードが緩んだ隙をつき、両手を伸ばして籠を奪うと、中のリンゴを全て丸呑みにしてしまった。
ウソップとチョッパーの口から悲鳴が上がる。


「ギャ〜〜!!!ルフィがオレのリンゴ食ったァ〜〜〜!!!」
「俺のリンゴまで…!!てんめルフィ!!腹減ってんのは自分1人だけじゃねェんだぞ!!!クルーの食いもんに手を出すなんて、船長としてやっていい事だと思ってんのかクラァァ!!!」
「メヒメヒ!!!…シャクシャクシャク…メヒ!!!…シャクシャクシャク…メェ〜〜ヒィ〜〜〜!!!!」
「ダメだ!!空腹で我を忘れてやがる…!!おいコック、早いトコ飯を此処に持って来て…!!」
「そんな事より俺のナミさん論の続きを聞いてくれねェか?これからが重要かつ山場なポイントなんだって」
「寝言は朝飯済ませてから10時のオヤスミ時間に独りハンモックの上で呟いてろ破裏拳ポエマー!!!」
「なんだと藻草剣士!!!聖書よりも尊い教えを説いてやろうってのに断るとは不信心な奴めっっ!!!」

「…あの…だから、ちょっ……1度位まともに会議させてくれよ、お前らァァ〜〜〜!!!!」


騒ぎから置いてけぼりにされたパウリーの叫びが、部屋に空しく響き渡った…。





「――とこんな風に、今日のミーティングも、何の収穫も無く終了しそうよ」


男部屋でひたすら会議が踊ってるその頃、一方の女部屋では、ロビンが能力を使って耳にした男達の会話を、逐一ナミに報告していた。


「…あいつら全員、後で死刑!」


ソファにゆったり身を沈めて報告を受けたナミが、残酷な裁きを宣言する。
向いのソファに座るロビンは、それを聞いて愉快そうに微笑み、ティーカップに口を付けた。
つられてナミも、カップに入った香り高い紅茶で、喉を潤す。
そうしてテーブルに手を伸ばすと、綺麗にカットされた兎リンゴを1つ、フォークで刺して口元に運んだ。
温かい紅茶と兎リンゴは、男共が会議してる間の空腹を癒す為、サンジが用意した心尽くしだ。


「ほんっっと毎朝毎朝…いいかげんにして欲しいわ!」


シャクッとリンゴが音を立てた途端、ナミの周りに爽やかな芳香が飛び散った。


「後数分もすれば、強制終了の末、朝ご飯に呼んで戴けるんじゃないかしら」


空腹も重なって苛立つナミに、ロビンが宥めるよう言う。
甘酸っぱい水菓子を味わい、一瞬だけナミの表情が和んだ。
がしかし、直ぐに元のしかめっ面に戻って、愚痴を続ける。


「…大体さ、私だけじゃないでしょう?ロビンだって露出したファッション、しょっちゅうしてんのに…何で私ばっか…!」

「乗船して最初の頃は、私にも言って来てたわよ」

「へー、それで?今はどうして言われなくなったの?」


ロビンの告白を聞いたナミは、僅かに身を乗り出して先を促した。


「『今度気を付けるわ』って、適当にあしらってる内に、言われなくなっちゃった」

「あー……成る程」


「ふふふっ」と薄く笑い、大人の余裕を見せるロビンに、ナミの肩がガクリと落ちる。
少しだけパウリーに同情の念が湧いた。


「まだ堅気だった頃の気分が抜けないんでしょ。その内慣れるわ」

「……そりゃまー、まともに相手する私にも、問題有るんだろうけどさー…」


呑気な態度を崩さないロビンの前、背中で摺って一層深くソファに身を沈める。

天井で揺れるランプを見詰ながら、ナミは独り言の様に呟いた。


『慣れぬなら、慣らしてみせよう、ほととぎす……少し荒療治が必要かしら?』




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