君は船の女神、僕はその船の大工 −3−

                                びょり 様



麦藁海賊団の新クルー、パウリーの夜は誰よりも遅い。

草木も眠る丑三つ時すら過ぎた頃、ランプの灯りを頼りに、船内を念入りに点検して廻るのが彼の日課だ。

いびきの煩い1階男部屋をスタートし、梯子を伝って地下1階格納庫へ下り、船底の具合を確かめた後は再び1階上ってグルリと見廻り、次に2階上って、女部屋で眠ってるだろう2人を起さないよう、静かに見廻る。
更に3階上ってグルリと見廻り、展望台に上った所で、その日の夜番と軽く挨拶を交わす。
そうして勤めを無事終えた後は、幾分沸かし直した残り湯に、ゆったりと足を伸ばして浸かる。

この日も同じだった。




波に揺られて湯舟の中まで細波立つ。
船の中で『舟』に乗るのも、考えてみれば愉快な話だ。
こんな体験は地に足を着けて生活してた頃には為し得なかった事。
身を削るような修羅場でも、時には良い事が見付るもんだ。
彼は己の発見したささやかな幸せに、しみじみと感じ入った。



――波に揺られて大浴場なんて夢みたい♪



ふと、乗船して直ぐに聞いた女の声が、頭の中に蘇る。



――湯舟が狭いのは嫌よ。洗い場も…大の字で寝っ転がれるくらい、広々〜〜と造ってねv



『のっけから遠慮無く我侭ぶつけて来やがって…!』


腹の中俄かに湧いた苛立ちを、彼は拳に篭めて湯面を叩き付けた。
窓から侵入し、ヒタヒタと湯に浮いていた月が、粉々になって散らばる。
煌く月光を一掬いして顔を洗うと、暫し落着いた心地を取戻せるよう感じられた。


思うに周りの男共がちやほや甘やかして、あそこまで助長させてしまったのではないか?
あのルックスだ、きっと幼い頃から皆に愛され、大切に育てられて来たのだろう。
そして幸運にも気の好い奴らと巡り会い…だがそれで良いのか?
男共と1つ船の中、年頃の娘がああも警戒心無く過して居て無事なものか?
親しい仲間だからって、牙を剥かないという保証は無いだろうに。



………胃の中に少しだけ苦い味が拡がる。



忘れようと再び勢い良く、湯でバシャバシャと顔を洗った。



その時だ、おもむろに――バタン!と、浴室の扉が開かれた。

湯気の向うにオレンジ色の髪の、白地にピンクの水玉ビキニを着た女が立っている。
口をポカンと開け、呆気に取られてるパウリーと目が合うと、女は悪戯っ子の様に笑った。
目の前現れた萌え漫画的光景を、彼は俄かには信じられず、蜃気楼かと疑る。

しかしその蜃気楼が――


「お背中流したげるわ、おにーさんv」


――と声を発した途端、パウリーは赤青赤青赤青とさながら信号の様に顔色を点滅させ、終いにはコウモリもびっくりするよな甲高い悲鳴を棚引かせた。


「アアアア〜〜〜〜アアア!!!アア〜〜〜〜ア!!!!アア〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜アア…!!!!」

「しぃぃっっ!!!大声出したら皆起きちゃうでしょー!?」


水濡れた床をピタピタ鳴らして駆け寄り、鳴き止まぬパウリーの口を塞ぐ。
彼の視界にナイスボリュームな乳と腿、それに括れた腰が、アップでいっぺんに飛び込んで来た。

湯に浸かる男の抵抗が益々激しくなる。
その様は水中の罠にかかってもがく水鳥に似ていた。


「ウムムムムゥ〜〜!!!ムムォムムムゥゥ〜〜!!!」


――バシャバシャ!!バシャバシャ!!


「『何しに来た、どうやって入った』って?――私、元泥棒だもん。昔取った杵柄で、大抵の鍵はチョチョイのチョイよ♪」

「ムゥ〜〜ムムムゥ〜〜!!!ムゥ〜〜ムゥ〜〜…!!!」


――バシャバシャ!!バシャバシャバシャ!!


「思うにあんた、女に免疫無くて、意識し過ぎなのよ。だから手っ取り早く慣れて貰おうと、裸の付き合いしに来たって訳!」

「ムォムォムォムォ〜〜〜!!!?ムァゥ〜〜ムァムァムァァ〜〜〜…!!!!」


――バシャバシャシャ!!バシャッ!!!


「本当は水着も着ない積りだったんだけど、流石にそこまでサービスしたげる義理は無いし、あんたも目のやり場に困るだろうし」


全く悪びれず答えるナミに、始めこそ焦り慄き困惑が勝ってたパウリーだったが、次第に憤りが身を占領して行く。
それが遂に喉から飛び出た所で、彼は己の口を塞ぐナミの両手を力いっぱい掴み、爛々と光る目で睨みつけた。

虚を衝かれたナミが、瞼をぱちくりと瞬かせる。

その無防備な表情に憎しみを募らせたパウリーは、低くドスを効かせた声で怒鳴った。


「…お前な…神経どうかしてんのか…!?女が男の風呂に侵入するなんてハレンチな真似、正気の沙汰で出来るこっちゃ――」


そこまで言いかけた所で、突然船がグラリと傾いた。

安定を崩したナミが、「きゃっ!!」と叫んで、背中から床に倒れこむ。
ナミの両手首を掴んでいたパウリーも、勢い湯舟から引張り揚げられる形となり、「うわっっ!!」と叫んでその上に倒れこんだ。

傾いた床の上を石鹸とシャンプーとリンスと空桶と風呂椅子がつつーーっと滑って行く。
それらが壁にぶち当たりカコーン!!と響く音で、2人は同時に互いの体勢を意識し――ピシッッ!!!と身を固めた。

パウリーの下には扇情的なビキニ姿のナミが、仰向けに転がっている。
ナミの上には素っ裸のパウリーが、ナミの手首を押え付け覆い被さっている。


僅か数cmの間を置いて、2人は暫し無言で見詰め合った。


湯気の篭る浴室内は、さながらミストサウナの如き蒸し暑さ。
汗と水が滲みて、ナミの肌身はすっかり濡れそぼり、桃色に染まっていた。
パウリーの金色の髪を伝う滴が、ナミのすべらかな谷間に雨を降らす。

秀でた額に濡れて貼り付くオレンジの髪、滑々の頬。
少し頭を下げれば触れそうな珊瑚の唇。

自分を見上げる澄んだ琥珀色の瞳から中々目が離せない。

それでもパウリーは己の唇を噛付けると、気力を振り絞って叫んだ。


「…あのな……お前は女で、俺は男なんだぞ…!!」


途端に、ナミの瞳が拍子抜けしたかの様に点となる。


「………だから?」


そんな事は見れば解ると言わんばかりに、彼女の視線が、日焼けして筋骨逞しい男の体を行ったり来たりした。


「だから…!!例えばもし俺が、このままお前を襲ったとしたら…!!」

「何?あんた、私を襲う積りなの?」
「積りな訳有るか!!馬鹿ガキッ!!!」
「じゃーもー何が言いたいのよ!?抽象的じゃなく解る様に喋って!!」


故意からではないといえ、男に押し倒されてる体勢に在りながら、ナミは強気に睨み返す。
自分の置かれた立場を省みないにも程が有る、ひょっとしてこの女、不感症なのではないか?
パウリーは最早どう説得したもんか、途方に暮れる心持がした。

それでも息を大きく吸って溜めると、地獄の赤鬼もかくやといった形相で、一気に捲し立てた。


「いいか、ガキ、よく聞けよ!!
 男ってのは氷の鎖で内に潜む獣を抑えてる!!
 熱を加えて加えて加え続けりゃ、鎖は融けて獣は解放されちまうんだ!!
 そうならないよう常日頃どんだけ理性を働かせてるか、お前は考えを巡らした事が有るのか!?
 獣に腹食い千切られたくなかったら、あんまり男を舐めてんじゃねェ…!!!」


言い終ってハアハアと肩で息を吐く。
鼓動を激しく打ち過ぎて、心臓が爆発しそうに思えた。

男の下で黙って言葉を聞いていた女が、俄かに身を震わせる。
震えは次第に増して行き、遂には弾ける様に、ケタケタと笑い出した。


「笑ってられる立場かっっ!!!」


両手首を握った手に、思わずギュウと力を篭める。

目を剥いて迫るパウリーに、しかしナミはびくともせず、朗らかな顔で答えた。


「そりゃ私は御覧の通り頗る可愛いし、男共の中に居て貞操を守れるのか、不安に思うのは解るけど…」
「何自分で可愛いとか言っちゃってんだよ!!?つか、お前意識してやってたのか!?もしかして…!!」


てっきりガキの無邪気さで仕出かしてる行動と考えてたのに、実は計算ずくの魔性が潜んでいた事を知り、パウリーの背中に冷たい汗の玉が浮んだ。

ナミは悪びれもせず、尚も屈託無い笑顔で続ける。


「けど心配には及ばないわ!この船に乗ってる限り、私の身の安全は保証されてるの。…良い機会だし、あんたに教えたげる。私に手をかけたら、どんな目に遭うのかを――」


直後、ナミの顔から天使の微笑が消え、代わって小悪魔な媚笑が現れた。

唐突な変貌にうろたえるパウリーの下で、ふうーーーーー…と大きく胸を膨らませる。
そうして限界まで溜めた息を一気に吐き出し、船内隅々まで響き渡る様な大声を上げた。


「キャーーーーー!!!!!誰か助けてェーーーーー!!!!!犯されるゥーーーーー!!!!!」


僅かの間も置かず――バタバタバタバタバタ!!!!と激しい足音が近付いて来た。
足音が大浴場の前で止ると同時に、勢い良く扉が開かれる。
中から、既に戦闘態勢を整えたクルー達が、血相変えて飛び込んで来た。


「ゴーカンマが現れたって!?無事か!?ナミィ!!」
「どうやって忍び込んだ!?この船に侵入するとは命知らずな奴だぜっっ!!」
「もう安心だぞナミ!!このウソップ様が駆けつけたからには一撃必殺一網打尽!!」
「俺のナミさんにおイタしようってクソ野郎は何処のどいつだァァ!!?」
「大丈夫か!?怪我させられたりしてないかナミィ!?」
「まだパンティーは下ろされてなくて!?」


ルフィがポキポキ指を鳴らして、ゾロが抜いた刀を閃かせて、ウソップがパチンコを構えて、サンジが緩んだネクタイを締め直して、チョッパーが救急箱を用意して、ロビンが着せる用の上衣を持って、浴場内に並び立つ。

勇ましく駆けつけた彼らだったが、しかし信じ難い光景を目の当りにして――ビキィィィン!!!!と身を硬直させた。

白地にピンクの水玉ビキニを着たナミを、全裸でマッチョな金髪男が押し倒している。
あろう事かその男は、この船のクルーの1人、パウリーだった。



浴場内に居る全員の時間が凍りつく。



しじまが支配する中で、天井から落ちる水滴の音だけが、ぴちょーーん!と響いた。



サンジがゆっくりと前へ出て、胸ポケットを探る。
ケースから煙草を1本摘み、口に銜えた。
ライターで火を点し、ふう……と息を吐く。
立ち昇った白い煙は、湯気と混じり合い、溶けて行った。


「…ようく解った。死ぬ積りだな、このクソバカ」


呟くや否や――クワッ!!!と物凄い勢いで、サンジの右目が開かれた。


「上等だあああ!!!!この俺が地下6,300km深くまで蹴り潰してやるから直ちに懺悔を済ましやがれっっ!!!!」


――ドン!!!!とサンジを取り巻き猛烈な火柱が立ち昇る。

その熱で浴場内の温度は一気に90℃まで上がり、湯舟の中の湯がボコボコと沸き立った。


「ああ…いや…これは違う!違うぞ、お前ら…!」


呆然と押し倒したままで居たパウリーが、漸く事態の急変を呑込み身を起す。
しどろもどろ弁解する彼を、ナミは下から突飛ばし、泣きながらロビンの元へ走って行った。


「…恐かった、ロビン姉さん!!…パウリーったら、嫌がる私を無理矢理押え付けて、『大人しくしろ!!抵抗したら容赦しねェぞ!!』って脅したのよ…!!」


ひしっっと縋り付くナミの体を、ロビンの両腕が優しく包み込む。


「まあ酷い…手首にくっきり痣が付いてるわ。か弱い女の子に暴力をふるって自分の意のままにしようなんて、男の風上に置けない卑劣な人ね」


ロビンのこの言葉に、パウリーを見詰る皆の目が険を増し、火柱は更に赤々と燃え盛った。


「パウリー!!!…オオオオレ、お前を見損なったっっ!!!」
「よりによってナミを押し倒すなんて、命捨ててるよなァ〜〜」
「ま、或る意味、漢らしいとも思えるけどな!」
「あばよ、パウリー。短い間だったけど、楽しかったぜ」

「ち…違う!!違う違う違う!!!俺はそのハレンチ女にハメられてっ…!!――ってかお前らっ!!俺が悲鳴上げた時は無視してスヤスヤ寝てたクセに――」
「黙れ強姦未遂野郎!!!…全裸でナミさんを押し倒した時点で、てめェの罪状は確定してんだ!!!この…クソ・ハレンチ船大工っっ!!!」


――ビシィィッ!!!と鋭くサンジが指を突き付ける。


指されたパウリーの体から、いっぺんに血の気が失せた。


「麦藁海賊団血の掟第1条、『ナミさんを泣かす者には死、有るのみ』――そうだな!?ルフィ!!」


サンジがルフィの方を振向いて叫ぶ。

フられたルフィはニッと凶悪な笑みを引き、右拳の親指を下に向けて裁きを下した。


「死刑!」


その宣告を受け、ウソップが鞄からゴングを取り出し、カーン!と鳴らした。




「さあ始まりました、ルフィ海賊団名物、『オシオキ・スタジアム』!!
 実況は私、8千人のファンを抱えるナイス・ヒーロー、ウソップが務めさせて戴きます!!
 さて本日の生贄、あいや悪漢レスラーは、航海士ナミを手篭めにしようとしてお縄を頂戴したバカヤロウ、『全裸マン・パウリィ〜〜〜〜』!!!
 対するは我らが性戯のエロコック――おっと!!そのサンジが紹介を待たずに蹴りかかってくぞ!!
 クー!!キュイソー!!ジャレ!!――流れる様な連続キックだ!!!
 全裸マン堪らずダウン!!!――しかし息をも吐かせず上空からポンポコドクター・チョッパーが刻蹄クロスを仕掛ける!!
 ――決ったァ〜〜〜〜!!!全裸マン、最早立上れないかァァ!!?

 解説のルフィさん、今の技は実に綺麗に決りましたね!!」

「んあ〜〜〜、しかしこのまま一方的じゃあ、盛り上りに欠けてつまんねーなァ〜〜〜」

「仰る通り、このまま一方的な展開が続くようでは、ただイジメてるだけに思えて、私共も甚だ寝覚めが悪いっ!!
 此処は一発全裸マンに奮起を促したいぞっ!!
 立上れ、全裸マン!!君の力はその程度か!?今こそ必殺のロープ・アクションで、悪魔帝国復活の狼煙を上げろ!!
 嗚呼しかし、悲しいかな彼は全裸!!モザイク無くして闘う丸腰の戦士!!
 これはちょっと分が悪いにも程が有るかァ〜〜!?――おっとそこへ次なる魔手が忍び寄って来たぞ!!
 言葉通り襲い来る手!手!手の群れが、ダウンした全裸マンの首に肩に腕に脚に、さながら彼の武器である縄の如く、彼をがんじがらめにして離さない!!
 そして更に現れた2本の手が――おあっと!?これは何処を…一体何処を狙っているんだ、デビルフラワー・ロビン!!
 よもやまさか××××に行っちゃうか!?そこはヤバイぞ流石に死ぬぞ、再起不能は間違い無いぞ!!
 幾ら強姦未遂罪といえど、私、同じ男として同情を禁じ得ません!!」

「やめろォ〜〜〜てめェ!!!!おお女が男のそんな所を掴むなんてハハハハレンチ極まりないと思わねェのかコラッ…!!!」

「あら、だって此処が諸悪の元でしょ?もう2度と悪さを働かせない為にも、引っこ抜くべきじゃない?」


大層怖ろしげな事を微笑みながら言うロビンに、パウリーだけでなく他男共まで顔面を蒼白に変える。
誰も彼も己の××××を押え、同情を篭めた眼差しで、パウリーの××××を見守った。


「やっちゃえ、御姉様!!引っこ抜けー!!」
「…お前な…そろそろ良心が痛まねェのかよ…?」


1人エキサイティングな声援を送るナミに、隣に座るゾロがさも呆れた顔で咎める。
その言葉を聞いたナミは、きょとんと目を丸くさせ、ゾロを見詰返した。


「どうして私が良心を痛めなくちゃいけないの?別に悪い事何にもしてないのに」
「嘘吐け!その水着は一体何の真似だ?あいつの言う通り、お前がハメたんだろ?」


詰問を受けたナミは、悪戯がバレた子供の様に、舌をぺロッと出して笑った。


「獣を飼い馴らすには最初が肝心って言うでしょ?この船の中で誰が1番立場が上か、体で覚えて貰わないとねv」


それを聞いたゾロは渋面を作り、大仰に溜息を吐いて見せた。


目の前ではパウリーが××××を握られ、苦悶の形相でもがいている。
悪魔女の処刑がいよいよ始まったらしい。

広々とした浴場内に、パウリーの断末魔が、途切れる事無くこだました。




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