夕刻になって船に戻ってきた船長と剣士が真っ先に向かったのは、ラウンジに電飾を飾り付けていた狙撃手だった。何事かと目を白黒させるウソップを引きずって、船底のウソップ工場へと消えた二人を、他の仲間は唖然として見送る。
「・・・おい、何だありゃ。」
「おかしい・・・ルフィが『腹減った』の一言も言わねぇなんて、絶対に変だぞ?」
皆は不審がったが、二人はそれから30分もしない内に出てきて、甲板で針路を見ていた航海士に呼びかけたのだった。
Meridian Navigator −3−
糸 様
「おーい、ナミ!!」
「なに、ルフィ?ゾロも・・・って、あんたら何よ、その格好。」
ナミが眉を顰めるのも無理はない。二人の服には小枝やら葉やらがひっかかり、所々破れている。いつものことながら、一体どこをうろうろと探検してきたのか。
そんなナミの表情を意に介さず、ゾロは言った。
「お前、何で此処にいるんだよ。他の奴らはどうした。」
「ラウンジよ。主役は手伝わなくていいって追い出されたの。あんた達は準備を手伝わなくてもいいわけ?」
「ああ、これ渡したら行く!」
満面の笑みを浮かべたルフィは、手に握っていた何かをナミに差し出した。何?とナミが言う前に二人で声を揃えて言い放つ。
「「誕生日おめでとう、ナミ」」
目を丸くしたナミは二人の顔をまじまじと見た。
もしかしなくても、これは、この二人からの。プレゼント、なのだろうか。
「ありがと・・・もしかしてコレのために、今日島に行ってたの?」
「おう、そうだ!」
「それで、迷って遅くなったってわけね。」
「それはこのアホが左だって言うからだ。」
「ゾロだって寒そうな方に行ったじゃねぇか。」
「・・・あーハイハイ、分かったから。」
方向の話をこの二人にさせるのは時間の無駄だ。誕生日まで頭痛を起こしたくないので、ナミは手を振ってやめさせた。
とにかく、とナミはルフィの手に握られたプレゼントを受け取る。オレンジ色のリボンがついたそれは、すべすべでひんやりとしていて程々の重さがあって。
石?けれど、何か飾りがついている。裏は平らで・・・ゴム?滑り止め?
そこでナミはようやく思い当たって、あっと声を上げた。
「これ、ペーパーウェイト?!」
嬉しげな声を上げるナミに、二人は無言のままにやっと笑う。
最初に思いついたのはゾロだった。海図の紙が丸まって困る、とこぼしていたナミが、紙を押さえるものが欲しいと言っていたのを思い出したのだ。
そんなもの何でもいいじゃないかとゾロが言うと、ナミは、机は斜めだし船は揺れるし、滑り落ちてしまうようなものじゃダメ、重さもそれなりにないとダメ、紙を破いてしまうようなものじゃダメ・・・などなど条件を並べ立て、いいペーパーウェイトがあればもう少し作業もスムーズに進むのに、と膨れていたのだ。
あの象限儀の飾りを見た後、店内を見渡していたゾロの目に留まったのはガラス製のペーパーウェイトだった。ゾロはその名前を知らなかったし、その値段はやっぱり自分たちの持ち金では手が届かなかったけれど、これなら手作りできるんじゃないかと思ったのだ。
象限儀のミニチュアを上にくっつけた、世界でたった一つのペーパーウェイトを。
「こんなすべすべの石、よく見つけたわね。」
「川に行って取って来たんだ、いいだろ?」
「川、って・・・この島の川って結構険しい谷でしょ?よく行けたわね。」
島の地形を思い浮かべて呆れるナミに、ルフィは笑う。
「そりゃ、俺はゴムだからな!そんくらいどうってことねぇよ。」
「それに、この裏側、見事なまでに平らだし・・・ねぇゾロ、これまさか・・・」
「俺が切った。」
普通石と言えば丸いものなのに、それの裏側は鏡面のように平らで、滑り止めらしいゴムが貼り付けてある。いくら川にもこんな石はないだろうと思ったら、やっぱり。ナミは息をついた。
常人には行けないような崖でも平気なゴム人間と、石を平気で切断する剣士。この二人でなければ、出来ないプレゼントだ。
「あーそれから、礼ならウソップにも言ってやってくれ。」
「え?ウソップも絡んでるの?」
「この滑り止めと、飾りをくっつける接着剤と、ついでにそのリボンだ。卵1パックで協力を仰いだ。」
「卵・・・ああ、それでさっきウソップと一緒にいたのね。」
「俺たちじゃ壊しちまいそうだったからな!その飾り。」
二人は満足そうに笑う。ナミは改めてそのプレゼントを見つめ、見慣れた道具のミニチュアに触れた。
象限儀。すっかり馴染みとなったその道具を、この男たちが知っているとは思えないのだが。
「この飾りもあんた達が選んだの?」
「おう、そうだ!それはシゴセンって奴をカンソクするんだぞ。」
「子午線って・・・ルフィ、知ってるの?」
驚きを隠せないナミに、ゾロが答える。
「星の一番高い場所、だろ。」
お前はそこに、俺たちを連れて行ってくれるんだろう。
お前にしか見えない道を通って、それを地図に、海図に起こして。
ゾロの顔をちらりと見て、ルフィも言う。
「シゴセンってのは、目に見えないって聞いた。でも、お前には見えるんだろう?」
だってお前はうちの航海士だから。俺が選んだ、唯一の。
いつも、俺たちには見えないものを見ている。雲の動きを、風の向きを、海の流れを。星の、動きを。
だったらその子午線ってやつも見えるはずだ。俺たちの頂点、今の位置、そこに辿り着くまでの軌跡。
「ずいぶん・・・親切なお店に行ってきたのね。」
ナミは微笑を浮かべ、かすかに目を潤ませてプレゼントを握り締めている。
ルフィはにかっと笑い、ゾロは口角を上げた。
ナミと違って、自分たちは言葉が巧みな方ではないし、語彙だって豊富ではない。
それでも、肝心なことは彼女にちゃんと伝わっていると思う。ならば、それでいい。
出会った時から、まだ3人だった時からずっとそうだったのだから。
迷子だった、漂流していた自分たちの手を優しく取り・・・いや、頭をぶん殴り、此処まで連れてきてくれたのは彼女。未だ見ぬ高みへと導いてくれるのは彼女。
二人は思う。願わくばその時、隣に立っているのは。
とその時、キッチンの扉が開いて、エプロン姿のサンジが顔を出した。
「おいお前ら、いい加減手伝え・・・って、コラァ!!てめぇら何フライングしてやがるんだ!!!」
サンジの目が、鬼のように吊り上った。
その存在を認めて、ルフィは一気に顔を輝かせる。今更ながら、昼ごはんを我慢してナミのプレゼントを買ったことを思い出したのだ。
「おー、サンジ!!すっげぇ腹減ったぞ、肉!!!」
「俺は酒」
「アホ言ってんじゃねぇ!俺より先にナミさんにプレゼントを渡すとは何事だっ!!」
「そんなことより肉だ!!」
「そんなこととは何だ!待ちやがれクソゴム!!」
船内は一気に、いつもの和やかなムードに包まれる。
自分たちのプレゼントを抱きしめたまま照れたように笑うナミを見て、ルフィとゾロはこっそり笑んだ。
フライングだと?そんなの当たり前だ。
俺たちはお前らより先にナミに出会ったんだから。
サンジがナミのことを好きなのは分かっているけれど、この位置は譲らない。譲れない。
そして。
「俺は負けねぇぞ、ゾロ」
「望むところだ、受けて立ってやるさ」
彼女と共にそれぞれの頂点に辿り着くのが、どちらが早いか。
その道を示す彼女の心に、どちらが先に辿り着けるか。
次の誕生日には、共同戦線なんて張らないからな。
不敵に笑い合って、二人は賑やかなキッチンへと歩みを進めた。
FIN
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