Meridian Navigator −2−

                                糸 様



意気揚々と歩き出した二人だが、納得したところで彼らの持ち金が増えるわけでもない。


ショーウィンドーの前で、貧乏海賊二人は大きくため息をついた。



「・・・高ぇなぁ・・・」

「ああ、0がいくつか足らねぇな。」



目の前に並ぶ無数の道具にはどれもいい値段がついていて、これを見ている限り、ナミの金好きにも頷ける。彼女の夢は、どうにもお金のかかる夢らしい。

どうしたものかと二人が思案していると、突然声がかかった。



「おい、何か欲しいんなら中へ入ったらどうだ?」



店から出てきたのはエプロンをつけた若い店員だった。ゾロは肩を竦める。これだけ長い間ショーウィンドーにかじりつくようにしてじろじろと見ていれば、声をかけたくもなるだろう。

だが、ゾロが返事をする前に、ルフィが困ったように口を開いていた。



「ホントか?俺たち、プレゼントを買いに来たんだけど金がなくてよー。」

「はぁ?プレゼント?」

「ああ、うちの航海士に何か道具をと思ってな。だが、予算がこれだけしかねぇんだ。」




ゾロは店員に向かって掌を開く。そこに乗っている420ベリーを見て彼は一瞬目を丸くしたが、やがて声を上げて笑った。



「ははっ、なるほどねぇ。それで、ずっとここで唸ってたわけか。」

「まぁな、さすがにこれで買える物なんてねぇだろ?」

「いや、ないこともないぜ?とにかく入れよ。」

「え、あるのか?!」



ルフィは喜び勇んで店に入って行く。ゾロも苦笑しながらそれに続いた。

店内には雑然と商品が置かれていたが、不思議と静謐な雰囲気が漂っている。店員は小物の置いてある一角を指差して言った。



「この辺りにある物なら買えると思うぞ、小さいけどな。」

「おっ、ホントだ!でもこれって、飾りだよなぁ。」

「そうだな、実用的な物ではねぇな。」



並ぶ雑貨はどれも小さな置物のようなものばかりで、「ナミの夢を手伝ってくれる道具」にはほど遠い。腕組みをして顔を見合わせる二人に店員が苦笑した。



「そう言われると元も子もないけどさ。これは道具のミニチュアだからよ。」



指で摘めるほどの大きさの模型。ゾロは一つを手に取って眺めてみる。

よく見れば見覚えのある形をしたそれは、ナミがどこかの島で測量をしていた時に使っていたものだった。名前は何と言ったか記憶にないが、確かそれを載せた三脚をつい蹴飛ばしてしまったら、ものすごい怒りを買ったのを覚えている。

水平に合わせるのって大変なんだからね!!と自分にはさっぱり分からないことを言って鉄拳を数発落としてきた航海士の顔が浮かび、ゾロは憮然とした気分になってそれを棚に戻した。



「なぁなぁコレなんだ?変な形だな。」



そんなゾロにはお構い無しのルフィが、興味を惹かれたらしいミニチュアを指差す。扇に筒が付いたようなその道具は確かに見慣れないものだった。



「それは象限儀だよ。おたくの船にもあるだろ?」

「ショウ・・・なんだって??ゾロ、そんなもんあったか?」

「知るか、俺に聞くなよ。何だ、ショウゲンギってのは。」



視線を向けられた店員は、あんたらほんとに船乗りか?と呆れて、説明を始めた。



「象限儀ってのは天文観測の道具だよ。子午線観測に使うモンだ。あー、要は・・・星の高度を知るために使う物ってことだな。」

「星の高度?そんなもん知ってどうすんだ?」

「船の位置を知るのに必要なんだよ。」

「・・・ナントカ観測ってのは何だ?」

「子午線だ。呆れたな、それも知らねぇのか。」



あんたたちの航海士とやらは大変だな、と言い置いて彼はおかしな二人組を見やる。頭上に大きな?マークを浮かべているを見て、ため息をついた。



「“小難しい説明されても分かりません”って顔だな。」

「おう、分からん!」

「・・・なんか馬鹿にされてる気がするが・・・」

「まぁまぁ、なら簡単に言うと・・・子午線てのは、全ての星が一番高い所を通る線だ。」




星が北極星を中心に回ってることは知ってるか?

知らねぇ?あー・・・まぁいい、とにかくそうなんだよ。

回ってると言っても、星にはそれぞれ位置がある。高さってのはバラバラだ。で
も、全てに共通して言えるのは。

どの星も、子午線を通る時が一番の高さだってことなんだ。言っとくが、線っつっても目には見えないぞ。



話を聞いた二人の脳裏にナミの姿が浮かぶ。

自分たちには見えない天空の線。ナミにはそれが見えているのだろうか。

この道具を使って、それを見ているのだろうか。



全ての星の、頂点を。



そこまで考えると、二人にはこの象限儀とかいう道具がとても魅力的に思えてきた。

だが、この店員の説明を聞く限りでは船に同じものがありそうだし、第一買いたくても本物を買うような金はない。

ゾロは眉間に皺を寄せて店員に尋ねた。



「・・・おい、ちなみに聞くが、いくらだ。」

「これか?300ベリーだ。」

「買えるな、一応・・・でもなぁ、飾りだしなぁ。」



ルフィは腕組みをして大仰に考え込んでいる。ナミの夢に役立つものをあげたいと思ってここに来たのに、ただ飾っておくだけの物では意味がないからだ。けれど、万年金欠の二人ではこれくらいしか買えるものがないのも確かで。



とその時、店に並んだ他の品をぼうっと見ていたゾロが突然口を開いた。



「おい、これ貰ってもいいか?」

「そりゃ勿論こっちは構わないが、いいのか?」

「え、おい、ゾロ?!」



実用品を探してたんじゃないのか、と首を傾げる店員と、慌てるルフィにゾロはにやりと笑う。



「ルフィ、川に行くぞ。確かこの島にはあったはずだ。」

「へ?川?何しに行くんだ?」

「それから、卵を1パック買う。120ベリーあれば足りるだろ。」

「卵ぉ??」



訳の分からないルフィに、ゾロは買ったばかりのその模型を手にしてもう一度笑った。




「コレを、道具にできる。多分な。」

「え、ホントか?!」

「おう、で、川ってどっちだ。」

「川って言うか、あれは谷だぞ?どっちかって言われりゃ南だけど・・・」

「そっか、ありがとな!!」



訝しげな店員に礼を言って、二人は駆け出す。が、焦った大声に止められた。



「ちょ、あんたら、そっちは北だってオイ!!!」




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