カウンタ12345を踏んでくださったマッカーさんへ捧げます。

     
 



みんな優しくて賢くて綺麗なロビンのことが大好きで。

もちろん、私もロビンのことが大好きで。


でもいつの頃からだろう、大人びて、少し私達と距離を置くようになったのは。




兄妹 −1−

                                   四条



バイトの後、ゾロは友人二人と連れ立って、自分のアパートまでの道のりを歩いていた。
コンビニで仕入れた酒やツマミで飲み会をするつもりだった。アパートの階段をのぼりながら友人の一人と喋っていると、先頭を歩いていたもう一人の友人が振り返り、言った。

「お前、携帯鳴ってねぇ?」

そう言われて意識を尻ポケットの携帯に向けると、確かにバイブレーダーが振動している。ポケットに手を突っ込んで携帯を取り出し、液晶表示を確認したら、エースからだった。

『こんな時間に悪い。ナミ、そっちに行ってねぇか?』
「いや、来てねぇど。」
『そうか・・・・。』
「どうしたんだ?」
『・・・・・帰ってこないんだ。』
「帰ってない?」

バイトが終わったのが午後9時半。バイト先からここまで約30分。もう10時にはなっているだろうか。
大学生のゾロとは違い、ナミはまだ高校生で、門限等の厳しいナミの家で10時というと、とっくにリミットを越えている。

『もしナミから連絡が入ったら、すぐに知らせてくれ。』
「ああ、分かった。」

携帯を切ってから溜息をつく。なにやってんだアイツ。
そうは思いながらも、少し混乱してもいた。
事態がうまく飲み込めない。

「なんだ?悪い知らせか?」

と、サンジが心配して聞いてきたが、曖昧に返事した。
サンジは、まだナミと面識がない。
説明するのが面倒だった。

階段の踊り場まで来た時、再び携帯が振動し始めた。
慌てて表示を見たら、今度はロビンから。
思わず見えもしないのに姿勢を正してしまう。

『ナミちゃん、そちらに行ってないかしら?』
「いや、来てない。さっき、エースからも電話あったけど。」
『あ、重なっちゃったのね。ごめんなさい。私もエースから電話貰って驚いて。で、まずは恋人である貴方のところへ行っているのが自然じゃないかしらと思って。』

ロビンにそんなことを言われると、少し面映い。
ついこの間まではそんな関係じゃなかったのにねと言われているようだった。

「携帯は?」
『繋がらないの。電源を切っているみたい。あなた、最後にナミと連絡したのはいつ?』
「今朝だな。メールだったけど。」
『そう・・・・。』

声音だけでロビンの秀麗な眉が顰められたのが、まるで目に見えるかのようだった。

「いつからだ?」
『今日、学校からは一度帰ってきたみたい。制服が部屋にあったそうよ。着替えて、また出かけたんだわ。言伝もなしに。』

ママが夕食の時に声を掛けたのだけど、ただ返事がないだけだと思ってて・・・・。
だから、エースが帰宅するまで、ナミは部屋にいるものと思い込んでたんですって。

「俺、これからあいつの行きそうなとこ、探してみるわ。」
『申し訳ないけどお願い。何か分かったら、連絡してちょうだい。』
「了解。」

電話を切った後、すぐさまナミの携帯に電話をしてみたが、やはり電源が切られているようで、すぐに留守番電話に切り替わった。
あのバカ、どこで何してやがるんだと舌打ちする。
その時、またもやサンジに今度は肘で脇腹を小突かれた。
なんだと思ってサンジを見ると、サンジは顎をしゃくって向こうを見ろと促す。
ちょうど階段を上りきり、ゾロの部屋の階に着いたところだった。

見てみると、ゾロの部屋の前で女が一人佇んでいる。

思わず声が出そうになるのを抑えるのに苦労した。

じゃぁ俺達は退散するわーと、察しのいいサンジが、キョトンとしてるルフィの首根っこを掴んで言った。
悪いと手刀を切って詫びを入れると、今度奢れよとぬかすので、わかったわかったと適当に答えた。
二人の友人がアパートの階段を下りていったのを確認した後、自分の部屋の方を振り返り、女の名前を呼んだ。

「ナミ。」

「こんばんは、ゾロ!」

古びた賃貸アパートの廊下に、ナミは立っていた。
キャミソールにデニムのミニスカート。
その下には白くてしなやかな足がすらりと伸びていて、足元はオレンジ色のサンダルで包まれていた。
こんな安アパートでは、ナミの存在は場違いも甚だしい。
しかし、すぐにハッとして、

「こんばんはじゃねぇよ。お前、こんなところで何やってんだよ。しかもこんな時間に。」
「え?」
「エースとロビンが心配してたぞ、お前が帰ってこないって。」
「電話あったの?」
「ああ、ついさっきな。なんでお前、携帯の電源切ってんだよ。今すぐ電話しろ。家族に余計な心配かけるんじゃねぇ。」
「・・・・・。」

ナミがいつまでも電話をしようとしないので、業を煮やしたゾロが自分の携帯で連絡しようと腕を上げた。
すると、ナミがその腕に飛びつくようにしがみついてきた。

「やめて!電話しないで!」

携帯を持つ腕に、全体重をかけて阻んでくる。

「なんでだよ、エース達が心配してるだろうが。」
「後で・・・・。」

後で必ず自分で入れるから、今はやめてとナミは言う。
あまりに必死な様子だったから、ゾロもナミの懇願を受け入れた。

「まぁいい。とにかく家に帰れ。送っていくから。」

そう言うと、ナミは怯えたようにパッと身体を離し、俯いてしまった。
さすがにこれはどうしたのだろうかと思う。

「どうした?」

できるだけ声音を抑えて優しげに尋ねたつもりだったが、ナミは顔を伏せて答えようとしない。
聞こえてないわけじゃあるまいにと思いつつ、一歩ナミに近づき顔を覗き込むのと、ナミが意を決して顔を上げるのとが同時だった。
一瞬、顔がぶつかりそうになり、思わずゾロは顔を仰け反らせた。
そんなことも構いもせずに、ナミは一気に言った。

「今夜、泊めてほしいの!!」

衝撃的な発言に、ゾロは一瞬思考が停止した。
が、すぐに我に返る。

「な、なにバカ言ってんだ!」

こんな時分に男の部屋に来ること自体、どういうことなのか分かってないのか。
それだけじゃなく、泊まりたいだと。
冗談も休み休み言ってほしい。

ゾロとナミはそれこそ幼稚園からの付き合いで、それが恋人関係に移行したのは、今年の春だった。ゾロが高校を卒業した日に、二人でこれからのことなどをいろいろ話しているうちに、なんとなくそういうことになった。
ゾロが引っ越して、大学の近くで一人暮らしをするようになってからは、まめにメールや電話のやりとりをし、土日には遊びに出かけたりもした。しかし、ナミをアパートに連れてくることはあっても、泊めたことはない。
別に泊めたくないワケではない。
状況が許せば、むしろ泊めたい。
しかし、泊められない理由がある。
ナミの兄、エースから、厳しく禁止されているのである。

ゾロはナミと付き合うことにした時、律儀にもナミの兄と姉に挨拶をした。こういうことになりましたのでと。
姉のロビンはニッコリ微笑んで、快く承諾してくれた。
けれど、兄のエースの拒絶反応は凄まじかった。
なんでテメーなんかにうちの可愛いナミをやらなくちゃいけねぇんだと、横にいるロビンの「別にまだ嫁にやるわけじゃないのよ」という取り成しも、全く耳に入らない様子で喚き散らす。

「手を繋ぐ・・・はまぁ許そう。でも、それ以上は絶対ダメだからな!もちろん外泊なんてもってのほか!それが約束できねぇなら、交際は絶対許さん!!」

どこのガンコおやじだという至極まっとうな意見は退けられた。
ゾロはというと、何よりもまずは交際を許してもらうことこそ本意なれと考え、その約束を割りとあっさりと承諾した。
けれど、そんな約束をしなければよかったとゾロが後悔するまでに、そう時間はかからなかった。

「どうしてもダメ?」

ナミが、心細げに上目遣いで聞いてくる。
ヤメロ、そんな凶悪に可愛い仕草をするのは。

「ダメに、決まってるだろう・・・・。」

言葉ではこう言っても、本心の迷いが声に混じるのは、致し方なかった。

「じゃあ、いいわ。さっきの人達のうち、どちらかに頼むから。」
「ちょっと待て!」

ゾロの脇をすり抜けていこうとするナミの肩をガシっと掴む。
冗談じゃない。ルフィはともかく、サンジにそんなことを頼むだなんて、美味しい果実をむざむざと据え膳するようなものだ。

「どうしたんだよ、なんで急にそんなこと言うんだ?」

そもそも、どうして急に泊まりたいだなんて。
ナミだって、男の葛藤を知らないわけじゃないのに。
しかも連絡も寄越さずに、こんな形で来るなんて。

「・・・・・家に、いたくないの。」
「なんで?」

ナミは口を真一文字引き結び、答えない。

「何か、理由があるんだろ?」
「・・・・。」
「言ってみろ。理由によっちゃ、泊めてやるから。」

エースとの約束を破ることになるとは思ったが、ナミの本心を聞き出すためにはこう言うしかなかった。

「ホント?」
「ああ。だから言ってみろ。」
「でも、ここじゃイヤ。」
「あ?」

そういえば、部屋の前の廊下で立ち話をしたままだった。
その時、タイミングよくというか悪くというか、隣の部屋の扉が開き、隣人が出てきた。
ゾロに気づくと軽く会釈してきたので、ゾロも倣って返す。
隣人はゾロのそばに女がいることに一瞬目を丸くして、次には顔が好奇で輝いた。
そんな隣人に辟易し、

「とにかく、中に入れ。」

そう短く告げて、ナミを隣人から隠すように部屋の中に招き入れた。




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