兄妹 −3−

                                   四条



驚いて、二人はバッと身を離す。
バツが悪くてゾロが気まずげに目を泳がせている間、エースはというと、腕組みをして玄関先に仁王立ち。そして満面の笑顔でもって告げた。

「ゾロ、まさかあの鉄の掟を破って、妹に手ぇ出したりしてねぇだろうな?」

目は全然笑っていない。
凍てついた視線がゾロを貫き、周囲の空気を一気に冷やしていく。
めっそうもないと、ゾロは大げさに首を横に振った。
瞳孔が開き気味の目で凄まれて、他に何が言えようか。
しかし、エースはゾロの言い分などまるで相手にしてないかのように、妹の方に目を向ける。

「ナミ、なんもされてねぇか?」
「・・・・・。」

ナミは口を噤み、少し恥ずかしそうに顔を赤らめて目を逸らす。
これではまるで何かあったみたいではないか。
たまらずゾロが口を開く。

「なんもしてねぇって。ナミも、思わせぶりに黙るんじゃねぇ!」
「ナミ、正直に答えろ。ゾロがなんかしたのか?」
「やめてよエース。ゾロはただ相談に乗ってくれただけなんだから。」
「相談?何の?」
「・・・・。」
「アンタらの親が、ナミのことを実の子じゃないみたいことを言ったんだとよ。」
「ゾロ!」

ナミが慌ててゾロの口を遮ぎろうとしたがが、しっかりエースの耳に届いてる。
エースは目を剥いて驚いていた。

「それ、どういうことだ?ナミ?」
「今日、パパとママが話しているのを聞いたの。」
「なんて?」

ナミは事のあらましをもう一度エースにも話した。
話を聞いても尚、エースはそんなはずはないと頭を振っていた。

「何かの間違いだろう。そんなの信じられねぇ。俺、お前が生まれた時のこと覚えてるもん。」
「え、でもエースだって3歳の頃でしょ?」
「俺は記憶力がいいんだ。3歳ならほぼ覚えてるぜ。それに、ロビンなら絶対に覚えてるはずだ。」
「でも私、確かに聞いたんだもの。それに、私だけ一人デキが悪いし・・・・。」
「ナミ、自分のことがデキが悪いなんて考えているなら、それは間違いだ。お前は決してデキが悪いんじゃない。俺たちがスーパー過ぎるから、そう感じるだけだ。ゾロを見てみろ。こんな出来損ないなのに、平然と生きているだろう。」

俺のことは関係ないだろう!と、あまりな言われようにゾロが噛み付く。

「でも、“頑固な”って私のことでしょ?かたくなに志望校を変えようとしなかったから・・・・。」
「・・・・・。」

エースが急に神妙な顔つきになった。

「エース?」
「パパ達、ナミの名前を言ってたか?」

ナミは思い返してみる。
パパ達は「あの子」とは言ったが、ナミと名を呼ばれたわけではなかった。

「どうしたの?」
「ひょっとしたら、お前のことじゃねぇのかも・・・・・いやまさかな。」
「え?」

「ナミちゃん!」

新たな声がして、玄関先を振り返る。
ロビンだった。
走ってきたのだろう、肩で息をしている。黒い髪が乱れて、少し顔にかかっている。

「ロビン!どうしてここに?」
「ああ、俺が連絡したんだ。ゾロの奴が急に携帯に出なくなったから、こりゃナミはゾロのところに行ったじゃないかって。」
「それで、駆けつけてくれたの?私のために?」

ロビンは今日も遅くまで大学の研究室に詰めていたはずだ。
この頃、ロビンは大学に泊まり込むことの方が多いぐらいなのだから。

「もう貴女ったら、心配したわ。」
「ごめんなさい・・・。」

せっかく泣き止んだばかりだというのに、ナミは申し訳なさのあまり、ふたたび涙腺が緩みそうになった。
そんなナミにロビンはいつもの優しい笑顔で笑いかける。

「もういいのよ。無事で本当によかったわ。ゾロの部屋に来るんじゃないかとは思っていたけど、随分間があったのね。ここへ来るまでの間はどこへ行ってたの?」
「えーと、本屋さん。ゾロのバイトが終わるのを待ってたの。」
「なるほどな。次からは本屋を真っ先に探すとしよう。」

そうエースに言われてしまい、ナミはちょっと肩を竦める。
次に家出する時は行き先を考え直さなければ。

「ゾロったらひどいわ。すぐに知らせてくれればいいのに・・・・。」

ロビンは恨めしいとばかりにチラリとゾロを流し見る。
急に話が振られ、ゾロはどぎまぎしてしまう。

「いや、だからそれには事情があったんだって!」
「ふふ、まあいいわ。で、結局何が原因だったの?」
「あ、あのね・・・・」

パパとママが、私だけ血が繋がってない子だって言ってたの
それでビックリして、家を飛び出しちゃったの

「まぁ。」

ナミの話を聞いて、ロビンは頬に白い手を当て、ちょっと考え込むような仕草をした。
いつもロビンがよくやる仕草だ。
でもその仕草とは裏腹に、表情はさほど困惑してもいない。
これもいつものロビンだった。

「とにかく、一度家に帰ろうぜ。パパ達に直接問いただせばいい。きっとナミの聞き間違えか何かだろう。」
「ええそうよ、ナミちゃん、誤解だわ。あなたは間違いなくパパとママの娘よ。」

そうして、ロビンは決定的な言葉をその口から滑らせた。



「だって、血が繋がってないのは、この私なんだもの。」



ナミもゾロもエースも、目を見開いてロビンを凝視した。
人は本当に驚いた時、声が出なくなるものらしい。



「だから、パパ達を問いただすのはおよしなさい。あなた達には知らせたくないと思ってるみたいだから。」

ロビンはまるでお天気か何かの話をするかのように飄々としている。
水を打ったように静まりかえるゾロの部屋で、ようやく口を開いたのはエースだった。

「ちょっと待ってくれよ、そんなの嘘だろ・・・。」
「嘘じゃないわ・・・・私はパパとママから直接聞いたのよ。」
「一体いつ!?」
「私が二十歳になった時、打ち明けてくれたわ。私が赤ちゃんの時に貰われてきたらしいの。だから、私も打ち明けられるまで、全然気づかなかった・・・。」

そう言った時、初めてロビンの表情が動き、少し遠い目をする。
遠く過ぎ去った昔、何も知らなかった、親を親と信じて疑わなかった頃を懐かしむように。
少し憂いを帯びた横顔は、たとえようもなく美しかった。

再び4人の間に沈黙が降りる。
そしてそれを最初に破ったのは、またもやエースだった。

「おい・・・・勘弁してくれよ。こんなことがあるかよ。何の冗談だ。」

エースは首を何度も横に振りながら、両手で頭を抱え込む。
なんでだよ、嘘だろと独り言を呟いて、そのまま何度も髪の毛を掻き毟った。
いつも快活で明晰なエースがこんなにうろたえるのを、ゾロは初めて見た。

「俺は、これから一体どうすりゃいいんだ?」
「・・・・どうする必要もないわ。今までのままで、今まで通りでいいのよ。私達は姉弟ですもの。」
「今まで通りなんて、できるわけがないだろう!!」

突然の大声に皆がエースを見る。
エースは燃え上がるような目でロビンを見つめていた。

「もう姉だなんて思えるわけがないだろう・・・・!」

今度は搾り出すような声になっていた。

「・・・・どうして?」
「どうしてって・・・・俺の言いたいこと、本当は分かってるんだろ!?」
「何のことかわからないわ・・・・!私、先に帰るわね。ナミのこと、パパとママに知らせなくちゃ。」

ロビンが踵を返し、廊下へと出て行った。
彼女もまた、いつもの彼女らしくない動揺が、隠しようもなく声にも表情にも表れていた。

「待てよ、ロビン!」

ゾロの部屋を足早に出て行くロビンを、エースが追いかけていく。
慌しく廊下を駆けていく音と、カンカンと階段にヒールの打ち付けられる音が夜の静寂を切り裂いて響きわたる。

ゾロは事態についていけず、ただ呆然と見送るしかなかった。
とその時、ナミがゾロの腕を両手でぎゅっとしがみついてきた。
見ると、青ざめて表情が強張っている。
無理もない。ナミこそ混乱の最中にいる。
今日は一体なんという日だろう。
さっきまでは彼女自身が他人だと思っていたのに、今は姉が他人だという。

「大丈夫か?」
「エースは・・・・」
「え?」
「エースは、ロビンのことが好きなのよ。」
「それは・・・。」

姉弟としてか?それとも―――

「エースも、初恋の人はロビンなの。ゾロと同じで」
「おい、まだそれ引っぱるか。」

ゾロの言葉を軽く無視してナミは続ける。

「でもゾロと違って、エースは今でもずーっとロビンのことが好き。それにね、きっとロビンだって・・・。」

そこでナミははっとする。
だからロビンは離れようとしたのだろうか。


昔から、みんな優しくて賢くて綺麗なロビンのことが大好きで。
もちろん、私もロビンのことが大好きで。

でもいつの頃からだろう、大人びて、少し私達と距離を置くようになったのは。


ナミはゾロのそばから離れ、サンダルを履き、廊下に出た。
廊下と外とを仕切る欄干から見下ろすと、階段の下にエースとロビンがいた。
エースがロビンの両肩を掴み正面から向き合って、真剣な表情で話している。
ゾロも後からついて出てきてナミの横に並び、同じように二人を見下ろす。

「どうするつもりなんだろうな、エース・・・・。」

二人を見てゾロは誰に問うでもなく呟いた。
血が繋がっていないことは、二人にとっては朗報かもしれない。
けれど、それだけで済む問題でもない。

「私、二人のところへ行くわ。一緒に家に帰る。そして、今夜じっくり話し合う。私とエースとロビンとパパとママでこれからのことを。だって私達、家族なんですもの。」

見ると、ナミの顔にはもう動揺はなかった。
迷いのない目をして、自分の兄姉を見つめている。

「ああ、そうだな、それがいい。」
「今夜はありがと、ゾロ。ごめんね、いろいろ迷惑かけて。」
「別に。気にすんな。」

ゾロは笑って、ナミの髪をまぜるように撫でて、そのままその手をナミの白い頬に滑らせた。
ナミもまた、ゾロの手のひらに頬を預け、気持ち良さそうに目を細める。
そうやって、しばらく見つめ合った。

ナミの目蓋がゆっくり静かに閉じられていく。
つんと張りのあるピンク色の唇が目の前にあった。
その意図を察し、ゾロは咄嗟にチラっと階下のエース達を確認する。

まだまだ取り込み中のようだ。

しめしめとばかり、ゾロは笑みを浮かべてナミに顔を近づけた。




FIN


←2へ



 
     




<あとがき或いは言い訳>
カウンタ12345のリク小説でした。このカウンタを踏んでくださったのはマッカーさん。
頂いたお題は「ゾロナミでAロビ(ロビA)なお話」でした。

筋立ては早くからできてたのに、書くのに時間がかかってしまいました^^;。

マッカーさん、もしご覧になられましたら、心を込めてこのお話を捧げます。
カウントゲット、まことにありがとうございました!!


戻る