さよならウォーターセブン 後編
四条
ナミは公園のベンチに座り、パウリーを待っている。
背もたれ付きのベンチだったが、それにもたれることはせずに背筋をピンと伸ばし、両手を握り締めて膝の上に置いている。
意識せずに口が真一文字に結ばれる。目線は膝コゾウの上に落とされたまま。
緊張していた。
こんな風に男に呼び出されるなんてこと、人生初の出来事なので。
考えてみれば、体育館(?)の裏に呼び出されて、告白を受けても不思議ではないナミであるが、実は今までそういうことは一度も経験したことがない。仲間の男達はナミを女だとは認識しているだろうが、恋愛などという甘酸っぱい対象として見てくれているのは、サンジぐらいしかいなかった。
ナミにしても、ルフィ達と出会うまでの8年間は村のことしか考えてなかった。たとえ男から誘われることがあったとしても、それは軟派なノリや身体が目的だったり、策略のためでしかなかったのだ。
パウリーは、真面目そうだ。
足が見えた服を着てるだけで「ハレンチ娘」呼ばわりするなんて、相当だ。
エニエス・ロビー行きの列車の中で着替えをした時も、一人だけ顔を真っ赤にしてゆでダコになって怒鳴っていた。ルフィとゾロときたら、そこで着替えていてもお構いなしに平然としていたというのに。
そんな彼が自分のことを好きだという。
いったい彼は、いついかなる時に自分のことを気に入ったのだろう。
ナミは記憶を辿ってみる。
パウリーとの接点はそんなに多くはなかった。そもそも出会ってから数日も経っていない。
しかし、彼の印象はなかなか強烈だった。
初めて会った時は借金取りに追われていた。そのおかげで1億ベリーのお金が入ったカバンを盗んでいった輩の船を乗っ取り、カバンを奪還してくれたが、そのままネコババしようとした。
ゴーイングメリー号の症状を説明してくれた。もう蘇ることはないと。
アイスバーグさん襲撃の犯人としてナミ達を最初疑い、でも最後には信じてくれて、ロビンを追うナミの手助けをしてくれた。
続いてあのブルーステーション駅での大波から、そして裏町ではアクア・ラグナからナミはおろかルフィ、ゾロ、チョッパーを救ってくれた。
エニエス・ロビーまで同行して生き延びて、今はガレーラの世話を受けている。聞くところによると、新しい船の建造にも関わってくれているようだ。
数日の間だけど苦楽を共にし、数限りなく恩を受けた、そんな男と、もう間もなく別れる。
そういう時、どんな言葉を交わせばいいのだろう。
そうだ、お礼を、お礼を言えばいい。
今までいろいろお世話になりましたと。
そう思うと少し気が楽になった。
ふーっと深く息を吐く。続いて両腕を振り上げて、大きく伸びをした。
別に緊張する必要はない。少しばかりのお礼の言葉と、これまでの思い出話でもして。
なんせあのカタブツだ。それ以上のことは、あの男は求めてはきたりしないだろう。
そうやって綺麗にお別れすればいい。
その時、視界の端に見慣れた人影が入ってきた。
***
港の前にあるから、その公園は港前公園と呼ばれている。港の前にあるから、すなわち海が目の前だ。なので海風がいつも止むことなく吹く。今日はその陽気も手伝って、湿った暖かい風が心地よく身体を撫でていく。
パウリーが公園の入り口をくぐり少し見回しただけで、すぐにナミを見つけることができた。
公園に入って正面に海を望むことができ、あとは囲むように生垣がある。ナミは右手の生垣の前にある一つのベンチに腰掛けていた。
(まぁ確かに綺麗な娘ではあるが・・・・)
しかし、もちろんそういう目では見たことがない。
出会ってまだ数日しか経っていないし、現にそれどころではなく、ガレーラカンパニー始まって以来の危機に直面し、自分もあの女も奔走してきたのだ。
初めて会った時は、剥き出しの足に頭にきた。男の職場で何を考えているのか、冒涜する気かと。
しかし、あの日。今まで信じていたものが崩れ、全てが露見したあの日―――
大した娘であることは認める。普通の娘なら怖気づいて、エニエス・ロビーへケンカを吹っかけに行くなどということはしないだろう。それを率先してやろうと言い出したのだから恐れ入る。
けれど、それとこれとは話が別だ。
あの女がどうして自分を懸想するに至ったのかは不明だが、こちらにはまるでその気がない。
そうでなくても賭け事と違い、女のことに関しては厳しく己を戒めてきた。今はまだ女にかまける時ではないと思っている。
だから、話だけを聞いて、その後でキッパリ断ればいい。
それであの女も気が済むはずだ。
そこまで考えて、また女の方に目を向けると、今日は珍しくいつものような剥き出しの服装ではなく、ごく普通のGパン姿であることに気づく。
少しほっとした。いつもみたいな格好でそばにいられたら、目のやり場に困っておちおち話もできない。
そして、向こうもこちらの存在に気がついたようだ。
遠目にも、視線がかち合った。
***
あ、来た来た!
ここまでくれば、あとは若い二人にまかせておけば、うまくまとまるでしょ。
ああーパウリーさん・・・もっと彼女のそばに座ればいいのに。あんな離れたところに座っちゃって。せっかく同じベンチなのに不自然だよね。
いやいや、まだそういう関係じゃないしね、男としてのケジメだよここは。それに、これから一世一代の告白をするわけだから、これぐらいの距離がいいんじゃないかね。
ここでパウリーさんにはビシッとカッコよくキメてもらって、めでたくホントの披露宴が開けるといいねぇ。
そうなりゃ、俺たち祝辞を頼まれること間違いないね。なんせ二人の愛のキューピットだもんね。
・・・・・・・・なかなか話しださないね。
パウリーさん、ああ見えて奥手だから・・・あ、話しかけた!さすがパウリーさん!
ううーん、なにを話してるかはまでは聞こえないな〜〜〜。
仕方ないよ、ここからじゃぁね。でも正面だからよく見える。
なんて言ってるんだろう?
あれじゃないかね、『オレを置いて行くな!』とか。
『私、ここに残るわ!あなたのそばから離れたくない!』とか?
そうそう!
いいね〜青春だね〜〜。
そんで、ガバーッと抱き合ったりしてね。
まさか・・・・チューしたりしないよね?
分からないよー最近の若い人は大胆だから。ホラ、あっちのカップルもやってる。まだ真っ昼間だってのにねぇ。
ホントだ、モロに見ちゃった。どうしよう、もしパウリーさんのそんなトコ見たら、明日からまとも顔を合わせられないよ・・・。
ちょっと、あんまり動かないでくれる。いくら茂みの中とはいえさぁ、モゾモゾ動いたら変でしょ!バレちゃうよ。
ああ、ごめんごめん。
気をつけてよ、今イイとこなのに。ホラ、お互い見つめ合っちゃって!熱いネまったく!
あれ、パウリーさん、いきなり立ち上がってどうしちゃったの。
なんか、こっち見てない・・・?
え・・・・?
***
「ロープアクション!!」
おもむろにベンチから立ち上がったパウリーの一声とともに、彼の袖口からまるで生き物のようにウヨウヨとロープが伸びて、正面の茂みの中に隠れていた二人の駅員に絡みついた。そのままロープは二人を縛り上げる。
パウリーがグイッと手前に引くと、ロープでぐるぐる巻きにされた駅員達が茂みの中から転がり出てきた。
「あ、パウリーさん、ごきげんよう・・・。」
引き倒された格好で、情けない笑顔を張り付かせた駅員達が、パウリーの顔を恐る恐る見上げる。
「何がごきげんようだ! 何が『話がある』だ! 嘘ばっかりじゃねぇか!! てめぇら、どういうつもりでこんなことした!!」
鬼の形相でパウリーが喚きちらす。
その隣では、呆れたようにナミが駅員二人を見下ろしていた。
「あ・・・バレました?」
「バレいでか!!」
「どうもおかしいとは思ったのよね。」
ナミは肩を竦める。
パウリーは肩を怒らせて、頭から煙が出そうなほど。今にも駅員達に掴みかからん勢いだ。
「何でこんなことした!?悪ふざけにもホドがあるぞ!」
「え、だって・・・・・」
かくかくしかじか。
彼らは話した。ブルーステーションでの出来事、そしてその時にパウリーとナミから受けた印象を。
かいつまんで語られた事情に、パウリーは顔を真っ赤にさせ、ナミは溜息をついた。
「一体全体どこをどう転んだら、そういう結論になるんだ!!」
「いやー、いかにもワケありって雰囲気だったんで。ついてっきり。」
「何がてっきりだ!」
「ス、スミマセン!」
「でも、けっこうお似合いですよお二人。」
「はぁ!?」
まだ世迷言を言うのかと、パウリーはロープをいっそう締め上げた。駅員達が悲鳴を上げる。
それを見かねたナミが、
「もういいわよ。」
「いいや、よくねぇよ!」
「この人達だって悪気はないんだし・・・ねぇ?」
そう言ってナミは駅員達に笑いかけたが、目は全く笑っていなかった。それを見て、駅員達はぶるぶると震え上がる。
パウリーはまだまだ憤懣やるかたなかったが、離してあげてというナミの言葉をしぶしぶ受け入れて縄を解いてやった。
解放された二人は平身低頭で謝り、すたこらさっさと去っていった。
ハーッとパウリーは大きく息を吐き出した。
くすぶり続ける怒りを抑え、冷静さを取り戻そうと努めた。
そして、気まずげにナミの方を振り返り、パウリーはきっぱりと言った。
「悪かったな、うちの島の者が、とんだ悪ふざけをして。」
それに対し、ナミはかぶりを振る。
「ううん、けっこう楽しかった。」
「は?」
「もうウォーターセブンとはお別れだけど、最後に楽しい思い出ができたわ。」
それにと、ナミはくすりと笑う。
「あの人達のおかげで、少しだけ、女の子気分を味わえたしね。」
なんだそりゃ、と言いたげにパウリー顔をしかめる。
「海賊なんてやってると、なかなかこういう気分は味わえないもの。これからも当面はありそうもないし。まだまだ冒険は続くしね。」
空を見上げてあっけらかんとナミは言い放つ。
その瞳はもうウォーターセブンではなく、次の島をへ思いを馳せているようであった。
そんなナミを、パウリーは少し眩しそうに眺める。
やがて、すぐにパウリー自身もニヤリと口角を上げて呟いた。
「あんた、捕まんなよ。」
「え?」
「あんたらが捕まると、俺も寝覚めが悪りぃからな。」
「ご冗談でしょ、私達が今までどんな修羅場をくぐってきたと思ってんの?」
あのエニエス・ロビーからも、生還してきたのだ。何もかも取り戻して。
「違ぇねぇ。」
そう言って、パウリーは手のひらで顔を撫でた。
「さぁ戻ろう。あー・・・送っていくから。どうせ俺もガレーラに戻る途中だったし。」
「え?」
ナミは目を丸くして、パウリーをまじまじと見つめる。
続いて、さも面白いことを聞いたというように、満面の笑みを浮かべた。
「へー、エスコートしてくれるの?」
「エス・・・!そんなんじゃねぇが!さ、最後ぐらい、その、女の子気分とやらに浸ってろよ。」
「ふふ、じゃぁお言葉に甘えて・・・。」
ナミはいたずらっぽく笑って、そっとパウリーのそばに寄り添い、腕を絡ませた。
「ちょ、待て!なんだこの腕!」
「何よ、これぐらいいいでしょ!」
「よくねぇ!嫁入り前の娘が、人前でなんてことすんだ!!」
「誰も見てないわよ!」
「見てる!この公園にも、いっぱい人がいるじゃねぇか!」
ぎゃあぎゃあ喚きながら、二人は公園を後にした。
「なんでもなかったようね。お互い心配して損したわね。」
「ム・・・・。」
駅員達とは別の茂みの中にロビンとルルが忍び込み、一部始終を覗いていこたとには、ナミもパウリーも最後まで気づかなかった。
FIN
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