クラスメイト −2−
ぞの 様
夏休みが近づくと、クラスの誰もが浮き足立ってくる。
新しい水着の話やら、ファミレスのバイトやら、旅行の計画やら、あちこちから楽しそうな声が聞こえてくる。
「ゾロは夏休みどうするの?」
前の席から体を乗り出して、ナミが机に突っ伏したオレの顔を覗き込んできた。
「何も決めてねェな」
「じゃあさ、海、行かない?」
「海? ……まあいいけど」
「泊まりで」
「別にいいけど、何人で?」
「二人で」
「……」
聞き間違いかと思い、頭の中でもう一度反芻してみた。
海に、泊まりで、二人で
ナミと二人で
……って、どういうことだ?
わけわかんねェ
「ねえ、ゾロ……?」
心なしか、か細い声でナミが呼びかけたが、オレの頭の中は混乱して、何の言葉も出てこなかった。
非情にもチャイムが鳴り、ナミは静かにオレから離れていった。
気がつけば、英語教師が黒板に釘でも打ち込むかのようなリズムで、英文を書いている。
重いまぶたをこじ開けて、ぼんやりと教室を見渡す。
さっきのアレは夢だったのか……
妙に納得して、遠くの席にいるナミを見ると、思わず目が合ってしまった。
ナミはくすっと笑って、口をパクパクさせながら、オレの顔にシャツの跡がついている、と伝えてきた。
顔をゴシゴシこすりながら、やっぱりさっきの事は夢だと思った。
都合の良すぎる夢だ、まったく
それから数日くらい経っただろうか、クラスの内外問わず、ナミと他の男が話している光景を目にするようになった。
もともとナミに言い寄ってくるヤローは多かったが、ここぞとばかりに近寄ってくるヤツも増えた。
つーか、あいつらの魂胆丸見えだっての
くだらねェ
教室に入ってきたナミに、皮肉のひとつも言ってやりたくなった。
「あんま勘違いさせんなよ」
「勘違いって、何が?」
きょとん、とした顔でナミはしばらくオレを見つめると、「意味わかんないし」と言って席に戻っていった。
チッ、と小さく舌打ちをすると、くるりときびすを返してナミが戻ってきた。
「そうだ、ゾロ。海行かない?」
「……海?」
こういうの、デジャヴとか言うんだよな?
「……別にいいけど」
「泊まりで」
「……何人で行くんだよ」
思わず唾を飲み込んで、ナミの次の言葉を待つ。
待つと言ってもほんの一瞬だ。
その間にオレはさっきの夢のやりとりを何度も頭の中で反芻して、そして今度は何て返事をしようか、その言葉選びを繰り返していた。
「10人くらいかなー? なんかいろんな人から声かけてもらったし、みんな一緒に行ったら楽しいでしょ?」
……やっぱりアレは夢だったのか
肩すかしをくらって、一気に力が抜けた
「……めんどくせェ」
「え? だって別にいいって言ったでしょ、今」
作り笑いのような不自然な笑顔で、ナミはオレにウインクをしながら耳打ちした。
「ゾロ目当ての子もいっぱい連れてくから、彼女作るチャンスでしょ?」
「うるせェよ」
その後のことはあまりはっきりと覚えていない。
教室を出て、自販機までコーラを買いに行ったらしい。
廊下のゴミ箱を蹴っ飛ばしたらしく、教室に戻る途中に体育教師に頭をつかまれた。
教室に戻ったら戻ったで、ナミはまた別のヤローと楽しそうに話していて、そいつが飲んでいたペットボトルのお茶をひょいと取り上げて、口をつけた。
それを見ながら力任せに缶を開けると、いつの間に振っていたのか、炭酸が飛び出してオレのシャツはコーラ色に染まった。
何をイライラしてるんだ、オレは
シミのついたシャツをベランダの柵に引っかける。
かけた途端、背後から手が伸びて、ナミがオレのシャツをもぎ取っていった。
「おい、何すんだよ」
「バカね、一回洗わないと取れなくなるじゃない」
そう言ってすたすたと水道の方へ歩いていく。
その後ろ姿をぼんやり眺めながら、考える。
……勘違いしてんのは、オレの方かもしれねェな
パンパン、と高い音を立てて叩くと、ナミは風に揺れるオレのシャツを満足げに見ていた。
「……サンキューな」
数百回の躊躇の後に吐き出した一言。おそらく感謝の表情とは対照的な、ふてくされ顔だったと思う。
でもナミは大きな目をさらに大きくさせて、オレの顔をじっと見たかと思うと、みるみるうちに顔を赤くして、逃げるように離れていった。
「……あー……」
頭を力任せにガシガシかいて、行き場のない感情にさらにイライラした。
「……勘違いさせんなよ」
……つーか、
大いに勘違いしてやるから、
その相手はオレだけにしてくれ
シャツはあっという間に乾いて、コーラの代わりに太陽の匂いが染みついていた。
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