期末試験の初日は楽勝だった。

開始から30分で答案用紙は完璧。

何にもすることがなくて、ぼんやりと外を眺めたり。

出席番号順に並ぶと、斜め前に来るゾロの緑頭。

最初のうちは頭をがしがしかいていたのが、どんどん背中が丸くなっていって、今はもうあきらめて寝ているのがわかる。

目に涙がにじんでくるときの、あの感覚を胸の奥で感じる。



……あんたは私のこと、女として全く意識してないのね……



唇が触れそうな距離まで迫ってきたゾロの顔は真剣だった。

たぶん、自分が何やってるのかわかってないくらい、大真面目だったに違いないわ。

あんな至近距離で、バカみたいに説教して。

あんたは私の父親かっつーの!



悪いけど、私モテるんだから。かーなーり、モテるのよ?

彼氏なんて、その気になればすぐにできるわ。

……あんた以外の男なんて、簡単に落とせるんだから



今度は、本当に涙がにじんできた。



つまんないくらい、簡単なんだから……




クラスメイト −4−

                                ぞの 様



チャイムが鳴って、教室の中にはため息がうずまく。

立ち上がると同時にかばんを取り上げ、ゾロは振り返る。

目が合うと、とたんに構えるナミを見て、思わず言葉に詰まる。

「……ラーメン食って帰るか?」

「……おごり?」

「なわけねェだろ」

「ケチ」

いつものやりとりに、お互いホッとする。ナミが警戒心を解いたのが、ゾロの目にもはっきりとわかった。

「……替え玉くらいなら、おごってやるよ」

「ほんとに?」

ふわりと口元をゆるめたナミの笑顔に、ゾロは息を飲んだ。

その表情のひとつひとつが、ゾロの心の中で炭酸のように泡立つ。そんな感覚を与えてくる。

「じゃあ、行こっかな……」

少し戸惑いながら言いかけたとき、それを遮るように教室の入り口からナミを呼ぶ声がした。

「あっ……」

しまった、と言わんばかりにナミは声を漏らして、入り口に立っている隣のクラスの男子と、そしてゾロの顔を交互に見た。

「あ、あのね、明日の試験勉強を一緒にしようって約束してたの……」

上目づかいで遠慮がちにそう言って、ナミは両手の指を不規則に絡ませていた。

「……そうかよ」

おもむろにかばんを肩に乗せてその場を去ろうとするゾロを引き留めるように、ナミは声をかける。

「ごめんね。私抜きで行って来て?」

ナミが両手を合わせて「ごめん」のポーズを取ると、ゾロはチッと舌打ちをして、視線をそらした。

「……他に誰と行くってんだよ」

そのまま肩で風を切るように歩いて、ゾロは教室を出て行った。入り口に立っている男子生徒には目もくれずに。





「あー、マジわけわかんねェ」

頭をがしがしかきながら、ラーメンを勢いよくすする。



色の白い、なよっとした男だったな。

でも、あんなヤツでもちょっと本気になれば、女一人くらいどうにでもできるだろう。

……あのバカ、オレの言ったことなんて何一つわかっちゃいねェ

何かされてから後悔しても遅いってんだ。



店内の古いテレビでは、ドロドロの昼ドラマが流れている。

濃厚なラブシーンが始まると、店の客はちらちらと画面を盗み見る。

テレビの中の男女をぼんやりと眺めていると、胸の奥がざわついた。



……後悔するのはオレの方か



食べかけのラーメンをそのままに、店を出た。

足は学校へと向かっていく。

しかし、行ったところでどうすりゃいいんだ?



教室の側まで来ると、ナミの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

勉強してるんじゃねェのかよ。

教室の扉を勢いよく開けると、ピタッと話し声が止んだ。

午後の生ぬるい教室に、ナミと知らない男が二人。

ナミは大きな目をさらに大きくして、オレの方を見ていた。

「…ど、どうしたの?」

何て言えばいいのか。

邪魔しに来たとでも言えばいいのか?

しばらくの間言葉もなく、ナミを睨みつけていた。

もう一人の男なんざ、最初からいないも同然だ。

「……次、オレな」

「えっ?」

「オレにも教えろ」

そう言ってナミの隣の机に座り、顔を伏せる。

「終わったら起こせ」

「ちょっと、何言ってんの?」

しばらくの間、側であれこれもめる声が聞こえたが、やがて男の気配は遠くなり、教室の外へと消えていった。



沈黙がどれくらい続いただろうか。

ナミはどんな顔でオレの方を見ているのか。

伏せた顔を上げるきっかけがつかめずに、ただ時間だけが流れる。

すると、ナミが勢いよく立ち上がり、教室を出て行くのが気配でわかった。

……あきれて帰っちまったかな

そうあきらめながら顔を上げると、ナミのかばんと勉強道具はそのまま残っていた。

廊下の奥に消えていく足音を耳で拾いながら、教室の入り口の壁にもたれた。

さて、この後どうしたもんだか……



教室に戻ってきたナミは、入り口に待ちかまていたオレを見て、目を大きくして驚いていた。

「何してんの?」

両手にはコーラが2つ。普通のと、カロリーオフ。

「……何のんきにジュースなんか買って来てんだよ」

腕組みをしながら呆れたように言うと、次にナミはきょとんとした顔で目を大きくした。

「だって、勉強するんでしょ?」

「は!?」

「明日の教科、ゾロ本気でやばいでしょ? よっぽど焦ってるみたいだし」

「お前なあ……空気読め、バカ」

「何よ!? 意味わかんない」

意味わかんねェのはオレだっての

がしがしと勢いよく頭をかきながら、大きなため息をついた。

「だーかーらー!」

どこかで聞いたことのあるやりとりだと、頭の奥のほうでちらっと思った。

でも、次の瞬間には、ナミの肩をつかんで壁に押しつけていた。

その勢いで、ナミが持っていた片方のコーラが床に落ちて、鈍い音を立てて転がっていく。

「お前、あいつにこんなことされてたら、どーするつもりだったんだよ?」

「ど、どうするって……前にも言ったでしょ。ちゃんと逃げるって」

「無理に決まってんだろ」

「何でそうやって決めつけるのよ!?」

「無理なもんは無理なんだよ」

「もー、わけわかんない! 無理だと思うならやってみたらいいじゃない!」

ナミが涙目になっているのがわかった。

売り言葉に買い言葉というのか、オレも引くに引けない状況になってしまった。

「ぜってー逃げられるんだな?」

ナミは声を出さない代わりに、小さくうなづいた。

ずい、と顔を近づけると、ナミの大きな目の右と左、どっちを見たらいいのかわからなくなった。



……もしかして、オレは今、サイテーなことをしているんじゃないだろうか

他の男がどうのじゃなくて、このオレが一番サイテーかもしれねェ……



ふと視線を落とすと、ナミの持っているコーラが目に留まった。

それを取り上げて、力任せに振ってから再びナミに返した。

片方の手をポケットに入れて、もう片方の手を壁につく。

ナミには一切触れていない。

「……ちゃんと逃げろよ」

もう寸止めなんてしねェからな

あーもう、わけわかんねェ

結局オレは、自分がこうしたかっただけなんじゃねェのか?

とにかく、オレはサイテーだ。



……お前を、他の男に取られたくなかったんだよ



つーか、今頃気づくか?



モヤモヤと考えているうちに、オレの唇はしっかりとナミのそれに押しつけられていた。

「うわっ! バカお前……、逃げろっつっただろ!?」

ナミは相変わらず涙目で、コーラをぎゅっと握りしめていた。

「……好きでもない男にこんなことされたら、逃げるって言ったのよ」

「……は?」

「ゾロ、やっぱりあんた明日の現国、やばいと思う。読解力ゼロ」

そう言ってナミはふふっと笑った。

なんだかものすごくバカにされたような気がしたが、悪い気分ではない。

「……オレは筋肉バカだから、体使うことしかできねェんだよ」

もう一度、本当にナミが逃げないのか確かめようと、顔を近づける。

スローモーションで流れてくる映像の中で、ナミはゆっくりと目を閉じた。



……そういうことか



唇が離れると、ナミは何も言わずにオレの言葉を待っているようだった。

「……海、行くぞ。……二人で」

「え?」

「……泊まり、じゃなくてもいいが」

その瞬間、目の前にコーラがぶっかけられた。

つーか、ここ、かけるところじゃねェだろ??

「何すんだ!?」

「何よ! 聞こえてたんじゃないの、バカ! 何で無視したのよ!」

「いや、オレは寝ぼけてて、夢だと思って……」

そんな感じで、ひとしきりケンカをしたところで、だいたいの誤解は解けた。



午後の教室には、ナミの声が響いていて、

ベランダには、オレのシャツが風になびいて揺れている。

オレは明日の現国の試験の特訓を受けながら、何だか少し不思議な気分になった。

「……ちょっと、ちゃんと聞いてる? 行間から真意を読み取るの」

「なァ」

「何よ」

「……今度誰かに『お前らつきあってんのか』って聞かれたら、そうだって言うからな?」

「なっ…」

ナミは大きな目をさらに大きくして、みるみるうちに顔を赤く染めていった。

これは大いに勘違いしてもいいってことだろうか。

とりあえず、そういうことにしておこう。

すっかりぬるくなったカロリーオフのコーラを飲み干すと、ただの甘ったるい砂糖水になっていた。



でも何だか胸の奥では、シュワシュワと炭酸が音を立てているようで、

そしてそれが心地良い感覚に変わっているのを感じた。





おわり


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<管理人のつぶやき>
クラスメイト――いつも一緒にいるけれど、付き合ってるわけではなくて、気安い友達関係だった二人。でも次第にゾロはナミとの触れ合いを意識し始めて。でも意地っ張りなのでお互い最後まで「好き」とは言わずじまい。言葉や態度の駆け引きにじりじりとさせられて、でも想いは伝わって。もう勘違いじゃありません(笑)。第2話での海へのお誘いはドキッとしましたよね。夢か幻かと思っていましたが、実は本当だった!もうこの時既にナミの気持ちも現れていたんですね^^。

【ZEALOTS' ZENITHAL ZONE】のぞのさんが投稿してくださいました。
青春時代真っ盛り。甘酸っぱくて初々しいゾロナミでした。ありがとうございましたーーー!




さて、では最後に裏話を。
第3話について。

えーと、第3話は私が書いてるんです。というか、私の書いたものを、ぞのさんの作品の第3話にしていただいたのであります^^。
実は第3話は、ナミ誕部屋オープン時に作品見本としてこっそり展示していたもので、お蔵入りして完成の見込みもない文章(ゾロナミ学園パラレル)だったのです。
それがぞのさんのお目に留まりました。
そして、その前後のお話を考えてくださったのです!!
こうして、「クラスメイト」(全4話)は誕生したのであります。

まさかただの見本だった文章が、こんな素敵な作品の一話となるとは、当時は予想だにしませんでした(てゆーか、足を引っぱってる気がして恐縮です^^;)。
打ち捨てられるはずだった作品が救出されて、最後には見事な花を咲かせてくれた。
それもこれもぞのさんのおかげです。ぞのさん、本当にありがとうございました><。

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