魔女の瞳はにゃんこの目・3  −2−

                          びょり 様



静まり返った夜道を川伝いに下ります。
道と言っても雪にすっぽり覆われてるせいで、本当の所何処を歩いているのかさっぱりでした。
ポツポツ点いてる家の灯りが途切れると、辺りは不気味な白い闇に包まれました。
川の水音が傍で聞えるのも不安を募らせます。
ランプを携え先頭を歩く村長は、頻りに後ろを振り返っては、絶対に列を乱さず、離れないよう注意しました。
積る雪は今や大人の膝位まで達しています。
村長は後ろを歩くマキノや子供達の為に、藁ぐつで掻き分け踏締め、道を作ってやりました。

「その『フランキー』って、どんな感じの人なの?」

掬い取った雪玉を珍しそうに眺めながら、直ぐ前を歩くゾロにナミが訊きます。

「一言で言うと『変態』だ!」

しかし何故か質問に答えたのは、ゾロの前を行くルフィでした。
そんな彼をじろり睨んだものの、ゾロが付け加えて答えます。

「ま、確かに見た目『変態』だな。冬でも半袖短パンだし」
「冬でも半袖短パン!?寒くないのォォ!?」

目を丸くして驚くナミの後ろで、ウソップがあからさまに嫌な顔を見せました。
長く付き合ってる村人にすら『変態』呼ばわりされる男。
そんな男と自分はこれから一緒に暮さねばならないのか?
不安に怯えるウソップに構わず、ルフィとゾロは無邪気に、件の男の人となりを暴露しました。

「前に『そんなカッコで寒くないか?』って訊いたら、『寒いに決まってんだろバカヤロー!!』って怒鳴られちまった」
「寒いなら着りゃいいじゃねェかって思うんだがな。ポリシーってヤツらしい」
「バカだなゾロは〜!それを言うなら『ポリスー』だろォ!?」
「馬鹿、てめェが間違ってんだよ!…兎に角だな、『変態』に誇りを持って生きてるらしい」
「『変態』って呼ぶと喜ぶんだぜ!」
「何で喜ぶのよ!?」
「『変態』だからじゃねェの?」
「そそそんな奴の家に世話になって、俺大丈夫で居られるのか…?」
「さー?大丈夫じゃねーかもなー」
「大丈夫じゃねーかもじゃねェェ!!!他人事だと思いやがってテメェら!!!」
「ま、実際他人事だしな」

やいのやいの言い合ってるそこへ、前を行く村長とマキノから注意が飛びました。
慌てて2人の後を追い駆け距離を詰めます。
再び雪道を出発して約30分、一行は漸く噂の男が住まう家に到着しました。

目の前に建つ家を、ナミはゆっくり見上げます。

白い雪を被ったそれは、村に在る他の家と同じ木造でしたが、目立って風変わりに感じられる物でした。
まるで三角屋根の家を5軒重ねて潰した様な五重の塔。
重なった家は上へ行くほど小さく、親亀小亀孫亀なイメージも持てます。
雪を被ってない1階の壁にランプを翳し、太い極彩色で描かれた文字を見付けた
ナミは、声に出して読んでみました。

『フランキーハウス』

ナミが一回りして観察している間に、村長は扉の前にぶら下がる呼び鈴を鳴らしました。
静寂を壊す派手な音が轟きます。
扉からのっそり出て来た大男は、ルフィとゾロが話した通り、『変態』の標本の様でした。

水色のリーゼントヘアー、人相の悪さを引き立たせるサングラス、山間部に不似合いなサンダル。
半袖開襟シャツ+短パンから食み出した、筋肉質で毛むくじゃらのボディ。

てっきりウソップをからかってるだけだろうと思っていたのに…唖然として居るナミに向い、ルフィとゾロは「な、『変態』だろ?」と言って、にんまり笑いました。
3人目が合った所で、背後のウソップを振り返ります。
彼は哀れにもすっかり蒼褪め、両目を真ん丸に見開き、ガタガタと震えて居ました。

「ん?そんなに寒いのか??」
「鈍いわねルフィ。あいつを見て怯えてるに決まってるでしょ!」
「そう怯えんなって。見掛けはアレでも良いトコ有るぜ」
「ゾロの言う通りだぞ!見た目で人を判断しちゃダメだって、マキノも言ってた!」
「中身も『変態』だけどな。『住めば都』って言うし、一緒に暮してりゃ、その内慣れるだろ」
「うん!『朱に交われば赤くなる』って言うからな!その内慣れていきとーごーするさ!」

仲間が口々に慰めにならない言葉をかけます。
聞いて居たウソップは、終いに堪忍袋の緒を切らしてしまいました。

「交わってたまるかァ〜!!!ホントお前ら他人事だと思いやがって…!!!」
「馬鹿言ってんじゃねェぜ村長!俺の家は託児所かァァ!?」

そこへフランキーの怒鳴り声がはもり、反射的に子供達は、大人達の方へ一斉に首を向けました。
扉を背に立つフランキーが、己に集まった視線を感じて、子供達の方を睨みます。
サングラスを弾き露にした目は、泣く子も黙って失禁しそうな凶悪さでした。
例えるならメドゥーサ、その禍々しい眼差しがウソップを捉えます。
忽ちウソップの顔から血の気がザザッと引きました。

フランキーがマキノと村長を脇に押し退け、ウソップの元へ向います。

ビッグフットが雪原をズンズン歩いて近付いて来るも、恐怖に凍り付くウソップの体は微動だにしません。
逃げる事叶わず、遂に真正面までやって来た彼は、身の丈がウソップの3倍近く有りました。
見上げるウソップの喉から、か細い悲鳴が零れます。


――良い子だから元の村にお帰りなさい。


あの時頷いときゃ良かった…ウソップの胸に後悔の念が浮びました。


「てんで性根が据わってねェ!形も貧弱でやがるし!こんなヒョロガキ、クソする手伝いにもなりゃしねェよ!」

己の前で氷像の様に硬直して居る少年を、穴の開くまでジロジロ観察し終えたフランキーは、首と掌を大袈裟に振って駄目出ししました。
彼の暴言を聞きフリーズが解けたウソップが、流石にむかっ腹を立たせ睨みます。
しかしフランキーは全く相手をせず、その隣に居るルフィの方へ、愛想良く声を掛けました。

「同じガキなら麦藁をよこしてくれよ!こいつの腕っ節には惚れてんだ!どうよ!?俺んトコに弟子入りしねェ!?」
「やだね!、俺、大工になりたくねーもん!」
「つれねェ事言うなって!大工くれェ安定して稼げる職は無ェぞォ!バブル弾けたって恐くねェさ!」
「やだね!俺はシャンクスみたいに、トレジャーハンターになるんだ!」
「フランキー!ウソップ君は発明の天才で、とっても器用だそうなの!」

ルフィから間髪入れず断られるも、フランキーはお構い無く勧誘し続けます。
このままではルフィが弟子入りさせられてしまう。
そう危ぶんだマキノは、必死でウソップを売り込みました。

「発明の才なんざ大工に必要無ェよ。…まァ器用なのは結構だがな」

けれどもフランキーはちっとも乗って来ようとしません。
己の付けた足跡を辿り、そのまま家の中へ戻る素振りを見せた彼を、村長は慌てて引き止めました。

「待てフランキー!頼れるのはお前しか居らんのじゃ!」
「悪ィが売り込むなら十年後にしてくれねェか?そのガキ、親から離して弟子入りさせるにゃ、ちと若過ぎに思うぜ!」
「じゃから、この子には両親が居ないんじゃ!」
「何だとォォ…!!?」

背を向けて扉を開けようとしていたフランキーが、勢い良く振り返ります。
彼は村長の肩を乱暴に掴んで問質しました。

「そいつはマジか村長!?」
「ときに先刻から思うとったんじゃが、お前さん、脛晒したまま雪ん中立ってて冷たくないのかね?」
「冷てェに決まってんだろバカヤロー!!――そんな事より、こいつ両親が居ねェのか!?じゃ、今迄独りで…!?」
「そうよ。彼此1年、独りで暮してたそうなの」

傍に立っていたマキノが、村長に代わってウソップの家庭の事情を説明します。



母親は彼が幼い頃に死んでしまった事。
父親はシャンクスのチームに居るヤソップで、シャンクスと共に行方不明である事。
ルフィ達に出会った彼は、同志の絆を結び、自分の手で父親を捜す決意を固め、遥々山越えこの村にやって来た事。



終いまで聞かない内に、フランキーは雪原を転げ回り、わんわん声を上げて泣き出しました。
大人気無い泣き様を見かねた村長が、優しく宥めるよう声を掛けます。

「こりゃ、フランキー。いい年した男が、そんな風に泣くもんじゃない」
「馬鹿泣いてねェ!!!泣いてねェったら!!!」
「そんな薄着で体を雪に擦り付けて…冷たくないのかね?」
「煩ェェェ!!!冷てェに決まってんだろバカヤロ〜〜〜〜オイオイオイ!!!」

何を言ってもフランキーは泣き止まず、諦めた村長は放って置く事にしました。
他の者達もどう声をかけて良いか判らず、駄々を捏ねる子供みたいに泣き喚く男を、黙って囲んでいました。
体の大きい彼がジタバタ手足を叩き付ける度に、派手な雪飛沫がバッシャバッシャと立ち昇ります。

大分経った頃、フランキーは鼻をグズグズ啜って立ち上り、何処からともなくギターを取り出すと、ジャカジャカ掻き鳴らしながら、自作の歌を歌い出しました。

――はァ〜〜〜〜るばるゥ〜〜来たぜ♪ゆゥ〜〜き山ァァ〜〜〜〜〜〜♪

「フランキー歌は結構じゃっ!!それよりこの子を家に置いてくれるかどうかを聞かせてくれんかね!?」

感極まるとギターを取り出し、即興で歌い出すという癖が、フランキーには有りました。
それを知る村長が、脱線を恐れて懸命に制止します。
演奏を止められたフランキーは、己を呆然と取り囲む輪の中にウソップを認めると、両手を大きく開いて抱き締めました。
分厚い毛むくじゃらの胸板に埋められたウソップの喉から、再びか細い悲鳴が漏れました。

「事情も知らずに済まなかったなァァ!!けどもう心配するこたねェ!!今日からこの家がおめェのマイホームだ!!何なら俺の事は『親父』と呼んでくれて構わねェ!!」
「いいいや折角だけど俺には既に血の繋がった親父が居るんで勘弁…!」
「これからは寂しい思いなんてさせねェさ!!温かく笑いの絶えない食卓ってヤツを、おめェに味わわせてやるぜ!!」
「いいいや別に俺今迄冷たくしんみりした食卓しか知らない訳じゃ…!」
「腕もみっちり鍛えてやるからな!!3年後には超スーパーな大工だ!!」
「いいいや俺大工じゃなくって発明家になりた――って冷てェ〜〜!!!!前は暑苦しいけど後ろは冷てェ〜〜〜!!!!」

熱い抱擁を受けて押し倒されたウソップの悲鳴が、白い大地に響き渡ります。
暑苦しさと冷たさのコラボに耐え切れず、死に物狂いで抵抗するも、咽び泣くフランキーの腕は解く事が出来ませんでした。


「上手く行ったのかしら?」

事の成り行きを黙って見詰めていたナミが、同じく隣で静観していたゾロに尋ねます。

「行ったんじゃねェの?」

ゾロが何時も通りの惚けた口調で返しました。
ナミの口から、安堵とも呆れともつかない溜息が零れます。

ふと手袋の中に包んでいた雪玉を確めました。
丸めた時に較べて、小さく変わった結晶の固まり。
暫く眺めた後、彼女はそれを降り頻る雪のカーテンの向うへ放り投げました。




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