魔女の瞳はにゃんこの目
空の彼方を
海の底を
地の果てを
心の奥をも見通す力
魔女の瞳はにゃんこの目・3 −1−
びょり 様
或る小さな国に、1人の偉大な魔女が居りました。
世界中の何もかも知り、世界中の誰よりも愛らしい魔女でした。(←自己申告)
小さな国の外れの小さな村の、そのまた外れの小さなオレンジの森の奥に建つお菓子の家。
壁は卵色したスポンジケーキ。
屋根の瓦は色とりどりのマーブルチョコ。
煙突は生クリームがかかったウエハース。
窓は薄く延ばした氷砂糖。
扉は四角いビスケット。
けど――実体は木と蝋で出来たイミテーション。
魔女はそこに千年もの長い間、たった独りで住んでいました。
ところが或る日の事です。
魔女を尋ねて2人の少年が、隣村からやって来ました。
麦藁帽を被った怪力無双の少年、ルフィ。
チクチク緑頭の二刀流少年剣士、ゾロ。
1年前に消息を絶ったルフィの義父「シャンクス」の行方を捜して貰おうと尋ねて来た2人の少年に、優しい魔女(←自己申告)は快く力を貸し、仲間になる事を約束したのです。
3人力を合せて2つの冒険をし終えたところで、頼もしい仲間がもう1人加わりました。
トレジャーハンター「シャンクス」の仲間で、共に行方不明の発明王「ヤソップ」の息子。
才能だけなら父親すらも凌ぐと自称する、天才発明少年「ウソップ」です。
さても腕自慢の4人が揃い、今度こそシャンクスやヤソップは見付かるのでしょうか?
「呑気にしてる場合か!これから一体どうする積りよ!?」
甲高い声が天井で跳ね返って、店いっぱいに響きます。
正面並んで座るルフィゾロが両耳塞いで渋い顔を見せるのにも構わず、ナミは左隣で砂糖とミルクたっぷりの珈琲を啜るウソップをきつく睨み、容赦無い追求を浴びせました。
「着の身着のまま私達の後にホイホイ付いて来たけど、此処で暮してく当ては有るの!?まさか私達の内の誰かの家を頼って、ちゃっかり世話になろうなんて魂胆で居ないでしょうね!?」
聞いてたウソップの口から珈琲がブッと噴出されます。
そのまま彼は激しく咳き込み、テーブルに突っ伏してしまいました。
ゴホゴホゴホゴホ、ゴホゴホゴホゴホ、中々静まらない咳音に、店に居る全員の注目が集まります。
10分も経ったでしょうか?
漸く気を落ち着かせた彼はテーブルから身を起し、カップに残っていたミルク珈琲を一息に飲み干した後、覚悟を決めた顔でナミに臨みました。
「頼む、ナミ!お前の家に居候させてくれ!」
彼の目の前でナミの顔がみるみる微笑へと変化します。
それはもう天使の微笑と見紛うほど柔和で愛らしく、釣られてウソップも少々引き攣りがちの微笑を浮かべました。
2人の間に流れる和やかな空気、そんな中、ナミのカップを持つ左手がゆっくり上がって行きます。
不審を覚える頃には万事休す、カップはウソップの脳天まで来た所でクルッと反転、半分以上残されていたミルク珈琲は無情にも彼の頭へドボドボと注がれました。
「うあっちィィ〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
忽ち悲鳴を上げたウソップが、珈琲をたっぷり吸った黒モジャ髪を振り乱して、床を転げ回ります。
苦しみのたうつ彼の姿を一瞥したナミは、フンと鼻を鳴らして吐き棄てました。
「独り暮らしの女の家に厄介になろうなんて不躾な男には、相応の制裁を与えてやらなくちゃ!」
その言葉にプチンと切れたウソップは、やおら立ち上ると、指を突きつけ言い返しました。
「おいコラ冷血女!!てめェは仲間が行き場無く困ってんのに平気で居られるのか!?人間なら血の通った情ってもんが有るだろ!!」
「お生憎様!私は人間じゃなくて魔女だもの!だからちぃ〜っとも平気!」
返す刀でバッサリ斬られ、ウソップは再び床に転げてしまいました。
こんな人でなし女を相手にしたって無駄だ、そう考えた彼はルフィを標的に変え、座り込んだ姿勢のまま、彼の方に手を合せて頼み込みました。
「ならルフィ頼む!!お前んちに居候させてくれっ!!」
「えー!?俺んちにかァー!?」
今迄ゾロと一緒に2人の喧嘩を傍観して居たルフィは、急にお鉢を向けられ素っ頓狂な声を上げました。
「ほへはへふに構わねーんだけどよー。マキノが何て言うか…」
珈琲の友に出されたクッキーを頬張りつつ、ちらりと奥のカウンター向うに居るマキノを窺います。
子供達に背を向けて暖炉の火を見ていたマキノは、ルフィの言葉を受けて振り返ると、思案顔を作って答えました。
「そうねェ…置いてあげたいのはやまやまだけど、ルフィの食費だけでも馬鹿にならないし…」
「優しい顔してシビアな言葉吐くよなァ、マキノって」
「だ、だったらゾロ!!お前んち居候させてくれよ!!この通〜り!!…なっ!?」
ルフィ(と言うよりマキノ)に断られたウソップは、今度はゾロに向い、両手を強く叩いて拝みました。
しかし彼も短く刈った髪を掻き毟り、渋い顔をして答えます。
「俺も居候の身分で、家はしがない剣の道場兼寺子屋…テメェの判断だけで置いてやる訳にはいかねェよ」
「2ケ月や3ケ月位なら良いけど、ずっとじゃなー」
「期限定めず衣食住保証しろたァ、流石に調子良過ぎだろ」
「貯金も何も持って来てそうにないし、お役立ちな力も持ってなさそうだしねェ」
「なんでェ薄情者共!!!『俺達もう仲間じゃねェか』っつったのは大嘘か!!?結んだ友情は偽りだったってェのかよ!!?信じて付いて来た俺が馬鹿みたいじゃねェかァァ!!!」
ルフィとゾロとナミの遠慮の無い会話を聞いたウソップは、とうとう目に涙を浮かべて爆発してしまいました。
まさかの裏切りだと大いに詰る彼を、ナミは暫く黙って見詰めて居ましたが、やおら立上って傍に寄ったかと思うと、優しく宥めるように声をかけました。
「話を聞いて解ったでしょ?此処には貴方の居場所なんて無いの。良い子だから元の村にお帰りなさい」
「…『お帰りなさい』じゃねェっつの……おめェ全知全能を誇る『オレンジの森の魔女』だろが!?仲間の為に気前良く家の1軒も出してみやがれ!!この冷血ドケチ鬼女!!!」
「仲間を笠に着て甘えてんじゃないわよ!!元を辿ればあんたが無計画に付いて来たから悪いんでしょ!?せめて貯金位持って出なさいよ!!無一文で居候させてくれる家なんて簡単に見付かる訳無いじゃない!!」
「あだ!!!あだだだだ!!!!はだ!!はだ掴ぶば止べぼげぶっっ!!!」
肩に置かれた手を乱暴に掴み、ウソップが吠えました。
しかしナミも負けておらず、もう片方の手で彼の天狗の様に長い鼻を掴むと、思い切り捻ります。
ウソップが激痛にのたうち暴れるも、ナミは手を離そうとしません。
それでも彼は鼻抓み声で懸命に、持って来れなかった事情を説明しました。
「…持っで来る気ば有っばざ…貯金ばっべ、着る物ばっべ、当座ぼ食い物ばっべ、時間ざえ有べば鞄び詰べべ持っべ来べばざ!げどお前ば、事件が解決じばだ、ざっざど箒に乗っべ帰ろうどじやがっだがら、慌でで飛び乗っだんじゃべェが!!」
父親が行方不明になって以来、彼は自作のレーダーで捜す等、あらゆる手段を講じました。
しかし失敗の連続で月日は流れ、気付けば1年が経過していました。
このままじゃ埒が明かない、いっその事自分の足で捜しに行くか?
悩んでた所で、同じくシャンクスのトレジャーハンターチームを捜すルフィ達に出くわしたのは、ウソップにとって僥倖でした。
この機会を逃せば父親を捜す手立てを失うとの焦りから、後先なんか考えずナミの箒に飛び乗ったのです。
詳しい話は前回を参照して貰うとして、ルフィ達と共に血塗れで店に入って来たウソップを、最初マキノは悲鳴で出迎えましたが、直ぐに打ち解け、3人と同じ白い寝巻きを用意してやり、温かい御馳走でもてなしてくれました。
そのマキノは再び思案顔で「困ったわねェ」と呟くと、カウンターを出てテーブル席窓際に座るウープ・スラップ村長に相談しました。
騒がしい子供達の陰に隠れて存在感が極めて希薄でしたが、村長はずっと遠巻きに話を聞いて居たのです。
「ねェ、村長。ウソップ君の為に良い居候先見付けてあげられないかしら?折角山3つも越えてこの村に来てくれたんだもの。力になってあげたいわ」
「わしの所で預かれれば良いんじゃがなァ…何分うちも三世帯同居で手狭じゃし…」
相談を持掛けられた村長は、ブラック珈琲を一口啜った後、暫く熟考してから再び口を開きました。
「家族持ちの所は難しいじゃろ。子が居なくて暮らしに余裕の有る家が望ましいが、さりとて若過ぎても保護者を任すには不安じゃ。…となればフランキーの家に絞られる」
「フランキーって…川下に住んでる、大工の?」
マキノから尋ねられた村長は「うむ」と頷いた後、真横の子供達が座るテーブル席の方に、首を伸ばして問いました。
「その子は手先が器用かね?」
「おう!メチャクチャ器用だぞ!色んなもん発明しては爆発させる天才なんだ!」
「『破壊無くして創造叶わず』を体現してる様な奴だぜ」
「作るだけなら天才的なのよね」
「余計な紹介加えてくれてんじゃねェよお前ら!!」
ウソップに代わって答えた3人の言葉を聞き、村長は「うむうむ」と続けて頷きました。
「なら大丈夫じゃろ」と呟き、もう1度珈琲を啜ります。
店に居る全員の視線を集めた村長は、「フランキー」と言う男について簡単に紹介しました。
村で最も川下に在る家に、腕が良いと評判の大工が居る。
男の名は「フランキー」と言って、30をとうに越えてるが、未だ独身じゃ。
弟子を数人抱えているが、生活に困ってる様子は無い。
離れた街で暮す義理の兄貴から、仕事と金を貰っているらしい。
暮らしに余裕が有るせいか、気前が良くて面倒見も良い。
今丁度弟子を1人募集している。
手先が器用なら、きっと預かってくれるじゃろう。
話し終えた村長は窓から外を眺めます。
ランプの灯りを反射して橙色に輝く硝子の向うでは、夜の闇に真っ白な雪が深々と降り積もっていました。
「…これ以上積れば暫くは出歩けんようになる。今の内に頼みに行くか」
マキノ達の方へ首を戻した村長は、直ぐに出掛ける仕度をするよう言いました。
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