魔女の瞳はにゃんこの目
空の彼方を
海の底を
地の果てを
心の奥をも見通す力
魔女の瞳はにゃんこの目・2 −1−
びょり 様
或る小さな国に、1人の偉大な魔女が居りました。
世界中の何もかも知り、世界中の誰よりも愛らしい魔女でした。(←自己申告)
小さな国の外れの小さな村の、そのまた外れの小さなオレンジの森の奥に建つ、お菓子の家。
壁は卵色したスポンジケーキ。
屋根の瓦は色とりどりのマーブルチョコ。
煙突は生クリームのかかったウエハース。
窓は薄く延ばした氷砂糖。
扉は四角いビスケット。
けど――実体は木と蜜蝋で出来たイミテーション。
魔女はそこに千年もの長い間、たった独りで住んでいました。
所が或る日の事です。
魔女を尋ねて2人の少年が、隣村からやって来ました。
麦藁帽を被った怪力無双の少年、ルフィ。
チクチク緑頭の二刀流少年剣士、ゾロ。
1年前に消息を絶ったルフィの義父『シャンクス』の行方を捜して貰おうと訪ねて来た2人の少年に、優しい魔女(←自己申告)は快く力を貸し、仲間になる事を約束したのでした。
「誰があんた達の仲間になるって約束したっつうのよ!?」
「「ナミ!」」
真っ赤な顔して問うナミに、ルフィとゾロが間髪入れずに返します。
「ひょほははほはへほ、ひゃんふふほーはふはひほはははわっへひっはほ?」
口いっぱいにケーキを頬張りながら、ルフィが答えました。
「てめェにはナビ&移動役任せるって言ったろ?」
隣で泰然と茶を啜りながら、ゾロも答えました。
「だ・か・ら!!勝手に決め付けないでって!!…何度言えば解ってくれんの!!?」
2人の返答に、ナミは見た目バームクーヘンのテーブルをバンバン叩いて反抗しました。
10日前に魔鏡の謎を解いて以来、2人は1日おきにナミの家を訪ねて来ました。
そうして1日おきにナミを勧誘し…その度にナミは断って来たのです。
「何度断ってもしつこく通って来て…しかも毎度の如く迷って森の入口で倒れてて体裁悪いったら!!…大体、村から川遡って来るだけだってのに、よく道に迷えるわね、あんた達!!」
「…ほへほほへはふひひひほほっへふ。…何で何時も迷うんだろーなァー??」
「そりゃこいつの魔法のせいだろ。」
「私が魔法をかけてあるのは森だけよ!!自分達の無能さ棚に上げて他人のせいにすな!!」
あくまで反省の無い2人に対し、ナミは再びテーブルを叩いて怒鳴ります。
叩かれた衝撃で、卓上置かれた瓢箪ランプが飛上り、見た目ウエハースの床に転げ落ちました。
「けどよー。最初は3日かけても辿り着けなかったのに、1日で着けるようなったんだから、進歩したよなー俺達!」
「ま、5回も通えばどんな複雑な迷路でも、正確なルートが頭に入るってこったな。」
「………どうしてそんな自信たっぷりで居られるのよ?ホント…。」
「そんな事よりナミ、ケーキおかわりくれよー。」
「俺も茶のおかわり頼むわ。」
頭を抱えるナミの前に、皿とカップがさっと突出されました。
「出すかボケェェッ!!!当然のように只飯只茶食らってんじゃないわよ!!!…そもそも何で毎度あんたらに御馳走振舞わなきゃなんない訳ェ!?1番気に障るのはそこよ!!!」
「だっておめェの作るオレンジケーキ、美味ェんだもん。」
「オレンジティーってのも悪くないぜ。」
「お客が来たらもてなすのは常識だよなー。」
「まァなんだ。嫌な客だと思うなら、上げなきゃいい訳で。」
「そうそう、嫌なヤツなら普通家に入れねー訳で。」
「つまり本心では、俺達を嫌と思ってない訳だ、こいつ。」
「本心では俺達を仲間と思ってる訳だ♪」
「まったく素直じゃねェよなァ。」
「仲間=家族も同然!…行き帰りすんのも面倒だし、いっその事ここに住んじま――」
――ベンッッ!!!!
屈託無く喋るルフィの顔面に、先刻彼が突出した皿がヒットしました。
「……人が黙ってるのを良い事に、おぞましい話をベラベラベラベラ……此処に住むですってェェ!?ざっけんじゃないわよっっ!!!女の子の独り住いに赤の他人の男を2人も上げられるかっっ!!!常識知らずも大概にしろ!!!」
鼻血垂らして苦悶してるルフィの耳を引張り、鼓膜目掛けて怒鳴ります。
与えられたダメージの深さに、ルフィは頭をクラクラ揺らして、床に蹲ってしまいました。
「…お…お…女の子ったって……おめェ、千歳だろォ〜〜?」
「そうだよな。…孤独な老人宅に若者が同居してやろうってんだ…心温まる誘いかけだと感謝して――」
――ゴンッッ!!!!!
ゾロの顔面に、先刻彼が突出したカップがヒットしました。
「…あんたら…あんま調子こいてると本当…殺すわよ…!?その気になれば何時だって、骨も残さず消せるんだからね…!?」
顔を押えて悶絶する2人を見下ろし、怒りの赤いオーラを纏って仁王立ちするナミ。
真っ赤に上気して薄ら笑うその様は、地獄の閻魔様を想起させる凄みでした。
このまま修羅場突入かと覚悟するも……はて、何も返して来ない。
おっかなびっくり見上げれば、ナミは無言で窓の向うを眺めているのでした。
見た目氷砂糖の窓からは、重なり合ったオレンジの葉が覗けます。
魔法の力で1年中初夏の陽気に包まれてる、不思議な森。
眩しい陽を浴び、瑞々しく輝く緑の葉。
眺めるナミの顔は憂いがちで、茶色い瞳は心なしか潤んで見えました。
「…お願い…解ってよ…。」
重い溜息を吐き、ナミが2人の方へ振り返りました。
その髪は窓からの光を受けて、オレンジの様に艶々と輝いています。
左頬にかかる一房を弄りながら、ナミは哀しげに言葉を続けました。
「…私だって…本音はあんた達と一緒に、冒険したい。
けど…出来ないわ。
だって私には…オレンジの森を守るという使命が有るから。
話したでしょ?『この森のオレンジは、私の魔法の力で、もいでも1晩で新しい実が熟す』って。
だから毎日実を収穫しないと……でなきゃ森はオレンジで埋め尽されてしまう…。
私があんた達の冒険に付合って森を留守にしたら……その間、誰がオレンジを収穫するというの…!?」
大仰に芝居がかって話すナミの瞳から、涙が1滴零れ落ちました。
「ほっぽって鳥のエサにでもすりゃいーじゃん。」
「そうだな。大地の恵は等しく万物の喉を潤す為に……決して無駄にはならねェと思うぜ。」
「何で大事な出荷物を鳥の餌にしなきゃなんないのよ!!?この森のオレンジを売る事で、私は日々の稼ぎを得てるんだからね!!!」
身も蓋も無い即答を受けたナミは、さっきまでの憂いが嘘の様に、態度を豹変させました。
「…稼いでるったって……お前、少なくとも500年は篭り切りなんだろ?それでどうやって売って稼げるってんだよ??」
「近所で配送業営んでるペリカンにお願いして、毎朝収穫したオレンジを売りに行って貰ってるの。『魔女のオレンジ』ってブランド名付けられてて、広く評判呼んでるんだから!1個730ベリーの高値を付けても飛ぶように売れてるわ!…あんた達、1度くらい買って食べた事ない?」
「……そんな高ェオレンジ、買ってまで食うかよ。」
何処か自慢げに答えるナミに、質問したゾロは呆れて溜息を吐きました。
「でもよー。そんな稼いだって、外出て使わなきゃ意味無くねー?」
「あら、ちゃんと使ってるわよ!そのペリカンや、近所の黒猫に代金払って、時々買物頼んだりしてるわ。…まァ稼ぎの殆どは、いざという時用の貯蓄に回してるけどさ。」
「うわっっ!すっげーものぐさ!」
「うっさい黒坊主!!」
「しかしま…話を聞いた限り、留守に出来ない理由は、収入面を心配してだけのようだな…。」
正鵠を射たゾロの指摘に、ナミの胸がギクリと音を立てました。
それを合図に、床に胡坐を掻いてた2人が、ゆっくりと立上ります。
「ちっっ!…違うわよ!!勿論それだけじゃなくって!!…じ!…実はこの森…死んだ母の形見なの!!…だからその森を残して冒険の旅に出るなんて、私には出来ないわ〜なんて…v――あ、あれ?どうして黙ってるの2人共??」
両手を胸の前で合せて可愛コぶるも、対面する2人は黙って立ってるのみです。
何とはなしにナミは、見た目クッキータイルの壁に追詰められてしまいました。
「…あの…ねェ…2人共?…ちょっと…黙んないでよ…恐いから…v」
おどけてにへら〜と笑ってみるも、2人は無言のまま、じりじりと近付いて来ます。
その様に怯えたナミは、益々壁に貼り付きました。
「…シャンクスの行方を追う為だからなー…」
にやりと凶悪な笑みを浮かべ、ルフィが左掌をナミの前にかざします。
その掌がボウッ…と炎の如く点り、円の中4本の棒を描いた様な図が現れました。
――魔を破る力を秘めた、『破魔の拳』。
かざした手をぎゅうと握り締めた瞬間、ナミの顔から音を立てて血の気が引きました。
「やっっ!?ちょっっ!!止めてよ馬鹿!!!…まさかそれ!?…その手で殴られたら、幾ら永遠の命を持つ魔女だからって、死んじゃうんだからね…!!」
ナミが必死で喚きます。
蒼白な顔には、最早一片の余裕も窺えませんでした。
「…乱暴な手段は使いたくなかったが…シャンクスの命が懸かってるかもしれねェ問題だしなァ…。」
ルフィと並んで、ゾロも凶悪な笑みを見せます。
左手には背中から抜刀した、魔族の血を吸う妖刀――『鬼徹』が握られていました。
血の気の抜けたナミの顔から、更に血の気が引きます。
「…どうすんだー?ナミ?…その気になれば何時だって、骨も残さず消せるんだぜー?」
「…その気になれば…だけどな。」
「どうするー?」
「どうするよ?おい…。」
「…ど…どうするったって…!!」
「ふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっ…!」
「へっへっへっへっへっへっへっへっへっへっへっへっ…!」
凄みを利かせて薄ら笑う2人の少年に追詰められ、ナミは生きた心地無く、涙目となってしまいました。
貼り付いた背中に冷たい汗がびっしょり溜っているのを感じます。
血の気が引き過ぎて貧血を起しそうでした。
1人対2人、数分間に及ぶ静かな戦いの末――
「……わ…解った!!解ったから!!…協力するから解放してェェ…!!!」
――折れたのは『魔女』の方でした。
2へ→
|