□□□
□□








魔女の瞳はにゃんこの目・2  −2−


                            びょり 様



外へ出たナミは、低く短く呪文を唱えました。


――するとどうでしょう。


彼女の茶色い瞳は、猫目石の様に煌く金色へと変化したのです。


そうしてつるりと宙を撫でた刹那、何処からとも無く大きな古箒が出現しました。
くるりと右手で1回転させた後、素早くそれに跨ります。

初めての時同様、傍で驚き見惚れていた2人に声をかけ、早く乗るよう催促しました。


「…ほら、早く乗んなさいよ!シャンクスの行方の手懸りを見付けに、あんたの家まで行くんでしょ!?」
「いや〜!何度見ても不思議だよな〜!何にも無いトコからパッと出しちまうんだから、おっもしれー♪」


ヒューと口笛鳴らしつつ、ルフィが後ろに続きます。
そうして背後から手を回した瞬間――ガン!!!と強烈な肘鉄が、彼の顔面にお見舞いされました。


「い痛ェ〜〜!!!…い…いきなり何すんだよ!!?」
「あんたは1番後ろ!!!ゾロの次に乗んなさい!!!」
「何でだよ!??俺の指定席は此処だろ!??」
「勝手に指定すなっっ!!!嫌なら此処に置いてくからねっっ!!」
「えええ!??どうして!??俺何か悪い事したか!??」


怒られる理由が解らず困惑するルフィを、ナミは親の敵でも見るかの様に、きつく睨むのでした。


「…自分の胸に訊いてみろっての!」

「ははっ!随分嫌われちまったなァ、ルフィ!」


傍で様子を見ていたゾロが、愉快そうに2人の間に乗込みます。
そんなゾロに対しても、ナミは等しく冷たい視線を送りました。


「あんただって同じよ、ゾロ!気安く触れたら容赦無く突落すからね!」

「へェへェ。」


まるで毛を逆立てて威嚇する猫の様な態度を取るナミに、ゾロは肩を竦ませて大人しく箒を握り締めたのでした。
その背後でぶつくさ文句零しつつ、ルフィも箒に掴まります。
2人がしっかり掴まった事を確認したナミは、低い声で呪文を唱えました。


「箒よ箒
 風を受けて、滑る様に空を進め」


途端に地面から足が離れ、ふわりと体が浮きます。

気付けば周りに茂っていた木々は下に。
森の側を流れる小川は細い糸の様に。

箒は空を滑る様にして、川を遡り始めました。


「うっひゃー♪何時もながら見晴し良好♪気分も最高〜♪」
「ああ…しかし何時もながら、森から抜けた途端、えらい気候が変化するよな…。」


ぶるり震えて、ゾロが上着の前を合せます。

今回は準備良く2人共上着を着込んで来たとは言え、急激な温度変化はやはり堪えました。

未だ昼だというのに、辺りの景色はどんよりと薄暗く。
見上げた空は、灰色の厚ぼったい雲に覆われ、チラチラと小雪を降らせています。
降る雪は穏やかな風に舞い、踊り、地表を少しづつ白に染めて行きました。


「変だよなー…森の真上は、あんなに空が青いのに…。」


振り返ったルフィが、さも不思議そうに呟きます。
見詰る先には、こんもりと茂るオレンジの森。
分厚い雪雲は、その森を避けるように丸く開き、青空を覗かせていました。


「あの森には魔法で初夏の空気を満たしてあるの。雲は遮断し、風だけを一定の温度に変えて通過させる…だから外界で見られる様な四季は無いのよ。…雨は土が乾いた時だけ、夜の内に降らせる仕組にしてあるわ。」
「へー!だから何時行っても晴れてて、ポカポカあったけーのか!」
「天候を操るとは、流石魔女だな。」

「………でも…そういえば、雪は殆ど降らせた事無かったな…。」


感心したように何度も頷くルフィとゾロを他所に、ナミは雪の舞う空を感慨深げに見上げました。
ひらひらひらひら落ちる雪が、ナミの黒い毛織マントに氷の粒となって付着します。
手に触れた途端、それは融けて、雫に変ってしまいました。


「………500年ぶりに…見たかもしれない…。」


薔薇色に頬を染め…けど何処か寂しげに、ナミは呟きました。


「……降りて雪だるまでも作るか?」


おもむろに背後から声をかけられ、我に返ります。
反射的に振向くと、ゾロが自分を窺っていました。
目が合い、慌てて前に向直ります。


「…お気持ちは嬉しいけど、遊んでられないんでしょ!」
「そうだゾロ!雪だるま作るにゃ未だ量が足りねーよ!もちっと積るの待たねーと!」
「違うっっ!!!あんた達本気で人捜す気有んのかァァ!??」


暫くすると、下に灯りがポツポツと固まって見えました。
辿って来た川は、その中心を緩やかに流れています。
高度を下げると、数軒の木造家屋が疎らに建っているのが見えました。
どの家も茶色くとんがった屋根をしていて、煙突からモクモクと煙を吐出しています。


「村に着いたわ!――ルフィ、あんたの家は何処か教えて!」


ちらりと視線を送り、ナミが尋ねました。


「もう着いちまったのか!?やっぱ空飛んでくと早ェなー!!歩いてだと半日以上かかるのにな!」


ルフィが白い息弾ませ、感心したように答えます。


「夜出て着くのは何時も昼…片道16時間かかるもんな。」
「16時間!??幾ら何でもかかり過ぎでしょ、それ!?普通8時間も歩けば着く距離だってのに…一体何処をほっつき歩いてってるのよ!?あんたらー!!!」
「そんな事言われたって、事実かかってんだし。」
「そうか解った!!やっぱりお前の魔法のせいだな、ナミ!?バリヤーか何か張って俺達の目をくらましてんだろ!?」
「違うわよ!!!…そりゃ確かに森を人目から隠そうと張ってはあるけど…。」
「ほら見ろ!!やっぱりだ!!」
「最初から怪しいと踏んでたぜ。」
「違うってば!!!あんたらの辞書に『反省』という言葉は載ってないのォォ!??」




3人賑やかに村の上空を飛んでいたその頃――


村の住人の1人『チキンおばさん』は、分厚いコートに分厚い体を包み、ルフィの家を訪ねに向っていました。
川岸に架かる木の橋を渡り、薄く雪が積った道を歩きます。
進む度黒い足跡が点々と、白い道に刻まれて行きました。


「こんな寒い日は、マキノの淹れてくれる珈琲が恋しくなるよ…。」


そう独りごちて、凍える道を急ぎます。




一方その頃――上空では、ゾロが或る1軒の家屋を指差していました。


「おいルフィ!…この真下に見えるのが、てめェの家じゃねェか!?」


見ればその家屋は村の中で頭1つ高く、川岸近くに建てられていました。


「そうだ、あれ!!あれが俺の家だ!!1階はマキノが『パーティーズ・カフェ』って店やってて、3階屋根裏に俺とシャンクスが住んでんだ!!…マキノがいれるコーヒーは美味ェぞー♪」

「…あれね!じゃ、降りるから…しっかり(箒に)しがみ付いてて頂戴よ!」


そう言ってナミはしっかりと箒を握り直し、弾みを付けてから一気に箒を降下させました。




一方その頃――村人からの信任厚い『ウープ・スラップ村長』は、寒さに髭を震わせ、ルフィの家を訪ねに向っていました。


「こんな寒い日はマキノの淹れる珈琲が恋しくなるな…。」


そう独りごちて、凍える道を急ぎます。
愛用の縞帽子が、降り掛かる雪で、しっとり濡れて思えました。


…と、道の向うから、何かが近付いて来ます。

吐く息で眼鏡が曇ってしまい、視界がはっきりしませんが……どうやらそれは自分を知る人物のようで、親しげに手を振って来ました。


『はて、誰だったろう??』


眼鏡を袖で拭い、掛け直します。

恰幅の良い体、モジャモジャパーマの黒髪、気さくそうな笑顔……


『ああ、チキンおばさんじゃないか!』


直ぐ前まで来た所で、笑顔でお辞儀され、こちらも声をかけようとしたその時――


――突然、2人の間に「ギュン!!!!」と音させ、大きな物体が落ちて来ました。


「「ぎいやあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…!!!!!!」」


「あれ!?村長!!チキンおばさん!!こんにちわー!!……どうして道の真ん中座ってんだー??」

「こんにちわ!!……そんな雪道の真ん中で座り込んでちゃ、風邪引くんじゃねェの?」

「こんにちわ!初めまして!……って誰?この方々??」

「俺達の村の村長と『チキンおばさん』って人だ。おばさんは近くで農場やってて、毎朝ルフィんちに卵届けてくれてんだよ。」

「ふうん…。」


自分達を間に挟み、腰を抜かして驚いてる2人に、3人は箒に乗ってフヨフヨ浮かんだまま、お辞儀しました。

上から下からジロジロ見回す2人の顔は、酷く蒼褪めています…きっと寒くて仕方ないのでしょう。

ルフィとゾロは箒から降りると、2人に手を貸して起してあげました。


「ルルルルフィ…!!ゾゾゾロ…!!おおお前らっっ…何で空から…そそそその子は誰なんだっっ…!?」
「ここここちっっ…!!こちらの娘さんは一体…!!どな…どな…何方なの…!?」


2人は歯をガチガチ鳴らし、戦慄きながら、ナミを指差し訊いて来ます。


「こいつか!?オレンジの森に居る魔女、『ナミ』って言うんだ!!こいつの魔法の箒で空飛んで、村まで帰って来たんだぜ♪」


質問されたルフィはニッカリと笑い、自慢げに答えました。


「……オレンジの森の…?」

「…魔女…?」


ストレートな回答を聞いた村長とおばさんが、呆然と顔を見合せます。


「………大変じゃ大変じゃ大変じゃ大変じゃ大変じゃ大変じゃ……!!!」
「………大変大変大変大変大変大変大変大変大変大変……!!!――こうしちゃ居られないわ!!」

「「皆に知らせなくちゃ!!!!」」


声を合せて叫んだ村長とおばさんは、2手に分れると、来た雪道をジャリジャリ音立て、走って行ったのでした。


「……一体、どうしたってんだ?」
「雪道座ってたから腰冷えたんじゃねー?便所行きたくなったんだろ、きっと!」
「ああ、成る程!」


小さくなってく村長とおばさんの姿を、ルフィとゾロは呆然として見送りました。

2人の姿は雪に覆われた丘の向うへ直ぐに消え、静寂の戻った辺りには、ただ足跡だけが残されていました。


「ま、何はともかく、…早く俺んち行こーぜ!」


ゾロとナミに笑顔で声をかけると、ルフィは道から枝分かれした、更に細い畦道へと入って行きます。

目の前には上空で認めた、3階建の細長い家屋が在りました。
扉の上には、大きく『パーティーズ・カフェ』と読める看板が掲げられています。
1階の窓からはランプの灯りが漏れて、外に積った雪の上に薄い橙色を落していました。

扉の前で待つルフィとゾロの元へ歩きつつ――ふと、道を振返ったナミは…


「…だから村に来たくなかったのよ。」


…と低く呟き、箒を宙で消したのでした。




←1へ  3へ→








□□
□□□


戻る