魔女の瞳はにゃんこの目・3  −5−

                          びょり 様



吹雪が止むまでの間、ナミはルフィ・ゾロと一緒に、シャンクスの資料の片付けに励みました。
泊まって2日目の朝、空は漸く青く晴れ渡り、眩しい陽の光が一面雪に覆われた村を明らかにしました。
3階建てだった『パーティーズ・カフェ』は2階建てに変り、マキノは笑いながら本日の休業を宣言しました。
早朝からマキノの号令で屋根の雪掻きに励み、その後昼食を済ましてから、3人は予定通り出発する事にしました。

「帰って来たら皆で雪掻きの続きを手伝ってね!でないと店潰れちゃうから!」

屋根裏部屋の窓から箒に乗って飛立とうとする子供達に、マキノは明るく声を掛けて見送りました。
渡された弁当を箒の先端に結わえ、ナミが飛行の呪文を唱えます。
忽ちフワリと浮上する大きな古箒。

家を出た3人は途中でウソップを拾い、マキノに紹介された街を目指して飛行し続けました。




「まぶしーーー…目ェ開けてらんねーーー…」

ナミの腰に掴まるルフィが、目をしぱしぱ瞬かせてぼやきます。

「ああ…眩しいな……」

ルフィの腰に掴まるゾロも、薄目を開けて同意を返します。

「もんの凄ェ照り返し。こりゃ焼けるなァ〜〜」

ゾロの腰に掴まるウソップも、汗を手で拭いながら答えます。
最後部に座る彼だけ、こっそりちゃっかりサングラスを装着していました。

「嫌だわ…日焼け止めクリーム塗っとくんだった!」

先頭で箒を操るナミが、女の子らしい気遣いを見せます。
雪に覆われた大地は天然の鏡、眩しい陽に照らされ、正にギンギラ銀に光っていました。

「上から下から炙られてる様なもんだぜ。着く頃には全員こんがり美味しく調理されてんじゃねェ?」

そう言って見下ろしたウソップの目に、屋根だけ雪の上に突き出した家々が映りました。
さながら土中から顔を出した茸。

真下には黒く細い糸の様な川が走って見えます。
村の中央を流れる川に沿って、箒は飛んでいるようでした。

視線を前に戻したウソップは、ふとゾロの後頭部が妙な形に盛上ってる事に気付きました。
何とはなしにその箇所を撫でてみます。
その途端ゾロが「痛ェェ!!!」と叫び、物凄い形相で振り返りました。

「触んじゃねェ!!!馬鹿野郎!!!」
「おめェ、どうしたんだ、その瘤?しかも2つも出来てるじゃねェか。マリモみたく真ん丸かった頭がでこぼこだぜ?」
「ああ…これな…何か知らねェけど、朝起きたら腫れてたんだよ」
「ゾロもかァ!?俺も昨日の朝起きたらコブが出来てて痛ェのなんの!今日起きたらもう1個増えてるし!」

会話を聞いて、ゾロの前に座るルフィも振り返ります。
被っている麦藁帽子を下ろすと、頭頂部がこんもり盛上って見えました。

「俺もルフィと同じだ。…一夜毎に瘤が増えるって、どんな現象だ?」
「恐ェなァ。ルフィ、おまえんち、化物にでも祟られてんじゃねェの?」
「ああ、それはきっと妖精ブラウニーの仕業ね。ルフィ、あんた、夜に茶碗1杯のミルクを台所に置き忘れたでしょ?ブラウニーは毎晩お礼のミルクを置いておけば家事を手伝ってくれるけど、忘れると怒って家の人を殴ったり蹴ったりするのよ」

先頭に居るナミが、何故か振り返らずに淡々と喋ります。
彼女の話を聞いたルフィとウソップは、飛び上がらんばかりに驚きました。

「えええ!?俺んち、そんな面白ェもん居たのか!?」
「大変だぜルフィ!!早いトコお祓いしねェと!!」
「何言ってんだウソップ!?お礼を忘れなければ家事手伝ってくれる良いヤツなんだぞ!よし解った!俺、今度から毎晩ミルク置いとく!ぜってー忘れねェ!」
「しかし俺、偶ァにルフィんち泊まってるけどよォ…今迄1度もそんな目に遭った事無ェぞ?本当に居んのか?そんな妖精…」
「居るわよ。私も2夜続けて蹴られ殴られ、全身青痣だらけにされたわ。おまけに耳元で不気味な地鳴りを夜中聞かされて、ちっとも安眠出来なかった」
「ふーん。世の中不思議な事が起こるもんだなー」

話をすっかり真に受けたルフィとウソップが、頻りに感心して見せます。
ゾロだけは疑いを消しませんでしたが、さりとて他に納得のいく答えは浮んで来ず、揃って首を捻る姿を肩越しに観察したナミは、3人に気付かれないよう、クスクスと忍び笑ったのでした。

「ところでウソップ!あんたの方はどうだった!?新しい家の居心地は!?」
「ん?…ああ!俺が世話になってる家は、変な化物も棲み付いてねェし、同居人は全員格好こそ変態だが、案外常識人の良いヤツばっかだぜ!」

ナミから唐突に話をふられたウソップは、新しく一緒に住まう事になった家人について、詳しく話し出しました。

フランキーを頭に弟子が4人、内2人は女性。
年齢は十代後半〜二十代前半、何れも陽気でノリの良い性格。
フランキー同様見掛けは変態でも、根は気さくな人情家ばかりなので、直ぐに打ち解けたとの事でした。

「皆仕事してねェ時は酒ばっかり呑んでんだ!俺が初めて来た日も酔って寝転がってたみてェで、紹介されたのは翌朝だった。それから歓迎会が始まって、気付いたら今日の朝だったぜ!」
「なんか楽しそうな家だなー!」
「ああ、楽しい!最初は不安だったけど、紹介して貰って良かった!今度村長に会ったら、お礼言わなきゃなァって思ってる!」
「良かったじゃねェか。気の合う同居人で」
「『類は友を呼ぶ』って言うものねェ」
「変態は変態を呼ぶってか」
「その内こいつも短パンいっちょで外出回るようになるのかしら?」
「誰が変態道まっしぐらだァァ!!?」

4人賑やかに飛びながら雪山を下り終えると、真下に見える川は大河に変っていました。
陽を照り返す白銀も消え、黒々とした平地が広がっています。

河を流れる水が海と出合った所で、ナミは箒の進む向きを変え、今度は海岸線に沿って飛行しました。
山から吹くのとは違う穏やかな風に乗って進む事40分、目指していた港街は漸く姿を現しました。

「見付けた!あれがマキノの言う街、『ボスコ』だわ!」

エプロンのポケットから地図を出し、確認したナミが叫びます。
彼女が指で示した街を、3人の少年はじっと見詰めました。

先ず高く聳える塔が目に入りました。
もう少し近付くと、その下に沢山の建物が整然と並んでいるのが判りました。
建物の多くは赤茶色で、煉瓦で造られているようでした。
街を囲んで河が流れているのが見えます。
河は海から街に流れ、街から海に流れる、人工的に造られた運河のようでした。
海を臨む港に帆船を見付けたルフィが歓声を上げます。
更に高度を下げると、色彩がはっきり飛び込んで来ました。
建物の赤、河と海の蒼、街路樹の緑…3色のコントラストは絶妙で、まるで絵画を観ている気持ちになりました。

「きれーな街だなー…」
「本当、とっても綺麗だわ…」

見下ろす一同の口から、感嘆の溜息が零れます。

「俺様が鑑定するところ、この街は近代に造られた新しい物だな!長い歴史を持つ街は、その途中で時代の異なる建物が加えられるもんだが、此処の街の建物は全て同じ時代で統一されている!」
「けど建物のデザインはやたら古めかしいぜ?」
「おとぎばなしに出て来る、お城みたいな建物ばっかだよな♪」
「いえ、ウソップの見立て通りよ。この街は完成してから精々5年しか経っていない…」

街を上から眺める彼らの耳に、カーンという鐘の音が届きます。
音を頼りに位置を探ると、街の中心の広場に白い教会が見付かりました。
再びナミが地図を開いて確認します。
4人を乗せた箒は、教会を目指してゆっくりと下降して行きました。




周りを囲む建物が赤煉瓦で造られている分、その白い石造りの教会は一際目立って見えました。
広場中央に位置する点からも、特別な建物である事が解ります。
正面最上部には数本の尖塔と、鐘撞き堂が取り付けられていました。
3階(鐘撞き堂を含めると4階)まで続く壁の至る所に、精緻な彫刻が施されています。
その威風堂々とした姿に圧倒され、4人は暫く広場に呆然と佇んでいました。

「…なァ…本当に此処で合ってんのか…?」
「ええ、間違い無いわ!」

ウソップに尋ねられたナミが太鼓判を押します。

「だってよ…お前らの言う尋ね人の『アイスバーグ』って市長だろ?…普通教会に居るのは神父か司祭か牧師かシスターに決まってね?」
「間違い無いって!地図に『教会みたいな市役所』だって書いてあるもの!」
「これが市役所ォォ!?随分神々しいなァ、オイ!!」
「すげー、教会そっくりじゃん!」
「『俺はこの街の神』とでも言いたいんじゃねェの?」

ふとざわめく人の声が耳に入り、周囲を見回します。
気が付くと4人の背後には数人のギャラリーが出来ていました。
空から降りて来た為に、注目を浴びてしまったのです。

慌てて玄関に続く階段を上り、呼び鈴を鳴らすと、金色の長い髪を1つに纏め、眼鏡をかけた美女が顔を出しました。
驚いた事に、扉に鍵は掛けられていなかったようでした。
許可を待たずに笑顔で入ろうとしたルフィを殴って止め、後ろに立つゾロに渡したナミは、かしこまって挨拶をした後、マキノに持たされた手紙を美女に渡しました。
美女は手紙の宛名に目通しした後、一旦断って中に引っ込み、数分後、許可が下りたと言って、ナミ達を館内に通しました。




美女の案内でシャンデリアの点る螺旋階段を上り、2階の市長の部屋に入室します。
肘掛け椅子に座って出迎えた男は、青い髪の、無精髭を生やした、逞しい中年の男でした。
眼鏡をかけた美女が、「この方が我が街の誇る市長ですよ」と、ナミ達に紹介します。
アイスバーグはルフィとゾロとウソップの顔を認めた途端、破顔して立ち上り、近付いて3人の少年達の頭をグリグリ撫で回しました。

「ンマー!おまえら、どうやってこの街に来た!?今の時季、山には雪が降ってて、馬車で下りる事も出来ないだろうに…ンマー、そんな細けェ事はいいさ!よく来たなァ、歓迎するぞ!しかしちょっと目を離した隙に大きくなりやがって!ルフィ、マキノさんに変りはないか!?」

いっぺんに色んな事を訊きながら、ひたすらグリグリ頭を撫で回す男を、される側の少年達は不審を露に睨みます。
その視線に気付いたアイスバーグは、気まずそうに笑って手を引っ込み、少年達に謝りました。

「…ンマー、おまえらは覚えてないだろうが…俺ァ何度か赤ん坊だったおまえらと会ってんだよ。その頃の顔でつい見ちまってな…済まなかった!」
「へー、そうなのか?ちっとも記憶にねーよ」
「ンマー、そりゃそうだ。だがこっちはマキノさんからの週一の手紙で村での素行は熟知してるし、ウソップ、おまえの話もヤソップと会う度耳にしてたんだぞ!」

そう言ってウインクをしたアイスバーグは、子供達に椅子を勧め、己も対面する位置に着席しました。
ビロード布の張られた横に長いソファは、4人並んで座っても窮屈に感じません。

アイスバーグは眼鏡美女に珈琲と菓子を持って来るよう頼もうとしましたが、言われるより先に彼女は車輪の付いたテーブルに人数分の珈琲と菓子を載せて持って来ていました。
アイスバーグが呼ぶところ、眼鏡美女は「カリファ」という名前のようでした。
そのカリファが四角いマホガニーのテーブルの上に、珈琲と菓子を置いて行きます。
カップの中の珈琲には予めミルクも砂糖も入れられていて、それが事前に要望を訊いた訳じゃないのに各人の好みピッタリだった為、口にした子供達は大層驚きました。
眼鏡を通して煌く理知的な瞳、セクシーな唇、麗しい金色の髪、均整の取れたプロポーション、といった姿形の美しさだけでなく、彼女は一流の実力を具える秘書のようでした。

珈琲を飲んで一息入れた子供達は、改めて市長室を見回しました。
建物の外観に較べると、室内は随分質素に思えます。
ケバケバしい金ピカのインテリアで飾られてるでもなく、御立派な肖像画が壁に掛けられてるでもなく、豪華な物と言えば大きな硝子のシャンデリアと、マホガニーのテーブルと書記机と戸棚と、ビロード張りのソファくらい。
シンプルなしつらいは、部屋を使う者の人となりを、暗に語っていました。

子供達が部屋を観察したり、争って菓子を食べたりしている間、アイスバーグは黙ってマキノからの手紙を読んでいました。
読み終えた所で眼鏡を胸ポケットに戻し、折り畳んだ手紙をテーブルに置きます。
紙が立てた軽い音に、騒いでいた子供達の視線が集中しました。
全員黙ってアイスバーグの言葉を待ちます。

「此処を訪ねた理由は解った…シャンクスのチームの足跡を記した地図が欲しいと…」
「おお!!そうだ!!くれるか!?早くくれっ!!」
「いいいやそれだけでなく、捜索隊に入れて欲しいっつか、入れて下さいっ!!


威勢良く頼むルフィとウソップを前に、アイスバーグは何故か浮かない顔で居ました。

「地図を貰ってどうする気だ?」
「もちろんシャンクスを捜しに行く!!」
「俺の親父のヤソップも捜すんだ!!だから捜索隊に入れてくれ!!」
「その前に地図見せてくれよ!!持ってんだろ!?おっさん!!」
「駄目だ!!」

アイスバーグの一言に、一瞬場がしんと静まりました。
しかし2人は怯む事無く、声のボリュームを上げて食い下がりました。

「何でだよ!?ケチ!!!地図1枚くらいよこせよ!!!只じゃくれねーってのかァ!!?」
「そんなんじゃねェ、金積まれたとしてもやれねェさ!」
「捜索隊に入れて貰うってのも駄目なのかァ!!?それって俺達が子供だから…!!!」
「そうだ!」
「子供だからってバカにすんな!!!俺やゾロは大人にだって負けない力持ってんだぞ!!!」
「その通りだぜ、おっさん!!!片や怪力無双の『破魔の拳を持つ者』、片や『魔族の血を吸う妖刀使い』、加えて俺は『世紀の発明王の血を引く天才少年』!!!偽魔女のトリックを見破り退治した1件は、世の人達の記憶に新しい所!!仲間に加えりゃ大人800人力は堅いと思うぜェ!?」
「トリックを見破ったのはおまえの手柄じゃねェだろ」
「だァァ!!!コブマリモは黙っとれェ!!!」
「お前達が大人顔負けの力を持ってる事は承知してる!その上で駄目だと断ってんだ!!」

再び全員の頭上に静寂が降りました。
アイスバーグは組んだ両指の上に顎を置くと、ルフィ達を真直ぐ見据えて厳かに話しました。

「どんなに強力だろうが、所詮おまえらは育った村で10年と少ししか生きてねェ子供だろうが!
 狭い世界の中で起きる物事しか見てねェし、聞いてねェし、知っちゃいねェ!
 井の中の蛙が大海に跳び込んでも溺れるだけだ!
 おまえらに冒険は未だ早い!――38年生きて来た俺の見解だよ!」

「要するに経験が不足してるって言いてェのか?」

仏頂面で問うゾロに、アイスバーグは苦笑して頷きました。

「ンマー、とどのつまり、そういうこった!1年も消息不明で焦る気持ちは解るが、おまえらが捜索に加わった所で状況が好転するとは思えねェし、ミイラ取りがミイラになられても困る。此処は俺を信じて任せちゃくれねェか?」
「…1年も捜して見付かんねークセに、えらそうに『任せろ』なんて言うな!俺達が捜せばもっとずっと早く見付かるさ!!」
「そうだそうだァ!!お先に生きてますってだけで偉そうに説教するなァ!!俺達を仲間に加えなければ、必ずや後悔する日が来るだろう!!」
「そうだな!大人の俺達より強力なおまえらが捜せば、地図を貰わなくとも、捜索隊に加わらなくとも、あっという間に見付かるかもしれん!」

諦め切れず悪態を吐いたルフィとウソップに、アイスバーグが意地悪く返します。
返された2人は悔しさで顔を真っ赤にし、黙ってしまいました。
子供達の表情を満足そうに見回しながら、アイスバーグは尚も続けます。

「ンマー、シャンクスやヤソップはおまえら以上に強くて賢いんだ!捜索は勿論続けるが、こちらが見付ける前にひょっこり帰って来る可能性も有る。俺の力は信じられなくとも、あいつらの力は信じられるだろう?帰って来る奴らを出迎えてやる為にも、おまえらは自分の家で待――」
「ちょっと待ったァ!!」

独り珈琲をお替りし、啜っていたナミが、立ち上って叫びます。
話を遮られたアイスバーグは、ぽかんとした顔で彼女を見上げました。
そんな彼の目の前で、ナミの茶色かった瞳が、瞬く間に金色に変化します。
続いて宙から大きな古箒を取り出して見せると、アイスバーグとカリファの口から驚愕の叫びが漏れました。

「何処のお嬢ちゃんかと思っていたが……『オレンジの森の魔女』だったか!!…噂に知られる人物にお目にかかれて光栄だよ!」
「『ナミ』よ!宜しく!」

背を屈め差し出したアイスバーグの右手を、ナミはにっこり笑って握りました。

「成る程!こいつらが此処に来れたのは、あんたの手助け有ってか!」
「まーそーゆー事。それで、私の話をちょっとの間、聞いて貰いたいんだけど…」

彼女の申し出を聞いたアイスバーグは、ソファに座り直して「どうぞ」と促しました。
譲って貰った舞台の礼を愛想良く述べてから、演説を始めます。

「あんたの言い分は理解したわ。
 その上で千年生きてる私の言葉を聞いて――『こいつらに地図を渡しなさい!』
 あんたの言う通り、経験が不足してる彼らだけじゃ、地図を手に入れて大海に飛び込んでも溺れるだけ。
 私が力を貸しさえしなければね!」

話を聞き終えたアイスバーグは、さも愉快そうに爆笑しました。
「降参だ」とばかりに、彼女の前で両手を挙げてみせます。

「じゃあ、地図を渡してくれるの!?」

ルフィとウソップの顔がパァッと明るく輝きます。
しかしアイスバーグは笑いを引っ込めないまま、首を大きく横に振りました。

「渡さねェと言っただろ!ただ、オレンジの魔女さん、あんたの事は気に入った!…実はこの街にも海千山千な魔女が居るんだが…どうだい、対決してみねェか?」

アイスバーグの紫色の唇の端が、ニヤリとつり上がります。

「魔女?」
「街の1番奥に建つ博物館の館長を務めている女さ!
 名前は『ニコ・ロビン』!
 シャンクスらが行方不明になる切っ掛けを作った女でね…」
「そいつが犯人かっ!!?」

聞いた途端、ルフィが血相を変えて、会話に加わりました。

「残念だがアリバイが有る。
 だが怪しい女である事は確かだ。
 今回のシャンクスらの冒険は、その女の依頼を受けて、始まったものなんだよ。
 シャンクスのチームが消息を絶って以来、女は独自で足跡を辿っているらしい。
 つまり俺らと同じ目的で動いてる訳だが、協力を求めても何故か断りやがる。
 どうだ?あの女に勝負を持ち掛けて、地図を手に入れちゃみねェか?
 俺よりもずっと手強い相手だと思うがな。
 勝負してみるって言うなら、俺がアポを取ってやろう!」

そう言うとアイスバーグはカリファを呼び、博物館に電話させようとしましたが、彼が頼むよりも前に手配は済んでいました。
電話を終えたカリファは、今日博物館は休館だけれど、住み込みの館長は門を開けて待っていてくれると、ナミ達に説明しました。

「休館とは都合良い。存分に相手して貰えるだろうぜ!」

不安げに顔を曇らすナミ達に向い、アイスバーグは益々笑みを深めて言いました。




4人が館を出る頃、空には青から朱のグラデーションが広がっていました。
斜めから射す黄金色の陽が、煉瓦の広場に長い影を描きます。
建物も、通り行く人も馬車も、黄金色に染められ、まるで1枚の絵の様でした。

「綺麗な街だろ?」

テラスで足を止め、うっとり眺めていたナミ達に、アイスバーグが囁きました。

「設計に3年、完成までに10年を費やした。未だ5年目、これから更に綺麗になる!」
「あんたが設計したの?」

自分を見上げる茶色い瞳に、にっこり笑い掛けます。

「設計は俺が主導で行ったが、その際多くの学者達を呼んで、知恵を借りた。その学者達との仲立ちをしてくれたのがシャンクスだ!」
「つう事はあんたとシャンクスが、この街の創始者って訳か!」
「シャンクスがこの街造ったのか!?」

ルフィが目を丸くして叫びます。

「加えて明かすなら…ルフィ、おまえの村に『フランキー』って奴が居るだろ?あいつと俺は同じ師匠の下で腕を磨いた義兄弟だ。この市役所は俺の書いた図面を元に、あいつが建てた物だよ」
「あの変態マッチョ大工が、こんなにも神々しい建物をォォ!!?」

今度はウソップが目を丸くして叫びました。
振向いて白亜の館を微細に観察します。
壁を飾る繊細な彫刻と、頭に浮かべた短パン大男の像は、如何にしても結び付きませんでした。

「この街を育てるには、シャンクスの力が要る。
 俺にとっても居なくちゃ困るんだよ。 
 捜し出してみせる!必ずな…!」

別れる間際、アイスバーグはルフィと目を合わせて約束しました。
鐘がカーンと鳴り、広場に響きます。
陽は今にも建物向うに隠れてしまいそうでした。

階段を下り、急いで箒に跨ったナミが、3人を呼ぼうと振向いたその時――後を追って来たカリファが、そっと耳打ちしました。

「気を付けて…あの女は世界で最も邪悪な、『黒の魔女』と噂されているわ…」




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