魔女の瞳はにゃんこの目・3 −7−
びょり 様
腰を落ち着けて早々、3人は弁当の入った包みの紐を解きました。
中から出て来たのは、お茶の入った水筒と、チーズにハムにトマトに卵を挟んだサンドウィッチが8つ。
揺らめくランプの灯りを頼りに、ウソップがそれらを人数分に分けて行きます。
分けながら彼は、サンドウィッチを狙って伸びるルフィの腕を、巧みにブロックしました。
「おいコラ、未だ分けてる途中だ!手ェ出してんじゃねェよ!!」
「うるせーなウソップ!!マキノから貰った弁当を何でおまえが分けんだよ!?俺のだぞ!!」
「おまえだけが貰ったもんじゃねェ!!皆で仲良く食べるようにって渡されたんだろうが!!」
マキノから渡された弁当=自分の弁当と考えるルフィは、ウソップの振る舞いを激しく非難しました。
8個という数はナミ分を入れてのもの、ですがこの場にナミは居ません。
その事もサンドウィッチ争奪戦に拍車をかけました。
幸いゾロが年長者らしく遠慮したお陰で、残り2つのサンドウィッチを、ルフィとウソップで仲良く1つずつ分ける事が出来ました。
食べてる間中、ウソップは2人を相手に、喋りっ放しで居ました。食べカスを唾と一緒に口から飛ばしてルフィとゾロから迷惑がられても、彼は意地を張って止めようとしませんでした。
元々饒舌な性質ではありましたが、本音は暗闇の中で沈黙が降りるのを恐れたからです。
仄かに辺りを照らしているランプの灯りが、余計に恐怖を募らせました。
食後、3人で水筒を回し飲みしながら、ウソップは2人にも喋らせようと、ひたすら陽気に話を振り続けました。
「なァ、ルフィ。おまえはあのロビンって人、どう思う?」
「どう思うって?」
「ズバリ怪しいと思うか?あの市長が言った通り、シャンクスのチームが消えた事に関ってると思うか?」
「んーー……俺には解んねェ」
「俺は怪しいと踏んでる。この部屋の件にしたって、素性の知れねェ画家に依頼した時点で怪しいぜ」
話がロビンに及んだ所で、ゾロも会話に加わりました。
「そうか、確かに怪しいかもしれん。しかし俺には悪い人には思えねェんだよなァ」
「根拠は?」
「だって凄ェ美人じゃんか!」
「美しさは正義かよ!?だったらこの世の悪人は皆ブ男とブスばっかりか!?」
ウソップから、極めて偏見に満ちた根拠を聞かされたゾロは、呆れて噴出しました。
「おまえって結構美人に弱いタイプだったんだな!」
「そんなんじゃねェけどよォ。あの市長が言うほど話の解らない風には見えなかったっつか。俺達を門前払いするでなく、ちゃんと相手してくれただろ?あの人の言う通り、魔女だから疑うってのは理不尽な気がするぜ。魔女なだけに神秘的で謎めいた雰囲気ではあるが…てゆーか知ってる魔女とはえらい違いだよなァ」
「確かにナミは見た目全然魔女らしくないな」
「偶に目が金ピカ光る以外は、ただのチビでケチで凶暴で情の薄い女じゃねェか!千年も生きてる凄い魔女には到底見えねェよ!」
「居ないと思って面とは言い難い事をペラペラ喋りやがる」
「ちょっと言い過ぎじゃねー?大体は合ってるけど、情が薄いヤツとは思わねーぞ!」
次第にナミへの陰口めいて来た会話に、ルフィが眉を顰めて口を挟みました。
「あの女の何処を見て情が厚いと言えるんだ?俺が行き場が無くて困ってても、手を差伸べようとしなかったじゃねェか!」
反論されてムキになったウソップが食って掛ります。
しかしルフィはウソップを真直ぐ見詰めて言い返しました。
「心配してたぞ、ナミは!だからおまえが俺達の村に来て直ぐ、『暮してくアテは有るのか?』って、村長やマキノや俺達が居る前で聞いたんじゃねーか!」
聞いたウソップの目から鱗が落ちました。
加えて彼の頭が、幾分済まなさそうに下がります。
「もしも住む家が見付かんなかったら、仕方ないっつってナミの家にいそーろーさせてくれたと思うぞ!いそーろーじゃなくて、どれーにされたかもしんねーけど!」
「しかも法外な下宿代請求されてな」
「…あのな、おまえら、俺に文句付けときながら、余程酷い事あいつに言ってるぜ?自覚無さそうだけど」
フォローだか何だか判らない意見を聞いたウソップは、溜息混じりにツッコミを入れました。
「長く生き過ぎたせいか捻くれちまって、優しさを素直に表に出せねェらしい」
「ごくまれに見せるレアさだよな!」
「まァ慣れて来ると微笑ましいっつか…」
「あいつらしくって良いんじゃね?」
「…いいよ、もう、おまえら……俺が言い過ぎた!謝っから…!」
惚れた目には痘痕もエクボ。
聞いてる内にウソップは馬鹿馬鹿しくなり、終いには頭を抱えて黙ってしまいました。
急に降りた静寂に、充満する闇の色が濃くなった様に思えました。
ランプ1つの灯りだけでは精々自分達の顔しか判らず、ドームいっぱいに描かれた壁画は見えません。
閉じ込められてる状況下で、それは大変有難い事だと、ウソップは感じていました。
ふと闇の中で何かが動く気配がしました。
最初に気付いたのはゾロで、円の外に目を凝らした彼は、2人に低い声で告げました。
「…何かが転がって来るぞ!」
視線で示された方向を、ルフィとウソップが凝視します。
――コロコロコロコロ……
次第に転がる音がはっきり聞えて来ました。
――コロコロコロコロ……!
直ぐ側までやって来た時、それは黒い毛の塊に見えました。
――コロコロコロコロ……!!
遂に物体は鏡の円スレスレに到達し、見えない壁にぶつかり跳ね返った所で止りました。
黒い毛がばさりと左右に分かれて、中の蒼白い部分が覗けます。
それは長い黒髪を垂らし、血腸を引き摺る、若い女の生首でした。
目が合った3人に向い、生首がにたりと笑います。
「ぎょえ×◇●○うおおお##△∞♂♀★☆ぶぐわぽげどΩ☆∞ぐああああああ〜〜〜〜〜〜…!!!!!」
ウソップの言葉にならない絶叫が、辺りに轟きました。
「出たな化物ォ!!!俺が叩きつぶしてやるから覚悟しろっ!!!」
「バババカルフィ…!!!鏡の円から外出るなって言ってたろっ!!?」
臆しもせず円の外へ飛び出すルフィを、ウソップが焦って引き止めます。
しかしルフィは彼の言葉に耳を貸さず、左掌を化物に向って翳しました。
掌がボウッ…と炎の様に燃え上がり、魔方陣が現れます。
それは魔を破る力を秘めた『破魔の拳』。
翳した左手を拳に固め、女の首を狙い打ちます。
すると不思議な事に、拳は女の首を摺り抜けてしまいました。
「なっ…!?」
驚いたルフィが声を漏らします。
馬鹿にするようニタニタと笑う生首に、ムッとしたルフィが怯まずパンチを繰り出すも、全て手応え無く摺り抜けてしまいました。
そこへビュンと空を斬って剣が振り下ろされました。
慌てて避けた彼の前には、黒甲冑の首無し騎士。
「ルフィ退いてろ!!剣が相手なら俺がやる!!」
それを見て、今度はゾロが円の外に飛び出しました。
舌なめずりして背中から引き抜いたのは、血の様に赤い柄の『鬼徹』――魔族の血を吸う妖刀です。
甲冑に護られていない、血溜りの切断部分を狙い、飛び上がって刀を突き立てます。
しかしルフィの拳同様、刀も騎士の体を摺り抜け、床に突き刺さってしまいました。
――ギィィン…!!と耳を劈く金属音が響きます。
「何っ…!?」
動揺するゾロの頭上に、騎士の更なる攻撃が振り下ろされました。
焦って逆の右手で黒い柄の『雪走り』を引き抜き、応戦しようとするも、やはり摺り抜けてしまい、逃げ遅れたゾロの肩から鮮血が迸りました。
「ゾロ!!!こいつら…!!!」
「ああ!!どうやら俺達の攻撃は無効で、相手側の攻撃は有効…卑怯な事この上無ェな!!」
仕方なく2人は一時退却して鏡の円の中に戻りました。
するとそこは確かに結界らしく、化物は中へ入って来ません。
黒甲冑の首無し騎士が、見えない壁を剣でガンガン叩きます。
最初は1体だったのが、2体3体と増え、何時しかすっかり取り囲まれていました。
白くぼんやり光る骸骨の歩兵も仲間に加わって騒ぎます。
床の上には女の生首が幾つも転がり、為す術無く円の中に縮こまっている3人を見て、ケラケラ嘲っています。
自分達はさながら亡者の国にでも引き擦り込まれてしまったのか…ブッチン壊れたウソップの口からは、最早悲鳴ではなく笑いが零れました。
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